第二百三十二話「潜入、ネクロス要塞」
魔大陸ガスロー地方。
そこは、魔大陸においてもっとも過酷な土地の一つである。
魔大陸に生息する魔物は、他の大陸とくらべても非常に強力で、数が多い。
だが、それでも分布というものは存在する。
ビエゴヤ地方にはアシッドウルフやパクスコヨーテが多いように、この地方には、他より凶悪な魔物が多く生息する。
石化ブレスを吐くバジリスク。
大空を自由に飛び回り、強靭な顎と毒爪を持つブラックドレイク。
池に擬態する巨大なレイクスライム。
高い敏捷性と、魔術に対する耐性を持つ固い鱗に覆われた白牙大蛇。
その他、毒ガスの発生地帯やら、深い谷なんかもある、魔大陸の中でも特に魔境と言われる場所。
町や集落の数も極端に少なく、そのどれもが堅固な要塞と化している。
冒険者も滅多に来ない……。
だが、武者修行で旅をしている者は、最終的にここを目指す、と言われている。
というのも、ここにはかつての《五大魔王》不死のネクロスラクロスが建造した、魔大陸最大の要塞があるからだ。
そこを支配するのは、魔王アトーフェラトーフェ。
ガスロー地方の『不死魔王』。
400年前の戦争においては、ラプラス側について猛威を振るい、幾度と無く甲龍王ペルギウスらと鉾を交えた猛者。
彼女に関して、武芸者の中でまことしやかに流れる一つの伝承がある。
『力を望むものよ、旅をせよ。
力を望むものよ、魔大陸を目指すのだ。
魔大陸を踏破せよ、ネクロス要塞に到達せよ。
魔大陸を踏破せよ、不死魔王アトーフェラトーフェに謁見せよ。
かの魔王に力を示し、さらなる力を渇望せよ。
そなたは類を見ぬ圧倒的な力を手に入れるであろう』
そして、その伝承を目指し旅だった者は、誰も帰ってこない。
真実は、誰もしらない……。
まあ、俺は知ってるけどね。
大半は旅の途中で死に、残った大半は、そのままアトーフェ親衛隊へと吸収されるのだ。
たまに帰ってくる奴もいるだろうが……一人や二人が真実を話した所で噂が消えるはずもなし。
この噂は、きっとアトーフェの側近ムーアあたりが流したのだろう。
酷い罠だ。
武芸者の純朴な心をもてあそぶ、悪魔の罠だ。
さて。
そんな彼女の所にいくメンバーは、俺を含めて三人。
俺と、エリスと、ロキシーだ。
アイシャは王竜王国の一件で、アスラ・ミリスとの調停役だ。
ちなみに貢物として、酒も持ってきた。
オルステッドの情報によると、アトーフェは酒が好きらしいからな。
まぁ、それでも多分、何かしら戦いは起きるだろう。
---
ネクロス要塞は、転移魔法陣の遺跡から三時間程度の距離にあった。
さして遠くは無い距離だったが、転移魔法陣のある遺跡は山の中で、しかもブラックドレイクの巣になっていた。
襲い掛かってくる黒い飛竜をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、
倒した飛竜は焼き肉に、見つけた卵は玉子焼きにして腹ごしらえをしつつ、踏破。
やや高い位置にある場所から、襲い来る数々の魔物を、時には回避し、時には蹴散らしながら山を下ってきて、丸一日といった所か。
これほど人里に近い位置にある転移魔法陣というのは初めて……。
というか、これほど魔力の濃い場所にある人里が初めてだ。
「ま、余裕だったわね」
対するエリスは、襲い来る魔物を嬉々として斬り伏せていた。
