魔の都の大城壁、西の櫓。
戻ってきたもう一人の上位魔族(の姫、ラヴナを迎えるささやかな夕食会を終えて部屋に戻った眠り人は、特に何もする事が無いと気付いて手持ち無沙汰だった。女だらけのここで誰かと話すのはどうにも気が引けるし、書物も何も部屋には無い。ベッドとテーブルと、広い窓があるのみだ。眼下の魔王の城下町は灯火が暖かく街路を照らしており、既に上機嫌で酔っているらしい人々の喧騒が聞こえてくる。
「どうにも持て余すな……」
ルインはベッドわきに無造作に置かれた剣、オブスダインを持ち上げ抜いてみた。この剣にはまるで、誰かが謎を解けない者を嘲笑っているようなうっすらとした気配が感じられる。しかし、その時と条件はもちろん満たされていない。ルインはそっと剣を戻した。
(まあいい。今ではない)
再び笑い声交じりの喧騒が聞こえ、ルインは夜の街を歩いてみることにした。とはいえ、昇降機や階段を使ったら誰かに見つかるだろう。バルコニーから外に出ると、城壁までの壁面を確認する。昼間も見たが、ある程度の身体能力があれば降りられない構造ではない。ほどほどに手や足をかけられる起伏があるのだ。
(悪くないな……)
ルインはバルコニーの際からぶら下がると、少しずつ城壁に向かって降り始めた。その速度は次第に早くなり、途中からは落ちるようにすばやく降りて行く。程よく汗が浮かび始めたところで、滑らかで広い城壁の上に降り立った。と、すぐそばの床から若草色の光が浮かび、転移門が出現する。中からは夜でも繊細な装飾の光る大きな斧槍を手にした巨人の兵士が現れた。侵入者に反応する仕組みなのかもしれない。
「なんとこれは! 眠り人殿か。まさかこのような鍛錬をされるとは!」
「ああ、何だか申し訳ない。このような仕掛けだったとは。普段とは違う形で城下に降りたいんだが、向こうに見える張り出し塔から降りても?」
ルインは巨人兵士たちの背後、傾斜した大城壁に建つ小さな塔屋を指さした。
「構いませぬ。散策や酒でも楽しまれるので?」
「この街の灯火が良い感じでね。少し街を歩いてみようかと思ったんだ」
「ここは様々な種族がおりますが、なかなかに住みよい街ではあります。ただ……この時間だと我らが魔の国の誇る突撃兵隊の主たる構成種族、ヴァスモーの連中が酔ってうろついている場合もありますゆえ、それにはお気を付け下され。野蛮にして不潔な奴らがいるのです。古い因習ですが」
「ヴァスモー?」
「はい。オークなどと呼ぶ人々もいます。古い伝承に出て来るとかで。奴らは戦いでは頼りになりますが、奴らの祖たる神の一柱『青銅の肌のヴァルスモル』を崇める連中はしばしば風呂に入りませぬ。大柄でひどい匂いのする奴らにはお気を付けを」
「ひどい匂い? わかった。ありがとう」
ルインは挨拶をして近くの張り出し塔に向かう。背後では巨人の兵士が異常なしを誰かに告げ、再び姿を消した。
「こうして見ると、本当に一つの城だな……」
街に降り立って振り返った西の櫓は相当な大きさだ。ルインは様々な店の並ぶ通りに姿を消した。
†
──古い言い伝えには『船の民』がそう呼び始めたとされる屈強で強い肌を持つ人々、オーク族。しかし、彼ら自身は自分たちの事を『ヴァスモー』と呼んでいる。この名は彼らの祖たる存在『青銅の肌のヴァルスモル』の子孫を意味し、正式にはそう呼ぶ人々も多い。
──インガルト・ワイトガル著『ウロンダリアの種族』より。
†
同じ頃、『西の櫓(』の眠り人ルインの部屋。
「ルイン様……おられませんね?」
気を使うように階段室から部屋を覗き込んだシェアの言葉に、かえってくる返事はなく、人の気配もなかった。
「あら残念。一人で出かけちゃったのかしら?」
シェアに続いて部屋を覗き込むラヴナ。二人はルインを夜の散歩に誘おうとしていたが、伝声管にも階下からの呼びかけにも答えが無く、遠慮がちに階段を上がってきたが、ルインの姿はどこにもなかった。
