「ねえ、大丈夫かなちゃん?」
「……え?何?ごめん、聞いて無かったからもう一回言って」
椅子に座ってボーっとしてたかなちゃんにリハーサルが始まるよって教えたけど、私の言葉が聞こえて無いみたいだった。
最近のかなちゃんは凄く忙しそうで、私も現場でしかかなちゃんに会う機会は無かったけど、ここまで元気のないかなちゃんは初めて見た。
「ね、ねえ、疲れてるなら休んでる?私スタッフさんにそう言って来るから」
「大丈夫よ。このくらい何ともないわ。リハが始まるんでしょ?行きましょ」
そう言ってかなちゃんはフラフラとドアを開けようとすると、丁度タイミング良くスタッフさんが控室に入って来た。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「よろしく。今日も元気だねかねちゃんは」
「はい。さ、行くわよあかね」
さっきまでフラフラだったのに、スタッフさんの前だと元気な姿を見せるかなちゃん。
心理学の本なんて読まなくても分かる。このままだとかなちゃんは取り返しのつかない事になる。
だけど、かなちゃんは多分それを悟られない様にして、絶対自分は大丈夫だって言い張る。
事務所の人もきっとかなちゃんが大丈夫っていう限りは、今のままの仕事をやらせようとする。
誰か、かなちゃんの事を本当に心配してくれて、かなちゃんが素直に言う事を聞いてくれる人は……。
「お前、本当にあれから役者の仕事殆どしてないのか?」
「そうだよ。だって私はアイドルになるんだから、役者の仕事は本当に久しぶり」
相変わらず低予算の映画を撮ってる監督に久々に再会した私は、今回は作品のバランスを考えた演技をして出番を終えた。
「マジかよ。それが本当なら素質だけであの演技してるって事だぞ」
「そんな事無いよ。一応アイドルのレッスンの合間の息抜きに演技の練習もしてるから」
別におかしい事は言ってないのに監督の顔が引きつってた。ま、私はルビーって役をずっと演じてるさりなだから、日常生活がある意味演技練習なのかもしれないけど。
「そう言えば監督って重曹先輩と仕事してる?最近の先輩の演技って粗が目立つよね?」
「重曹先輩って……ああ、有馬かなの事か?最近だとドラマで撮影で会ったが、お前の感じた通りの事を俺も思ったよ」
やっぱり監督は子供部屋おじさんだけど監督としては優秀だった。
私が先輩の演技を見て感じた事と同じ事を感じてたみたいで、その原因はやっぱり仕事をし過ぎによるものだって社長と同じ結論を言ってた。
「分かってるなら先輩のマネージャーとかに言ってよ。演技に粗が目立つから他の仕事を休ませろって」
「言える訳ないだろうが。いくら俺が監督だとしても役者の事務所の方針に口出し出来ねえよ。確かに作品に支障が出る程悪かったら、心を鬼にして駄目出しでも何でもしてやるが、今のままでも同年代の子役より演技が上手いから、尚更指摘なんて出来る訳がねえんだよ」
確かに、先輩は演技に粗が目立つと言っても、同じ年頃の子役に比べたら比較にならない演技をしている。
だからこそ事務所や現場のスタッフは先輩が疲れ切ってる事に気づいて無いんだろうけど……それとも、気付いていても今のままで十分だから、やらせられる限りの仕事をやらせてるんだとしたら。
「何考えてるか知らないが、事務所間で揉め事起こすとお前だけじゃなく、苺プロ自体が業界の爪弾きにされるぞ。B小町で名は知られたが、苺プロは業界では小さい芸能事務所なんだからな」
「分かってる。だからどうすれば良いのか悩んでるのに」
どれだけ演技力が有るって褒められても、こういう時にそんな事は役に立たない。
先輩が本当に壊れちゃう前に手を差し伸べる事が出来る人は……。
「ど、どうした?急に笑い出して情緒不安定か?」
「別に。私が悩まなくても何とかしてくれる人がいたって思い出しただけ」
監督は私の言った意味が分かって無いみたいだけど、私が先輩を心配してるって事はとっくにせんせも何か自分に出来る事をしてるに違いない。
最近医療関係のアルバイトを事務所スタッフの仕事に支障が出ない範囲で増やしてる事もきっと意味がある。
私はせんせを信頼して、せんせの手伝いになれる事をすれば良いだけの話だった。
眠たい。でも、まだ台本を覚えきれていない。
台本をちゃんと覚えないと撮影中にNGを出しちゃう。
もうすぐ撮影が始まっちゃう……早く……覚え……ないと……。
「あれ?なんでベッドに寝てるんだろ。今日の撮影もう終わったっけ?」
自分の部屋じゃないベッドで目覚めた私は、ここが病院だって気付くのに暫く時間がかかった。
「どうして病院で寝てるんだろ。私怪我なんてしてないのに」
時計を見たらまだ撮影してる筈の時間だった。急いで行かないと撮影がストップしちゃう。
頭の中では分かってる筈なのに、私の体はベッドから起き上がろうとしなかった。
「行かなきゃ。私のせいで迷惑を掛けたらスタッフや他の役者さん達に嫌われちゃう」
「もう暫く寝てて良いんだよ。今日の仕事はドクターストップだ」
病室のドアが開いてお医者さんが入って来た。でも、その人の声は私が知ってる人の声だった。
「点滴の必要は無いみたいで安心したよ。偶々、俺がバイトしてる病院に君が担ぎ込まれたって聞いた時は心配したけどね」
もう何年ぶりだろう。7年以上経ってる筈なのに、もう40歳に近い筈なのに、私の目の前にいる人は私が初めて出会った時の姿とそれ程変わって無かった。
芸能人は若作りしてる人が多いけど、その人は沢山の芸能人がしてる不自然な若作りじゃ無くて、ゆっくりと時間が流れてるみたいな姿をしていた。
「良い演技をする役者になったね。でも、太陽だって夜になったら沈んで休んでるんだ。君もちゃんと休みを取らないと、明日は今日と同じ様に皆を明るくさせる演技が出来なくなるよ」
「雨宮……さん」
ずっと会いたかった人に出会った私は、私の肩書だった演技なんてする必要無く涙を流して雨宮さんに抱き着いていた。