【アニ漫研究部】「海が走るエンドロール」たらちね氏が考える65歳女性主人公の今後

[ 2023年3月4日 10:00 ]

遠慮ない言葉を投げかけるインフルエンサーのsora。うみ子は戸惑いつつも、映画作りへの思いを強めていく
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 人気の漫画やアニメを掘り下げる「アニ漫研究部」。65歳女性が一念発起して映画監督を目指す人気漫画「海が走るエンドロール」の、たらちねジョン氏のインタビュー後編です。たらちね氏のこれまでの漫画家人生や、物語のこれからを聞きました。

 主人公は、65歳で映画監督を目指して走り始めた茅野うみ子。その情熱を引き出したのは美大に通う美青年の海(カイ)。2人がお互いの持つ映画作りへの真っすぐな思いを尊敬し合う関係は、時に“恋愛未満”に見えることもある。40歳以上離れた2人の関係を、作者のたらちね氏自身は客観的な目で語る。

 「どう受け取っていただいても良いと思っています。年齢や立場に捕らわれず、どんな人を好きになってもいい。そういう関係になってもいいし、ならなくてもいい。“本人たちの自由”という感覚です。今のところは、同じ目標に向かう“仲間”。お互い“信頼できるライバル”という感じで描いている部分が大きい。でも、この先は分からないです」

 劇中では、海が恋愛感情を持たない「アロマンティック」と思わせる描写もある。

 「うみ子さんがどう生きていくのか、海君がどう成長していくのか…2人の関係性を主軸にして物語を描くことはありません」

 「まずは単行本が1冊できるように…というのが当初の目標で、先々の展開を明確に考えてはいませんでした。ありがたいことに想像以上に良い反響があったので、担当の編集者さんと打ち合わせを重ね、暫く先までの展開を相談しました」

 そんな打ち合わせの中で登場したのが、2巻後半から表れる若きインフルエンサーのsora(ソラ)。うみ子や海が通う美大に、後輩として入学する。クリエイティブな才能と映画制作への貪欲な姿勢は、2人の心を大きく揺さぶることになる。

 「うみ子さんと海くん、2人の歯車が合いすぎて、夢物語に見えやすい状況にもなりました。読者にとっての現実感や、ツッコミの代弁をしてくれる存在がほしいと感じました。2人でいると、どうしてもうみ子さん主導で事態が動きがちです。海君は、長文で心情をつらつら描くのも不自然なキャラクターですし。2人の間に新しい風を吹かせたかったので、sora君はとても良い存在になってます。どんな発言をしても、トリッキーな行動をしても不自然じゃないキャラクター。シーンを動かしやすい」

 時に辛らつな言葉を投げ掛け、うみ子と海に創作に必要な覚悟を教えてくれる存在でもある。

 「soraが出てから、うみ子さんも海も新しい一面がたくさん出てきた。読者の代弁者のつもりで出した面が大きかったですが、今は大事な柱の一つになりました」

 舞台は美大で、授業風景はリアルに描かれているが、美大卒のたらちね氏自身の経験が生きている。

 「映画監督志望ではなかったのですが、映像制作を学んでいました。元々グラフィックデザイナーになりたくて、美大の予備校に通っていたのですが、途中で漫画家になりたいと思いました。それなら、映画は好きだし、漫画の表現にも役立つのではないかと考え、進路を変更し、映像専攻に進むことにしました」

 課題の映画作りで人集めに苦労する様子などが描かれているが、これもたらちね氏の実体験。

 「映画は基本グループ制作です。4人や5人の班で課題を制作しますが、みんなバイトで来れないとか、ドタキャンがあったりとか…。大学生ですからね。代わりの友達を手配したり、そういう作業が映画制作より時間をとってしまう。そこで、より私のペースに合っている漫画を選びました」

 漫画家デビューは、大学卒業から約3年後。就職はせずアルバイトしながら、世界を旅していたという。

 「25歳までに漫画家になれなければ、就職しようと思っていました。“25歳までに世界を旅しなきゃ”という謎の使命感があり、フリーターをしながら、20万円貯まったら海外に行くというパターンを繰り返していました。そんな中、25歳の頃に出版社の方に声を掛けていただき、デビューということになりました」

 2015年、商業誌デビュー。世界を旅した経験は「グッドナイト、アイラブユー」(KADOKAWA)で描かれた。「海を走る…」は秋田書店の漫画誌「月刊ミステリーボニータ」で2020年に連載スタート。宝島社「このマンガがすごい!2022」オンナ編1位など各種漫画賞で上位入りするなど注目を集めている。今月20日には「第27回手塚治虫文化賞」のマンガ大賞候補の8作品に選出されたと発表された。

 今月16日には最新の単行本4巻が発売。「映画館で上映される映画が撮りたい」という目標に向けて進むうみ子姿を応援せずにいられないが、今後はどうなっていくのか。たらちね氏の中では、うみ子と海の関係同様に明確に決まってはいないようだ。

 「大まかな終わり方や、途中でどんなことが起きて…というのは、ふんわり考えています。でも、それすら変わっていって良いと思っています」

 4巻では、夫の一周忌を迎えたうみ子が結婚生活で感じていた思いが描かれた。

 「大きな展開とは別に、私自身が日々感じていることや、感じてきたことを物語に載せて描くこともあります。きっちり展開を決め込まず、ふにゃふにゃ構えていた方が良いのかなと思っています。さすがに何十年と続く物語にはならないと思いますが、どれくらい続くかはまだ分からないですね」

 うみ子や海が、どんな紆余曲折を経て夢を叶えるか楽しみだ。

◇たらちねジョン 女性。1月20日生まれ。兵庫県出身。代表作は「アザミの城の魔女」(竹書房)、「グッドナイト、アイラブユー」(KADOKAWA)など。「たらつみジョン」名義でBL作家としても活動。

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