第1話 シンジケート
放課後、燈真たちはバスに乗って退魔局に来ていた。授業を真面目に受けてしっかりノートを取ってきて、英雄だのなんだのといじられながら過ごしてきたので多少の疲れはあるが、退魔師の仕事をサボるわけにはいかない。
それに二足の草鞋でやると決めたのは他ならない燈真たち自身であったし、文句を言っている場合ではなかった。
バス停までの間に通った道路からはあの戦いで被害を受けた建物が散見された。村の内外の業者が立ち入り、修繕工事をしている。先日の戦闘で損壊したところには業者の者がそのようにして修繕作業にあたっており、あちこちから工事音が響いていた。
自分たちがやったこととはいえ、派手に暴れたものだ。それで村を守れたからいいものの、同時に少し申し訳なさも感じてしまう。
亡くなった局員の葬儀は退魔局が執り行っているが、そのあたりは部外者の燈真が口出しすることではない。死者を悼むのはゆかりのある者たちの権利だ。他人があれこれ口出しすることではない。
「俺たちに仕事ってなんだろうな。魍魎退治ならアプリで済むし」
「さあね。何か厄介なことじゃなきゃいいけど」
「行けばわかるだろ? 割のいい報酬だったらいいな」
光希はあくまで報酬が気になるらしい。燈真は報酬より内容が気になるのだが、その辺は個人差だろう。
局内に入ると、以前の戦闘の痕が生々しく残るロビーに局員や業者が出入りし、忙しなく働いている。修繕業務やなんかの手早い連絡に、物資や資材の補給進捗などを手早く話していたり、現場レベルの判断を素早く行なったりしている。
オロチとの戦闘の結果、各地に大きなダメージが出た。村は村長や地方行政、退魔局を中心に復興を進めている。ここは日本の退魔局にとって重要拠点であるらしく、修繕作業のこともあって最近は人間妖怪問わず出入りが激しい。
燈真たちはエレベーターに乗って上層階に向かい、久留米宗一郎が待つオフィスへ歩いて行った。
通りすがる局員に挨拶を交わし、廊下を進んでいく。
椿姫が支局長室の前で止まり、ドアホンを鳴らす。
「稲尾椿姫、以下二名。お呼び出しを受け参りました」
「入ってくれ」
椿姫がドアを開いた。重厚なスライドドアはロックが解除されており、スーッと静かに開く。
室内に入ると、ミント系の芳香剤の香りが漂っていた。それに混じって微かにニコチンとタールの香り。久留米の机の上には煙草のケースと携帯灰皿が置いてあって、彼はそれを素早く回収してポケットに突っ込むと、「見なかったことにしてくれ」と言わんばかりに口に人差し指を添えた。
「相川がもうじきくる。彼女のことだ、何か飲み物を持ってくるだろう。そっちのソファにかけてくれ」
そうは言っても、上司の手前勝手なことをしていいのか、燈真にはわからない。しかし光希なんかは言われるがままソファに座って、あろうことは来客用のお菓子を摘んでいる。
椿姫は久留米が上座に座るのを待ってから椿姫は対面のソファに腰掛ける。
燈真はなんとなく椿姫の隣に座った。
「私の娘が君たちに会いたいと言っていた。職権濫用なんてしたら上から何を言われるかわからんから、適当に誤魔化していたが……なんとも中間管理職をしていた頃を思い出すよ」
久留米が冗談めかしてそういった。
彼の娘は今いくつなのか知らないが、小中学生くらいだろうか。退魔師に憧れるということは、やはり術師家系の子というべきか。一般家庭の子供がパイロットや消防士に憧れるように、術師などの家の子は退魔師に憧れる。
燈真は自分がそこまで凄いことをした自覚がなかった。
オロチに対してしたことといえば大砲を当てたくらいである。あとは、この魅雲支局最高戦力の大瀧蓮という雷獣が一方的に屠っただけだ。
