純子ちゃんが誰かの日記を見ちゃったとよ?(ゾンビランドサガ短編集) 作:高杉ワロタ
洋館から逃げ出した純子はいつぞやの砂浜でもう夜だというのに黄昏ていた。
早く戻らないときっとみんな心配するだろうに頭の中は幸太郎の日記のことでいっぱいだった。
そこに書かれていたのはきっと彼が触れられてほしくないものなのだろう。そんなものを自分の好奇心で覗き込んでしまったのだ。
純子は幸太郎のことをもっとよく知りたくはあったが、だからといって彼を傷つけてしまいかねないようなやり方を望んでいなかった。
謝りに行こう。
日記を読んでしまったことも含めて彼に報告してその上で罰を受ける。いや、彼のことだ。もしかしたら怒らないかもしれないが、その代わり失望するだろう。
もう一度死ぬよりも彼に失望される方が純子はもっと怖い。しかし、それもきっと罰なのだろう。
純子は覚悟を決め、立ち上がろうとして────
「家出のゾンビィガールはここですk「ヒヤッ!?」アガッ」
突然耳元で響いた大声にびっくりして急に立ち上がってしまう。
頭になにか尖ったものがぶつかったのを感じるとともに、誰かがうめき声をあげて倒れる音を聞いた。
痛む頭を抱えながらも振り返った純子が目にしたのは倒れ悶えている幸太郎の姿だった。
幸太郎が起き上がってから、幸太郎と純子は言葉なく一緒に膝を抱えて海を見ながら座っていた。
やっぱり謝らなければならない。余計な言い訳も要らない。
どんな結果になろうとも甘んじて受け入れよう。純子は意を決して口を開き、
「日記を勝手に読「気にするな」
幸太郎の言葉に被せられる。
「ですが…」
「机の上に置いて風呂に行った俺の落ち度だ。お前が気に病むようなものではない」
幸太郎の声には咎めるような音色はない。それどころかむしろ純子のことを気遣おうとしているように思える。
「それにぃ、あれは思春期の高校生の黒歴史ノートなんじゃい!そっちの意味の方で恥ずかしいんじゃボケー!」
そんなはずはない。
ほんの1ページ程度しか見ていなかったとはいえ、純子にも察せる。あれはきっと今のゾンビアイドルプロデューサー巽幸太郎という存在の始まり。
幸太郎が言うほど軽いものではないはず。だが本人にそう宣言されてしまった以上、純子はなにも言えなかった。
何分経ったのだろうか。砂浜に波が打ち付けられる音だけが響き渡って時間が流れていく。
「幸太郎さんは…」
「…なんじゃい」
純子は自分の疑問を口にする。
「幸太郎さんはどうしてそんなに頑張れるんですか…?」
さくらと愛のため。
それはあのノートに綴られた後悔と今の幸太郎の態度を見れば誰でもわかることだ。
しかしだからこそ純子にはわからなかった。さくらや愛の死から10年。それで今ほどの技量を手にする。
常人どころかそれなりに才能を持った人間にとってだって簡単なことではない。それほどの執念を重ねていることは想像に難くない。
だというのに────
「そりゃ当然佐賀を救うために決まっとるんじゃろがい!」
だというのにどうしてこの人は、自分の想いをひた隠しにしてまでがんばれるのだろうか。
佐賀を救いたいという言葉はきっと嘘ではないだろう。
しかしまた、それがすべてだとも純子は思っていない。
誰だって頑張れば認めてほしいと思う。
生前、アイドルとして数多のステージを駆けてきた純子とてやりきったあとは誰かに褒めてもらいたかった。
人間であれば大なり小なり抱えて当然のものである。
まして、想いを抱いた相手のために自分の人生を捧げてまでその夢を叶えさせようとした相手だ。
恩着せがましく敬えとまではいかなくても、たった一言、たった一言の労いの言葉すら求めない。
そのひたすらなまでにストイックな在り方に純子は胸が締め付けられ、目尻が熱くなるのを止められなかった。
そんな純子を見て、幸太郎はやれやれとでも言いたげに頭を搔いた。そして重むろに語る。
「全部自分のためだ。俺は自分が見たい光景を実現させたいだけだ」
その音色に先ほどのようなおふざけは感じ取れない。前の時もそうだったが、幸太郎という人間は〝そういうシチュエーション″になると驚くほど真っ当になる。
きっと根は生真面目な人なのだろう。
「本当にそれで全部なんですか…?」
けど純子はそれだけでは納得できない。そんな純子を尻目に幸太郎は立ち上がる。
「それで全部さ。そのためならば死んだ人間をよみがえらせるし神にだって喧嘩を売る。それで自分が見たい世界を実現できるのだ。これ以上の報酬などこの世界のどこにある?」
「そんなの…」
そんなの、人間一人が背負いきれるものではない。
純子は立ち上がった幸太郎の背中を見上げる。どこまでもまっすぐで、燃えるような意志。それでいて、
脆く、今にも折れてしまいそうで────
純子は思わず幸太郎の背中に抱き着いた。自分でもなんでかはわからない。
完全に無意識の行動だ。だけどこうしなければならないとも思った。
「もっと、もっと私たちを頼ってください…!」
「現在進行形で頼ってとるじゃろ。アイドルはプロデューサーだけでは無理に決まっとろうが」
「そうじゃないです、そういうことじゃ…!」
目を閉じているのに、両目から雫が溢れるのを止められそうにない。
幸太郎の両手が純子を包んでから引きはがし、まるで舞台に立ったかのように両手を広げて宣言する。
「いいか純子、よく覚えとけ。俺は
神に宣戦布告し!佐賀を救う男にして謎のアイドルプロデューサーッ!
