「えっと、やっぱりこっちの服の方が良いかな?それともこっちの方が大人っぽくみられるかも」
黒川あかねと約束した時間まであと2時間しかないって言うのに、まだ着て行く服が決まらない。
「まさかこんな早く苺プロに行ける日が来るなんて。黒川あかねには感謝しないと」
あの日、雨宮さんと運命的とも言える再会をした私は、自分の中に有った気持ちにやっと素直になれた。
私は雨宮さんが好き。私が雨宮さんに恋愛感情を持ってるって黒川あかねに言われた時は照れ隠しもあって違うって言っちゃったけど、どうやらアイツのプロファイリングは当たってたみたいね。
「歳の差約30歳か……ま、芸能人なら特に問題無いわよね」
どこかの芸人はそれ以上の年齢差で結婚してたし、それに雨宮さんは見た目が同じ年齢の大人の人に比べてずっと若く見える。私がもう少し大きくなれば一緒に並んでも違和感なんて無い。
「わっ、もうこんな時間になってる急がないと待ち合わせに遅れちゃう」
「ね、ねえかなちゃん?本当に黒川あかねちゃんと遊びに行くだけなのよね?」
家を出ようとしたらママに呼び止められた。私が入院した時にマネージャーと一緒にお医者さんに凄く怒られたみたいで、最近は私の芸能活動にあまり口出ししなくなった。
「そうよ。久しぶりの休日だから一杯遊ぶの。じゃ、行ってきます」
あの日の後、事務所の人に私が苺プロのタレントと一緒に仕事をしないのは、ママがマネージャーを通じて共演NGさせてたって聞いた。
理由は教えてくれなかったけど、ママが私と雨宮さんが再会する邪魔をしてたって分かったから、今日私が苺プロに行くって事はママには教えない。
親に反対されてる相手に会いに行くなんて、まるで恋愛ドラマの主人公みたい。
そう言えば、苺プロには何か他にあった気がするけど……なんだっけ?
「あ、先輩おひさ~。あかねちゃんもいらっしゃい」
「こんにちはルビーちゃん。今日はレッスンお休みなの?」
忘れてた!!苺プロにはコイツが居たんだった!!私のトラウマルビー!!
「どしたの先輩?凄く気合いの入った服を着てるけど、そんなに私と久しぶりに会うのが楽しみだった?」
昔と全く変わって無い能天気なルビーの態度に、私は段々と怒りが込み上げて来た。
ダメダメ。いくらこの女が私の天敵でも、将来苺プロに事務所を変えたら同じ所属のタレントになる。表面上だけでも仲良くしておかないと雨宮さんに余計な心配させちゃう。
「久しぶりねルビー、相変わらず能天気そうで安心したわ」
「先輩も元気そうで良かった。前にドラマ見た時はヤバそうだったけど、今はちゃんと休めてるんだよね?」
この女、私の出てるドラマを見ただけで私の不調に気付いてたの?誰かの受け売りじゃないとしたら、やっぱりこの女は天才だわ。
「えっと、そろそろ事務所の中に入っても良いかな?入口の前で喋ってたら邪魔になりそうだし」
「それもそうね。ね、ところで雨宮さんは?中で仕事中なの?」
「せんせ?せんせは今日はアイと一緒にCMの現場に行ってるけど?」
「……何でよ!?」
「はいどうぞ。ゆっくりして行ってね」
「あ、ありがとうございます……か、かなちゃん?大丈夫?」
苺プロの事務所の一室に案内された私とかなちゃんだったけど、かなちゃんは事務所に来るまでは元気そうだったのに、今は凄く落ち込んでた。
「そうよね、雨宮さんは忙しい人だし、会う約束した訳でも無いのに事務所に行ったって会えるとは限らなかったわよね。こんな簡単な事に気付かなかったなんて、私の頭の中はお花畑だったわ」
膝を抱えて落ち込んでるかなちゃんの姿に、ジュースを持って来てくれた副社長のミヤコさんも苦笑いしてる。
部屋を出る前にまさかこの子も?とか、いや流石にとか小声で独り言を言ってたのが少し気になったけど、それよりも今はかなちゃんの方が心配だった。
「せんせに会えなくて残念だったね先輩。ところであかねちゃん達は今日は何しに苺プロに来たんだっけ?」
「え、えっと、それが私も雨宮さんに相談したい事が有ったんだけど」
私も目的は違うけど雨宮さんに会うつもりで苺プロに来たけど、私とかなちゃんの休みを合わせる事ばかりに気が回って、アポの約束するのを忘れてた。
「そうだったの?私そんな事聞いて無いんだけど?アンタ、雨宮さんに何の相談があったのよ」
「そ、それが、その」
どうしよう。かなちゃんが本気で雨宮さんに恋愛感情を持った理由が知りたくて、雨宮さんと色々話して、人柄とかをプロファイルするつもりだったなんて言える筈ないし。
