次に、母親からのみ遺伝するミトコンドリアDNAを調べた。その結果、ドッグシムはパンパスギツネのミトコンドリアDNAを受け継いでいることが確認された。さらに、父母双方からの遺伝情報を含む核DNAを調べたところ、イヌとパンパスギツネの遺伝情報が混在することが明らかになった。この遺伝子検査は半年後に終了した。自動車事故で受けた傷がその間に回復したドッグシムは、動物保護施設に移された。
「キツネ」と名のつく動物はオオカミやイヌと同じくイヌ科(Canidae)に含まれるが、下位分類では彼らと同じイヌ属(Canis)ではない。彼らとははるか昔に枝分かれしており、たとえば、アカギツネやホッキョクギツネはキツネ属(Vulpes)に、南米固有のパンパスギツネはスジオイヌ属(Lycalopex)に分類されている。
「一般に哺乳類は同種内でしか交配しません」とケイズ氏は説明する。「それでも、進化の過程で隔てられた期間があまり長くなければ、異種間で交配することもあります。たまにコヨーテとオオカミでこうした例が確認されていますが、その地域で片方の種が非常に多く、もう一方が非常に少ない場合に起きる傾向があります」(参考記事:「コヨーテとオオカミの雑種、生息域拡大」)
だが、パンパスギツネは希少ではなく、南米の広い範囲に生息している。では、この初めて確認された交雑種はどのようにして生まれたのだろうか。また、今後も同じような交雑種が生まれたら、どのような影響があるだろうか。
パンパスギツネとイヌの接点はどこに
クレッチマー氏は、環境破壊がドッグシム誕生の一因だと考えている。パンパスギツネが生息するブラジル南部の草原は、広範囲にわたる生息地の消失と開発に見舞われている。パンパスギツネの生息地の多くは、牛の牧草地や人間の住宅地に変えられている。パンパスギツネの個体数は安定しているものの、その生息地とイヌがいる場所が重なることが多くなり、結果的に交配の機会が増えているのが現状だ。
クレッチマー氏の論文の共著者であるブルーナ・シュンベルスキー氏は、捨てイヌも一因だと指摘する。
「ブラジルではイヌを捨てる行為は犯罪ですが、いまだにイヌは頻繁に捨てられています」とシュンベルスキー氏は話す。「飼い主がペットや狩猟犬を自然界に捨てるので、保護区を含む自然環境にイヌが増えているのです」
異種間の交配は異例であり、繁殖して新しい群れが生まれる可能性は低い。しかし、気候変動その他の環境がもたらす悪影響を受けて、よりすばやい適応を強いられる場合、種がどのように進化するかを予測するのはますます困難になっている。
「動植物の進化の過程では、以前に考えられていたよりも交雑は一般的であり、大きく異なる系統間でも交雑が生じたことがデータからうかがえます」とリースバーグ氏は言う。(参考記事:「絶滅クマのDNA、ヒグマで発見、異種交配していた」)