場所は『果て無き地』ウロンダリア。その中心地域に浮かぶ空の大陸『レーンフォリア』。 少年は今日も、この空の大陸の辺境の断崖から、遥か眼下に広がる地上ウロンダリアの景色を眺めていた。初夏の日差しに、遠い聖王国エルナシーサの浮かぶ城塞都市の壁がきらきらと光り、白い石英を削ったおとぎの国の城のようなそれは、少年の心をいつもワクワクとさせる。 『地上に繋ぎ止められた』とよく言われる聖王国エルナシーサの白い城塞都市は、初夏の空を時おり眩しく跳ね返す湖の上に浮いており、城の周囲からは巨人が作ったとされる黒い大鎖が何本か、ここからは黒い線にしかみえないものの、湖の岸に繋がっていた。 その傍には、聖王国と同じくらいの大きさの暗い大穴が大地に開いており、人々はその大穴を『バーギュの虚無』と呼んでいるそうだ。 「あーあ……僕も旅に出たいなぁ……」 少年は草原に大の字に寝転んだ。 「あっ!」 はるか上空に、三頭ほどのドラゴンが飛んでいるのを見かける。 「おーい! おーい!」 少年は跳び起きて、南に向かうらしいドラゴンたちに呼び掛けた。一頭のドラゴンが少年に気付き、首を動かすと、何やら楽し気な声で吠え、やがて雲の中に隠れていく。 「ほとんどのドラゴンは、人間と仲良しだって言ってたっけ……あっ!」 ここで少年は、そんな話を教えてくれた老人の手伝いがあった事を思い出した。特別な本を扱うグロム老人の書店の店番だ。 少年は、空の港町ルスツまで走る。地上の国々とこのレーンフォリアを結ぶ飛空艇の港がある町は、大きくないが活気があり、グロム老人の店はそんな街の大通りにあるのだ。 「すげぇ! エスタの大型船だ!」 真鍮色をした紡錘形の風船に、帆船の甲板を取り付けたような、奇妙な船が上がってくる。マストの帆はわずかな紫を帯びた青色で、これは魔法の大国エスタの色だ。その大きさと美しさに、少年は感動の声を上げた。 少年は息を切らしつつも必死で走り、グロム老人の書店に向かう。 「はぁ……間に合った!」 少年は木造の小さな書店のドアに手を当てた。若草色の小さな魔方陣が展開し、開錠されるはずだったが、それは発動しない。そっとドアを押すと、なじみのあるドアは滑らかに開いた。 「やっべ!」 少年は、グロム老人の元気な怒りの声が飛んでくると思っていたが、目の慣れない書店の暗がりからかかってきた声は、優し気な女性の声だった。 「あら、グロムの言っていた店番の男の子って、あなたかしら?」 「そうだけど、えーと……魔女……さん?」 目が慣れてくると、この店で一番大きな本棚の並びの前に、黒紫のゆったりしたドレスに尖ったつば広の帽子をかぶった、妖しくも艶やかな雰囲気の女性がいた。書店の中には、この女性の香水だろうか?うっすらと花の香りが漂っている。 「そうね。私の事を魔女と呼ぶ人は多いわ。多くの伝聞とは少し違う姿になっているけれどね」 魔女と名乗った女性はとんがり帽子を脱ぎ、わずかに小窓から差し込む光に、栗色の艶のある黒髪が流れる。そして、真剣に本棚の本を眺めていた。 「……ああ、あったわ。全てが終わったのね、これで!」 「何の事?」 「グロムの書店は、時の流れが曖昧なこのウロンダリアで、確実に流通する本を確認できるの。それは、歴史の固定と、その確認ができることを意味しているわ」 「うーん……?」 「ちょっと難しい話だったわね。あなたにとって、とても楽しい事が昨日起きたとするわ。しかし、それは夢や幻術だったかもしれない。でも、それを誰かが書き留めて記録していたら、それは本当に起きた事だと言えるでしょう?これはそういう事なのよ」 「そんな事が本当にあるの? それに、どの本の事? おれ、ここの本の事はよく知っているんだけど」 「そう、では、これらの本には見覚えがあるかしら?」 魔女と名乗った女性が指差していた本のタイトルは、表題は読めないものの、副題は読めた。 『ダークスレイヤーの帰還』 とある。 「あれ? こんな本無かったと思うんだけどな」 「でしょうね。定まったばかりの歴史よ。やっと全て、終わったのね」 ここで、書店のドアが開き、前掛けと白いひげが特徴的な、眼鏡の老人が入ってきた。 「なんじゃ、お前さん、もう着いておったのか! うちの店番はしっかり店番をしとったかの?」 「えっと……」 少年はここで、叱られる流れになる!と覚悟したが、魔女と名乗った客は少年にこっそり目配せをし、意外な助け舟を出した。 (えっ?) 「……ええ。グロム、良い店番がいるのね」 「ほー! そいつは珍しい! ……で、お前さんの探している本は出とったか?」 「ええ。今確認したところよ。