純子ちゃんが誰かの日記を見ちゃったとよ?(ゾンビランドサガ短編集) 作:高杉ワロタ
月夜にあなたと 上
ゾンビとして第二の生を受けてからというもの、純子の頭の中には常に幸太郎のことがあった。
いつもサングラスをかけていて、その奥では何を考えているのか純子には想像つかなかった。
彼はいつも不遜な態度を取っている。しかしそこに不思議と不快感を覚えない。
アイドル時代より、他人の目線に晒されてきた純子だからこそ、彼が自分たちに向ける視線の中には卑しさなどは感じなかった。
もっとよく彼のことについて考えるようになったのはやはり純子の殻を破りに来た時のことであろう。
やはりどこか今の時代のアイドルを軽んじて、そして軽んじていた自分に対しても自己険悪に陥った純子に新しい世界を見せてくれた。
よくよく考えれば自分よりも遥かにあとの時代の愛やさくらが自分と同じように一生懸命みんなを楽しませようとしているのは見てきたはずなのに。
冷静ではなかったのかもしれない。そうやって少し恥ずかしくなっていたとき、ふと思った。
彼は一体どうして私たちをよみがえらせてまでアイドルをさせようと思ったんだろう…と。
純子は間違いなく昭和のアイドルとして伝説だった。それは数十年経った今なお追悼番組が製作される程度には決して過大評価ではないだろう。
そんな純子だからこそ気づけた。幸太郎とこのフランシュシュの特異性を。
仕事を一つ取ってくるだけでもすごく大変だ。純子の駆け出しのころ、相手がアイドルという存在そのものに理解を示さず空振りになることがほとんど。
時代が変わったとはいえ、彼が観光と称しているがそんなに簡単なことではないはずだ。
歌にしてもそうだ。少なくとも純子の経験では新しい曲は一人で作れるものではない。
作曲家と作詞家が曲を生み出して、そこに振付師が曲を彩るような魅せ方を編み出す。
彼が作曲をしていたことはたまに目にすることはあるので知っていた。されど作詞家や振り付け担当は謎のままであった。
もしかしたら自分たちが知らないだけでほかに誰かが一緒に製作しているのかもしれない。そんなことを考えたこともあった。
だけど長いとは言えないまでもそれなりの時間を過ごして来て、彼以外の人の面影は一切見えたことはなかった。
これでもアイドル暦はそれなりにあり、全国クラスに駆け上がるまでは数年近く掛かっていた。その間にいろんな人の曲を歌って来たりもしてきたゆえに、相手に会ったことなくともその残り香を純子は感じることができる。
歌詞や曲調、振り付けなどは明らかに純子たちのこと一人ひとりを考えて計算されつくしたもの。作詞作曲振り付けすべてを幸太郎一人で賄っている。尋常ではないことだ。
この人は一体どれほど私たちのことを見ているんだろう?そこに気づいてからは純子の中で幸太郎の存在は日に日に大きくなっていた。
彼のことをもっとたくさん知りたい、そんな欲求が湧き出るのも至極真っ当なものであった。
そして、〝それ″が起きたのはちょっとした好奇心からだった。
ある日、幸太郎はいつものように観光(営業)から帰ってくるとシャワーを浴びに行った。そしてちょうどフランシュシュのほかのメンバーは外に遊びに行っていた。
屋敷に残って掃除をしていた純子はまだ掃除されていない幸太郎の部屋に入っていた。
純子が幸太郎の部屋に入ったのは別にこれが初めてではない。愛やさくらなどと共に、パソコンなる代物でサガロックについて調べたとき以降でもサキと共に何度かここへと足を踏み入れたことがある。
その時は楽器やらいろんな本が置かれていたことにまず驚き、そして随分使い込まれていたことにも気づいた。
彼の過去は知らない。しかしきっと並々ならぬ努力をしていたのだろう。
そうやって心の中で幸太郎に対する好感度がまた上がった純子だが、その時幸太郎の机の上に置かれていた一冊のノートが彼女の目を引いた。
どこにでもある市販のもの、もはやくたくたヨレヨレにまでなったそれは日記帳のようだったが、不思議と純子の心がざわついた。
────見ちゃいたい。
そんな好奇心が純子の中で湧き上がる。
しかし、純子はそれを選ばなかった。
他人の日記を覗き見る。それは相手の心の庭に土足で踏み入れることだ。そんなことはしたくはない。
相手の心中を知るということはいいことばかりではない。相手を傷つけることもある。自分の好奇心のために幸太郎に対してそんなことはしたくない。
純子は欲望を理性で無理やり抑え込んで掃除に戻り、換気のために窓を開けた。
────ひと際強い風が部屋に入り込む。
舞い込んできた風は幸太郎の机の上の雑誌やノートなどを床に吹き落してしまった。
掃除するものが増えてしまいました。。。純子の少し肩を落とす。
そうやって純子は床に落ちた雑誌を一冊ずつ拾い上げて、ふと手が止まる。
幸太郎のノートが床に落ちていたのだ。
────見ちゃいたい。
悪魔のささやきが聞こえる。
仕方ないのだ。片づけなければならないんだから。
あれだけ理性がダメだと言っているのに。いけないことをしている背徳感と、見てしまいたい欲求に、純子は心臓が止まっているにもかかわらず、ドキドキする感覚を錯覚する。
純子の幸太郎に対する想いは、本人の恋愛経験のなさからか、〝年頃″の女の子だからか、恋心という域に居た。
もっと幸太郎さんのこと知りたい。純子の手はゆっくりノートへと近づく。
しかし、だからこそ純子は踏みとどまる。幸太郎のことを想うからこそ見てはならない。
そんな抵抗をする純子にまるで追い打ちをかけるかのように、一陣の風が神の見えざる手かの如く表紙を巻き上げ、日記の中身が目に入る。
直後、純子はすさまじい後悔を覚えた。
『俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいで源さんがしんだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいで水野さんが雷に打たれた。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。』
『あの時俺がCDを拾ってあげなければ源さんは死ななかったのかもしれない。夢を追いかけてられていたのかもしれない。駅で迷子になっていた水野さんをライブ会場に案内しなければあんなことにならなかったのかもしれない。昔から俺になにかいいことがあれば必ずと言っていいほど周りに災厄が降り注ぐ。』
『こんな幸運なんて要らんかった。ほしくなかった。俺が死んだっていいから彼女たちを生き返らせてくれ。』
『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめ』
日付はおよそ10年前のものだろうか。中には志半ばで死んでいったさくらと、そのあとを追うかのようになくなった愛についての後悔や嘆き、悲しみが余白など見つけられないほどびっしりと綴られていた。
「あっ…あっ…」
取り返しのつかないことをやってしまった。純子は口がパクパクするばかりで呼吸は浅く、しかしどんどん増えていき、手はどうしようもないほどに震える。
どうして覗き見なんてしてしまったのか。後悔と恐怖と罪悪感ばかりが頭の中を駆けまわる。
そうこうしているうちに幸太郎がお風呂から上がったのか、バスルームのドアが開く音がした。
まずい、戻ってきてしまう。
そう思った純子はもはや言うことを聞いてくれそうにない両手を抑えながらなんとかしてノートを机の上に戻し、力の抜けた足腰を叱咤させて幸太郎の部屋から逃げ出した。