「お……僕は初めから大瀧さん一人でよかったんじゃないかって思うんですが。わざわざ狙撃砲を使わずとも、時間稼ぎをしていれば……」
「あの狙撃砲に装填されていたのはただの砲弾じゃない。濃縮した対瘴気用妖気を封入した祓魔弾というものでね。あれによってオロチが持つ特有の瘴気……いわば原初的な負のエネルギーを中和できたから、大瀧君が蹂躙できたんだ。あの砲撃がなければ、いくら大瀧だって腕の一本は無くしていたんじゃないか。君たちと大瀧君、どちらがかけていてもオロチは倒せなかった。それに……」
久留米は籠の中のミニ羊羹を剥いて、一口齧った。咀嚼して飲み込んでから、言葉を続ける。
「危険な呪術師を君たちは倒し、無数の魍魎を祓葬した。それは掛け値なしに誇っていい偉業だ」
「それについては同感です。入局からわずか二ヶ月で三等級だなんて、滅多にないですよ」
座敷童と一つ目小僧の間から生まれた妖怪である、一つ目の秘書・相川瞳がお盆を手にやってきた。
それからお手洗いに行っていた万里恵がそそくさと猫の姿でやってきて、椿姫の膝の上で「ごろみゃあ」と鳴く。大型犬ほどのサイズなので、乗るというよりは寄りかかる、に近い。傍目には尻尾が四本ある黒ヒョウを可愛がるヤバい女狐に見えた。
「ありがとうございます、相川さん……実感が伴わないんですが……でも、えっと」
「そういうものです。いきなりでしたからね、色々。少しずつ噛み砕いていけばそれでいいのです。そのための我々です。それで支局長、煙草を出してくださいね」
「なんでわかったんだ。バレないと思ったんだが」
「奥様から禁煙に協力するよう相談されてますので。わたくしどもとしても今支局長に入院されるのは困ります。村のため、退魔局のため働いてもらわねば」
久留米は泣く泣くと言った様子でポケットから煙草と携帯灰皿を取り出し、瞳に渡した。
燈真たちは各々冷たい麦茶を受け取って、ありがたくいただいた。
おしゃれなカップには退魔局のマークである五芒星が描かれていた。中央の五角形には太極図が記されている。退魔師に発行されるライセンスにもこのエンブレムが刻まれ、専用のチップが埋め込まれていた。それらを偽造した場合、退魔局から厳しく罰せられる。術を組み込んでつくるライセンスなので、その偽装とはつまり違法妖術の扱いであり、最悪呪術師認定されるのだ。
「さて、お前たちを呼んだのは他でもなく任務なわけだが……相川」
「はい。
唐突に始まったブリーフィングに、燈真たちは口元を引き結んだ。光希もお菓子を食べる手を止め、ティッシュで手を拭って真面目に聞いている。
「彼らはオオクニと呼ばれる、過激な純血主義組織です。多くの呪術師がこの組織を後ろ盾にしています。いわば呪術師シンジゲートとも表現すべき連中ですね。よって今回は魅雲支局からも退魔師を派遣し、明白支局との共同作戦という形をとります」
呪術師にシンジゲートなんてあるのか……燈真は悪事のこととなるとやけに知恵が回るのは、人間も妖怪も同じなんだなとため息をつきたくなる。その労力をもっとマシなものに回せないものかと思うものだ。
瞳は現状まとめてある資料を封筒に入れてあるらしく、それを椿姫に渡して「後で目を通しておいてください」と言った。
「作戦実行予定は来週の土曜日になっています。予定を入れないようにしてくださいね」
そのように釘を刺し、瞳は優しく微笑んだ。
友人らしい友人は雄途くらいだが、彼と過ごす時間も燈真には大切だった。明日明後日あたり、ちょっと遊ぶのも悪くないな——と思った。無論、柊の修行ののちで、であるが。
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