「辿ってみます……」
シェアは小声で何かつぶやき、素早く印を結んだ。薄明るい残像のように、ルインの影が浮かび上がる。ベッドに座ったおぼろげな影が何かを眺め、眼下の街を眺めたのち、バルコニーに出ている。そして……。
「ルイン様、壁を伝って降りて行かれたようです。なぜでしょう?」
「ええ⁉ 財布とかまだ持ってないわよね? 選んであげたかったのに。少し一人になりたかったのかしら? でも、見つけてみせるわ!」
ラヴナはバルコニーから夜空に向かって、人間には聞こえない小さな声で囁いた。ほどなくして、闇の中に鋭く羽ばたく小さな影が集まってくる。
「蝙蝠(を呼んだのですか?」
「そうよ。この子たちに手伝ってもらうわ。芳香を持つ蝙蝠よ」
蝙蝠の羽ばたきの数が多くなるほど、次第に独特な良い香りがしてくる。
「本当だわ。良い香り……」
「でも、あまりかがない方がいいわよ? ……昂ぶるから」
「……」
にやりと微笑むラヴナに、シェアはハンカチで鼻のあたりを隠した。
「ねえみんな、ルイン様を探してきて!」
蝙蝠たちは小さな鳴き声を出すと、バラバラに広大な夜の魔の都の空に消えた。
「私は後を追いかけてみます。まだ痕跡が見えるので!」
ラヴナとシェアは二手に分かれて眠り人を探すことにした。
†
──魔の国キルシェイドの首都オブスグンドは、ウロンダリアで最も多様な人々のいる都でもある。しかしあまりに情報が多く、美術様式や暮らしている種族にしばしば漂う人知の超越は、時に虚弱な知性の人間を寝込ませるほどでもある。
──アースタ・ライグ著『古王国の風土』より。
†
ルインは大通りを物珍しそうに眺めつつ散歩を楽しんでいた。初めて見る物や知らないものばかりだった。服屋や武器屋、どうにも魔術に関わりのありそうな店など、面白そうな店ばかりだが財布がないため店には入らない。金があったところで今ひとつ自分の金という実感が無さそうなので、買い物を楽しむのは難しいと感じていた。
何箇所か路地を曲がると、明らかにいかがわしい区画に足を踏み入れてしまったらしい。有翼、有角に尻尾まで生えている、布の面積の極端に少ない姿をした女の子が看板を担いで客引きをしていた。
「お兄さん、冒険者さん? それとも貴族様? つまらない女ばかりの『古王国』では決して味わえない素敵な夜はいかが? ウロンダリアの女の子が着るほとんどの服も用意してあるわ。」
「ああ、すまない大丈夫だ!」
ルインは足早にその区画から離れた。特に目的地があるわけではないが、かつての長い旅か何かがもたらした感覚だろうか? 何かが自分を引き寄せる気配を感じつつも、確信はなく街を彷徨う。
しばらくして、ルインは客の数のわりには明らかに店員の少ない酒屋を見つけた。店も大きく、料理も酒も中々に上質のようだが、先ほどから同じ店員が必死で注文を取り、それを自分で配膳までしている。。ルインは思うところあり、その褐色の肌をした女の店員に声をかけた。店員は片眼に黒革の眼帯をつけ、尖った耳を持ち、長い銀髪をしている。
「ああこんばんは。すごく忙しそうだが、今日だけ手伝わせてもらう事はできるかい?」
隻眼に褐色の肌の店員は、頭のおかしい人でも見るように目を大きくした。
「は? ……あんた本気かい? 配膳やってもらうだけでもすごく助かるけど、ずいぶん豪儀な申し出じゃないのかい。大助かりだよ、給金は弾むから手伝っとくれ! 名前は?」
「ルインだ。 早速働かせてもらおう。」
「あたしはラグ、ここの店主さ。一人で切り盛りするには大変でね!」
「任せてみてくれ」
ルインは腕をまくるとすぐに客席を回って注文を取り、出た料理やジョッキを効率よく配り始めた。何とか回り始めた店に客足が増え、忙しさが増す。大忙しで料理するラグだったが、次第に遅れが出始めていた。
