“慈悲深き父” が吹かせるアリババへの逆風 : 馬雲パパは「あくどい輩」なのか?

経済・ビジネス 国際

高口 康太 【Profile】

アリババ集団創業者であるジャック・マーは、巧みな話術や積極的な慈善活動への参加によって高い人気を誇り、「馬雲パパ」との愛称で知られる。ところが、昨年の秋頃からアリババへの風当たりが強くなっている。その理由は、中国共産党が一党独裁ゆえに、ポピュリズム的性格を持たざるを得ないことに関係していると筆者は分析する。
Shares
facebook sharing button Share
twitter sharing button Tweet
print sharing button Print
email sharing button Email
sharethis sharing button Share

アリババをめぐる不穏な動き

中国EC(電子商取引)大手アリババグループをめぐって、昨秋以来、“不穏”な動きが続いている。

第1の動きはアリババグループの金融企業アント・グループのIPO(新規株式公開)延期だ。345億ドル(約3兆6400億円)の資金を調達する「史上最大のIPO」になると注目されていたが、2020年11月3日、まさに上場の前日というタイミングで突然の延期が決まった。

第2の動きは独占禁止法調査だ。12月24日、国家市場監督管理総局は浙江省杭州市のアリババグループ本社に対して立ち入り調査を実施した。通報に基づき、市場支配的地位の濫用などの独占禁止法違反がなかったかについての調査を実施したと発表されている。

独占禁止法関連でいうと、国家市場監督管理総局は11月10日に「プラットフォーム経済分野に関する独占禁止ガイドライン」(パブリックコメント稿。2021年2月7日に公表、施行)を発表した。同ガイドラインでは他社の排除、不当廉売の禁止を含む市場支配的地位やデジタルカルテルなどについて定めたものだが、毎年11月11日に開催される、アリババグループにとって年間最大のセールである「独身の日」の前日に発表されたことが話題となった。

そして、第3の動きが創業者である馬雲(ジャック・マー)の“失踪”だ。経営の第一線を退いた後、ここ数年は年100回以上も各種のイベントに登壇するなど精力的に発言してきたマーだが、昨年10月下旬を最後に公の場から姿を消した。当初出演が予定されていたアリババグループ関連企業制作のネット配信番組「アフリカの創業ヒーローを探して」(1日1日配信)の出演をキャンセルしたことにより、失踪問題は世界的な注目を集めることとなった。

企業家の失踪は中国では以前にも事例がある。2015年10月には大手投資企業、復星集団の郭広昌董事長が突然、姿を消した。復星集団が「司法機関の調査に協力」していると発表し、大きな波紋が広がった。郭董事長は失踪から4日で姿を現したが、中国共産党党員に対する紀律違反の取り調べでは数カ月にわたり、身柄が拘束されることも珍しくない。ひょっとして……という憶測が広がるゆえんだ。

「雲馬パパ」は「あくどい輩」に転落?

もう一つ、付け加えるならば、ジャック・マーに対する風当たりだろうか。ジャック・マーは単に成功者であるだけではなく、巧みな話術や積極的な慈善活動への参加によって高い人気を誇る人物で、「馬雲パパ」との愛称で知られる。それが最近では一転して、「若者をカモにするあくどい輩」との批判も目立つようになった。

こうした、アリババグループをとりまく“不穏”な動きはいったい何を示しているのか。さまざまな噂が飛び交っているが、それらは「政争説」と「経済政策説」とに大別できる。

まず前者だが、「年々肥大化するITプラットフォーム企業を、習近平総書記は容認できなくなった」という企業対政府という見方もあれば、「アリババグループの後ろ盾にいる政治家と習近平総書記との政治闘争を反映」という見方もある。

特に政治闘争については、米紙ウォールストリートジャーナルがアント・グループの大手株主に江沢民元国家主席の孫である江志成が創業パートナーを務めるベンチャーキャピタルの博裕資本、賈慶林元全国政治協商会議主席の娘婿の投資企業である北京昭徳投資集団があることを報じている。

