髙橋史朗 24 – 選択的夫婦別氏制度論議に欠落している「子供の最善の利益」
髙橋史朗
モラロジー研究所教授
麗澤大学大学院特任教授
正念場を迎えた論議
選択的夫婦別氏制度(選択的夫婦別姓制度)をめぐる論議が正念場を迎えている。
11月24日、自民党の「氏の継承と選択的夫婦別氏制度に関する有志勉強会」、25日に「『絆』を紡ぐ会」、26日に「保守団結の会」、12月1日に「女性活躍推進特別委員会」が開催され、この問題について熱い論議が繰り広げられた。
11月25日に自民党の政策審議会が以下の「夫婦の氏」案を了承し、26日に女性活躍推進特別委員会の森まさこ委員長が首相官邸に申し入れた。
「73%の女性が結婚後も仕事を続け、共働きが今や当たり前となっている中で、女性の96%が、結婚に伴い、氏を変更している。20代、30代の多くの女性から、結婚に伴う氏の変更に抵抗を感じるとの意見が寄せられており、男性からも、女性に改姓を強いていることの問題を指摘する声があがっている。実家の氏が絶えることを心配して結婚をためらうひとりっ子の女性・男性がおり、少子化の一因となっているとの指摘もある。国際社会において、同氏を法律で規定しているのは我が国だけであり、その他の国においては選択性などが取られている。これらを真摯に受け止め、超少子高齢化時代の中で具体的且つ切実な困りごととして、氏の問題に真正面から対応していくこと」
トリッキーな世論調査解釈
同案の作成に多大な影響を与えたと思われるのは、11月18日に公表され、NHKニュースや「朝日新聞」などで大々的に報じられた47都道府県「選択的夫婦別姓」意識調査(早大法学部・棚村政行研究室、選択的夫婦別姓・全国陳情アクション合同調査)の結果である。
公表された調査結果によれば、選択的夫婦別姓に「賛成」は70.6%、「反対」は14.4%という。設問は以下の3つ。
⑴ 自分は夫婦同姓がよい。他の夫婦も同姓であるべきだ
⑵ 自分は夫婦同姓がよいが、他の夫婦は別姓でも構わない
⑶ 自分は夫婦別姓が選べるとよい。他の夫婦は同姓でも別姓でも構わない
このうち、⑴は選択的夫婦別姓に「反対」、⑵と⑶は「賛成」に分類されているが、⑵は「自分は夫婦同姓がよい」と答えているのだから、「自分は夫婦同姓」に「賛成」という割合が過半数を超えている点に注目する必要がある(⑴14.4%+⑵35.9%)。
調査結果の捉え方が一面的になっていないか、設問の文言も含めて慎重に見極める必要があることは、内閣府の「家族の法制に関する世論調査」についても同様である。
男女共同参画会議で配布された説明資料には、平成29年の同世論調査のグラフが掲載され、「国が伝統的な家族観を大切にしていることで、結婚したくても躊躇う・出来ない・諦める若者カップルが多くいます」「現に国民の中に、自分の名前を残したいがゆえになかなか結婚できない、結婚相手が見つからないでいる女性がたくさん存在する」ことが強調されている。
若者・子供と世代差の顕著な意見の正確な見極めを
このグラフの問題点について私は同会議と同専門調査会に提出した意見書で指摘したが、選択的夫婦別氏制度に反対する女性18~29歳(15.3%)、女性30~39歳(13.7%)と、女性の統計をピックアップしているものの、実際には、男性を含めると29歳までの若者の19.8%が反対で、30代よりも6.2%高い点に注目する必要がある。
婚姻で姓を改めた人が前の姓を通称として使える法改正を容認する若者は28,1%で、夫婦別氏制度容認派(50.2%)と「旧姓の通称使用の法改正に賛成」を含む夫婦別氏制度否認派(47.9%<現在の法律を改める必要はない19.8%+通称として使えるよう法律を改めるのは構わない28.1%>)は相半ばしており、米大統領選並みの僅差である。
別姓制度の導入容認派は40代を過ぎると過半数を割り、70歳以上は容認派が28%と逆転している。同グラフは40代以上の統計は掲載していないが、こうした世代差の顕著な世論全体の動向や若者の意見についても正確に見極める必要がある。
「心の教育女性フォーラム」の子供調査によれば、夫婦別姓は「いやだと思う」は42%、「変な感じがすると思う」が25%で3分の2を超えている。前述した29歳までの若者と30代の意識に差があるのは、こうした子供の意識と共通するものがあるからではないか。発達段階によって夫婦別姓の受け止め方には大きな差があると思われるが、17歳以下の高校生、中学生、小学生などの意見も尊重する必要があるのではないか。
前述した内閣府の世論調査によれば、夫婦別姓を容認する人の中で実際に別姓を希望するのは2割未満で、別姓希望者は全体のわずか8%に過ぎない。また、夫婦別姓は「子供に好ましくない影響があると思う」が63%に及んでいる点も軽視されるべきではない。ちなみに、「子どもに好ましくない影響があると思う」は、平成8年は68%、平成13年と18年は66%、24年は67%と、一貫して3分の2を超えている。
