pixivは2023年6月13日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

豆子
豆子
ずっと隣の深津くん - 豆子の小説 - pixiv
ずっと隣の深津くん - 豆子の小説 - pixiv
70,301文字
ずっと隣の深津くん
山王のモブ女子(ネームレス)が恋情:慕情7:3くらいで「深津くんカッケェー!」しながら卒業式まで駆け抜ける話です。
夢……小説……??モブ……小説……??

novel/14525203の続きです。
松本くんのジョカノ(ネームレス)と河田くんの友達novel/19111266(名前ありnot恋)が出てきます。

映画面白かった……!目が足りない!山王も湘北も愛しい……。
深津くんに声が付き、床バンまで見られる令和、最高です。生きてて良かった。

追記:タグありがとうございます……!嬉しいです!
続きを読む
1365178320978
2023年1月15日 10:43

テレビの中のアイドルよりも私は隣の深津くんが好きだ。
隣の深津くんというのは高校生でバスケットをしている人間なら知らない人はいない高校バスケット界の王者山王工業のバスケットボール部主将で、恋人が出来たチームメイトへの冷やかしにはきっちり加わるノリの良い男子高校生で、何故か、今、私の隣で卓球のラケットを握っている深津一成くんが、私は好きだ。







テスト前、部活動禁止期間中の第三体育館には暇をもて余した私たち文化部二名の想像通り人影はなかった。

「お、あったあった~」

友人の間延びした声ががらんとした体育館に響き渡る。
体育館の二階部分にある卓球場からは体育館フロアが一望出来る。卓球愛好会が綺麗に畳んでいった卓球台二台とラケットが四本。ボールも二つ。
山王工業には部活から愛好会までスポーツ系の団体が山ほどある。部活は全員強制参加で、生徒全員が何らかの課外活動をしている。深津くん率いる男子バスケットボール部はとりわけ活動が盛んで、この学校の代名詞だった。地元の飲食店にバスケ部のジャージを着て入れば、なんらかのオマケと「今年も優勝カップ見せてな!」と言われるほどなのだ、と友人に又聞きをしたことで私も知っている。
つまり彼らはマイペースに活動をしている私たち文化部女子とは似ても似つかない集団なのだ。
友人は沢北くんがアメリカへ留学した今、河田くん曰くのバスケ部二番手の男前から一番手の男前となった松本くんと交際を始め、ファンだファンだと嘯いていた私は妄想の中の深津くんよりも隣を並んで歩いた深津くんが好きなことに気づいてしまった。
深津くんは相変わらず格好良く冷静で、いつも素敵だ。そんな深津くんはあの花火以降、廊下ですれ違えばぺこっと会釈をしてくれるし、体育の時間も同じくしてくれようになった。全日分、その様子は脳内で百万回再生はしたので、すれ違い様、横目で見た表情も、友人と雑談する姿も寸分違わず思い出せる。深津くんは普段、いつ見ても運動神経が良い人特有の体幹が強そうな姿勢(という文化部の妄想かもしれない)をしているのだが、明け方は一桁に届くか届かないかという気温になったその日、やや肩を竦め大きな手をジャージのポケットに突っ込んでいた。
未だに一年の四月から憧れ続けた深津くんと挨拶をする自分は長い夢でも見ているのではないかと思う。私は、煮詰めすぎてヘドロのようになってしまった深津くんへの強烈な憧れを今日も胸にもて余している。

「今日はバスケ部も休みで残念だね」

体育館のフロアを見下ろしながら、ご丁寧に制服から着替えたジャージの袖を捲りながら友人が言った。バスケ部はいつも第一体育館と第二体育館を使っているんだよ、第三は他の部活が休みの日に、二軍?の人たちが使っていることもあるよ。とは言わなかった。そういう言動が度々この心の広い友人すらもドン引きさせていることを知っているからだ。
この県立高校にあるまじき学校設備の豊富さも、なんと言ったって超名門と言われるバスケットボール部のおかげだ。

「せっかくワンチャン深津くんのイケイケバスケ姿を見れたかもしんないのに」
「バスケをしている深津くんは確かにイケイケですが、バスケをしていない深津くんもイケイケです」
「ふーん」
「ニヤニヤしないでよ。つられるから」