────巽幸太郎様じゃい!
お前たちが佐賀を救い終わるまでこの俺は決して倒れはせん!」
ああ、きっと私の言葉だけじゃあ届かないんだろう。純子はそう思った。だから、
「約束、約束してください…」
「なんとでも言え、全部叶えてやる」
「私たちフランシュシュと幸太郎さんが佐賀を救った暁には────さくらさんと愛さんにすべてを話してください。全部です。」
サングラス越しに幸太郎が目を見開いたのを純子は感じた。
「本気か…?」
「本気です。まさか幸太郎さんは過去の言葉を撤回するのですか?」
「ふ、ふん!どのみち全部佐賀を救うって目標がまず近くなってからの話だしぃ?お前たちのようなすっとこどっこいにはまだまだ遠い話じゃい!」
また普段の調子に戻った幸太郎に、純子は自分の涙をぬぐった。
今のままでは駄目だ。
この私、紺野純子はもっと強くならなければならない。
佐賀を救って、幸太郎をギャフンと言わせられるほどに強くならなければならない。
「ほら帰るぞこのボンクラゾンビィ、大体明日もイベントじゃろがい!あっ」
その時何かが砂浜に落ちる音がした。幸太郎がかけていたサングラスが根本から割れていた。どうやら先ほど純子が頭をぶつけたときに壊してしまったらしい。
そこで純子は初めて幸太郎の素顔を見る。
月光に照らされた〝彼″は整ってはいるものの、どこにでもいるような特徴のないことが特徴のような青年だった。
〝彼″の素顔のことは自分の中にだけしまっておこう。
そしていつの日か、彼に安らぎが訪れんことを祈って。
◇
幸太郎と砂浜から戻ってきてから数日経ったある日のこと。
純子の中であることが気になった。なぜ自分が幸太郎に選ばれたのかと。
さくらと愛は当然だ。日記にもあるようにきっと今の幸太郎の原動力となるような存在だろう。
サキとリリィに関してはともに佐賀出身で、年齢的にも生前どこかで接点があってもおかしくない。
自分以上に謎であるゆうぎりとたえのこともあるが、それにしたってなんで接点のない自分が幸太郎の蘇生対象に選ばれたんだろうか。
正直自分以外にも佐賀生まれで若くして亡くなったアイドルはほかにもいる。
さくらをサポートさせるためって言うならば、もう少し年齢を重ねたアイドルの中から探せばよかったのではないだろうか…
愛とさくらが呼びに来るまでの間、答えの出ないループに純子はハマり続けた。
ゾンビ共が寝静まった深夜、幸太郎は机の引き出しの中から〝それ″を取り出す。
父親からもらった古いレコードだった。
幸太郎の幼い頃、両親はいつも共働きであり、幸太郎はいつも家の中で独りであった。
そんな中、父親の物置から見つけ出した〝それ″は、幼い幸太郎にとって唯一孤独を紛らわせてくれるものだった。
父親が若い頃に追いかけていた若くして亡くなったとある伝説の昭和のアイドルのレコード。
そこに刻まれた音色は今なお色あせずに記された歌声を正確に奏でてくれる。
源さくらと水野愛が〝巽幸太郎″にとってのきっかけであるならば、〝それ″は〝乾幸太郎″にとっての始まりだったというだけの話。
「なんじゃい、寝付けん…コーヒーを飲み過ぎたか…」
そうつぶやく幸太郎の口元はしかし不思議と緩んでいた。