Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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Everthing Fades

「おめでとう、メルツェル」

 

「はっ。ありがとうございます」

カナダ最南端の都市、サレーにあるレイレナードのコロニーで一人の優秀なリンクスが誕生した。

 

国家解体戦争で亡くなったのは実は軍関係者よりも非戦闘員の方が多いというのは企業が絶対に語らない事実の一つであろう。

比較的社会福祉が完成されているこのコロニーでは国家解体戦争で家族を失くした子供を引き取る施設があった。

 

すなわち軍の幼年学校である。CE1年時、まだ0歳だった少年は戸籍からメルツェルという名を含む本名全てが分かっていたがその姓は教えられることは無かった。

万が一にも自分のルーツを探って反逆の意志を作らない為である。

 

元々優秀な頭脳を持ち合わせており、手先も器用で座学の教師などからは将来は前線よりも技巧や作戦指揮に行くべきだと言われていた。

また、チェスや東洋の将棋に深い造詣があり、彼が11歳になる頃には教官ですらも敵わなくなっていた。

 

誰もが、いや、メルツェル本人ですらも前線には行かないだろうと思っていた筈が12歳の頃にやや少ないながらもAMS適性があると判明。

無論リンクスの存在は貴重だが、レイレナードはリンクスも多く、メルツェルの場合ならばそれ以外の道はあると説明がされたが、

数値となって表れた自分の才能を見て輝く目には最早リンクスになる以外の道は映っていなかった。

 

「君は何のために…リンクスに?」

 

「はっ。天から授かったこの力で世界を正しい方向へ導くためです」

海藻のようにうねる黒髪はラテン系の色が濃い顔にあまり似合ってはいないが、眼鏡の向こうに輝く目がそんな不調を全て吹き飛ばしている。

 

「……」

歴史と戦術を担当してたその男は6歳のころから9年間、この少年、メルツェルが育っていくのを見た。

少々甘いところもあるし、リンクスとしての才能は乏しいがそれでもまっすぐ正義感の強い少年に育った。

だからこそ前線は向かないと今でも思う。戦場で生き残るのは図抜けて強い者か卑怯者と臆病者だけだ。

中途半端に勇気だけある者は真っ先に死んでいく。

挫折を知らない目。輝く将来に一つの疑問も抱いていない。

 

「そうか…」

 

「?」

今回この幼年学校からリンクスになったのはメルツェルだけだがもう一人、別の場所で彼が担当したリンクスがいる。

あくまで勉強面しか見ていないその子供は完全にリンクスになるためだけに生まれ、世間が見れば虐待だとしか言えない程辛い訓練に身を投じている。

それもその子の意志は関係なく、ただその子供がそういう風に生まれたからというだけでだ。自分では何を思っても変えられない。その勇気がない。

その子供の前にある袋小路をどうにかすることも出来ないし、する気も起きない。立ち向かうには大きすぎる。ただ、出来るのならその子供にせめて…

 

「メルツェル…これをやろう」

 

「これはなんですか、教官殿」

教官と呼ばれた男は首から下げていた銀製と思われる丸いペンダントを渡す。

高価そうではあるが、何故これを今自分に渡そうとしたのかメルツェルにはよく分からなかった。

 

「明日から…お前は北西にあるレイレナードの基地に行くな?」

 

「はい」

 

「そこで暫く訓練を積んだ後いよいよリンクスとして戦う訳だ。お前はそこでテルミドールという名の者に会うだろう」

 

「?はい」

 

「そのペンダントをテルミドールに渡してくれ。もしいらないと言えば、受け取るまで付きまとえ。可能ならば受け取った後もだ」

 

(付きまとえって…?)

 

「よいな」

 

「はっ(よく分からんけど適当に返事しておくか)」

 

 

その頃、カナダにある巨大な湖、グレートスレーブ湖にほど近い街・イエローナイフのレイレナードが所有するリンクス養成所で、真改はオーロラが浮かぶ夜空の下、

父がアンジェへ、アンジェが自分へと渡した日本刀・木洩れ日丸を眺めていた。

 

(アンジェ…バカな…)

誰に告げることも無く、突然の単独行動を起こしたアンジェ。だがそんなアンジェを追う追撃部隊が発見したのは、レイレナードの廃工場でバラバラに刻まれたオルレアとアンジェの死体だった。

レイレナードはその事実を隠ぺいしようとしたが隠し通せるものではなく、人と交わらない真改の耳にもしっかりと入ってきた。

犯人は傭兵と言いながらも明らかにレイレナードに敵対的な行動をとり続けるリンクス、マグナス・バッティ・カーチスだと言う。

近々その男を誘い出すためにベルリオーズを中心とした大規模作戦が展開されるらしい。

その作戦に入れてくれと嘆願したがテストパイロットの自分の話を真に受けることなんかあるはずも無くあえなく却下された。

 

(幸せだったのか…?アンジェ…)

死体は回収されたがそれが父・竹光の元に戻ることは無い。

肉の一片に至るまで切り刻まれリンクスという生き物のデータを取られる。

そんな戦って戦って骨も残らない人生が幸せだったのか。

オーロラを受けて妖しく光る木洩れ日丸は何も答えてはくれない。

 

(大体…月光をやると言っておきながら…)

バラバラにされたオルレアからはムーンライトが奪い取られていたらしい。

敵の優れた兵器を奪取するのは当然の事だがそれでも頭にくる。

そしてアンジェが自分にやるといったムーンライトはどうなったのか。まさかレイレナードに「アンジェがくれるって言ったんです本当です」と言いに行くわけにもいくまい。

 

(結局…何も教えてくれないまま死んだな…アンジェ…)

悲しみがあまり多くないのはいずれこうなることが分かっていたからか。

それともこの結末がアンジェの望んだ物だと分かっているからか。

真改には分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も訓練は無かった。連日教官連中は慌ただしく動き回り、こちらの質問には何も答えない。