国連勧告を振りかざす日本学術会議提言
「選択的夫婦別氏制度の導入」論議に火を付けたのは、平成26年の日本学術会議提言「男女共同参画社会の形成に向けた民法改正」で、「氏は単なる呼称ではなく個人の人格権と切り離すことはできず、夫婦同氏の強制は人格権の侵害である。個人の尊厳の尊重と婚姻関係における男女平等を実現するために、選択的夫婦別氏制度を導入すべきである」と指摘した。
同提言によれば、同制度導入の根拠は、第一に、日本のように夫婦別氏を強制する国はなく、それらの国々で家族が崩壊しているといった実例は報告されていない。第二に、一方の性に不利に働くルールは、性に対して中立的ではない。第三に、歴史的に見れば、夫婦同氏は日本の伝統文化ではなく、明治民法において家制度が確立した結果生じたものである。昭和22年の民法改正で家制度が廃止されたことから、氏は個人の呼称とされたにもかかわらず、家族は同じ氏を名乗って共同生活を営んでいるという当時の慣行が尊重されて、改正民法において夫婦同氏、親子同氏が定められたにすぎない点にあるという。
同提言で興味深いのは、「世論を根拠として法改正に慎重になることに対しては、国連の人権に関する各委員会から厳しい批判を受けている」として、国際人権規約B規約人権委員会が「日本政府は世論に影響を及ぼすように努力しなければならない」、国連女性差別撤廃委員会が、対日審査の総括所見において、「本条約の批准による締約国の義務は、世論調査の結果のみに依拠するのではなく、本条約の締約国の国内法体制の一部であることから、本条約の規定に沿うように国内法を整備するという義務に基づくべきである」と日本政府に勧告していることを強調している点である。
欠落している「子供の最善の利益」の視点
選択的夫婦別氏制度導入の賛成意見は、
⑴ 氏を変更することによって生ずる現実に不利益がある
⑵ 氏を含む氏名が、個人のアイデンティティに関わるものである
⑶ 夫婦同氏を強制することが、婚姻の障害となっている
などである。
一方、反対意見は、⑴夫婦同氏は日本社会に定着した制度である、⑵氏は個人の自由の問題ではなく、公的制度の問題である、⑶家族が同氏となることで夫婦・家族の絆や一体感が生まれる、などである。
しかし、「女性の不便さ」に焦点が当てられ、「女性の自由」が主要論点のように議論されているが、親の都合、個人の自由が最優先で、親が必要な時だけ支え合う家族では、「子供の最善の利益」が損なわれるという視点が欠落している。家族とは、子供を健全な大人へと育てる重要な存在であるという視点から、法制度を整える必要がある。
家族の一体性よりも個人の自由や権利を優先すれば、家族の支え合いが弱くなり、結果として家族がバラバラに解体する方向へ向かいかねず、その時に不利益を受け犠牲になるのは、家族(特に両親)からの支えが必要な子供であることを忘れてはならない。
子供が成長する家族において大事なのは、
⑴ 特定の大人との継続的な関係性
⑵ 家族の絆と一体感
⑶ 倫理観
であり、父母と個別に良好な継続的関係を築くだけでは不十分であり、一体性や倫理観の欠落が子供に与える心理的ダメージを軽視すべきではない。
最高裁判決と世界の憲法
夫婦同姓を合憲と判決した最高裁大法廷(平成27年12月16日)は、「家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位として捉えられ、氏(姓)には家族の呼称としての意義があり、その呼称を一つに定めることには合理性が認められる」とし、「子の立場として、いずれの親とも等しく氏を同じくすることによる利益を享受しやすい」として、「子供の最善の利益」を重視している。また、「同一の氏(姓)を称することにより家族という一つの集団を構成する一員であることを実感することに意議を見出す考えも理解できる」としている。つまり、家族内でも「同一の姓」を「名乗る」ことに意味があると認めており、稲田朋美参議院議員案のように、単に戸籍に「同一姓」を記載しておけばよい、というものではない。
世界人権宣言、国際人権規約を初め、世界の各国の憲法は「家族の保護」をうたっており、ベアテ・シロタ・ゴードンが起草した憲法第二次草案にも、「家庭は人類社会の基礎」と明記されていたが、自明であるとして削除された事実も忘れてはならない。ベアテ草案の詳細については、拙稿「ベアテ・シロタ憲法草案についての一考察⑴一憲法第24条の制定過程を中心に一」『歴史認識問題研究』(第6号、令和2年)を参照してほしい。
(令和2年12月3日)
※髙橋史朗教授の書籍
『日本文化と感性教育――歴史教科書問題の本質』
『家庭で教えること 学校で学ぶこと』
『親学のすすめ――胎児・乳幼児期の心の教育』
『続・親学のすすめ――児童・思春期の心の教育』
絶賛発売中!
※道徳サロンでは、ご投稿を募集中!