二年半かけてようやく「多分同級生……?」から「知人」にステップアップ出来たのだ。この喜ばしすぎる現状を一秒でも長く持続させたい。背が高い深津くんが廊下でぺこっと頭を下げる姿を出来れば卒業まで見れるように。というか幸せすぎて受験生なのに全然まったく勉強が苦痛ではない。学校最高。毎日来たい。週末休みが長すぎる。
並んで歩いた寮までの道のりも廊下ですれ違う制服姿の深津くんも思い出して何回でも反芻出来る。
これ以上望むのは贅沢だと分かっているけれど、私は変わってしまった。

私は、もっと、深津くんのことが知りたい。

「まあ雑談はさておき」

友人の打ったボールがすこーんと私の横を素通りした。

「え、いきなり始めないでよ。ずるい。今のノーカンでお願いします」
「折角卓球愛好会が貸し出してくれたんだし」
「部活動禁止期間なのにね」
「部活じゃないからセーフっしょ」
「セーフかな」

キュ、キュ、と床を擦るその音を、普段なら聞き逃すはずはなかった。
会話とラリーを続けているうちに友人側にどんどん点が積み重なっていくので、私はバカみたいに腕を思いきり振った。言うまでもなく卓球はボールが飛べば点が多く入る競技ではない。

「大ホームランじゃん」

私の打ったボールは友人の遥か頭上を飛んでいき、そのボールは床に落ちる前に卓球場の入り口に立った松本くんの大きな手に捕まった。階段を上りきった松本くんの後ろからもう一人分あの音がした。バッシュが床を擦る甲高い音は、私の中でドッと胸が高鳴る音といつだって重なった。
よ、と松本くんが私たちに手を挙げると同時に松本くんの後ろからにょきっと深津くんが顔を出した。友人が気安く手を振り返す。

「部活動禁止期間ですよ~お二人さん」
「特大ブーメランじゃないか?」

揶揄った友人の言葉に返ってきた松本くんの言葉は、文化部のくせに体操着に着替えてまで卓球に興じている私たちを的確に刺してくる。

「何してんの?」
「活動しちゃダメって言われるとしたくなるから卓球してた。そっちは?」
「第一体育館だと見つかるので第三まで来ました」
「同じ穴の狢だったかー」
「で、下まで「禁止期間」とは思えないような楽しそうな声聞こえてきたからさ」
「つられて来ちゃったわけか。お主も悪よのう」

友人と松本くんがいちゃいちゃ(??)している隙に、私は背伸びをして二人の向こう側の深津くんを見た。深津くんがぺこりと頭を下げたので、慌てて頭を下げ返す。大きい身体の人がする小さいしぐさというのはどうしてこんなに可愛らしいのだろう。本人がいなかったらきっと胸をかきむしっている。

「勉強サボってバスケなんて本当に好きなんだねぇ」

バスケ部の夏の大会が終わった。
「大番狂わせ」「ジャイアントキリング」好き勝手周囲が騒ぎ立てた声は彼らの耳にも入っているだろう。勿論、彼らを慰める言葉もそれ以上に多いかもしれないが、部外者が何を言っても「お疲れさま」も「残念だったね」もましてや「でもすごかったね」なんて慰めどころか侮辱になる可能性だってある。同情とかではなく、自分たちの努力がすべてなくなったみたいな風には思っていて欲しくない。例に漏れず部外者の私はそう思った。
でも多分、そんなことすら杞憂なんだろう。勝敗の結果を受け入れられないレベルに彼らの精神はないし、そこから立ち上がれないほど弱いはずもない。何せもっともっと大きなプレッシャーと常に戦い続けてきた人たちなのだ。
広島から秋田に帰ってきてからのバスケ部の雰囲気は誰にも触れないみたいなところがあった。ウィンターカップではもう負けられないという鬼気迫るものがあったのだ。だから今、少しほっとしている。松本くんも深津くんもテスト休みというつかの間の休息に肩を下ろしていたから。短い、短い、戦士の休息だ。
そしてその休息にも彼らはボールに触れる。よく山王のバスケットを義務とかいう人もいるけれど私は少し違うと思う。勝つことは義務化していると思うけど(それもあんまり好きな言い方ではない)バスケットは彼らの義務ではない。かけがえない情熱の伴侶だ。

