純子ちゃんが誰かの日記を見ちゃったとよ?(ゾンビランドサガ短編集) 作:高杉ワロタ
下は本日中に
ドリーミードリームサガ 上
幸太郎が死んだ。佐賀を救ったすぐ後のことであった。
フランシュシュの活躍によって佐賀県には活気が戻り、全国住みたい都道府県ランキング堂々一位を獲得できたし人口も少な目から年を追うごとに増加していった。
海外でも日本や東京がどこにあるかを知らぬ人は居れども、佐賀は…九州!であることを知らない人間は生まれたばかりの赤子を除けばもはやこの地球上には存在しないほど。当然フランシュシュが活動した場所やタイアップしたお店は聖地となって日本どころか世界中からも観光客が訪れるようになるようになった。
そして数日前に行われたフランシュシュ単独野外ライブでは世界中から集まったファンはついには50万人に届いた。フランシュシュはまさに佐賀の星であり、伝説となった。
最初のあの拙いゲリラライブからここまで僅か数年。フランシュシュはみな、魂を燃やすかの如く駆け上がってきた。
彼女たちを陰から支え続けた謎のプロデューサーである幸太郎も含めて。
フランシュシュがここまで成長してもなお後方業務は彼一人であった。作詞作曲振り付け考案、衣装製作を始め、営業や宣伝告知やグッズデザインにスケジュール調整、法律顧問に資産管理などなどなど。フランシュシュの秘密が少しでも外部に漏れ出る可能性を減らすためにありとあらゆる業務を彼は一人でこなしていた。
仕事を手伝おうととしても彼は頑なに拒み、そんな暇があるならファンに応えるために練習でもせんかと突き返すのみだった。しかし彼はゾンビではない、人間だ。並の人間どころか優れた人間ですら数人居なければ捌ききれぬほどの途轍もない激務は、明確に幸太郎の肉体を蝕んでいった。
最後のライブの一か月前から彼の咳は止まらず顔が土色になったのを見て、ついに耐えかねたフランシュシュは幸太郎に休まなければライブをボイコットすると抗議した。これだけ大きくなった彼女たちがすでに決定していたライブを取りやめる。ファンたちと向き合い続けてきたからこそそれがどれほど重い物なのか身に染みてたし、それが同時に彼女たちの決意の重さをも物語っていた。
さすがの幸太郎もこれには折れ、せめてライブまで待ってほしい、ライブが終わった後に一度プロデューサー業務から身を引くと約束した。
それを聞いたフランシュシュは全力でレッスンに励んだ。ファンたちのために、そして今まで支えてくれた幸太郎に最高のライブを見せてやりたいと。そしてこれが終われば彼も休んでくれる。少し長い休暇を取ってみんなでどこかに出かけようと輝かしい未来に思いを馳せながら。
そして迎えたライブ当日。当初は暴風雨が予告されていたにもかかわらずその日はまるで嘘のように空が晴れ渡り、フランシュシュはこれまでの中でも過去最高のパフォーマンスを叩き出す。世界各地から詰め寄せたファンたちの歓声は隣町にまで聞こえるほどであり、ライブは無事に大成功、彼女たちは笑顔でステージの上から去ることができた。
はたして、フランシュシュと幸太郎と交わされた約束は果たされることとなった。幸太郎の死によって。
◇
幸太郎の容態が悪化する前からフランシュシュの面々は彼を助けるために幾度も話し合いをしていた。しかしどれも成果を上げることができなかった。目に見えるほどにやせ細っていく幸太郎の姿を見て彼女たちはみなが心を痛めた。
リリィは大好きな重機カタログを熟読しようにも数秒も集中できず、逆に愛はお肉のやけ食いがどんどん増えていき、あのたえでさえうろたえるばかりであった。みなことあるごとに手を止めては幸太郎の部屋の方向をつい視線を向けてしまい、またすぐにそれを誤魔化そうとあからさまにキョロキョロしだす。
そんな彼女たちの中にとある昏い考えが浮かんでくるのも無理からぬという話である。
ライブを終えた数日後のその日、さくらの目にちょうど階段を降りようとしていた幸太郎が目に映った。その動きは以前の幸太郎に比べれば呆れるほどに遅く、まるで何年も病院で寝たきりの老人のようであった。
──いっそここで背中を押してしちゃろか…
そんな考えがさくらの脳裏をよぎった。
幸太郎のゾンビ化はフランシュシュ内でも何度か話し合われたことだ。身体が蝕まれ続けるならばゾンビにしてしまった方がマシであると。だが同時にそのアイデアは検討されては破棄されてきた。
方法がわからないと言うこともあるが、彼は未だに生者で、ゾンビィたちは皆自分が死んだときの瞬間、その恐怖を覚えている。そしてゾンビとなるということは同時にほかの誰かと結婚して子孫を作るという生物として当然の幸せをも奪うということになる。さくらもできることなら彼には普通の人間としての幸せを享受してほしかった。
だけど今目の前の苦しそうな幸太郎の姿を見るとその考えが揺らぐ。
