今回の通信から、市長の証人尋問に入ります。
まず、わたしたちが驚いたのは、市長は9月30日の全員協議会の開始後の録音されていない時間帯に、恫喝発言があったと強弁し、新たな証拠が事前に提示されていたことです。
その証拠は「9月30日に自分が作成した」と主張する「メモ」で、録音されていない時間帯の発言順にローマ字の頭文字で記されたものですが、後に「塚本 児玉 山根 塚本 山本」だと判明します。
また会場の雰囲気は、市長の余りの強弁に傍聴席がざわつき裁判官に注意されると、市長は振り向きキィッと睨みつけるというような雰囲気の中で進行していきました。
③ 市長側弁護士による尋問への市長の証言です。
○ 9月30日の全員協議会の場は、「幾人か」が憤慨していた。
○ いらだった幾人かの議員が、総じて感情的に発言した。
○ 山根議員の「恫喝発言」は、外の議員の発言にかぶせて、短いフレーズで言った。
* (録音では終始和やかにもかかわらず)全員協議会の場は当初から感情的になっており、「恫喝発言が出やすい」状況であったことを主張しています。
そして、山根議員の「恫喝発言」は「外の議員の発言にかぶせて、短いフレーズ」で、聞き取るには注意が必要で、聞き取れない議員もいた可能性があることを示唆しています。
市長は、後に議会は恫喝発言の有無について調査をし、全議員が「恫喝発言はなかった」と回答していることに対して、「本当は聞いていない議員もいるのでは」と調査結果の信頼性に疑問を呈しているのです。
○ (議会事務局は、市長との協議の時間は「30分程度とメモ」を残しているにもかかわらず、市長は)私の思いでは40分から50分程度だったと思う。
* 議会事務局職員は、全員協議会の場から離れることはありませんし、非公開だとはいえメモをとり、会議の開始終了時間は記録します。
つまり「4名の議員の発言があった」と主張し、その時間を確保するためには、10分から20分の時間を延長せざるを得なかったのです。
○ (この時の恫喝発言に)私は反論してない。
反論はツイートでするためにしなかった。
*これもおかしな発言です。
市長のこの間の言動を見れば、「自分が非難される」と何をおいても反撃する市長が、反論もしていないというのです。
その理由は、「反論はツイートでするため」ということですから、「完全に仕組んだ」と言っているのです。
さらに10月3日のXで、(途中で退席をしていないのに、恫喝発言の直後に)「その姿勢は「その姿勢はこれからも変わらないと伝えて退席しています。『夜道には気をつけろよ』を気遣いと受け取るお人よしはいない」とツイートしたのはなんだったのでしょうか。
○ (10月20日の)全員協議会の場で議員が恫喝発言を否定すれば、この問題は終了にするつもりであった。
しかし、その後山根議員は「自分はしていない」と触れ回っているから、Xでの発信を続けた。
*果たしてそうなのでしょうか。
市長は議会が回答をした10月30日までは静観していたようですが、その回答に「国語的には0点だ」と反撃し、それ以降山根議員への選挙妨害を意図したツイートを連発していきます。
そして、議会に「居眠りと恫喝発言について対話がしたい」と迫り、「それは解決済み」と拒否する議会との溝を決定的にしていきます。
こうしたその後の経過をたどれば、議会が恫喝発言を認めることはないことを知りつつ、「認めれば終了にするつもりであった」はずもなく、恫喝発言を否定しない山根議員に責任を押し付けています。
余りにも詭弁を弄しているといわざるを得ません。
まず、わたしたちが驚いたのは、市長は9月30日の全員協議会の開始後の録音されていない時間帯に、恫喝発言があったと強弁し、新たな証拠が事前に提示されていたことです。
その証拠は「9月30日に自分が作成した」と主張する「メモ」で、録音されていない時間帯の発言順にローマ字の頭文字で記されたものですが、後に「塚本 児玉 山根 塚本 山本」だと判明します。
また会場の雰囲気は、市長の余りの強弁に傍聴席がざわつき裁判官に注意されると、市長は振り向きキィッと睨みつけるというような雰囲気の中で進行していきました。
③ 市長側弁護士による尋問への市長の証言です。
○ 9月30日の全員協議会の場は、「幾人か」が憤慨していた。
○ いらだった幾人かの議員が、総じて感情的に発言した。
○ 山根議員の「恫喝発言」は、外の議員の発言にかぶせて、短いフレーズで言った。
* (録音では終始和やかにもかかわらず)全員協議会の場は当初から感情的になっており、「恫喝発言が出やすい」状況であったことを主張しています。
そして、山根議員の「恫喝発言」は「外の議員の発言にかぶせて、短いフレーズ」で、聞き取るには注意が必要で、聞き取れない議員もいた可能性があることを示唆しています。
市長は、後に議会は恫喝発言の有無について調査をし、全議員が「恫喝発言はなかった」と回答していることに対して、「本当は聞いていない議員もいるのでは」と調査結果の信頼性に疑問を呈しているのです。
○ (議会事務局は、市長との協議の時間は「30分程度とメモ」を残しているにもかかわらず、市長は)私の思いでは40分から50分程度だったと思う。
* 議会事務局職員は、全員協議会の場から離れることはありませんし、非公開だとはいえメモをとり、会議の開始終了時間は記録します。
つまり「4名の議員の発言があった」と主張し、その時間を確保するためには、10分から20分の時間を延長せざるを得なかったのです。
○ (この時の恫喝発言に)私は反論してない。
反論はツイートでするためにしなかった。
*これもおかしな発言です。
市長のこの間の言動を見れば、「自分が非難される」と何をおいても反撃する市長が、反論もしていないというのです。
その理由は、「反論はツイートでするため」ということですから、「完全に仕組んだ」と言っているのです。
さらに10月3日のXで、(途中で退席をしていないのに、恫喝発言の直後に)「その姿勢は「その姿勢はこれからも変わらないと伝えて退席しています。『夜道には気をつけろよ』を気遣いと受け取るお人よしはいない」とツイートしたのはなんだったのでしょうか。
○ (10月20日の)全員協議会の場で議員が恫喝発言を否定すれば、この問題は終了にするつもりであった。
しかし、その後山根議員は「自分はしていない」と触れ回っているから、Xでの発信を続けた。
*果たしてそうなのでしょうか。
市長は議会が回答をした10月30日までは静観していたようですが、その回答に「国語的には0点だ」と反撃し、それ以降山根議員への選挙妨害を意図したツイートを連発していきます。
そして、議会に「居眠りと恫喝発言について対話がしたい」と迫り、「それは解決済み」と拒否する議会との溝を決定的にしていきます。
こうしたその後の経過をたどれば、議会が恫喝発言を認めることはないことを知りつつ、「認めれば終了にするつもりであった」はずもなく、恫喝発言を否定しない山根議員に責任を押し付けています。
余りにも詭弁を弄しているといわざるを得ません。
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