もう3週間、ただここにいるだけの日々が続いている。アンジェが撃破されたというのが本当ならこの騒ぎも分からなくはないが、それにしたって放っておきっぱなしというのは無いだろう。

テストパイロットや訓練生の根も葉もない噂や考えを聞きすぎてちょっと嫌になったジュリアスは夜風に当たりに外に出た時、真改が既に外で刀を眺めていることに気が付いた。

 

(変人…)

なぜか変わり者の多いリンクス候補生たちの中でもさらに外れた存在で、年も一回り上。

さらにいつも刃物を眺めているとなればその評価も仕方がない事だろう。

 

(男はああなのかと思ったが…あいつだけ違う)

自分の知る男は見栄っ張りでやかましくてそれでいて助平などうしようもない生き物だ。

あの男はそんな自分の知る生き物とは全く違う。

一言で言えば大人げない大人だ。いつも自分の世界に引きこもっている。

 

(ジェラルド…どうしている…)

やっぱり昔からの馴染みのジェラルド・ジェンドリンも見栄っ張りでやかましくて助平だった。

もう半年近くになる。アスピナ機関からレイレナードに来たのは。ジェラルドはローゼンタールに行った。

思えば十年も毎日会っていたジェラルドともう半年も会っていないというのは自分の中で凄く不自然なことだ。

いや、十年も会っていた人物ならば他にも何人もいた筈だが、今になって思い出せるのは全力で感情を表現する事しか知らないイヌっころみたいにこちらに走ってくるジェラルドだけだ。

 

(……いつか私を…)

真っ赤な唇から吐き出された熱い息は白く空気に混ざって消えていった。

 

 

 

 

 

アメリカ・カナダの元国境線だったラインを睨む基地はその日、敵対企業からの攻撃を受けて消滅しようとしていた。

 

「うおわああああああああああ!」

 

「……ついてくるな」

基地を走る二人の男は背は高くともまだ十四と十五の子供である。

ネクストは投入されてないが既に窓からは戦闘機やMT、ノーマルが敵味方相乱れて戦い合う様が見られる。

 

 

「止まれ!」

 

「わあああ!!」

その時、走る二人の少年の前に小銃を構えた男が飛び出してきた。

トリガーガードをすり抜けて引き金に指がかかっているのが見えてメルツェルは悲鳴をあげた。

 

「……」

タァンという音が響き、あっと言う間もなく白い髪をした少年は銃を抜いて男の眉間に穴を空けていた。

 

「死んだ!おい死んだぞ!敵か味方かも分からないのに!」

当然、倒れた男は動く筈もなく、それを見てメルツェルはさらに悲鳴とほとんど変わらない声で非難を叫ぶ。

と、叫び終わる前に胸倉を掴まれて持ち上げられた。

 

「どいつもこいつも…全員敵だ。邪魔をするならお前も殺す」

その顔は酷く歪んでいた。

歯が軋むように噛みしめられ、禍々しい皺を顔に描き、瞳に映る光までもが歪んでいる。

 

「ぐぉっ…げほっ…!」

 

「……」

 

(なんなんだよこいつ…ガキの癖に…)

降ろしたメルツェルを振り返ることもせずに白髪の少年、テルミドールはまた走っていってしまう。

文句を言うよりも早く去ってしまおうとするテルミドールをメルツェルは舌打ちしながら追った。

 

 

 

 

 

『え?あれがテルミドール?』

とりあえず教官から言われたことをしておくか、と首にぶら下げていたペンダントを見て思い、

寮の管理人にテルミドールと言う名の者はこの基地にいるかと尋ねたら面倒くさそうに指をさした先に白髪の少年がいた。

 

『大人だと思っていた…』

通常の兵士がこの年齢でなることは無い。リンクスという物が年齢に関係なく兵器として優秀すぎるだけなのだ。

この寮でもノーマル乗りやただの兵、技術屋などたくさんの人物がいるが皆自分より一回りか二回りは年上だ。

 

『あいつ…』

気にはなっていた。恐らくは自分と同い年くらいのものが何故ここにいるのか、とくればリンクスしかないだろう。

 

 

『おい!おーい!お前!テルミドールだな?』

 

『……』

 

『うっ…』

何て嫌な目だ。

ずっと一人でいるのは自分と同じで大人の中に中々馴染めないからだと思っていたが違う。

自分から人の中にいることを拒んでいるのだ、この少年は。

 

『あ、あのこれをお前に…』

 

『いらん』

 

『あ、おい!待てよ!おい!』

そんなやり取りが一週間以上続いてもこのペンダントを受け取ることは無かった。

だったら捨てちまえこんなもの、とも思ったが尊敬する教官のことも考えるとそれも出来ず、結局言葉通り付きまとうことになった。

 

 

「くあぁ…どうするんだ…」

 

「……」

遠くの山から基地を見るがどうも負けたらしい。いや、あれは降伏したといったところか。

ならばあそこで大人しくしていれば捕虜として殺されることも無かっただろう。

 

「おい…戻ろうぜ…捕虜になってもリンクスなら丁重に扱ってくれるだろう」

 

「間抜け野郎」

 

「は?」

 

「……」

 

「おい!どこ行くんだよこの野郎!」

ぼそっ、と馬鹿にしていった後にこちらを見向きもせずにまたテルミドールはどこかへ歩いていく。

 

「……」

 

「あー!!勝手にしろよ!!」

一端は走って逃げてきたはずの基地へと向かって歩き出した時に首のペンダントがちゃりんと音を立てた。

 

「……」

 

「……」

 

「…くそっ…待てよこの野郎!」

 

「なぜ着いてくる?」

 

「知らねえよ…そんなの…」

 

(そうだよ…捕虜になって…駒として扱われて媚びへつらう…そんな人生なんてクソ食らえだ。せっかくリンクスになったのに。とりあえずこいつは何かアテがありそうだし…着いていくか…)

 

「……」

 

「置いていくなよ」

メルツェルが黙々と考えているとまたテルミドールは先に行ってしまう。

 