「まあ、サボりっつっても二人は頭いいもんな」

一年次の成績を思い出しているのか松本くんは、自分はそうでもないと言った風に爽やかな坊主頭を掻いた。

「同コミュニティじゃない人間をハブるの良くないピョン」
「悪かったよ。ってか深津も頭いいだろ。俺だけハブだ」

元同じクラスの松本くん、友人、私の三人の会話に疎外感を感じたのか深津くんは持っていたバスケットボールを左右に投げながらちらりと松本くんを見た。
バスケットのあんな複雑な試合展開をコントロールしているポジションの選手の頭が悪いなんてことは逆に考えられない。深津くんは松本くんの言葉を肯定も否定もしなかった。彼の成績についての評価は流石の私もあまり知らなかったけれど、松本くんの言う言葉は真実なのだろう。どうしよう。深津くんの素敵エピソードがまた増えてしまった。なんたる僥幸。

「松本くんと深津くんもやる?」
「え?卓球を?」

友人が誘ったのは名前の挙がった二人なのに、思わず私が答えてしまった。

「バスケやったって勝てないもん」

それはおっしゃる通りなのだけれど、バスケする気満々で体育館にやってきた二人を卓球に誘うのか。というか正直私は運動神経があまり、全然、まったく良くないので深津くんにあまりダサいところを見られたくない。世の中の運動エリートには想像も及ばない運動音痴がいるのだと知られたくない。

「俺たち負かすこと前提の勝負なのか」
「まあ勝ちたい対決なら雪掻きなら間違いないけどまだ早いかんねー」

なぜ友人は松本くんと組むではなく松本くんたちを負かす方向で話しているのだろうか。松本くんのツッコミがもっとも過ぎる。

「雪掻き?」
「秋田の女がバスケ留学生のシティーボーイたちに雪掻きで負けるわけないわ」
「まあそりゃそうだけど」

友人があまりにも当たり前のことを言うので私は思わず相づちを打ってしまった。豪雪地帯の民にはその自負だけはある。冬の晴れ間が当たり前、雪を見れば覚悟を決めるよりもはしゃぐ都会の民に、私たちが負けるわけがない。深津くんたちが相手でもこれは譲れない。
黙っていた私までもがいきなり割って入ったからか、心外だ、と言った風に松本くんは抗議をする。

「そりゃそうだけどって言った!?俺らだって三年住んでるんだぞ?」
「じゃあ卓球で決着つけるしかないピョン」
「「は?」」

松本くんと私の言葉が綺麗に被った。
深津くんって結構こういうところがある。
大分遠回りをした感があるけれど、深津くんは友人の誘いに乗った。松本くんと私は「雪掻き対決はまた冬にやるピョン。負けないピョン」「胸を貸すよ」となにかよく分からないライバル意識の芽生えた深津くんと友人の会話を横目に、口をぽかんと開けた。話しが二人の間で滑らかに進んでいく。

「じゃあ、やりますか!」
「やるピョン」
「え、いや、まあ……いやいや!無茶ぶりするなよ!大体バスケと卓球の共通点なんてボールの色くらいしかないだろ!」
「言い訳見苦しいピョン」

変なことを言っているのはお前の方だが?という自分の正しさを疑わない瞳で、深津くんは松本くんの抗議を受け流している。松本くんは友人が渡したラケットをしぶしぶ受け取った。そりゃ可愛い彼女の笑顔には逆らえないだろう。それはそう。しょうがないことだ。
組んだら深津くんとチームになれる。敵になれば合法的に正面から向き合える。でも果たして友人と松本くんを引き裂くことは得策だろうか。友人としてそれはいかがなものだろうか。卓球をすることは決まってしまったので目下私の関心はチーム分けに絞られた。
繰り返すが私は母親のお腹に運動神経を置いてきた人間だ。短い背丈も貧相な手足も軟弱な精神もなにもかもが運動に向いていない。心のなかでさえ言い訳には饒舌で大変恥ずかしいのだが、私と組んで深津くんが恥をかくのは嫌だ。組む相手は申し訳ないが友人か、松本くんが良い。視線でアピールしてみるが、二人はなんだかもう組み合わせはこれしかないという自然さで卓球台の向こう側に回っており、こちら側には必然的に、高校バスケ界ナンバーワンガードである深津くんとマラソン大会で一之倉くんに三回抜かされた私が残されている。バスケットボール協会から抗議がくる絵面だ。

