【ニュースウオッチ9問題】幹部の関与に大きな空白 NHK報告書に多数の疑問点 (2/2)

BPOの役割は、管理職ら幹部が「ワクチン被害の訴えを一切盛り込まない」という編集判断にどのように関わったのか、NHKの報告書に残された空白を埋めることにある。
楊井人文 2023.10.09
読者限定

「ニュースウオッチ9」でCOVID-19ワクチンの接種後死亡者の遺族について誤解を与える放送をした問題で、NHKが公表した詳細な報告書には多数の疑問点が残っています。

BPOの審議が佳境を迎えつつある中、検証シリーズ2回目の今回は、映像編集から放送に至る過程について検証します。(第1回はこちら

NHKの調査報告書(2023年7月21日公表)より、取材申込から放送までの主な事実関係をピックアップ(筆者作成)

NHKの調査報告書(2023年7月21日公表)より、取材申込から放送までの主な事実関係をピックアップ(筆者作成)

【記事の目次】

前回

(1)これまでの経緯 ー BPOは真相解明のための調査を尽くしているか?

(2)NHKの報告書 ー「誤った認識に基づく取材」と「チェック不足」を問題視

(3)取材過程の疑問点

〜今回〜

(4)映像編集過程の疑問点
 ❼ Mはなぜ、放送当日に局内でメモを共有したのか?
 ❽ Mは本当に放送6時間前にようやく編集に着手したのか?なぜそんなに遅くなったのか?
 ❾ 取材の承諾から放送直前の試写までの約5日間、M以外の上司らの認識・関与が何ひとつ記されていないのは、なぜか?
 ❿ 試写に参加した8名は、遺族についてどう認識していたのか?
 ⓫ 団体名の削除を指示したのは誰か?
 ⓬ 8名も試写に参加していたのに「エンドVTRで複眼的試写が明確に位置づけられていなかった」ということが、今回の問題にどのように関係しているのか?

(結)疑問だらけの報告書 BPOが解明すべき大論点とファクト

(4)映像編集過程の疑問点

❼ Mはなぜ、放送当日に局内でメモを共有したのか?

 → 「自分用の備忘録などの目的で書いた」という供述はいかにも不自然

「コロナ禍で家族亡くした遺族3名。副反応でなくしたと訴えるが表現は慎重に。5類になっても忘れて欲しくない、という方向で」
NHK報告書より

これは、放送当日の5月15日12時すぎ、今回の取材や映像編集を担当した職員Mが局内のシステムに登録したとされるメモの内容です。

実は、これはNHKが報告書で明らかにするより前に、内部関係者からの情報提供で同一内容のメモが週刊誌ですでに取り上げられていました。

NHKの報告書によると、Mはこれを登録した理由について「自分用の備忘録などの目的で書いた」と話しているとしている点です。また、このメモとあわせて「今回の動画の構成要素(映像項目)など」が登録されたとも書かれています。

備忘録なら自分のパソコンで十分なはずです。「自分用の備忘録」という理由だけで局内システムに登録し、他の職員に閲覧できる状態にするのは不自然のように思えます。

「自分用の備忘録など」の「など」とは何か。「今回の動画の構成要素(映像項目)など」の「など」とは何か。インタビューの文字起こしはこのシステムで共有されていなかったのか。

登録したのがMだとしても、この方向付けはMだけで、上司の関与が全くないところで決められたのか。

いずれにせよ、どんなに遅くとも、このメモが登録された5月15日12時ごろの時点で、遺族が「副反応でなくした」と訴えている人たちであるという情報は、上司や幹部を含む他の職員にも周知されていたことになるはずです。

ところが、このメモがどの範囲で共有され、上司や幹部が閲覧していたのか、認識していたのかという肝心な点について、この報告書は何も語っていないのです。

このメモに関しては他にも疑問点があります。週刊誌では、これは「ロケ前に作られた報道関係者限りの周知文書」とされ、取材前か取材後かで食い違っています。

週刊誌に流出したメモ(上記の画像)には

「決して蓋をして欲しくない」「この3年の苦しみを絶対に繰り返してはならない」と訴える

という記載もありました。しかし、このカギカッコの言葉は、この日に放送されたVTRに出てこなかったものです。

❽ Mは本当に放送の6時間前にようやく編集に着手したのか?なぜそんなに遅かったのか?