日々の訓練の成果だと言わんばかりだ。
まぁ、普段から素振りとか欠かしていない割に、戦う機会ってのは少なそうだしな……。
俺の見ていない所で、町の周辺の魔物とか狩ってるらしいけど。
「さすが、厳しい場所でしたね……一人でくると思うと、ぞっとします」
対するロキシーは、お疲れの様子だ。
彼女は出来る限り、魔物に見つからないようなルートを取ろうと努力していた。
彼女のお陰で、おみやげのお酒は守られたと言っても過言では無いだろう。
「ロキシーもまだまだね!」
「冒険者だった頃はもう少し動けたのですが、最近は机仕事ばかりなもので……」
「そんなんじゃ生徒にナメられるわよ」
「ですね……では、今度、少し稽古をつけてください」
「もちろん!」
エリスとロキシーの会話を聞きつつ、俺は眼下に広がる要塞を見下ろした。
まず全体的な色はブラックだ。
キシリカ城と同じ材質でできているのだろう。
大きさはさほどでもない。
分厚い城壁に守られた城と町、という感じだ。
この世界では珍しくもない。
要塞という言葉が表すのは、その構造だろう。
城壁によって五つのブロックに別れ、それぞれ階段状になっているのだ。
下三つにあるのは、普通の城下町だ。
上から二つ目は、生活感のない建物や、広い運動場のようなものが見える。おそらく軍事施設だ。
最も高い位置には、城のような黒い建物がデンとそびえている。
あれが天守閣だろう。
俺たちは、そんな要塞に後ろから近づいている形になる。
こっちから見ると無防備な感じだな。
背後は山で守っているわけだから、当然だが。
「あ、人がいますね」
そう考えつつ近づいていくと、城壁の上に人が立っているのが見えた。
黒い甲冑をつけた人間が、五人ばかし。
彼らは俺たちを見て、なにやら騒いでいるようだ。
「コチラ側から入るのは、礼儀に反するんでしょうか」
「いえ、そんな礼儀はありません。山側から来る旅人が少ないというだけでしょう」
ロキシーがきっぱりとそう答えているうちに、エリスがずんずんと先に進んでいく。
上から射掛けられたらどうしよう。
なんて思いつつも、城壁の彼らは特に動く気配はない。
やがて、城壁の真下までやってきた。
一応裏門になるのだろうか、大きめの扉の存在も確認できた。
黒い城壁に黒塗りの門だったので、遠目にはわからなかったが、近づいてみると一目瞭然だ。
『英雄よ! よくぞネクロス要塞へと到達した!』
魔神語だ。
久しぶりだな……。
一度乗った自転車は年をとっても乗れるというが、一度覚えた言語も、そうそう忘れないらしい。
で、英雄ってなんだ?
『魔の山を超えるとは、その心意気や良し!』
『貴様が求めるものは勇者の名誉か? それとも魔王の力か!?』
『どちらにしても構いはしない!』
『ここを通りたければ!』
『我らアトーフェ親衛隊を倒していくがよい!』
要約すると、ここは通せませんって事らしい。
そりゃそうだ。
見知らぬ男を裏門から城に入れる国なんて、どこにもない。
『わかりました。表門に回ります』
郷に行ってはなんとやら。
ここは大人しく回り道をするとしよう。
こっちはお願いをしにきている立場だからな。
『…………』
『……』
黒鎧は黙ってしまった。
どうしようとばかりに、隣の奴と相談している。
アトーフェの事は聞いておいたが、こういう門でのやりとりについては聞いてない。
なんかまずい事言ったかな……?