「着いて来いなんて言っていないが」

 

「へっ!そうですか!」

 

二人ぼろぼろの世界の上を歩く少年たち。

この先に過酷な運命が待ち受けていることを知るはずもなく、ただ草木生い茂る山道を二人の少年が歩いていく姿は牧歌的な風情があった。

 

 

 

各地のレイレナード及びアクアビットの基地は次々と陥落していった。そしていよいよ世界的急成長を遂げたレイレナードにも最後の日が来る。

レイレナードの本社・エグザウィルが浮かぶグレートスレーブ湖のすぐ近くにあるイエローナイフ基地はエグザウィルを囲む基地で最後に残った基地であり、

この基地が陥落すればエグザウィルまでのネクスト進行ルートが確保される。水上にあるエグザウィルは非常に攻めにくいがネクストならば関係ない。

今日、このイエローナイフ基地は落とされそれが完了すると同時にエグザウィルへの攻撃が開始される予定だった。

 

だが今日も今日とて真改は刀を眺めて一人で黙っていた。

 

「……」

割り当てられた二段ベッドの下のベッドで横になり木洩れ日丸をただ眺める。

アンジェから渡されてからと言うものの刀に語り掛けるのが趣味なのではないかと言う程ずっと刀と対話していた。もちろん何も答は返ってこないが。

 

「……」

ずっと気になっている事がある。ほとんど人間をやめていたアンジェだったが、父が言うにまだ自分の名前も分からない子供だった自分を戦場から助け出したのは他でもないアンジェだったと。

その行動から感じられるひとかけらの人間性。そちらが本性だったのかは分からない。何しろ人間離れしたところばかりが記憶に残っている。

 

 

『戦場でまだガキのお前を抱えて走ったんだ。なぜってそりゃああいつが人間だからだろう』

父の声が頭に浮かんだ。

 

「…分からん」

 

「……」

妖しく光る刀身だけが現実で、頭の中で響く声は全てシャボン玉のように弾けて消えるような儚さがある。

自分は何故アンジェの背中をずっと追い続けているのだろうか。よく考えることだがそこに理論的な回答を用意できることは無い。

ただアンジェを自分の姉だと思っているからだ、と毎回そこに辿り着く。

 

ズズゥン

 

基地全体を揺らすような振動に真改の身体は跳ねた。

恐らくはミサイルが一斉に飛んできたのを撃ち落としでもしているのだろうか。

 

「…来るべき時が来たか…」

アンジェが殺された。ベルリオーズも死んだらしい。もうレイレナードも長くないだろうと自分は思っていたが、他の誰もがそんなことは顔にも出していなかった。

他のどの企業よりも先進的な技術があり、リンクスを抱えるレイレナードが負けるものかと誰もが思っていた。

きっと破竹の勢いで勝ち続けた日本国が戦争に負けた時もこんな雰囲気だったのだろう。

 

「はっ…結局リンクスにもなれずアンジェにも追いつけず…か。真改、似合いだな…」

どこまで行っても中途半端だ、自分は。自嘲気味に笑い、刀を持って真改は走り出した。

 

 

 

 

 

 

どっ、という音を立てて真改の手にした木洩れ日丸の柄が銃を手にした男の喉に当たった。

 

「げぅ…」

 

「……」

敵か味方かも分からないが、とりあえず分かるのはレイレナードはもう終わりだという事。

ここでブルブル震えていてもどういう事になるか分からない。何もかもが中途半端だがせめて自分の運命くらいは自分で決めたいじゃないか。

出会う者達を全て倒しながら真改は脱出を頭に駆けていた。

 

「…!」

駆けだした途端に身体中に穴を空けて死んでいる少年を発見した。会話したことすら無いが確かリンクス候補生の一人だったはずだ。

 

「子供が死ぬ戦争…どこまで行っても世界は変わらん…」

自分がこの年まで生き残れたのだってただ運が良かっただけに…いや。

 

 

 

『戦場でまだガキのお前を抱えて走ったんだ。なぜってそりゃああいつが人間だからだろう』

 

 

 

アンジェが助けていなければ自分はいなかったのだ。それだけが事実だ。

顔を横断する古傷がぴくりと動いた。

それと同時に轟音が響き渡り、天井に大きくひびが入った。ミサイルでも直撃したか、と思いながらなんとなく曲がり角に目をやったその時。

 

 

(あの子供は)

手に拳銃を持ち、落ちてくる天井を絶望的な目で見ている少女が目に入った。

一度だけ話しかけてきたことがあったっけか。

少女の頭の倍ほどの大きさがあるコンクリートが少女に向かって落ちていく。

 

「掴まれ!!」

叫んだのは何年振りだろう。

いや、自分から他人に声をかけたことすらいつぶりなのか分からない。その声は耳に届いているのだろうか。

この手は届くのだろうか。

 

「!!」

少女の大きなネコ目がこちらを見た。

軽い身体だった。思い切り引っ張ったらそれだけでこちらに飛んでくる。

 

「走れ!!」

 

「何故助けた…」

隣で走りながらも捻くれたことを言い始める。

 

「だったら何故手を伸ばした!死ぬなら後で死ね!!」

 

「勝手な事を…!!」

 

 

 

エグザウィル周辺基地への攻撃が開始され、押えこんでいる間に一機のネクストがエグザウィルに攻撃していた。

そしてそれと時を同じくしてアクアビット本社にも白いネクストが攻めてきており、あまりにもあっけなくアクアビットは壊滅した。

というのも、本来ならばアクアビット本社を防衛するはずだったネクスト、シルバーバレットのリンクス・テペス=Vが早々に防衛を放棄して逃走してしまったからである。

 

 

「さーて…死ぬのは嫌で逃げ出したものの…生き残ってどうしたらよいのやら…なんともつまらぬ人生よ…」

アクアビット本社から100kmほど離れた街で瓶ビールからそのまま飲んでいる男こそ、今日アクアビット本社の防衛を任されていたテペス=Vであった。

47歳という年の割には髪には艶があり皺が少ない。背も高く腹も出ていない。大きなサングラスの下の日焼けした肌で揺れる銀色のペンダントが小洒落ている。

 

