2021年、イヌ(イエイヌ)らしき動物が車にはねられ、ブラジル南部の動物保護センターに運ばれた。まもなく獣医師たちは、この動物の特異な行動に気づいた。
先がとがった長い耳はキツネに似ていたものの、それ以外はイヌのような外見であり、イヌのようにほえた。しかし、この動物は低木に登った。これは、この地域にすむパンパスギツネによくみられる習性だ。また、通常のイヌの餌は食べずに、ネズミを好んで食べた。
世話をしていたスタッフたちは、この動物がイエイヌと在来のイヌ科野生動物との子(ハイブリッド:交雑種)ではないかと疑うようになり、ブラジルのリオグランデ・ド・スル連邦大学の遺伝学者タレス・レナート・オショトレーナ・デ・フレイタス氏と同国ペロタス連邦大学のラファエル・クレッチマー氏に連絡した。
両氏は、この動物をイヌとパンパスギツネの交雑種として世界で初めて論文に記録し、2023年8月3日付けで学術誌「Animals」に発表した。この研究結果は動物遺伝学の研究者たちを驚かせ、注目を集めている。
米ノースカロライナ州立大学と米ノースカロライナ自然科学博物館の生物学者ローランド・ケイズ氏は、この動物の写真と論文へのリンクを添えて「なんと奇妙なハイブリッド!」とX(旧ツイッター)に投稿した。
さらにケイズ氏は、イヌ(Canis lupus familiaris)とオオカミ(Canis lupus)のようなごく近縁なもの同士の交雑はよく知られているが、イヌとパンパスギツネ(Lycalopex gymnocercus)は「670万年もの隔たりがある2つの異なる属」の動物だと付け加えている。
「樹木なら驚きませんが、脊椎動物では想定外です」と、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学の遺伝学者ローレン・リースバーグ氏は話す。「ヒトとチンパンジーとの間に生存能力のある交雑種が誕生したようなものです」(参考記事:「「ネコとトラくらい違う」鳥たちの子を発見、科学者困惑」)
この動物はメスで、イヌと「graxaim do campo(グラシャイン・ド・カンポ)」(ポルトガル語でパンパスギツネ)の間に生まれた交雑種であることにちなんで「ドッグシム」(Dogxim)と名づけられた。ドッグシムは初めての事例だが最後ではないかもしれない。環境の変化で今後もこのような交雑種がさらに誕生する可能性は否定できず、問題を引き起こす可能性もある。(参考記事:「ヒトでも確認、動物の異種間「交雑」はよくあることなのか?」)
交雑種と判明するまで
ドッグシムを交雑種だと確かめる最初のステップは、細胞の染色体の数を確認することだった。ドッグシムは76本の染色体を持っていた。一般に生物種はそれぞれ決まった数の染色体を持っているので、この数が手がかりとなった。タテガミオオカミ(Chrysocyon brachyurus)はブラジルで76本の染色体を持つ唯一のイヌ科動物だが、外見と行動からドッグシムの親である可能性は否定された。
そこで研究者たちは、78本(39対)の染色体を持つイヌと、74本(37対)の染色体を持つパンパスギツネが、ドッグシムに76本の染色体をもたらしたと判断して「交雑の第一の証拠」としたとクレッチマー氏は言う。