「出しやすい料理と酒が多めに出るように立ち回ろうか?」
「ありがとう、助かるよ」
ラグはルインを見もせず、大汗を流しながら包丁を動かしつつ答えた。店内の客は兵士や武器を持った冒険者的な旅人などが多いようだ。酒が十分に回れば、別に飯など食わなくても良さげな連中が多く見えている。ルインは常連の空気ではない客には手軽な料理と酒を勧めるようにし、次第に料理より酒の注文が増え始めたが、これは注いで運べばよいだけなのでラグの負担はほぼ増えない。
「察しが良くていい回し方だね! あんた、こういう仕事の経験はあるのかい?」
「ああ、もてなすのは得意なんだ。たぶん」
ルインは思わず出た軽妙な返しに、自分を少し思い出したような気がしていた。
「イズニースに誓って、今日は何て幸運なんだい!」
「イズニース?」
「ああ。あたしたち闇の古き民の神の一柱さ。あたしたちがどれほど流浪しても、必ず落ち着く場所を作ってくれる、有難い神様さ!」
「なるほど……」
しばらく店は大忙しだったが、落ち着いたころに少し空気が変わってきた。外の通りの喧騒が妙に静かになり、客の何人かは頻繁に通りの向こうに目をやっている。
「来たぜ、オーク兵どもだ……」
「ヴァスモーどもめ……」
誰かがそう言うと、店の客たちは一斉に会計を頼み始めた。慌ただしく会計して店を出ていく客たちだが、次第に夜の緩い風に乗って悪臭が漂い始めてきていた。
「ラグ、これは?」
食器を洗う手を止めぬままに、ラグの顔は嫌悪に満ちている。
「ちっ、あいつらまたここに来るんじゃないだろうね?」
「あいつら?」
「あんた知らないで手伝ってくれていたのかい? ヴァスモー……つまりオーク兵どもだよ。風呂に入らない奴らも多いからどこでも嫌われているんだけど、あたしは闇の古き民だから他の国ではまず店を出せないし、ここでも大きな顔じゃあ商売できないんだ。それをいいことに、あいつら最近あたしの店に何度も来るんだ。それで店員が皆辞めちまったんだよ。料理の腕を磨いたのにさ……」
「例えば……そいつらを追っ払って二度と来なくしたら、残業代くらい出るかね?」
「えっ? あんた何を言ってんのさ? 出来るわけないよ」
「できたら嬉しいかい?」
「そりゃあね……でも無理だ。」
そんな話をしている間にも、悪臭は耐えがたいほどになり、大通りの向こうから歩いてくる大柄な三人組の姿が見えた。立派な拵えの金属の鎧に、大斧や棘の生えた金棒を持ち、緑色の皮膚の大きな身体をし、各所に刺青や金属のピアスが通してある。顔は下あごから牙が生え、鼻は獅子のように大きなものや、豚のような鼻の者もいた。ただ、その肌には固まってガサガサになった垢がこびりついており、鼻がもげるような悪臭が漂っている。
「ようラグ、今夜もゴチになるぜ。派手に飲み食いしてやるからよ! なあお前ら、ぐっへっへ!」
ひときわ体格の良い、猪めいた顔の大柄なヴァスモー兵がどっかりと椅子に座り、他の二人もそれに倣う。金属の鎧は新しく磨かれていたが、その各所には悪臭漂う垢の塊が付着していた。
ルインはそれを興味深く見つめていたが、ヴァスモーたちはその様子に気付いた。
「なんだぁ? 新しい店員を雇ったのか?」
ルインは伝票札をゆっくりと置いて悪臭のもとに近づく。
「そうだ。新しい店員だけどな、悪いがお前らのせいで商売あがったりなんだとさ。おれもいい迷惑だ。そんなにこの店に来たきゃ、風呂に入って身体を洗ってからもう一度来いよ」
「ちょっとあんた!」
「ぐっはっは! おいラグ、面白れぇ事を言う店員じゃねぇか」
ヴァスモー兵たちはルインの言葉などに全く耳を貸さない。
「聞こえてないのか言葉が分からないのか? 豚なのかお前ら? だったらとっとと豚舎に帰れ」