「顔を変えて美味い物でも食べ歩くかね?」

壊滅したアクアビットの技術屋は生き残るだろうが自分たちリンクスは情報を取るだけ取られてその後は無茶なミッションを受けさせられてゴミのように死んで終わり。

ましてや自分ほど腕も情報も持っているリンクスならば敵が欲しがらない筈がない。同じアクアビットのリンクスのP.ダムは死んだとの話だがそれも怪しいものだ。

情報を絞るだけ絞られて…下手に容姿が良かったせいで変態共のオモチャにされているかもしれない。

 

「ほっ。食べ歩くついでに全世界の女を制覇すると言うのも面白い。…………いや…つまらんなぁ」

支配者たる企業が二つも崩壊したというのに空は依然青いまま。

この地上で這う人間がどうなったって天は変わらずそこにあるだけ。

例えリンクスという国をもひっくり返す化け物になっても空の下、地の上。ああ、つまらない。

まだ半分以上残っている瓶を放り投げてテペスは目的地を決めずに歩き出した。

 

 

 

民衆に語られているリンクス戦争はここでお仕舞。

この後、コロニー・アナトリアをジョシュア・オブライエンがプロトタイプネクストに乗って襲撃するがそれはジョシュアの単独行動として語られており、

リンクス戦争とは切り離されて考えられている。

 

CE15年、11月7日。レイレナード及びアクアビットの壊滅により史上最大の戦争、リンクス戦争は地球全土に消えない汚染という大きな傷痕を残して終了した。

 

11月10日。

真改はこの十年でずいぶんと荒れたカナダの土地をジュリアスを連れて歩いていた。

 

「空腹だ…」

 

「……」

 

「なぁ、腹が減ったんだが。どうすればいいんだ?」

 

「……」

 

(本当になんで私を助けたんだ…)

ジュリアスが肩を落としながら息を吐く。

 

だが真改も真改で頭を悩ませていた。

 

(道半ばだが…道場に戻るしかあるまい…だがこの子供はどうする?)

何回かシュミレーションでぶつかったことがあり、その時の戦績は4勝6敗。一言で言えばジュリアスの方がリンクスとしては強かった。

 

(だが…いくら強くても子供は子供だ…)

正直なところ、足手まといだ。

今この瞬間に命の危機にさらされているという訳でもないのにそう思う。腹は空いているが。

やはりわからない。何故アンジェは一人で歩くことも出来ない自分なんかを抱えて逃げたというのか。

 

『行動に理由を求めすぎるな。自分がこうしたいと思ったらそうしろ』

 

「……」

そんなことを言っていたのはアンジェが15歳の時だったか。

そういえば自分は何をするにしても理由を考えすぎる。でもそれが間違っているとは思えない。何をするにしても理由があった方がいいに決まっている。人間なんだから。

 

 

……オーン

 

そんな事を考えていると唐突に耳に響くイヌ科の動物の遠吠え。

 

「なんだ!?オオカミか!?」

 

「…コヨーテだ」

 

「コヨーテ!?肉食動物の!?クソッ、クソッ」

ジュリアスは大騒ぎして拳銃を構えているが、地球温暖化の影響で出没地域が変わったとはいえコヨーテ自体はあまり人間を襲う生き物ではないし、

大規模な群れで行動することも少ない。

 

「!!」

 

「!!」

大丈夫だろ、多分…と思った瞬間に目を血走らせたコヨーテが5匹飛び出してきた。

 

「こんなところで食われて死ぬなんてごめんだ!来るなら来い!」

 

「…下がっていろ」

 

「うあっ」

 

「……」

拳銃を構え威嚇するジュリアスの首根っこを掴んで自分の後ろに放り投げる。

さて、どうしたものか。人間を襲おうとするなんて相当腹をすかしているのだろうか。だがそれはこちらも同じことだ。

三日前から水しか飲んでいないのだ。

 

「すぅうううう…はぁぁあああ……」

呼吸を整えながら左脚を曲げて右脚を伸ばし、帯刀した木洩れ日丸の鍔に親指をかける。

 

「……」

よだれをダラダラと垂らすコヨーテが一様にたじろいだ。

その直感は正しい。真改の半径4.2mは刃が届く刃圏。そこに入った瞬間に両断するという自信でも気概でもなく、当然のように真改の頭にある想像を感じ取ってコヨーテはさらに一歩引いた。

 

(こちらも餓えている…)

地に跡を残しながら足をすってにじり寄り、一匹のコヨーテが間合いに入った。

真改の細い目がぎゅん、と開かれた瞬間に鋭い音が空を切った。

 

「な…」

 

「……」

鼻先から下腹部まで赤い花が咲く様に斬られたコヨーテは何も理解出来ないままに倒れ、でろりと腸がこぼれた。

 

どちらが狩られる側かを理解したのか、残ったコヨーテは文字通りに尻尾を巻くようにして逃げていった。

 

 

 

 

「食え…」

焚火で良く焼いたコヨーテの肉をジュリアスに差し出す。

この娘だって自分と同じだけ何も食べていないはずだ。

 

「嫌だそんなもの!!マイノリティーには犬肉を食う人種がいると聞いていたが…本当だったんだな!」

 

「なら食うな」

自分だって別に食いたくて犬の肉を食っているわけでは無い。

筋張っていて固くて臭くて美味しくないし、この娘が考えているように自分もこれは人の食い物ではないと思う。

 

ぐぅううぅ

 

「……」

 

「……」

ジュリアスを無視して無視してがつがつと食べているとアニメのように大きな腹の音が夜の道に響き渡った。

 

 

「……」

 

「くそっ…」

結局死ぬほどの空腹に勝てるはずも無く、ジュリアスはプライドを捨てて熱々の犬の肉にかぶりつく。

 