『あ、一応ムーアさんに、ルーデウス・グレイラットがアトーフェ様に貢物を持ってきた、と伝えておいてくださると助かります』
怪しい者ではない、と先に言っておいたほうがよかったかもしれない。
そう思いつつ踵を返そうとした時、
『待て! 貴様、アトーフェ様の客人か!?』
そんな声が響いてきた。
『はい、以前、ほんの少しだけ、お世話になりましたので! ご挨拶を!』
『…………わかった、今、門を開ける!』
おお。
開けてくれるらしい。
遠回りするのも面倒だから、入れてもらえるのは助かるな。
「正面から入りたかったわね」
エリスがボヤいたが、俺は裏からがいいね。
親衛隊四天王を順番に倒していくアトラクションなんて、ゴメンだよ。
---
ネクロス要塞の謁見の間。
そこには、天井が無かった。
屋外だ。
悪魔のような彫刻が施された太い柱に挟まれた長い階段。
それを上った先に、大きな広間がある。
広間は紫色の炎をもつ燭台に囲まれ、さらに燭台の前には、黒い鎧を身にまとった兵士が一人ずつ、直立不動で立っていた。
広間は開けていて、壁も手すりもない。縁に近づけば、ネクロス要塞の城下町を見下ろすことができるだろう。
その奥に、禍々しい装飾をされた玉座があった。
いや、ここ謁見の間じゃないな。
多分、ここはあれだ。
有事の際に巨大な魔法陣を描いて、古の大悪魔とかを呼び出す場所だ。
そして、それを阻止する勇者一行が、魔王と戦うのだ。
そういう場所だ、ここは。
謁見の間ではない。
決戦の場だ。
「英雄よ、よくぞここまで辿り着いた!」
さて、玉座に座っているのは一人の女だ。
周囲と同じ黒い鎧を身にまとった女。
背丈はエリスと同程度。
彼女は実に嬉しそうな顔で立ち上がり、バッとマントを広げた。
山の向こうへと落ちる夕暮れが、その姿に深い陰影をもたらした。
姿だけを見れば、実に荘厳で幻想的であった。
姿だけを見ればね。
「オレが不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバックだ!」
裏門から中に入って、ムーアに引き合わされ、
この決戦の場に通されるまで、約2時間といった所か。
その短時間で、わざわざ準備してくれたのか。
それとも、この幻想的な風景を知っていて、夕暮れまで待ったのか。
どちらかわからないが、星4つあげちゃおう。
「よくぞ人の身でここまで辿り着いた!」
「幾多の困難を乗り越えし勇気ある者よ! 問おう!」
「その身が望むは勇者としての名誉か? 英雄の称号か! それとも……魔王の力か?」
いやな質問だ。
これで勇者とか英雄と答えたら、ボコボコにされて手下にされて、
魔王の力と答えたら、ボコボコにされずに手下にされるのだ。
『はい』としか答えられない究極の二択だ。
「ふふん……」
あ、なんかエリスがニマニマしてる。
そうだね、君は好きそうだもんね、こういうの。
「アトーフェ様……ごにょごにょ……」
そこで、隣にいた黒鎧を着込んだムーアが、アトーフェに何かを耳打ちした。
段取りについての話だろうか。
俺が謝罪にきた、という話を通してあったはずなのに英雄とか言ってるから、何か勘違いされている可能性が高い。
「うるせぇ! こっち側からだと、眩しくてよくわからんのだ!」
アトーフェパンチ!
ムーアくん吹っ飛んだ。
「顔を見せろ!」
アトーフェはムーアをぶん殴った拳をそのままに、こちらにズンズンと歩いてきた。
そして、俺のすぐ目の前まで来る。
「あ」
俺と目が会った途端、アトーフェの顔が、みるみる歪んでいく。
にたぁと。
そして、低い声で、言った。
「お前かぁ……」
見つけた、と言わんばかりの声で。
怖い。
「……お、お久しぶりです」
「ペルギウスと一緒に、オレを、罠に、ハメてくれた、お前が、のこのこと、来たのかぁ……」
アトーフェは獰猛な笑みを顔に張り付かせた。
だが、それは予想できていた事だ。
そのために、貢物ももってきた。
今回は、謝りにきた、といっても過言ではない。
「そのことについて、私の方から、その、謝罪を申し上げたいと……」
「いいぞぉ。前よりも、随分と男らしい顔つきになった。いい顔だ、覚悟を決めた顔だ。オレに挑んだ勇者は皆、そういう顔をしていた」
アトーフェは話を聞かなかった。
ただ目を見開きながら、俺に顔を近づけてきた。
そして、歯を見せて笑った。
ギラリと音のしそうな牙が見えた。
「死の覚悟を決めた者の顔だ」
あ、あれ。
おかしいな。
ちゃんと想定してきたはずなのに……あれ?