バンッ! というものすごい音がし、ルインは丸太のような腕のぶんまわしを受けて、何台かのテーブルを巻き込みつつ店の隅にぶっ飛ばされた。
「ルイン!」
「おいラグ、頭のおかしい店員なんか雇ってんじゃねえぞ? おれたちの機嫌がいいうちにとっとと食いもんや酒を出せや! それともお前もあの、頭のおかしい店員と同じ考えか? 突撃隊の百人隊長のギュルス様相手に、ずいぶん舐めた真似をしてんじゃねぇか」
三人のヴァスモー兵のうち、ひときわ体の大きい豚鼻のヴァスモーが息巻いた。
「ふー、いきなりぶん殴りやがって。服が豚舎の匂いで台無しだ」
「ああ?」
ギュルスが振り向く。
ルインはゆっくり立ち上がると、倒れたごつい丸テーブルを立て直す、と見せかけて、その脚を掴み、遠心力を効かせてテーブルを振り回し、ヴァスモー兵の一人の背と後頭部に厚いテーブルの縁がめり込むような勢いで叩きつけた。
「ぐぶ!」
一番まともな顔立ちをしていたヴァスモー兵はこの不意打ちに突っ伏して気を失い、テーブルごと倒れ込む。
「なんだぁ、てめえはぁ!」
「礼儀知らずの豚に答える名前があると思うか?」
ルインは不敵に笑う。服は少し埃にまみれて白かったが、どこにも怪我などしていない様子で、ラグはこの男の技量に気付いた。
(あれを無傷で受け流せるのかい!)
「隊長が出るまでもねえですぜ! 一生スープしか食えねぇ顎にしてやらぁ!」
もう一人のヴァスモー兵は兵士らしい素早い反応で立ち上がり、殺す勢いのパンチを大きな拳で放ってきたが、侮りがある大振りのものだった。ルインは足元の壊れた椅子を蹴りあげ、さらに蹴る。兵士の拳に椅子の折れた足が刺さり、おそらく指の骨が折れたが、兵士は真顔になり、そのまま左拳のパンチを放ってきた。ルインは落ちかけた椅子をまた蹴り上げ、この左腕に合わせる。椅子の脚の枠の中に左腕ががっきとはまったが、ルインは椅子の背もたれを掴んだまま、ヴァスモー兵に背中からぶちかましをしかけた。
「おおっ⁉」
椅子で引かれた左腕と、背中へのぶちかまし。ヴァスモー兵は半ば自分の筋力と体重を利用された形でバランスを崩し、そこにルインはもう一度、重心を見抜いて腰に打ち抜くような重い蹴りを当てた。オーク兵は顔から石の壁に激突すると、壁が少し崩れ、そして動かなくなった。
この様子に、ギュルスがゆっくりと立ち上がる。
「いやぁびっくりだぜ。おれらに楯突くどんな馬鹿かと思ったら、ラグてめぇ相当な腕利きを雇いやがったな!」
「あたしは給仕でしか雇ってないよ! でもなんて技だい!」
「おい豚、余裕かましてないでこいつら連れてとっとと出て行け。出入り禁止にはしないから、次来る時は必ず風呂入って来いよ?」
ルインは肩を回して指を鳴らし始めた。反射的な仕草で場慣れした空気が漂っている。
「舐められたもんだぜぇ、『混沌(の軍勢』をも恐れぬ魔王様の突撃隊の百人隊長ギュルス様にそんな口きくとはなぁ。おめぇはステーキの安肉みてぇに叩きまくってのしてやらぁ!」
言いながら間合いを詰めていたギュルスは、ルインの背後に逃げ場がないのを確認すると、肩で押しつぶすように突進してきた。
「これなら何も出来ねぇだろうがぁ!」
「ああっ!」
ラグは目を伏せる。ものすごい音とともに店の一画は崩れ、バラバラと壁材が崩れる音とともに埃で視界が悪くなった。外からのそよ風に埃が流されていくと、店の角だった部分には大穴が開いていたが、その瓦礫の山からルインがゆっくりと立ち上がった。
「少しむせるな。……ラグさん済まない、店はちゃんと弁償する」
「それはいいけど……無事だったの? えっ?」
大通りには仰向けに倒れて目を丸くしているギュルスがいた。ルインは壁の穴から外に出る。
「店の弁償代も持ってこいお前ら」
(あっ、自分が払うわけじゃないんだね)
既に店の外には、騒ぎを聞きつけた様々な種族のやじ馬が集まり始めていた。