中国企業が政治とのパイプゆえに成長し、政治に接近しすぎたがゆえに政争に巻き込まれる……という構図は簡単明快で分かりやすいうえに、「政治がすべてに優先する」という通俗的な中国イメージとも合致するだけに受け入れられやすいかもしれない。

繰り返されてきたアリババと当局の軋轢

しかし、アリババグループが政治と太いパイプを持っていたとしても、まったく規制を受けずにビジネスが展開できていたわけではない。特に金融分野では、規制の隙間を縫った、今までにないビジネスを展開してきたがゆえに、当局との軋轢(あつれき)は繰り返されてきた。その代表的な事例を見ていこう。

モバイル決済アプリ「支付宝」(アリペイ)は2013年からモバイル決済へと進出するが、ここで中国金融当局との軋轢が浮上する。2014年3月、モバイル決済の信頼性は担保できないとして、「合法的な決済手段としては認可しない」という判断が下された。ただし事前申告すれば禁止はしないという玉虫色の方針で、「合法ではないが禁止ではない」というグレーゾーンの状況でサービスが続いた。最終的に認可されたのは2016年になってからのことだ。今では中国を代表するイノベーションとされるモバイル決済だが、その初期ではお取り潰しの瀬戸際にあった。

実際、規制によって業務できなくなったサービスもある。アリペイなどスマートフォンアプリを通じて、仮想のクレジットカードを発行するというバーチャルクレジットカード業務は大々的に導入されるも、規制によって禁止された。

アリペイ上で容易にMMF(マネー・マネージメント・ファンド)を購入でき、銀行口座のように預け金に利子がつくサービス「余額宝」(ユーウーバオ)は、規制により利率が低下したほか使い勝手が悪化し規模を縮小した。

個人融資を審査する民間指定信用情報機関の設立では、アント・グループを含む民間企業8社が試行事業者としての認定を受けたが、後に8社すべての認可が取り消され、国家指定の公的機関のみが事業を行うこととなった。

アリペイでの支払いを月賦払いにする「花唄(ホワベイ)」、無担保融資を受けられる消費者金融機能の「借唄(ジエベイ)」は、ユーザーへの貸付残高を、ABS(資産担保証券)として金融機関に販売する手法で貸し出し原資を確保していたが、金融当局の指導により調達規模を大きく減少させた。

長々と列挙してきたが、つまり2020年11月になって突然政治が手のひら返しをしたわけではない。アリババグループは新たなサービスを生み出すたびに、当局との軋轢を繰り返しており、惜し引きを重ねながら革新を続けてきたというのが正しい見方であろう。

金融分野では不良債権処理や地場産業の育成などの公的な役割を担う銀行が、そうした負担のないフィンテック企業と競争するのは不公平だとの反発も高まっていた。特に地方の中小金融機関には独自のシステム開発をするだけの技術力、資本力はない。そこでプラットフォーム企業の協力を仰げば、食い物にされるだけだと金融当局は警戒している。

2020年末にアリペイを含めた中国金融企業は「ネット預金業務」を中止した。これは地方銀行が参加するサービスで、異なる地域のユーザーが口座預金できるという内容だった。銀行預金は保護されているため損をするリスクはない。その上で地方銀行は高い利子を提示し預金獲得競争をくり広げるため、地元の銀行に預金するよりも高い利回りで運用できる仕組みだ。良いこと尽くめに見えるが、地方銀行がプラットフォーム上で競争させられた末に疲弊する仕組みだとして金融当局は問題視した。

世界的なプラットフォーム企業規制の潮流

アリババと当局の軋轢は今に始まった話ではないが、今回がかつてない強度を持っていることも事実であり、単純にこれまでの延長線では捉えることはできない。いったい何が起きているのか?これを理解するための補助線となるのは、第一に世界的なプラットフォーム企業規制の潮流が上げられる。