報告書によると、Mが5月15日15時から「放送センターで映像の編集を始めました」とされています。つまりこれは、21時から放送される「ニュースウオッチ9」のわずか6時間前から、ようやく編集作業を開始したということを意味します。

報告書には、13日のロケ取材が終わった後、15日15時の編集作業開始までのMの動きについて、14日夜に鵜川氏にメールを送っていたこと、15日12時にメモを局内システムに登録したこと以外は、何も書かれていません。上司にはインタビューの内容を報告していなかったといいます。

実は、Mは5月14日夜、鵜川氏に2回メールを送っていました。それによると、Mは14日もこの件で仕事をしており、少なくとも撮影素材の見直し、VTRの構成作りを行っていたことがわかります。

もっぱら一人で作業していたのか、上司らが関与していたのかは不明です。ロケ取材の後、局内システムに情報を登録するまでの間に、このVTRの編集方針がどのように固められていったのかについて、報告書は沈黙しているのです。

Mが鵜川氏に送ったメールは、鵜川氏から入手しています。放送前日の重要なやりとりですので、全文紹介しておきます。

① 5月14日19時22分 担当職員M氏より鵜川氏に送信

鵜川さま

お疲れさまです。きのうはありがとうございました。
撮影素材を見直し、明日の第一弾の構成が少しずつ整ってきました。

明日に関しては、
ダイプリがかつての賑わいと変わらず出航
 ↓
 5 類移行後の都内の往来の声
 ↓
ご遺族の声

限られた1分、
恐らくはこういった流れになるかと思います。
またTwitterでも動画を作る予定です。
1分では御三方の全ての意図を入れ込むのが難しいため、TVに入らないインタビューを吸収すべく、Twitterでの展開も漕ぎつけた次第です。

また鵜川さんとの協議の通り、
初手はワクチンの咎を問うというより
5類移行に関して、2度と繰り返さないために、そして忘れさせないためのメッセージを帯びた放送を目指します。

効果的に出すタイミングを精緻に計りつつ、鵜川さまにもご意見賜りながら段階を踏んで、
継続的に皆さまに報いることに尽くします。

またTwitterでの宣伝もありがとうございました。

一つだけご相談です。
明日に関してはまだ入口として
5類移行1週間の文脈で1分であること、
そして今後も継続的に放送に臨むことを、
もし叶うなら放送前に鵜川さんの方からも宣伝、周知をお伝え願えませんでしょうか?

コメントなど拝見しましたが、
多くの方が長尺のものを期待されているように見受けられ、
「たった1分か」「ワクチンに触れていない」となると
せっかく期待された皆さまがっかりされてしまう気がして、
それは決して本意ではないことをお伝えしたいのです。
今後長尺を獲得する上でまだここでこける訳にはいかない、という狙いに基づいています。
長々とすみません、叶う範囲でご検討いただければと幸いです。
何とぞ、よろしくお願い致します。
鵜川氏提供メールより全文転載(改行箇所も原文通り)。文中「ダイブリ」はダイヤモンドプリンセンス号のこと

② 鵜川氏からの返信

●●様
お世話になります。
今後も継続頂けるという趣旨で大丈夫でしょうか?
その様な旨でお考えでしたらTwitterにも出しますね。
また、駆け込み寺の案内は入りそうでしょうか?
1分では難しいと思いますが、ご尽力頂けたら幸いです。
鵜川拝
同上

③ 5月14日20時15分 M氏より鵜川氏に送信

鵜川さま

長々とすみませんでした。
もちろん、もし皆さまさえ良ければ是非継続させて下さい!
きのうのお話、今までご遺族の声に気づいていなかった自分を強く恥じています。

一方あすの放送で、ダイヤモンドプリンセスも含めてたった一分しかないことで皆さまが失望されてしまわないかを不安に感じています。

1分、或いは一度二度の放送では、皆さまに報い切ることはできないとも考えています。

きのう最後の鵜川さんとのお話で、
今後長尺を獲得して切り口を深めていくには、
より効果的な放送のタイミング測ることと、
慎重に固めていく必要を感じました。

もし疎ましくなければ、なにとぞ長い付き合いをお願いしたく思います、、。

案内も必ず入れさせて下さい!
TVだと録画でないとすぐ流れてしまうので、駆け込み寺2020のリンクをより長く表示できてアクセスしやすいTwitterの方でできないか戦ってみます!
同上

❾ 取材の承諾から放送直前の試写までの約5日間、M以外の上司らの認識・関与が何ひとつ記されていないのは、なぜか?

報告書によると、編集責任者がチーフリード(Mの上司)に今回の取材を了承し、採択されたのは5月10日。Mがカメラマンとともに遺族への取材を行ったのが5月13日。1回目の試写が行われたのが5月15日18時、そして、本番の放送は21時です。

ところが、編集責任者が取材のOKを出した10日から15日18時の試写までの間、編集責任者、調整デスク、チーフリードの3人を含む上司らの動静は、報告書に何一つ出てきていません。

Mがインタビューの後、上司に報告せず、上司もMに報告を求めていなかったこと、上司のチーフリードが「日ごろから、担当職員の仕事ぶりは評価しており、任せてしまっていた」と話したとことが記されているだけです。

Mに「提案票」を踏まえて取材の承諾を出した編集責任者ら上司がみな、その後は試写までノータッチだったかのようになっているのです。

取材経験がほとんどない映像センターの職員がワクチン被害を訴える遺族への取材をするというのに、本番放送の3時間前まで、上司が全く関知していなかったということは、いくらなんでもあり得ないのではないかと思います。

私が報告書の中で最も不自然だと感じたのが、この空白部分です。試写が作られるまでの上司や幹部の関与は、BPOが最も解明すべき部分でしょう。

❿ 試写に参加した8名は、遺族についてどう認識していたのか?