「くそぉ…」

全然美味しくない。なのにこんなにも美味しい。いや、ありがたい。

普段当然のように受け取っていた食事と言う物がこんなにもありがたい物だったとは。

外の世界ではごみを漁って這い回りその日の食事すら危うい人々もいる。

君たちリンクスはその点、恵まれている存在だ、とまだ10歳になる前に言われたことを何となくでしか聞いていなかった。

 

「……」

自分の分は食べ終わったのか、何を言うでもなく小さな黒目で男はこちらを見てくる。

火の影が照らしだす男の顔の傷は相当に古い物だという事が分かる。

 

「お前…お前名前はなんて言うんだ」

 

「……真改」

 

「シン…クァイ?変わった名前だな…。本名を聞いているんだが」

 

「本名だ」

 

「チャイニーズか?いや…そのサムライソード…ジャパニーズか。やはりあの国の人々はソードを持ち歩いているのか」

 

「……」

真改は血だけで言えば日本人だし日本語を話すのに、正しい日本国はどういう姿なのかは実はよく分からない。

物心ついたときにはカナダで育ち、自分が唯一知る日本人が剣術の師範だったため、むしろジュリアスがイメージしている日本像は真改の思う日本像とよく一致していた。

 

(不愛想な男だ…)

だんまりを決め込んだ真改は無視しているのではなく、わからないから答えないだけなのだが、印象は悪い。

 

「年は?」

 

「……」

実は自分の誕生日すら知らない真改はとりあえず26という事になっているがそれもよく分からない。

拾われた時が多分一歳くらいだった、という時点でいろいろ怪しい。

 

(なんだこの男…他人に興味が無いのか…名前すら尋ねてこないとは)

 

「……」

 

「……」

普段は無口なジュリアスと同じで、実際は色々と考えた結果口を開いていないだけなのだが、口もきいていないのにそんなことが分かるわけない。

どうせこの男が火守をしてくれるだろう、とジャケットを枕にしてジュリアスは横になってしまった。

 

 

 

(このまま帰るのか…?折角…首にこんな穴まで空けて…)

木洩れ日丸を抱えたまま首のジャックを触る真改。

何も喋らなくなった娘の首元からも金属製のジャックが何かを答える様に鈍く光っていた。

 

 

 

 

 

「あああ…もう…どうすんだよ…もう…」

 

「……」

コロニーから外れた場所にある、老夫婦が営業する小さなホテルの一室にテルミドールとメルツェルはいた。

オロオロとするメルツェルとは対照的にテルミドールは備え付けのコンピューターを静かにいじっている。

 

「お前も考えろよ、おい!」

 

「なぜ私に付きまとう…?」

 

「俺が金を持っていなかったらオメーは野垂れ死にだよ!ばーか!!」

チラリとうざったそうな顔でメルツェルを見るテルミドールだが、このホテルはメルツェルが借りたものだ。

何て自分勝手な奴だ、クソ野郎、と暗い天井を仰いでからメルツェルはベッドを叩く。

 

「ふん。見ろ」

 

「あ…?」

コンピューターの画面にはニュースサイトが映され、明日の天気と同じ文字サイズでレイレナードとアクアビットが崩壊したことが載っていた。

 

「は…?崩壊…?」

 

「……」

 

「え…?こんなあっけなく…」

 

「私たちリンクスは道具だ。使命を失えばそれで終わりだ」

出会った日から変わらない静かな表情でテルミドールは呟く。

 

「本気か?」

企業が崩壊したのは驚いたが、それ以上に自分を道具だと断じたテルミドールのセリフが引っ掛かる。

 

「これから私たちはどこへ行く?何をする?企業が無ければネクストを動かすことも出来んのだ、私たちは」

 

「本気で言っているのか…?この世に生まれて…道具だと!?道具で終わりだと!?」

 

「私にはそれしかない!!」

 

(なんだ?こいつ…テンションの上下が激しすぎる)

声を荒げたのは自分が先だったが、冷淡な表情から一転顔を真っ赤にして怒り出すテルミドールの姿は、奇妙な違和感がある。

その不安定さは精神に異常を抱えているかのようだった。

 

「お前は人間だろうが。ここまで連綿と紡がれてきた命の果てだろう?道具ってことはねーよ」

 

「私に父さんも母さんもいない!!」

 

「俺だっていないよ」

こんな時代だ、戦争孤児なんてものは別に珍しくもなんともない。

それに冷たい事を言えば、企業としても切り刻んで実験台にするのは身寄りのない子供の方がやりやすいだろう。

 

「違う…いる…いや、いないんだ…違う…」

 

「…?(なんだこいつ…病気か?)」

支離滅裂な事を言いながらコンピューター前の椅子にしがみ付き泣き始めるテルミドールに心底引いているとコンピューターの画面に当然のように表示されていた一文が目に飛びこんだ。

 

 

『歴史研究家の権威ジョバンニ・フレーゲル自殺』

 

 

「なんだって…?」

 

「ぐずっ…」

鼻を啜りながら泣いているテルミドールをどかしてその記事に目を通す。

 

「まさか…自殺なんて…あの人が自殺なんか…」

割と真面目に真っ直ぐとどの教官も慕っていたがその中でも特に尊敬していた歴史・戦術担当の教官の死。メルツェルの首にぶら下がるペンダントも他でもないこの人から貰ったものだ。

レイレナードが負けたから悲観して死んだのか?そんなセンチメンタルな人だったのだろうか。

 

「疑わしきは抹殺…といったところか。歴史の教師だったから…知っていたのだろうな」

訳知り顔で何やら呟くテルミドール。

 

「なんだって?お前、何を知っているんだ?」

当初の目的と大分違ってしまっているが、この少年からその理由とやらを聞きださねばならないとメルツェルは心に固く決める。何よりも普通に気になる。

 

「ふん。お前に教えたところでどうなるというのだ」

 

「かっこつけんなよ老け顔」

 