「妙な技を使いやがって! てめえら、こいつは見せもんじゃねぇぞ!」
埃を払いつつ、ギュルスが立ち上がる。
「ああみんな、賭けをするならおれにしたらいいぞ。ラグの店はいつでも客人大歓迎だ! ただし汚い豚は除くぞ!」
ここで、やじ馬たちからどっと笑いが起きる。
「見世物じゃねえって言ってんだろうがぁ!」
目を血走らせてギュルスは突進し、ルインを殴りつけようとしたが、ルインはその籠手に手をかけて身体を反転させると、大柄なギュルスの身体を背負うように背中から地面にたたきつけた。小さな地響きがするほどの勢いだった。
「ぐうっ!」
再び、やじ馬たちから歓声が上がる。
「いいぞー!」
「やっちまえ!」
それがギュルスのさらなる怒りを掻き立てる。
「ちょこまかちょこまかと、てめぇ!」
「自分の負けを相手のせいにするな。死ぬぞ?」
「バカにすんじゃねぇ! 胸倉掴めばてめえなんか!」
「じゃあ掴んでみるか?」
ルインはギュルスの前に立った。驚くべきことに、ギュルスが胸倉を掴むまでルインは直立不動だった。
「へっ、馬鹿が一発あてりゃあ十分よ!」
やじ馬たちは一瞬固唾をのんで静まり返ったが、ギュルスが殴りつけようとしたときに、眠り人は胸倉をつかむギュルスの手を強く握り、そしてひねった。
「あっ! いでえぇぇ!」
魔法のようにギュルスは自分から地面に捻り倒される。再び大きな歓声が上がった。
この後も、体力に優れたギュルスは何度も何度も殴りかかり、突進したが、そのたびにルインにひっくり返され、倒され、夜空を見ることとなった。これが一時間ほど続き、いつしかやじ馬は歓声を上げなくなり、フラフラになっても涙目でルインを殴ろうとするギュルスと、それを投げ飛ばすルインを真剣に見ていた。
「大した闘志だ。あの魔王殿下の部下だけはあるな」
「うる……せぇ! おれは……百人隊長だ! てめえなんかにゃ……くそっ!」
「そこまでだ! この騒乱は何事か!」
やじ馬の群れは二つに分かれており、装飾の美しい斧槍を手にした巨人の衛兵たちが入ってきた。
「ヴァスモー突撃隊百人隊長のギュルス、状況を説明しろ。魔王様が進めておる文明化に逆らう不潔さは軍律を乱し、酒での騒乱もあるまじきこと。そろそろ百人隊長を罷免される覚悟はできておろうな」
「くっ……!」
「ああ待ってくれ。こいつは組み打ちの稽古で、座興みたいなもんだ。今夜からは魔王軍らしくきっちり風呂に入るというし、店の損害も全額弁償するって話はついてる」
「おめえ、何で……?」
ギュルスは驚いて目を丸くした。
「ただのケンカだろうが、こんなの。話がついたのならそれでいい。風呂は入るんだよな?」
「ああ、もうきっちり入る。意地は張らねぇ……」
「お前は誰だ? ヴァスモー兵とここまでやり合える人間がいるとは……」
ここで、やじ馬の中からルインには聞きなれた声がした。
「その方は眠り人ルイン様です、巨人の衛兵さん」
「衛兵さん、その人はもしかするとあたしの未来の夫だから、変な扱いをしたら大変な事になるわよ?」
シェアとラヴナだった。巨人の衛兵たちはラヴナとルインを交互に見つめ、驚きの声を上げた。
「ラヴナ様に眠り女だと? つまりあなたは目覚めたという眠り人か!」
「ああ、まあ。不問に出来るなら今回の件は不問にしてやってくれないか?」
「まあ、話がついているのであれば……」
巨人の衛兵たちは壊れた店の方を見た。成り行きを見ていたラグは、状況に気付いて声を上げる。
「あたしも大丈夫さ! 話はついているよ!」
「そういう事であれば。……よし、引き上げるぞ。皆解散せよ」
巨人の衛兵たちは、自分たちの仕事が無いと理解すると、さっさと引き上げていった。
(こいつがあの『眠り人』か。丸腰でこれかよ。なんて野郎だ……)