「あの、すみません。私、運動があまり、その」
「知ってるピョン。一年の時体育の授業バスケで、野辺に顔面パス決められてたピョン」

嫌味ではなく深津くんは事実を言っている。
走馬灯のように、深津くんの中にさえ刻まれている、自分の運動音痴エピソードが甦る。
そうなのだ。あの時野辺くんはめっちゃ私に配慮をしてくれていた。正確には、女子全員にとても気を払ってくれていた。
野辺くんだけではない。山王では各クラスの女子の人数が少なすぎるためチームスポーツの授業になると必然的に男女混合になる。女子が男子に混ぜてもらう形だ。内容に変わりはないとはいえ、高さとか重さとか筋肉量とかとにかくスポーツに置いて無視できない差がどうしても生じてしまって、ましてや運動エリートたちは体育の時間中、チームメイトとなった女子は勿論、敵チームの女子にも繊細すぎるほどの繊細な気遣いをしてくれる。
それに対して私である。
言えない。深津くんに見とれてよそ見をしていましたなんて口が裂けても言えない。
飼い主とペットのキャッチボールでも早々ないくらい、優しく、丁寧に、寸分の狂いなく野辺くんが投げたボールを、しかも私の名前を呼んで今からあなたに投げますよという合図までくれたのに、私は顔面キャッチしたのである。土下座ものだ。野辺くんの気遣いをゴミ箱に丸めて捨てたも同然なのだ。
あとから聞いた話しによると、野辺くんは青ざめて念仏のようにごめんと唱えていたらしい。幸い鼻血を出したくらいで済んだのでクラスメイトたちは試合を続行し、何も問題にすらならなかった。対戦相手と私たちのチーム。10人と体育教師の間だけで終わったのだ。と思っていた。
今それが大問題となって私の横っ面をひっぱたいている。
見とれていた視線の先、深津くんは間抜けな顔面キャッチ女を隣のコートから見ていたのだ。軽く死にたい。あの時の受かれぽんちも「やっぱり深津くんって視野が広いんだな」と好きが高まっている自分も、反省せいと頭をひっぱたきたい。

「まじ?気づかなかった」

野辺のパスを顔面キャッチ……と松本くんは青ざめている。そのときの私は、同級生相手に「バスケットで手加減する深津くん」という超超超レアな姿を見て大興奮していたため実はあまり痛みを感じなかった。覚えていないと言っても良い。

「私も知らなかったよ」
「できれば知らないでいて欲しかった……」
「悪いピョン」
「いえ悪いのはすべて私なので」

マークする価値なしと思われ手ぶらだったにも関わらず優しさを捏ねて固めたパスさえ受けれなかった私がどう考えても悪い。せめて深津くんには白状しておきたい。知っているとしても、超がつく運動エリートである深津くんが見たら腰を抜かすだろう運動音痴がこの世にはいるということを。

「あの、なので」
「大丈夫だピョン。組むピョン」

深津くんの言葉には有無を言わせぬ謎の力がある。さっとラケットを渡すと、深津くんは自分のラケットをくるくると回した。感触を確かめているのかもしれない。
ただ松本くんと友人を組ませたいだけというお節介な親切心かもしれないけれど、深津くんに限ってそんなことはない気がする。そして大丈夫、と言われればたぶん大丈夫なのだ。恥ずかしさも後ろめたさも胸のもやもやが、深津くんの一言で晴れていく。
バスケットをしている時もそうなのだけれど、時々、深津くんのことを魔法使いみたいだなと思うことがある。私の保身に走った悩みとは比べることもおこがましいが、松本くんを始め、きっとチームメイトもそんな深津くんを信頼している。
深津くんは優しい。なんなら私と組むよりも深津くん一人で二人を相手をした方がずっと勝率は上がると思う。それでもあぶれた私と組んでくれるのだという。ダサい言い訳をして、勝手にびびっていた自分が恥ずかしい。
深津くんには男女比9:1のこの学校の男子にありがちな、女子への多大な好奇心とほんの少しの引け目みたいなものがまったくない。普通に卓球に誘ってくれるし、廊下ですれ違えば、私の隣に誰かいようがいまいが挨拶をしてくれる。
憧れとか関係ない。勇気を出したい。深津くんの隣に居るときだけでも彼に恥じない自分で居たい。