「あ、もしかしてあかねちゃんもせんせに恋愛相談?やっぱりせんせはスケコマシ三太夫だね」
「何よソレ?そんな変な言葉誰が考えたの?」
こうなったら仕方ない。雨宮さんの人柄は苺プロの人達から聞いて情報を集めよう。
まずはルビーちゃんに雨宮さんがどういう人で、どんな風に思ってるか聞いてみよう。
「ねえルビーちゃん、雨宮さんってどういう人なのかな?好きな物とか、どんな趣味なのかとか知ってる事を教えてくれる?」
「あ、アンタまさか?」
かなちゃんが私を恋敵と勘違いしそうだったから、その誤解を解く為に急いで耳打ちした。
私がかなちゃんの為に雨宮さんの事を色々聞き出そうとしてるって話したら、かなちゃんは今まで見た事無い満面の笑みを私にしてくれた。
「せんせの事?ん~、例えばどんな事聞きたい?」
「た、例えば?そうだな……雨宮さんってどんな人が好きなのかな?」
ちょっと直球すぎた質問だったけど、プロファイリングをするには情報は正確な方が正しい人物像を示せるし、かなちゃんも良く聞いてくれたって顔してるから問題ないよね。
「せんせの好きな人?そんなのアイに決まってるよ。勿論私もだけどね」
そう言ってルビーちゃんはアイさんの魅力を私達に語り出した。
ルビーちゃんのテンションが上がるのと反比例して、かなちゃんがどんどん落ち込み始めた。
「も、もうそのくらいで良いよ。もう十分アイさんの魅力は伝わったから」
「フフフ……そうよね。私みたいな子供よりもアイの方が好きになって当然だったわ。歳の差だってアイの方がまだ現実的だし、私の初恋は今日で終わったわ」
どうしよう。かなちゃんが本格的に落ち込んじゃった。私はそういうつもりで今日ここに来た訳じゃ無かったのに。
「先輩はもう手遅れっぽいよね。ねえ、先輩もせんせと結婚したい?」
「したい!!って、何言わせるのよ。そう言えばアンタ初めて私と出会った現場で将来雨宮さんと結婚するとか言ってたわよね。アンタと失恋仲間になるとはあの時は思ってもいなかったわ」
ルビーちゃんとかなちゃんてそういう出会いだったんだ。私そんなの知らなかった。
「私は失恋なんてしてないよ。私16歳になったら先生と結婚するから」
「アンタ頭大丈夫?たった今、雨宮さんが好きな人はアイだって自分で言ってたじゃない。雨宮さんが結婚するとしたらアイに決まってるわ」
常識で考えたらかなちゃんの言ってる通りの筈なのに、ルビーちゃんは何故か自信満々だった。
この自信を心理学に当て嵌めると、一体どういう心境なのかな?
「先輩知らないの?せんせとアイが結婚してても私達が結婚出来る方法有るんだよ」
「な、何よそれ?そんな方法が本当にあるの?」
ルビーちゃんが何かとんでもない事を言いそうな予感がした。かなちゃんが聞いたら本気にするかどうか知らないけど、重婚なんて絶対許されない事だって教えてあげなきゃ。
「だ、ダメだよルビーちゃん。日本は一人としか結婚出来ないって法律で決まってるんだよ」
「知ってるよ。だから私は入籍しないでせんせと結婚するの。それなら誰にも迷惑かけないでせんせと結婚出来るよ」
かなちゃんはその手が有ったかって顔してるけど、そんなの絶対に駄目に決まってる。
「何言ってるの?そんな事しちゃ絶対駄目だよ」
「先輩、あかねちゃんまだ芸能人の自覚ないみたいだよ?」
「貞操観念が一般人のままね。そのままだとこの先役者として苦労するから芸能界の先輩として色々と教えてあげなきゃ」
かなちゃん目を覚まして!!恋は盲目って言葉が有るけど、今のかなちゃんはその状態に陥ってるから!!
それから数時間。私はかなちゃんとルビーちゃんに芸能界の裏側を色々と聞かされ、私の恋愛に関する一般常識が本当に正しいのか分からなくなってしまった。
「そろそろせんせが帰って来る頃かな?本気でせんせと結婚する気なら既成事実を作るいい方法が有るんだけど」
「乗った。一体何をすれば良いのか教えて」
「だ、ダメだってかなちゃん。目を覚まして」
今ならまだ後戻り出来る筈なのに、ルビーちゃんが提案した話にかなちゃんと私は耳を傾けてしまった。
「なんか、嫌な予感がする。仕事に行く前にルビーがもう手遅れだったら任せてねって言った事が関係してる気がする」
「それって、もう答えが決まってるみたいな気がするけど?」
撮影現場から事務所へと帰る途中の車内で、俺は今日はこのまま事務所に寄らずに自宅に帰る方が良いのではないかと考えてしまうのだった。
次回第三幕幕引きです
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