虚ろな足取りでさくらが幸太郎に近づいていき、もう少しで手が届きそうなところまで来た。その時、幸太郎が突然振り返った。何年も目にしていたなかった憑き物が落ちたような笑顔。さくらは思わず虚ろな世界から引き戻される。そして、
さくら、俺は────
幸太郎は糸が切れたように階段から崩れ落ちる。最期に何を言おうとしたのか、さくらは終ぞ聞くことができなかった。
◇
みんなが駆け寄ってきた時には幸太郎はすでに息絶えていた。事が事であるために今は彼の亡骸が傷まぬよう地下室に寝かせた。
ただフランシュシュの面々はショックは受けては居ても、これが幸太郎とは永遠の別れとは思っていない。元々幸太郎が不慮の事故や病気で死んだ場合は無条件でゾンビ化させるとこはずっと以前から彼女たちの間で取り決めていたことだ。
それでもやはりさくらは沈んでいた。
(私のせいやんけん…私幸太郎さんになにをしようとしたと…)
さくらは幸太郎には手を下していない。しかしその直前に思わず殺意を抱いてしまった。ならば幸太郎が死んだのもきっと自分のせいだ。
彼が倒れる直前、さくらに何か言おうとしていた。遺言になるそれを聞くことすらできなかった。さくらは自分を責める。
ゾンビ化として蘇らせることはできるかもしれない。だがたえのように意識が覚醒しなかったりさくらのように記憶を失ったままの可能性もある。彼が最期になにを言いたかったのかは永遠に闇の中へ消えてゆく。
そんな時、サキがふとあることを思い出した。
「そういやぁよ、グラサンのやつ、この前のライブの直前にあたしらに渡したい手紙があるって言ってなかとか?」
その言葉にさくらの目に光が戻る。
「言ってたでありんしたな…ライブが終わって少ししたら読めとも。確か場所は…」
「たつみの部屋の机の中だって言ってたよー」
そうだ、手紙だ。たとえもう肉声を聞くことができなくなるかもしれなくてもなにを思ったのかを手紙に遺してくれているかもしれない。
気づけば愛から手が差し出されていた。
「私たちはアイツが最期に私たちになにを伝えたかったのか知る義務があると思うの、さくらはどうする?」
その手を取るのにさくらは迷わなかった。
◇
手紙とやらは意外とすぐに見つかった。それは手紙というよりは分厚いノートだった。一体どれだけ言いたいことがあったんだあの謎のプロデューサーはと一同は思いつつも読み進める。
しかし一通り最後まで目を通し終えたとき、サキは怒りのあまりにそれを床にたたきつけた。
「ふ、ふざけんじゃねぇ!なんだよこれ!?」
サキだけではない。さくらもリリィも、あの純子でさえもだ。あれだけ沈んでたさくらにしてもこれにはさすがにムッとした。
そこに書かれていたのはフランシュシュの引継ぎに関するマニュアルであった。ゾンビのことを知っていてかつプロデューサー業務を兼任しうる人物のリスト、営業先の信頼性の順列や自身が過去に作ってきたコネの一覧、現地スタッフとの最適な調整の仕方、作詞作曲や振り付けのやり方に関するアドバイスなどなどなど。それらが事細かにびっしりと書き込まれていた。特に作詞作曲の部分などは一人ひとりについてしっかり考えられており、間違いなく血がにじむほどの努力の末に編み上げた巽幸太郎というプロデューサーとしての経験そのもの。だが、
「グラサンのやつ、初めから死ぬつもりだったわけかよ!」
それが彼女らを逆撫でするものであった。
思えば彼は業務から身を引くとは言ったが休養を取るとは一言も言っていなかった。あれだけライブが終わるまで待ってくれと言っていたのも大方これを完成させるまでの猶予というわけだろう。
特に過労死したリリィの前で過労死するなど火に油を注ぐも同然。
「いいじゃない…そっちがそのつもりならこっちにだって考えがあるんだから…」
「あ、愛ちゃん…?」
水野愛は激怒した。
「アイツが死んだということはむしろこっちの手間が省けたと考えるべきよ」
「ということはまさか…」
「ええ、予定通りアイツをゾンビとして蘇らせるのよ!」
必ずや、かの邪智暴虐のグラサンを再び連れ戻して引っ叩いてやらねばならぬと決意した。
愛には幸太郎のことがわからぬ。愛は、アイドルである。肉を食らい、さくらをどやんすしながら生きてきた。けれどもアイドルを置き去りにして死ぬような邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
自分たちをゾンビとして蘇らせ、佐賀を救うために共に歩んできたのに、自分一人だけ死に逃げなど許してやる道理などない。
「でも愛ちゃん…私らゾンビ化の方法とかわからんと…」
「そうね…確かに私たちは人間をゾンビにする方法は知らない。だけどアイツはそれに辿り着いて見せたのよ。だから私たちだって諦め──「愛はん!」えっ…!?」
言葉を言い切る前に愛はゆうぎりにビンタされる。