「老けてない!!」

 

(おっ…こいつ悪口には反応するのか…。煽り耐性が低いんだな)

 

「訂正しろ」

 

「やなこっ…ん?」

狭いホテルの部屋でまたもみ合いへし合いになりそうな空気になった途端、メルツェルの首に下がった銀のペンダントが不思議な光を放ち始めた。

 

 

 

 

 

「ふぁ………?」

酔いつぶれて外で寝ていたテペスはふと目を覚まして立ち小便をしていた。

ちなみに現在の時刻は平日の午前10時、酔っぱらいが外をうろつく時間では決してない。

 

「にゃんだ…?」

首にぶら下げた銀のペンダントがほんわりと輝いている。

ずっと前にアクアビットから受け取った勲章のペンダント。

こんな機能あったっけか、と首から外して手に取るとぱかりと開いた。

 

『CLOSE PLAN

45.659822, -82.957290

 

CE15 12.31』

 

 

「あん……?」

そこに彫られていた文章は一番最後が日付だという事以外一切わからない。

暫く眺めていてもやはりよく分からず、出しっぱなしの×××が秋風にさらされて小さく縮み上がった。

 

 

 

 

 

 

 

『CLOSE PLAN

45.659822, -82.957290

 

CE15 12.31』

 

「なんだこれ?」

メルツェルにはよく分からなかったが、テルミドールはそれを見た瞬間に飛びかかってきた。

 

「寄越せ!!」

 

「ふざけんな!」

元々テルミドールに渡せと言われたものだが、その中身を見た途端に血相を変えて飛びかかってくるとは。

何もかもが意味が分からないが、やはりこの少年は教官の死に繋がる事実を、あるいは吐き気を催すようなこの世の邪悪の存在を知っている。

 

「それは私の物なのだろう!!」

 

「今はもう俺のだ!!」

 

「ふざけるな!」

 

「おーっと…待てよ…待て」

拳を振り上げるテルミドールを諌める。悲しい事に、この少年にはケンカで勝てないことはよく分かった。

かけている眼鏡を今壊されたら直す当てもない。

 

「こいつで決めよう」

サイドテーブルの上で置物と化して埃を被っているチェスを指さす。

 

「ふん。こんな子供の遊びで…」

 

(子供だろうがよ)

そういうメルツェルもまだ世間一般では子供の内に入る。まだ世の中の酸いも甘いも知らない純粋な15歳の少年なのだ。

 

「俺に勝ったらやるよ。ついでに持ち金も全部やる」

 

「ふん」

 

「ただし、俺が勝ったらお前が知っていることを全て教えろ。いいな?」

 

「好奇心は猫を殺すとはよく言ったものだ。どうなっても私は知らんぞ」

 

「おおー、いいともいいとも(こいつ扱いやすっ)」

テルミドールに背を向けて埃だらけのチェス盤に息を吹きかけるメルツェル。

その顔には面白くてたまらないといった風ないびつながらも子供らしい笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

ジェラルドはバカだった。それも飛び切りの。

 

初めて会ったのは五歳の時。

 

最初からリンクスになることが決まっていた存在。

それが私であり、ジェラルドであり、ジョシュア・オブライエンのような先輩リンクス達だった。

 

無論、AMS適性はあるがそれでも戦闘には向かない者もいる中で、特に戦闘の才能とAMS適性に優れた存在が各施設から一か所に集められた。

 

「好きだ!!」

 

「え?」

両方の鼻の穴から水っぱなを垂らしている金髪の同い年くらいの子供が開口一番に叫んだ言葉がそれだった。

 

「好きだ!!うおおおおおおお!好きだ!!君の名前を教えてくれ!!」

 

「え?え?」

研究員の白い服に鼻水をつけながら引きずられていくその姿。

消えるまでずっと好きだ好きだと叫んでいた。

 

ジェラルドはバカだった。

 

結局他のリンクス候補に名前を教えるのが先だった。

 

会うたびに好きだと叫びながら突撃してきた。

言われた回数は真面目に一万回を超えるかもしれない。

 

 

「好きだ!!」

 

「……」

何年も何年も言い続けていた。

そんなことを言いはじめて四年目だったか。目的が変わり始めたのは。

 

「好きだ!!」

 

「だからどうしたいんだ?」

 

「俺のものになってくれ!!」

 

「……」

ジェラルドはバカだった。

 

「言いたいことがよく分からない…」

 

「君が好きだから!!俺のものにしたい!!」

 

「…??人を所有したいのなら…勝てばいい。敗者は勝者の物だ。そう教わっただろう」

 

「よっしゃああああ!!」

と言ったとたんに殴り掛かってきた。ジェラルドはバカだった。

 

「……」

 

「うわあああああ!!痛いよおおおおお!!」

 

「……」

しかも弱かった。

足を引っ掛けて転ばしただけで泣きながら走り去ってしまった。

 

 

でも、その日から毎日好きだと言いながら突っかかって来るようになったっけか。

好きだ好きだと叫びながら拳を振り回して襲い掛かる姿に周りは困惑していた。

 

ネクストのシミュレーションを開始した後も当然のように勝負を挑んできた。

あまり弱くは無かった。

私以外には負けなしだった。というか私が強すぎた。職員は喜んでいた。ジェラルドは鼻水を垂らして泣いていた。

ジェラルドはバカだった。

 

「好きだ!!好きだ!!わあああああああ!!」

 

「なぁ…」

十三歳になってようやく俺の物にしたいだとかの裏の意味も考えるようになっていた。

その意味を考えるとすごく恥ずかしかったのを思い出すだけでも恥ずかしい。

 

「ずっとそうやって言ってるけど…初めて会った時からさ」

 

「そうだ!!ユリー!!君が好きだ!!」

そういえばジェラルドだけだ。私の事をユリーと呼んでいたのは。

懐かしい。そうやって呼ぶどころか、名前を呼び合う様な友すらいなかったもんな、こっちでは。

 

「完全に見た目だけなのか。中身は?」

 

「可愛いから好きだ!!中身なんて見えないから分からん!!」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

ジェラルドはバカだった。

 

「他の女の所に行けよ…お前なら…」

私はへそ曲がりだった。ずっと変わらずにそう言ってくれて嬉しいと、一言いえばよかったのに言うことが出来なかった。

だってそうじゃないか。会った時からずっと言い続けている言葉に今更違う反応をするなんて恥ずかしくて悔しい真似が出来るか?