「深津くん」
「なんだピョン」
「私、頑張ります。この試合に勝ったら、私と友達になってください」

深津くんの眉がぴくりと動いた。それに少しすくみそうになる。
深津くんはあまり喜怒哀楽の表現が大きく顔に表れるタイプではなく、また、バスケ部の中にいると基準が狂うので分かりにくいが身長が高いので、見下ろされると少しどきっとする。今までは遠くから見ているばかりだったけれど、私は今、深津くんの隣にいるのだ。怯むな。

「いいピョン。勝ったら今度こそ敬語撲滅キャンペーン実施して欲しいピョン」
「……もちろん!ありがとう!よろしくおね、よろしくね……!」

負けたら全部終わりなんてことはない勝負だ。でもくだらない勝負でも深津くんに黒星なんてついて欲しくない。
何より。深津くんのことを、もっと知りたい。友達になりたい。

「というわけで」

ごくりと松本くんが唾を飲み下す音が聞こえた。深津くんの声には人の背筋を正すような響きがある。時には味方を鼓舞し、時には敵に焦燥と絶望をもたらしたのだろう、そんな声。でも私にかけられたのは世界一頼もしい、信頼できる言葉だ。

「手加減なしでいくピョン」
「っす!」

舎弟か?と友人が口の動きだけ言っているのが見えた。
それにしても、身長180センチを越える人と並ぶ卓球台はあまりに狭い。距離が近くて肘うちしてしまうのではないかと冷や冷やする。台の向こう側のすらっとした友人がとても小さく見えた。あの体格差でぶつかったら大事故になることは容易に想像出来る。ふと縁起でもないことが頭を過った。
松本くんの構えがわりとマジだったので、私の心臓がばくばくとなり出した。それが合図のように、じゃんけんで勝って先行となった友人チームの持ったボールが満を持して台の上で弾んだ。ボールはネットを越えてこちら側に向かってくる。ワンバウンドしたボールを事も無げに深津くんが打ち返した。ふっと松本くんが息を吐く音が聞こえた。気まぐれの勝負に巻き込まれた松本くんが腹を括った音だ。彼女の前で負けるのがいやだという松本くんの気持ちは容易に想像できる。深津くんと私が友達になるとかならないとかはさておき、松本くんにも譲れないものはある。松本くんが、息を弾ませてポニーテールを揺らす友人の横顔を一瞥した。
松本くんがぱっとラケットを握り直した。次の瞬間、彼の放った渾身のスマッシュは鉄壁の守りを見せる深津くんの前ではなく、その隣を守る私の無防備なテーブルぎりぎりを撃ち抜いた。へー卓球のボールってこんな鋭い音が出るんだーというくらい軽快な音を立てて弾んだボールは私の頭上を大きく越えて、コン、コン、と数回弾むと体育館履きの足元で止まった。
穴があるなら徹底的にそこを突く。容赦なく攻めて相手が折れるまで。いつもの山王バスケ部員ならそうだ。でも今この状況で、こういう戦い方は深津くんも想定していなかっただろうし、また、深津くん自身もやらないつもりだったのだろう。
深津くんが鋭く松本くんを見据えた。

「松本……」
「俺だって本気出すぞ!負けたくねえし!」

自販機より大きい運動部員が文化部相手に狙い打ちなんてもうこれは試合ではなく一方的なリンチだ。深津くんの目がそう訴えている。
事実私は目で追えないスピードの球に未だに動けずにいた。深津くんが隣でこちらを見た。恥ずかしい。いたたまれない。一歩も動けなかったし、友人と松本くんがハイタッチしている様も異様に様になっていて悔しい。