ITプラットフォーム企業に対する規制では、2018年にGDPR(一般データ保護規則)を施行した欧州が先行していたが、その流れは他国にも広がっている。米国では2020年、司法省によるグーグル、フェイスブックの提訴があった。日本でも2月1日に「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」が施行された。

ITプラットフォーム企業が肥大化しその力を圧倒的に強めていく流れが続くなか、公平な情報開示を法的に義務づけし、優越的地位の濫用の禁止すべきとの流れは世界に共通している。中国もプラットフォーム企業規制に踏み出したが、前述の「プラットフォーム経済分野に関する独占禁止ガイドライン」では、多くの面で他国との共通性が見られる。

「Winner Take All」(勝者総取り)の傾向が強いIT産業では、適切な規制がなければ巨大企業の肥大化が続く。そうなれば次のイノベーション企業は登場できず、また圧倒的な力を持つプラットフォーム企業が利益を収奪する。こうした懸念は中国政府にも共有されているとみるべきだろう。

フィンテックの犠牲者に手を差し延べる “慈悲深き家父長”

国際的な潮流と合致している一方で、中国ならではの問題もある。それは過保護とも言える中国政府の家父長的態度だ。中国では新たなイノベーションの社会実装が他国に先駆けて進み、デジタル先進国と評価されているが、一部の分野では破壊的なイノベーションを敏感に規制する動きを示す。

代表的な事例が「若者向けの消費者金融」だ。スマートフォンを通じて入手できるさまざまな個人情報を基に与信判断を行い個人に融資するフィンテック・サービスが次々と登場している。アリババだけではない。配車アプリ大手のDiDi、出前代行アプリの美団、スマートフォンメーカーの小米(シャオミ)など、中国の大手IT企業はほとんどが消費者金融事業を持つ。いずれもアプリから入手できるデータで既存の金融機関以上に正確な与信ができるとアナウンスしているが、一方で容易に金を借りられるようになって、多重債務で苦しむ若者も増えつつある。

「既存の金融機関からお金を借りられない人にも融資できる」イノベーションと、「金融知識が不足している人が債務地獄に陥る」状況は表裏一体の関係にあるためバランスが難しいが、中国では「未来ある若者を借金漬けにしている」という批判の声が強く、政府も世論をくみ取って規制を強化してきた。

中国共産党による一党独裁が中国の政治体制だが、独裁は民の声を無視することとイコールではない。選挙での信認を得てないからこそ、慈悲深き父として民草を守る家父長的態度をアピールし、民の声に過剰に答えるポピュリズムへの迎合につながることもある。

前述したとおり、かつては好印象だったジャック・マーとアリババだが、消費者金融機能の発展とともに批判が強まった。そうした社会の声に答えたという部分も、今回の強烈な措置にあるのではないか。

バナー写真 : 左 : 習近平中国国家主席 右 : 阿里巴巴(アリババ)集団の創業者である馬雲(ジャック・マー)氏 いずれも時事

    この記事につけられたキーワード

    中国 アリババ 中国共産党 中国経済

    Shares
    facebook sharing button Share
    twitter sharing button Tweet
    print sharing button Print
    email sharing button Email
    sharethis sharing button Share

    高口 康太TAKAGUCHI Kota経歴・執筆一覧を見る

    ジャーナリスト、千葉大学客員准教授、週刊ダイヤモンド特任アナリスト。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を続けている。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、『幸福な監視国家・中国』(NHK新書、梶谷懐との共著)、『プロトタイプシティ 深センと世界的イノベーション』(KADOKAWA、編著)など

    関連記事

    Shares
    facebook sharing button Share
    twitter sharing button Tweet
    print sharing button Print
    email sharing button Email
    sharethis sharing button Share
    arrow_left sharing button
    arrow_right sharing button