いつしか敵意や怒りよりも驚愕が勝ったギュルスは、眠り女たちと話す眠り人を興味深く見ている。
こうして、酒場の手伝いから始まった大騒動は落ち着いたが、夜はまだまだ長かった。
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草食動物
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草食動物
2020年4月25日 2時06分
堅洲 斗支夜
2020年4月25日 2時11分
うっひゃあああ! またもやノベラポイントを! 実はギュルスさんはストーリーラインもちなので、今後の展開を楽しみにしてくださいね。
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堅洲 斗支夜
2020年4月25日 2時11分
ひら やすみ
ルインの体術が見事なのはもちろん、夜の街の臨場感も素敵でした。物語全体の中ではまだまだ序の口なのでしょうけど、こういう見せ場もやはり本格的ですね。
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ひら やすみ
2023年9月6日 22時24分
堅洲 斗支夜
2023年9月7日 23時06分
ありがとうございます! ロケーション、戦い、これらは次第にド迫力になっていきますのでお楽しみにです!
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堅洲 斗支夜
2023年9月7日 23時06分
たけピーチャンネル
ルイン、眠り人として連れて来られたので予想はしてましたが、強いですね!活躍が楽しみです!^ ^
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たけピーチャンネル
2021年9月25日 5時59分
堅洲 斗支夜
2021年9月25日 10時02分
ノベラポイントまで! ありがとうございます! 彼の強さに関しては物語が進むごとに色々とわかって来るかと思います。 お楽しみになのです!
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堅洲 斗支夜
2021年9月25日 10時02分
特攻君
ルインは道化も演じられるのですねえ。かなり多才のようです。なにげにギュルスは好みのキャラだったりします。こういうのは後々頼もしい仲間に……。さあ、次回も楽しみだ。
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特攻君
2022年2月6日 11時40分
堅洲 斗支夜
2022年2月6日 19時00分
ありがとうございます! ギュルスは何気にとても人気のキャラになっていきます。
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堅洲 斗支夜
2022年2月6日 19時00分
遊馬遊
いつも後書きに書かれてる本からの一節の部分が結構好きです。
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遊馬遊
2023年4月21日 5時50分
堅洲 斗支夜
2023年4月21日 13時15分
ありがとうございます! 各章の終わりごとに、これら書籍についても割と詳しい解説がついていたりします。
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堅洲 斗支夜
2023年4月21日 13時15分
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