「忘れるピョン。やり返すピョン」

深津くんは全然私を責めなかった。背中を優しく叩くような声だった。深津くんの声を聞いて、不安にざわめく心臓が落ち着きを取り戻していく。
そうだ。試合は始まったばかりだ。深津くんの友達になると誓ったのだ。絶対に諦めない。

またラリーが始まる。台の隅ギリギリを狙いながら、深津くんは松本くんに揺さぶりをかける。

「卑怯な真似は幻滅されるピョン」
「っ」

動揺を誘うには十分だったようだ。誠実な松本くんは「卑怯」なんて言葉を向けられたことがないんだろう。慌てて確かめるように横の友人の顔を見ている。視線を受けて、さっぱり心当たりがないと言った顔をしている友人の方へ深津くんのラケットの面がくるっと向いた。やり返すとはそういうことか。友人よ。バスケ部の本気のスマッシュ結構怖かったよ。まもなくこちらのコートに戻ってきたボールを深津くん打ちにいった。カッと乾いたインパクト音がする。松本くんはカバーのため、友人の方に手を伸ばすが、友人は少しびびりながらも深津くんの球を正面から受けようとしている。勇敢だ。
しかし深津くんのボールは友人ではなく、無人となった松本くんの正面を射抜いた。

「ああっ」

見事なフェイントに松本くんがラケットを持ったまま頭を抱えた。フェイントに引っ掛かるというのはバスケット選手としてはめちゃくちゃ悔しいことなのかもしれない。

「試合中によそ見するなんてスポーツマン失格だピョン」
「卑怯なのはどっちだよ!」
「お見合いしてるピョン」
「カップルだけに」
「うっせ!聞こえとるわ!」

ラケットで口許を隠して深津くんが耳打ちしてきたので、照れる暇もなくノッてしまった。友人が、ラケットが交差してしまった松本くんにありがとう、ごめんね、と言うとしゅわっと溶けるように松本くんは平常心を取り戻した。ふっともう一度息を吐く。
これは単なる気まぐれの勝負で、私はバスケットをしている以外の松本くんのことも元クラスメイトとして知っているけれど、選手として山王バスケ部の相対するチームにとって、こういう姿は怖いだろうなと思う。焦りや不安、また怒りなど、負の感情をコントロールすることはとても難しいことだからだ。それが高いレベルで出来る相手、しかも技術力も勿論高い相手が当たり前のようにそういう風にコートにいる。

パワーバランスが整っていることもあり、取っては取り返し、白熱のゲームが続いた。十分足は引っ張っているが、どのくらいの強さで打てばどれくらいボールが飛ぶか、だんだん解ってくる。緊張もあるけど、めちゃくちゃ楽しくてめちゃくちゃ悔しい。
そして10ー10。マジもの名勝負に決着がつこうとしていた。
最後のサーブ。
カッ。松本くんの気迫のサーブ。
カコン。深津くんが打ち返す。
コッ。友人がそれを打ち返す。

目が合って、深津くんが一歩後ろに下がった。信頼して任せてくれた最後の一球。
私の振ったラケットの端をかすった球はネットに届く前に著しく失速した。ああ、もうだめかもしれない。

「あっ」

が、バスケットボールとは比べ物にならないほど小さなオレンジ色のボールは空を這うようにしてネットの向こう側で静かに止まった。
松本くんの「彼女の前で負けたくない」VS私の「深津くんと友達になりたい」の私情と私情のぶつかり合いで始まった勝負は、2対2の、4人の真剣勝負となり、深津くんと私の勝利で決着がついた。

「うそ」
「嘘じゃないピョン。敗者の情けない顔見るピョン」

深津くんの冷静な声が頭上から降ってくる。

「言い方な!」

負けたのにどこか清々しい松本くんのツッコミに友人の「負けたわー」というこれまた気持ちの良さそうな声が被る。

「やった……!」

沸き上がる高揚感を押さえきれず、自然と声が出た。一ミリでも共有したくて深津くんの顔を見る。深津くんはいつも通りだ。嬉しいような残念なような複雑な気持ちになる私に一歩距離を詰めると、深津くんは手のひらを天井に向けて差し出した。節張った、一つ一つの関節が長い指。大きなボールをつかめる手。差し出された深津くんの右手に自分の左手を乗せた。ハイタッチだ。不思議とドキドキよりも爽快感が勝った。友達。友達。友達の始まりを噛み締める。