これでやっと、全てが落ち着くのね」 少年にとっては珍しい事に、ここでグロム老人の目が多きく見開かれ、わずかに潤んだように見えた。 「そうか……そうか! 全て終わって、あの男もここで少し安らう事が出来るようになったんじゃな。あの男にも、ウロンダリアにもいい事じゃ」 何かとても大事な話をしている、と少年は思った。しかし、それが何かはわからない。この書店の多くの物語の本を読んできた少年にとって、興味を惹かれないはずが無かった。 「『ダークスレイヤーの帰還』って言ったっけ? その本、結局どういうことなの?」 魔女は本を取り出しながら説明した。 「その意味はどちらの意味ともとれるの。『闇を討伐する者』または『闇の討伐者』。見ようによってはどちらも正しく、それも正確ではないわ。とりあえず、確認の意味も含めて、少し読んであげましょう。まだすべての人が読める状態ではないようだから、ね」 「ふむ、わしも眼を通しておくか。これはな、壮大な恩返しの物語でもあるんじゃ。わしらウロンダリアの者にとっての、な」 こうして、『ダークスレイヤーの帰還』は語られる事となる。
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雪鐘
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雪鐘
2023年1月12日 17時29分
堅洲 斗支夜
2023年1月13日 0時08分
こんなにポイントを⁉ とても長い物語ですが、追いかけるほど壮大になっていくのでじっくり楽しんで頂けたらと思います。
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堅洲 斗支夜
2023年1月13日 0時08分
白沢走
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白沢走
2022年12月26日 2時17分
堅洲 斗支夜
2022年12月26日 11時46分
うおっ⁉ ノベラポイントをこんなに⁉ 現在、改稿しつつ更新しておりますが、大筋では物語は変わらないので楽しんでいただけましたら幸いです。
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堅洲 斗支夜
2022年12月26日 11時46分
明智みたま
とても好みの導入です、楽しみに読んでいきたいと思います。シェアワールドとしての世界観構築、参考にさせていただきます!
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明智みたま
2020年5月27日 0時28分
堅洲 斗支夜
2020年5月27日 1時03分
こんなにポイント等ありがとうございます! この物語はシェアワールドと、複数のコンテンツを想定して創り上げているため、小説としての最適から少し外れているように見える部分があるかもしれませんが、いずれ壮大な物語が見えてきますので、長く楽しんでいただけましたら幸いです。
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堅洲 斗支夜
2020年5月27日 1時03分
つーちゃん
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つーちゃん
2021年7月17日 17時21分
堅洲 斗支夜
2021年7月17日 19時19分
ノベラポイントですと⁉ ありがとうございます! リーダビリティはあまり今風ではありませんが、単発も沢山あるので、時間のある時にでも楽しんでいただけましたら幸いです。
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堅洲 斗支夜
2021年7月17日 19時19分
草食動物
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草食動物
2020年4月17日 1時33分
堅洲 斗支夜
2020年4月17日 2時26分
のベラポイントですとぅ!? ありがたやぁー!次第に情報量が増して面白くなっていきますので、お楽しみにですよ!
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堅洲 斗支夜
2020年4月17日 2時26分
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