 → Mは試写でワクチン被害を訴えている遺族だと説明したというが、実際に説明がなされたかどうかを含めて事実認定を避けている

NHKの報告書では、1回目の試写が放送当日、5月15日18時に行われた際、参加したのはMを含めて9名だったとのことです。

まず、1回目の試写が「ニュースウオッチ9」本番放送のわずか3時間前というタイミングだったことが驚きます。いくら短いVTRとはいえ、取材は放送2日前に終わっていたわけですから、もっと早くできたはずではないかという気がします。VTRの内容を固めるのにそれだけ時間がかかり、編集がギリギリまでずれ込んだということなのかもしれませんが、報告書は試写がこのタイミングで行われた点については特段、問題視していません。

試写版のVTRでは、すでに「ワクチン」に関する言及は全くなく、ただ「NPO法人駆け込み寺2020」という団体名とホームページのURLが小さく表示されていたとのことです。

この団体名表示については、ツイッター編集責任者が、どのような団体かと質問して、Mが「遺族の相談窓口です」とだけ説明して、表示の削除が決まったとしています(この点は⓫で取り上げます)。

また、報告書によれば、Mは試写の参加者に「この方たちはワクチンによる副反応で家族を亡くしたと訴えている遺族です、と伝えた」と話したのことです。それに先立って、局内のシステムに「コロナ禍で家族亡くした遺族3名。副反応でなくしたと訴えるが表現は慎重に」というメモが登録されていたことは、先ほど述べたとおりです。

であれば、この試写に立ち会った管理職ら職員も「副反応で家族を亡くしたと訴えている」ご遺族であるという認識をはっきりもっていたに違いない、と思うところです。

ところが、NHKの報告書は「この発言を聞いたかどうかについては、参加者の記憶に食い違いがあり、結果的に、議論は深まらないまま、インタビューの内容や動画の構成を再検討することで、1試写の検討が終わりました」と記されているだけです。

Mの上司チーフリードは、1回目の死者の後にインタビュー文字起こしを読み、ワクチン被害を訴える遺族だと認識したと書かれていますが、2回目の試写で、M以外の参加者7名がどう認識していたのかも不明です。

彼らはみな、放送されて問題となるまで、VTRに登場する遺族が「コロナ感染で亡くなった人の遺族」だと思い込んでいた、「コロナ感染で亡くなった人の遺族」だという認識をもっていて、まんまとMに騙されていたことが放送後に発覚した、とでもいうのでしょうか。

そうとも書いていません。いずれにせよ、彼らの認識について書かれていないので、ウソとならないよう、どちらにでも解釈できるような内容の報告書になっているのです。

⓫ 団体名の削除を指示したのは誰か?

先ほど触れたように、NHKの報告書は、1回目の試写では「NPO法人駆け込み寺2020」という団体名とホームページのURLが小さく表示されていましたが、この試写の後に削除されたという経緯を明らかにしています。

それについては、次のように書かれています。

ツイッター編責がどのような団体か質問しました。担当職員が「遺族の相談窓口です」と答えたのに対し、ひとつの団体だけを紹介すべきでないという指摘があり、団体名は表示しないことになりました。
NHK報告書より

あたかも、Mはどういう遺族なのかも説明していなかったように書かれていますが、普通に考えれば、この時に「ワクチンの被害を訴えている遺族の相談窓口」と説明するでしょう。仮に、Mがぼかして説明していたとすれば(そうなら、ぼかした意図が問われます)、この説明を聞いた試写参加者は「駆け込み寺2020」を「コロナ感染で亡くなった遺族の相談窓口」だと認識していた、ということになってしまいます。

また、この部分では(報告書の他の記述とは異なり)カギカッコつきの発言引用はなく、「指摘」という曖昧な記述で終わらせています。誰がどういう趣旨で削除を指示したのかは、あえてぼかしているのです。

このように、NHKの報告書は終始、詳細な経緯を明らかにしていると見せかけて、核心部分に近づくと、あとで「事実に反している」と指弾されない程度に、どちらにでも解釈できるような曖昧な表現を用いながら、上司ら管理職が放送前、どのような認識をもち、関与していたかについて、徹底的に曖昧にし、ごまかそうとしているのです。