なんで、足が震える?
や、やばい、体中に震えが……。
「ん?」
と、そこで俺の視界が赤いもので一杯になった。
赤い髪。
「離れなさい」
エリスが、俺とアトーフェの間に割って入っていた。
「なんだ、お前は」
「エリス・グレイラットよ」
「ほう」
アトーフェは一歩下がった。
そして、エリスの顔をじっと見つめた。
「いい面構え、いい殺気、いい武器も持っている。そして今にもオレに斬りかかろうとしているその気概……」
アトーフェは鋭い眼光でエリスを射抜いた。
エリスもまた、野獣のようなギラついた目で、アトーフェを睨み返す。
緊張が走る――。
「お前が、勇者か」
「そうよ」
違うでしょ。
何言ってんの。
「そっちの女は、したたかに周囲を観察している……魔術師だな?」
「……はい。ロキシー・グレイラットと申します。お初にお目にかかれて光栄です」
ロキシーが帽子のつばを少し下げ、挨拶をした。
魔術師って、服装を見りゃわかると思うんだが。
「お前もいい面構えをしている。このオレと、戦う気だな?」
「……魔王様が我が弟子を殺すと決めたのであれば。微力ながら」
ああ、あの冷静なロキシーまで、戦うつもりになっているのか。
てことは、今の俺は、それほどブルってたってことか。
守らなきゃいけないと思うほどに。
いかんな、これでは。
しっかりしなくては。
「ククク、面白い。三人ともグレイラットか……偶然にも同じの名を持つ連中が集まり、オレの前に現れたとは、実に面白い」
その解釈は確かに面白いね。
エリスもロキシーもうちの妻です。
うん。
よし、落ち着いた。
「アトーフェ様。戦う前に、一つ、私の話を聞いてはいただけないでしょうか」
俺は震える足に活を入れ、アトーフェへと向き直った。
「なぜだ?」
「話をしにきたからです」
「オレは話は嫌いだ。お前たち人族は、わけのわからん話ばかりするからな」
「今日のは、わかりやすいかと思います」
そこで、俺はロキシーに目配せをする。
彼女は背負っていたバッグを下し、中から一つの木箱を取り出した。
俺はそれを受け取り、捧げ持ち、アトーフェに対して恭しく差し出した。
「まずはこちらを。以前の一件に対する、謝罪とお詫びの品にございます」
「なんだ、これは」
「アスラ王国にて作られた、ワインにございます」
「酒か!」
アトーフェの顔色が変わった。
情報通りだ。
オルステッドの話によると、彼女と戦った勇者の中には、彼女に飲み比べの勝負を挑み、酔わせて泥酔させてから倒そうとした者もいるらしい。
結局、負けたそうだが。
飲み比べに。
「アスラ王国の戴冠式の際に、ノトス・グレイラット公が宮へと献上されたもので、非常に希少価値の高いものとなっております」
「うまいのか?」
「とても」
と、答えたものの、俺も飲んでいないので本当にうまいかどうかはわからない。
アリエルによると、これは100年前に作られたワインだそうだ。
そのうまさたるや、ワインを作っていた製作者の蔵とぶどう畑は、王室御用達と定め、飲み尽くすのはもったいないからと、蔵の奥底に眠らせ、滅多な事では出さないほどだったという。
でも、それから100年だ。
王室に重要なイベントは多く、全て使いきってしまった。
しかし、それはあくまで王室での話だ。
生産者であるノトス・グレイラットの貯蔵庫には残っていたのだ。
アリエルの戴冠式において、その貯蔵庫に保管されていた10本が献上された。
ピレモンのごますりである。
現在のお値段は、一本につきアスラ金貨300枚程度。
1リニア相当だな。
だからうまいはずだ。
もちろん、買ったわけじゃない。
アリエルに、何かいいお酒はないかと聞いた所、これを一本くれたのだ。
後になって、別の人物から値段を聞いて、びっくりしたもんだ。
王竜王国の件もあっさり聞いてくれたし、最近、アリエルはマジで俺に恩を売ろうとしていて、ちょっと怖い。
なんか、そのうち本当に子供を一人、取られそうだ……。
「そうか、うまいのか」
「はい。ですので、前の事を許してください」
「許そう、オレはペルギウスとは比べ物にならないぐらい寛大だからな。あの程度、根には持たん」
「ありがとうございます」
ひとまず、これで前の事はチャラ、でいいのかな?