「弱気なこと言いなすんな愛はん!確かにわっちらはゾンビにする方法は知らなんし!されど幸太郎はんはそこに辿り着いてみせたでありんす!だからわっちらだって絶対に諦めてはいけないんでありんす!」
「え…?うん、それ今私が…」
涙目になって愛を叱咤するゆうぎりに愛は抗議しようとするも、
「いいや、ゆうぎり姐さんの言う通りだ」
「え…?」
「リリィもゆぎりんの言葉で目が覚めた気がする!」
「私も弱気になっていました!」
困惑する愛を尻目にサキもリリィも純子もゆうぎりの言葉に次々と賛同する。
「なんなの…」
呆然とする愛はそう呟くことしかできなかった。さくらは愛の肩にそっと手をのせた。
幸太郎がフランシュシュにとってどんな存在なのかはうまく説明できそうにないとさくらは思った。
初めはただの変人であった。妙に態度がデカくて、変に自信満々で、何言ってるのかわからなくて。それでも彼のおかげでステージの上に立つことができ、死んでも夢を叶えてくれた恩人なのは間違いない。
だけど今となって、さくらの彼に対する感情はそれだけじゃないように自分で思えた。恋愛感情なのかどうかはわからない。それでも彼とはずっとそばにいてほしいと、そう思える相手であるとだけははっきりと言える。そう思っているのはたぶん自分だけではないだろう。そうでもなけりゃみんなしてこうも必死に幸太郎を蘇らせようとはしない。
(愛ちゃんなんかはきっと顔を真っ赤にして否定しそうけんね…)
つまるところフランシュシュはみんな幸太郎のことが好きだったのだ。
ゆうぎりとたえがゾンビ化の秘訣を知るとあるバーのマスターをとっちめたのは幸太郎が死んでから数日後の話。
◇
屋敷の地下室で幸太郎の身体をフランシュシュは取り囲んでいた。すでにゾンビ化させる方法をバーのマスター徐福から聞き出した彼女たちはその下準備を終え、残すは幸太郎の魂を呼び戻すのみというところまでやってきた。
「グラサンのやつ、生き返ったらぜってーびっくりするとやろ」
「もう私たち死んでますけどね」
サキの言葉に純子がゾンビジョークを返す。
「幸太郎さんが目を覚ましたらみんなでせーのであいさつしない?」
「それはいいアイデアでありんすな」
「ヴァ」
「でもたつみー目が覚めても昔のリリィたちみたいに意識がないただのゾンビみたいになるかもー?」
「まあその時は思いっきり刺激を与えてやればいいわ。幸い私たちには時間だけはあるんだし」
そう言いながら愛はフランスパンを鞘み納める。ここまでほぼ不眠不休でみんな疲れ切っていたが、あと少しで幸太郎にまた逢えると思えばその程度の疲労などどうということはなかった。
「準備はいいんだな?」
徐福が再確認する。返答は頷きのみ。
「じゃあ始めるぞ」
幸太郎の肉体は光に包まれた。
フランシュシュ一同幸太郎の手を握りしめる。それと同時に彼との過去を思い出す。
初めて地下室ミーティングに佐賀城でのラップバトル、駅前での拙いゲリラライブでフランシュシュとして初めて一歩踏み出しての久中製薬での失敗、フランシュシュの大躍進の第一歩となったドラ鳥とのコラボCMにガタリンピック。チームの空中分解の危機になりかけて、でもどうにか大成功させて過去のトラウマと別れを付けることができた佐賀ロック。遺してきた家族や親友に告げることができた自分の想い。そしてさくらにとって、フランシュシュにとって本当の始まりとなったアルピノでのライブ。
絶対に忘れられない大切な想い出が駆け巡って行き、手をより強く握りしめる。
「幸太郎さん…」
「幸太郎はん…」
「幸太郎…」
「グラサン…」
「ヴァ…」
「たつみ…」
「幸太郎さん…!」
7人の想いを受けて────
────しかし幸太郎の魂は帰ってくることはなかった。
「どう、して…?」
光が消えても幸太郎の肉体は動くことはなかった。
「こいつはもう二度と戻ってはこれないな…」
それを見て徐福は目をひそめた。
「普通の人間であれば誰しもが多少の未練を持っている。その現世との未練の糸を辿って魂を肉体にとどめるわけだが、こいつの場合は完全にきれいさっぱり燃え尽きちまってやがる。燃え尽きた魂は呼び戻すことはできん。だがらもう二度と目覚めることがねぇんだ…」
そう言い切るや否や、幸太郎の肉体は急速に風化していく。フランシュシュたちがさっきまで握っていた幸太郎の手も徐々に砂となっていった。まるで幸太郎の存在した証すら消えてしまうかのように。
「い、いやだよたつみ…!お願いだから目を覚まして…!」
「幸太郎さんどうして…!?」
「グラサンてめぇ…ッ!」
サキとリリィと純子は嗚咽を漏らす。ゆうぎりは目を伏せ袖で顔を隠し、たえもまた泣き出し始めた。
「な、なんで…」
愛は崩れ落ちるように座り込み、泣くことすらできずに放心状態となった。
「ぁぁっ…ぅぁ…ぁぁぁああ──」
もう消えかかった幸太郎の手の感触にさくらは絶叫した。
「───────────────────────ッ!!!」