…こんな中身なんて気に入るはずがないだろうな。いや、それでも見た目がと騒ぐのだろうか。

 

豊穣な麦のような直毛の金髪を伸ばして汚染を逃れた海のような青い目。

私の真っ黒い髪、真っ黒い目とは分かりやすいくらいに真逆で………正直、好みだった。

その金髪を心ゆくまで触ってみたかった。

 

 

「嫌だ、そんなの」

 

「?」

平日の昼間はコロニー・アスピナの普通の学校に通っている。

そこでも普通に他の女性と交わりがあるはずだ。

 

というかそこでも好きだ好きだと叫びながら迫ってくるのはちょっと迷惑だった。

 

「うおおおおおおおおおおお!!絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に嫌だ!!!」

 

「……」

ぶわっ、と花が咲く様に顔中の穴から水分を出した姿をスローモーションで再生できるほどよく覚えている。

 

「だってそしたらユリー!!君も他の男の所に行くかもしれない!!」

 

「…行かないよ」

その時の私の声はあまりにも小さすぎた。

いや、ジェラルドがうるさすぎたんだ。

 

「嫌だあああああああああああああああ!!」

 

「……」

道中にあるもの全てをなぎ倒して走り去っていくあの姿の滑稽さときたら。

それだけで何度もからかいたくなるほどに面白い光景だった。

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおお!!うお、うおおおおおお!?うおおおおおおお!!」

 

「……」

当然の事だった。私が一番、ジェラルドが二番ときたら同じ場所に行くはずがない。

顧客へのサービスのバランスを考えればバラバラになるのが当然だ。

 

「うわあああああああ!?ぬっ!?わあああああああああ!!」

 

「……」

その日は好きだとは言わずにずっと泣いていた。

太陽が真上にある前から沈んだ後までずっと隣で泣き叫んでいた。よくもまぁ体内の水分が無くならなかったものだ。

 

「いやあああだああああああああああああああああああ!!」

 

「丁度良く…敵対企業だ。私を倒しに来い、ジェラルド」

 

「うおおおおおおおおお!!君がいなくなるのが!!嫌だ!!俺の物にならないとしても!!俺の傍からいなくなるのが嫌だ!!」

 

「……」

 

「わああああああああああああ!!」

 

「分かった」

 

「びぃいいいいいいいいいいいい!!」

 

「お前が私を倒すまで…私は誰の物にもならない」

私にはその言葉が限界だった。ジェラルドが好きと叫んだ回数が一万回以上あっても私は結局…

いや、でも、ジェラルドだってその言葉で私が何を考えているのか気が付けばよかったんだ。

 

「え?」

 

「それでいいだろう?ほら、夜が明ける…お別れだ」

 

「ユリー…うぅううぅ…」

気が付けば20時間近く泣き叫んでいたジェラルドの傍に私はいた。

自分でも付き合いがいいなと思ったが、勇気がないなとも思っていた。

 

 

 

ジェラルドはバカだった。

私はへそ曲がりだった。

 

 

 

 

 

 

「……?」

パチッという音が聞こえたのはどうやらすぐそばのたき火が弾けた音のようだ。

真改、と名乗った男は刀を抱えまま目を閉じている。寝ているのだろうか。

 

「……」

こっちに来てから半年。気が付けば十六歳になっていた。

ジェラルドの誕生日は…まだ日付が変わっていないのなら明後日のはずだ。ほんの少しの間だけ、ジェラルドより自分は年上だった。

 

「……」

この半年の間、考えているのはジェラルドの事ばかり。

いや、もう心の中でくらいは正直になろう。ずっと前からジェラルドの事ばかり考えている。

 

 

ジェラルドはバカだった

私は…大バカだった。

 

 

 

(中身なんて見えないから分からん、か。でも分かる…お前は一途だった。それは間違いないだろう。…十年も!つっけんどんな態度をとっていた私を…嬉しくないはずがないだろう…)

どこか…どこかで素直になっていれば違う未来があったのだろうか。

 

しかし現実はこの変な男と道端で犬の肉を食べて寝ていると。

なんだこれは。どういうことだ。

 

「ん…?」

真改が抱える日本刀、と呼ばれる物の紐?らしきものに絡みついた銀色のペンダントのような何かが輝いている。

なんというか、この変人の趣味とは思えないようなペンダントだ。

 

「……」

炎に集まる虫のようについそのペンダントに手を伸ばしてしまう。

そしてそれに手が触れた瞬間

 

ヒュッ

 

「…!」

 

「何をしている」

 

「……」

野生動物のように後ろに跳ね飛んだ真改が抜刀した刀を額に突き付けていた。

 

「ペンダントが…」

 

「…?」

言われてようやく鈍く光るペンダントに気が付いたようだ。

刀を鞘に納めた真改がペンダントを手に取ると抵抗も無くぱかりと開いた。

 

『CLOSE PLAN

45.659822, -82.957290

 

CE15 12.31

 

月光はここにある』

 

「…!!」

 

「なんだこれは…?最後のは…日本語?か?」

開いたペンダントの中には、機械的な美しい文字が刻まれており、その下にさらにジュリアスには読めない文字が明らかに人間の手で刻んであった。

 

 

 

 

「そ、そんな…僕が…いや、私がこんな子供の遊びに…」

 

「弱いな…お前」

既に十二回もやっている。

負ける度に眠かったからだとか、見間違えて駒を置いたとかいちゃもんをつけてきたが実に弱い。

思考が読みやすいとでも言うか。キャラが安定しないが、思考は単純だ。自分はこういう単純な奴は嫌いじゃない。

 