飲んだら忘れるかもしれないけど。
「ただ、ペルギウスは許さん。アイツはいつか殺してやる」
それはご勝手にどうぞ。
そこは本人同士の問題だ。
ペルギウスも、わざわざ頭を下げに来たりはしないだろう。
「で、話はそれだけか?」
「いえ、もう一つ」
俺はロキシーの荷物から、もう一つの酒瓶を取り出す。
これはオルステッドがくれたものだ。
こっちは木箱には入っていないし、メーカーも値段もわからない。
透明度の低く、古そうな瓶には何やら文様が刻まれている。
ただ、アトーフェなら気にいるだろう、とオルステッドは言っていた。
だから、中身が悪くなっているとかは無いと思う。
「こちらを――」
「おいっ!」
ひったくられた。
「まさか、これは……そんな馬鹿な…………ムーアァァァ!」
唐突な叫びに、黒鎧たちがザワつき始める。
オロついた空気の中、一人がゆったりとこちらに移動してきた。
先ほど顔面を陥没させられ、血だまりに沈んだ男、ムーアだ。
「見ろ! どうだ!」
ムーアは酒瓶を受け取り、表面を仔細に観察している。
そして、中に沈殿しているビー玉のような何かを見て、ほうと息を吐いた。
「以前見た時と、まったく同じですな」
「だろう! 貴様、どこからこれを持ってきた!」
「それは、我が主『龍神』オルステッドより、アトーフェ様と仲良くするなら、これだと」
「龍神……! では、間違いないのか……!」
アトーフェはわなわなと体を震わせながら、酒瓶を見ている。
「これぞまさしく、オレとカールの婚姻の時に、ウルペンめが送り届けてきた龍族に伝わる幻の秘酒!」
おお、そんな逸話が。
そりゃ気に入るわな。
「その名を『
うわぁ、すげぇ必殺技だ。鳥肌立ちそう。
ていうか、中身はエールなんだろうか。瓶の色が濃いので、なんともよくわからん。
「これを飲んだのは、後にも先にも、あの日だけ。それ以来、あの酒を探しまわっていたが、とうとう見つけたぞ!」
テテレテー。
と、効果音が出そうなほど嬉しそうに、アトーフェは瓶を掲げた。
何にせよ、喜んでもらえたのなら、何よりだ。
さすがオルステッドと言うべきか。
誰が何を好んでいるか、よく知っている。
アリエルには悪いが、この勝負オルステッドの圧勝のようだ。
「では、その酒を――」
「決めたぞ! オレは貴様を倒し、この酒を我が物とする!」
アトーフェが右手にワイン、左手に龍神宝玉酒を持って、宣言した。
欲しいものは力尽くで奪う。
まさに魔王だ。
「差し上げます!」
「なに!」
「龍神オルステッドから不死魔王アトーフェへの、ささやかな友好の証です!」
大声で言い返す。
アトーフェの頭の上に、クエスチョンマークが浮かび上がった。
クエスチョンマークが三つほど浮かび上がったあたりで、アトーフェの頭がパンクした。
「貴様! 怖気づいたか! 戦え!」
「戦うのは構いませんが、そのお酒は差し上げます!」
「わけがわからん!」
わからないかー。
そうかー。
わかりやすく言ったつもりだったんだけどなぁ……。
「宴でもない、祝でもない、礼でも詫びでもない。ならば、なぜあなたは、このようなものを差し出すのですか?」
ここで、ムーアのナイスフォロー。
そうだ。
そこを説明しなきゃならんですよね。
「はい。実は、近々、ギースという男と戦う事になっておりまして。
奴めは強力な手駒を引き連れて俺を倒すとかいうので……。
その戦いにおいて、アトーフェ様にご助力を願えれば、と思っております」
80年後のラプラス戦役については、ノータッチだ。
オルステッド曰く、ラプラスと戦うために協力してくれ、といっても、決して首を縦にはふらず、戦いになって終わるだろうとの事だ。
別にラプラスに義理立てしてるとか、そういうわけでもなく、
単に難しすぎて理解できないからだって事だ。
オルステッドの知る未来でも、アトーフェはまず間違いなく、ラプラス側につくそうだし。
説得はしないほうが無難である、とまとまった。
後の細々したことは、ムーアの方に頼んでおくのがいいだろう。
「よし、わかったぞ! オレは馬鹿じゃないからな!