「本気でやって勝つって気持ち良いね。楽しかった」

いつになく声が弾んだ。運動をしていて、こんな言葉を自分が言う日がくるとは思わなかった。
肩で息をしている私と体操服の胸元をぱたぱたさせて顔を扇いでいる友人とは対照的に、深津くんと松本くんは汗も掻いていなかった。深津くんと松本くんが顔を見合わる。

「間違いないピョン」







「深津ー松本ー!野辺もここかー!?」
「あ、いた」

ガラガラガラと体育館の鉄戸を引く音に、私たち四人は卓球場から視線を下ろした。一之倉くんが体育館脇の入り口で卓球場を見上げ指差している。お、と河田くんもこちらを見上げた。たぶん彼らの位置からは180センチを越えた深津くんと松本くんの姿しか見えていない。悪いことをしていたわけではないけれど友人と私は咄嗟にその場にしゃがみこんだ。

「なにやってんだべんなとこで。野辺は?」
「野辺は第二体育館で美紀男とポストプレイ三昧だピョン」
「全員テスト勉強サボりでねえか」
「お前もだろ、河田」
「まあいいべ。まぜろまぜろ」
「今行く」
「おー」

バスケ部、みんなサボってる。当然のような示し合わせに笑いが込み上げるが、その団結力が羨ましくもある。

「じゃあ」
「うん」

友人と松本くんが名残惜しそうに手を振り合う。
深津くんはそんな二人をあの時と同じように見ていた。深津くんはあの時、二人を羨ましいと言っていた。
ぺこっと頭を下げると応えるように視線を合わせて、深津くんは松本くんと卓球場の階段を下って体育館のフロアへ降りていった。

「いやー楽しかったね」
「うん」
「あの二人にゃなんてことないかもだけど、もうくったくただよ。負けたし」
「ははは」
「はははじゃないよ勝者の余裕か~こらあ~」

息つく暇もなく、眼下では本日二回目の2対2が早くも始まっていた。「もう負けたくねー」と言う松本くんの言葉に、一之倉くんと河田くんが不思議そうな顔をしている。深津くんが、ちょっとだけ、笑った。本当に少しだけど。他の三人も、友人も見てない、私だけの秘密だ。

「勝負は勝負として。良かったじゃん。深津くんと遊べて」
「うん」
「どうする?観てく?」
「いいのかな?」
「いいも何もサボり仲間よ」

今ごろ疲れがやってきて、私は卓球場の壁にもたれ掛かるとそのままずるずる座り込んだ。
ばくばくと五月蝿い心臓の音が響く耳に、ドリブルするボールの音が心地よく伝わっている。友達の深津くんがバスケットをしている音だ。

「今日、手洗えないよ……」
「いや、洗って」

ずっと隣の深津くん
山王のモブ女子(ネームレス)が恋情:慕情7:3くらいで「深津くんカッケェー!」しながら卒業式まで駆け抜ける話です。
夢……小説……??モブ……小説……??

novel/14525203の続きです。
松本くんのジョカノ(ネームレス)と河田くんの友達novel/19111266(名前ありnot恋)が出てきます。

映画面白かった……!目が足りない!山王も湘北も愛しい……。
深津くんに声が付き、床バンまで見られる令和、最高です。生きてて良かった。

追記:タグありがとうございます……!嬉しいです!
続きを読む
1365178320978
2023年1月15日 10:43
豆子

豆子

コメント
作者に感想を伝えてみよう

関連作品


ディスカバリー

好きな小説と出会える小説総合サイト

pixivノベルの注目小説

  • 咲良姫奇譚
    咲良姫奇譚
    著者:にゃんころ イラスト:roma
    〈pixivノベル大賞〉受賞作‼︎ 桜と人の間に生まれた姫と、その添い子の宿命の物語

関連百科事典記事