「くそっ、もう一回だ。次は勝つぞ!」

 

「別にいいが…ようやく分かった」

すっかり最初の目的を忘れチェスに熱中するテルミドールだが、その間にメルツェルはずっと考えていたのだ。

 

「何が?」

 

「これだ」

 

『CLOSE PLAN

45.659822, -82.957290

 

CE15 12.31』

 

「そうだ!それを寄越せ!」

 

「お前…結構頭が悪いな」

飛びかかろうとしてくるテルミドールをいったん席に押さえつけて言葉を続ける。

 

「一体なんだと言うんだ!」

 

「この数字は場所だ。即ち、緯度と経度。考えてみれば最後のが日付だとしたらこの数字は場所を示すと考えるのが妥当だ」

暗号か、何かのパスワードか、それとも意味などないのかといろいろ考えたが結局は場所を示しているとしか考えられなかった。

 

「なに…?」

 

「さて…ここはどこなのかな…、と」

コンピューターの地図アプリケーションを開いて緯度、経度と見立てた数字を打ちこんでいく。

 

「ここは…」

 

「五大湖、か。グレートダック島…一応レイレナードの支配領域だな。こんなところに…つまり、集まれという事か?もう負けたのにか?」

 

「……」

 

「お前…そろそろ知っていることを話してもらうぞ。このペンダントならやるからさ」

 

「……ふん」

 

「ああ、そうかい。ならいつまでも付きまとうからな」

鼻を鳴らして顔を背けるテルミドールに、親がいないと知りつつも親の顔が見てみたい、と言いたくなる。

どちらにしろここに書いてある期限らしき日まではまだまだ時間がある。その日までに聞き出せればいい。

むしろ問題なのが。

 

「ここからずー……っと東…。長旅になるな」

 

「お前も来るつもりか」

 

「男二人旅…オクノホソミチを思いだすなー…」

なんていいつつも、読んだことは無い。誰が何のために書いたかを知っているだけだ。

 

「何だそれは?」

 

「お前は少し文学の勉強をするべきだな。お前はソラだ。俺がバショウ。分からんだろ?腕っぷしが強くても。ん?お前バカそうだもんな」

 

「…………」

 

やはりテルミドールは煽りに弱く、顔を真っ赤にして震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「んあ…?つまり…地球のほぼ真裏じゃないか!?」

テペスは場所の確認をした後自分が今いる場所を思い出してズキズキと頭痛のする頭の中で地球儀を回し、酒臭い息を噴き出してぶっ倒れた。

 

 

ORCA旅団設立の少し前、最初の五人がまだ出会う前の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………その少年は唐突に孤独に放り出された。

明日への希望も未来への夢もなく、見渡す景色全てが生命の流転する美しくも残酷な自然のみだった。

 

打ちひしがれる悲しみの中で少年の野生は徐々に目覚め、人類最悪の災禍は開花しようとしていた。




ネオニダス

身長 176cm 体重 69kg(CE23年時点では88kg)

出身 オーストラリア(アボリジニ)


「結婚してくれるって言ったのに!」

「言ってない」

「言ったじゃない!」

「言ってねーっつってんだろ!」

「最低!!死ね!!」


この男が人生で一番多く女性とやりとりした言葉である。ちなみに結婚するって実際言っている。避妊はしない。
ロイ・ザーランドと負けず劣らずのいい男だが、根が浮気性なので結局生涯の伴侶は見つけられなかった。

CE23年時点で55才なのだが全然元気な好々爺。人をからかうのが好きというちょっとアレな部分がある。
「好きなように生きて、好きなように死ぬ。誰のためでもなく」という言葉が好きでその通りに自分勝手に生きていた。
AMS適性もラッキーだったなこりゃ、ぐらいにしか思っていなかった。
責任感という物もまるでなく、優秀なリンクスだったが最後はあっさりとアクアビットを捨てた。

遊んで遊んで遊びつくして退屈だなー、と思っているときに喧嘩ばかりしている二人の少年に出会う。メルツェルとテルミドールである。
日によってテンションの差は激しいが、感情豊かなテルミドールと、本当は優しい性格のメルツェルの行く末を案じており、保護者代わりになって二人を支えながらクローズプランを進めた。みんな腹に何かしら一物抱えている最初の五人のメンバーを気にかけている。そこにはかつての自分勝手さはなかった。
二人の喧嘩を止めた数は多いが、二人の喧嘩を煽った数も凄く多い。
アクアビットとレイレナードの残党を集めた影の功労者だが、自分は老兵だと理解しており、テルミドールとメルツェルからは一歩引いて二人の行く先を見守っている。

ドラキュラなんじゃないかと言われるほど年をとらなかったが他人の世話を焼くような行動をし始めた途端に老けた。
最近一番ショックだったのはジュリアスに加齢臭がキツイと言われたこと。もう女抱けないのかも、とさめざめと泣いた。



趣味
人をからかうこと
テルミドールとメルツェルの喧嘩を煽ること

好きなもの
脂っこい食事
酒(果実酒)


最初の五人について

ジュリアスはむすっとしているし、真改は何も話さないし、メルツェルとテルミドールは喧嘩ばかりするし。
全員が仲いいわけでも性格がいいわけでもない。年も考え方も育ちもバラバラの五人が理由は様々あれど一つの目的のためにまとまるのはとても大変でした。

いわばテイルズのパーティーのような感じです。

真改はまだ見ぬ強敵を倒してアンジェを理解する為に
ジュリアスはジェラルドとの戦いの末に彼の物になる為に
テルミドールは人類の為に(無理やりではあるが)
メルツェルは友を支える為に
ネオニダスはメルツェルとテルミドールの行く末を見届ける為に

そしてそれぞれがクローズプランに一定以上の共感を以て協力しています。





さて、お待ちかね、次からいよいよガロア君が喋り出します。

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