いいだろう! そうしてやる!」
アトーフェは、きっとよくわかってないんだろう。
わかってないのに「わかったわ」という時のエリスと、同じ顔をして頷いた。
こういう返答が来るということは、アトーフェもギースの口車には乗っていなさそうだ。
「それで、話は終わりか!?」
「はい」
かくして、俺はアトーフェの協力を得る事に成功した。
死神と不死魔王。
俺が敗北した二人をコチラ側に引き込んだ事で、大きなアドヴァンテージを得られた気分だ。
ギースがどこで何をやっているかはわからないが、今のところは順調と見ていいだろう。
いやあ、それにしても、まず戦うだろうと思って身構えていたが、戦わなくてよか――。
「よし、では決闘だ!」
――あれ?
「さっき、『戦う前に』と言ったな! 話は終わった。なら、次は戦いだ!」
あれ? そんなこと言ったっけ?
いやでも、あれ?
酒を献上して、許してもらって。
俺の側についてくれると約束してくれて……戦う理由はもう無いはず。
おかしい、オルステッドはこんなことは教えてくれなかったぞ。
「オレは不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバック。英雄たちよ、三人まとめて、掛かってくるがいい!」
なんでや……。
戸惑う俺。
ロキシーも頭の上にクエスチョンマークだ。
親衛隊の人たちは特に動いていないので、きっとこれがアトーフェスタンダードなのだろうが。
それでも呆れているような雰囲気が漂っている。
ムーアも「しょうがないですね」という感じだ。
ただ一人だけ、待ってましたとばかりに前に出たやつがいる。
「私が相手よ」
エリスだ。
間合いなど関係ないとばかり、アトーフェの鼻先まで歩いて行き、その顔を近づける。
「ほう、このオレと、一対一で戦いたいか」
キスでもするんじゃないかと思える距離でのガン付け。
「あんた如きにルーデウスはもったいないわ」
「言ったな、小娘」
アトーフェはそのあからさまな挑発を受けて、殺意をふくらませていく。
「この100年の間に、このオレにそんな口を利いたのはお前だけだ」
両手に酒瓶を持っていなければ、その口上はとてもかっこよかっただろう。
でも、そのまま戦うと、きっと酒瓶は割れてしまう……。
なんて思っていたら、ムーアが脇から「お預かりします」と言って、持っていった。
「貴様のような奴こそ、オレの親衛隊にふさわしい。叩きのめして、配下に加えてやろう」
「あんたが負けたら、ルーデウスの言うことを聞くのよ?」
「いいだろう」
戦う、倒す、仲間になる!
わかりやすいってこういう事か。
失敗したな。
ちょっと勘違いしちゃってた。
貢物をあげるから前の事を許してね、さらにもう一つ貢物をあげるから仲間になってね、ってのは、アトーフェには難しすぎたんだ!
何にせよ、戦う事になりそうだってのは、最初からわかっていたことか。
戦って、勝って、魔王アトーフェを味方にする。
そのための手順も、準備も、ちゃんとしてある。
やるか。
かくして、魔王アトーフェラトーフェとの戦いが始まった。