9月30日に行われた「小沢健二 東大900番講堂講義」に行ってきた。同大学の副産物ラボ(中井悠研究室)が主催する「影響学セミナー」の一環として、「イメージの影響学」を講じるのだという。
当日は「思い思いのパーティーに向いた格好」というドレスコードがあり、懐中電灯などのライトを持参すること、とされていた。当日まで講義内容は全く明かされず、ライブを含む「アトラクションのような講義」とだけ聞かされていた。100Pを超えるオリジナルの教科書を使った講義はいったい、どんなものだったのか?
小沢健二が東大900番講堂講義で問題提起したこと「情報イナフな世界の中で我々は何を信じればいいのか?」
9月30日、シンガーソングライターの小沢健二が、自身の母校である東京大学駒場キャンパスの900番教室で講義を行った。三島由紀夫の伝説的な討論会の会場としても知られる、歴史ある講堂で繰り広げられた「アトラクションのような講義」とは、どのようなものだったのか。ワーキングマザーとしての情報発信で知られる一方、元フリッパーズ・ギターの二人(小沢健二と小山田圭吾)の活動を追いかけてきたライター、kobeni氏がレポートする。
フリッパーズ・ギターの二人は今もシンクロしている
とはいえ、私が小沢の講義を聴きながら小山田圭吾のことを思い出したのは、ほかにも理由がある。この2023年、小沢健二が「確かなものなどない、永遠不変と言い切れるものなどない」といったことをあの手この手で講義する一方、小山田圭吾は炎上を乗り越えてリリースしたアルバム『夢中夢』で、目に見えないがそこに確実にある、漂っているものについて歌っているのだ。
「気配 匂い 空気 香り 面影 息吹 風情」「手がかり 暗示 含意 想い 感情 感触 浸透 伝達 残響」といった言葉が歌われる「drift」などは、小沢健二が聴いたら絶対気に入ると思う。二人がそれぞれのアプローチで西洋的思想とは別のもの、仏教やアジア的なものに関心を示しているのは、本当におもしろい。
彼らはフリッパーズ・ギターの頃から「常識を、目の前の当たり前を疑ってかかれ」というような姿勢を持っていたと、今もフリッパーズのファンである私は思っている。疑うべきものは色々あるが、「周囲の大人」なんかはその最たるものだろう。
2023年秋現在、「イメージ」を巡り彼らについて語ると、どうしてもシンクロする部分が見えてしまうのだが、それは元々、二人が世界と向き合う時のスタンスが近しいからではないか、と思う。
900番教室は、2階にパイプオルガンが常設されており、当日は西村奈央さんによるライブ伴奏にも使われた
「ノイズ」が僕らを変えていく
「イメージ」イナフ、デジタル情報イナフな世界の中で、何を信じればいいのか。小沢健二はそのヒントを新曲で提示してくれている。新曲のタイトルは「noise」。この「ノイズ」は、講義の中では発生生物学における用語、「developmental noise(発達するノイズ、発達中のノイズ)」として登場する。
仮に全く同じ遺伝子を持って生まれ、同じような環境で発達しても、なぜか結果は異なってしまう。偶然でランダムで、適当な変化が、生きているうちに起こってしまうというのだ。
生物学だけではなく、哲学の分野で議論される「ノイズ」にも小沢は注目しているようだ。
我々は言葉という単位で世界を切り分け、分類したり関連付けたりして世界を理解しているが、言葉や概念で規定されていないものが世界には多く存在しており、それらの豊かさこそが「ノイズ」だ、という考え方だ。
新曲「noise」では、東大生をしながら、何の因果かミュージシャンとしてスタジオへ向かう小沢健二の心象風景が歌われている。もし彼の人生が遺伝子によって、もっと正しく規定され不変だったとしたら、彼は学者か指揮者あたりになっていないとおかしいと私は思う。
けれど彼はなんか生意気な感じのアーティスト写真とか撮影されたりして、東大の先生に嫉妬されたりしながら、大衆音楽の担い手になった。私自身も、これまで東大なんか一度も入ったことがなかったのだが、何の因果か暗闇の中で光る猫のお面をつけて、変なドレスを着て、必死で講義のメモを取っている。
「確かなものなどない」ということは、「未来はどうとでもなる」という意味でもある。そういった意味で、900番講堂の暗闇の中でパイプオルガンと共に聴いた新曲はとても力強く、説得力があり、ポジティブで、混沌と秩序に満ちたこの世界の讃歌であるように聴こえた。
文・写真・イラスト/kobeni
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