ところで、この団体名の表示削除については、前回の❻で触れた通り、取材先との約束事でもあり、Mも必ず入れる、と繰り返し伝えていたという点で、非常に重要な問題です。

この約束事が破られたことも、遺族側の失望、反発の大きなポイントになっています。つまり、必ず検証されるべきポイントですが、報告書では触れられていません。

VTRに団体名の表示を入れるべきかどうかの議論の余地はあるにせよ、もともとの「取材要項」では、駆け込み寺2020代表・鵜川氏のコメントを入れることが想定されていたのです(❸参照)。もしワクチンの被害を訴えている遺族だとわかる構成のVTRになっていれば、団体名を入れても決しておかしくはなかったのではないかと思います。

ところが、1回目の試写を経て、遺族の背景事情を伝える唯一の情報さえも削除されたことにより、遺族の訴えや背景事情がわかる情報は、跡形もなく消えてしまったわけです。

その点、この削除指示も重たい判断であり、きちんと検証されるべき問題です。

報告書には、この削除指示が出た後のMと上司のやりとりが記載されています。

1回目の試写後に、上司のチーフリードから「ワクチンについて触れなくてもいいのか」と質問され、Mが「先方から了承を得ているので大丈夫です」と答え、それ以上議論はしなかった、というのです。

このやりとりも不自然と言わざるを得ません。VTRでワクチンに関する言及が全くなく、団体名の表示もなくなり約束を破ることになるのに、Mが自らの意志として「先方から了承を得ているので大丈夫」というのはにわかに信じがたいことです。

Mは、この1回目の試写の後、2回目の試写の前、次のような短いメールを鵜川氏に送っていました。

(5月15日18時26分 Mより鵜川氏に送信)

鵜川さま

今回に関してはリンクは貼れなくなってしまいました、、申し訳ありません。

後ほど説明させてください。
取り急ぎ、本当に申し訳ありません。
放送は担保しております!
鵜川氏提供メールより全文転載(改行箇所も原文通り)

14日の鵜川氏とのメールでも、Mが期待を裏切り失望させることになるのではないかという心配を繰り返し伝えていました(❽参照)。団体名を入れる約束も果たせなくなってしまい「大丈夫」と言いきれる状況でないという認識はもっていたはずです。

さらに、もう一つ指摘しておきたいのは、この団体名の削除以外にも、ワクチン被害の訴えについてVTRに痕跡が一つも残らないよう、遺族のコメントを意図的に編集した形跡がいくつもあることです。

たとえば、放送されたVTRに出てくる「遺族の人たちの声を届けていただきたい」という発言(佐藤さん)ですが、取材模様の全編動画を確認すると、元の発言の切り取り編集の跡が見つかりました。

2023年5月15日放送ニュースウオッチ9のエンディングVTRより

2023年5月15日放送ニュースウオッチ9のエンディングVTRより

取材の際、遺族の佐藤さんは、やや聞き取りにくい箇所もありますが、こう話していました。

(メディアに求めることは?という質問に)
根気よく声を伝えてほしい …(略)… こういうことがあった、事実だという、被害者の方、遺族の人たちの声を実際に届けていただきたい。
太字が放送で使われた部分。NHKニュースウオッチ9取材映像(YouTube)24:40〜

「被害者の方、遺族の人たち」のうち「被害者の方」が削られていたのは、「コロナ感染死の遺族の話」として視聴者が聞いて不自然にならないように編集する意図があったのではないかと考えられます。

この他にも「コロナっていったい何だったんだろう」という河野さんの発言も、ワクチン接種直後に夫を亡くした虚しさを語った文脈で出てきた言葉ですが(取材映像)、そうした文脈は全くわからないような形で使われていました。

映像編集の過程で、遺族の意図に反し、「コロナ感染死の遺族の話」として視聴者が受け止められるようなコメントの切り取りや編集が行われたことについての経緯や問題点は、報告書では一切検証されていません。これもBPOで検証されるべき重大な問題です。

⓬ 8名も試写に参加していたのに「エンドVTRで複眼的試写が明確に位置づけられていなかった」ということが、今回の問題にどのように関係しているのか?

 → 本来どう対処すべきであったのかという視点が欠落しているのではないか?

ここまでほぼ時系列にそって、報告書の疑問点を指摘してきました。試写の後は、放送後の反響や対応、そして問題の原因や再発防止策について書かれています。

NHKが示した「問題の原因」も首を傾げたくなる記述がたくさんあります。

たとえば、冒頭に出てくるこちらの記述です。

今回の放送は、担当職員が「新型コロナで亡くなった人の遺族」と「ワクチンを接種後に亡くなった人の遺族」を区別せず、広い意味で「コロナ禍で亡くなった人の遺族」として伝えても問題はないという誤った認識のもとで取材・制作を進めてしまったことに、そもそもの問題がありました。
NHK報告書より

しかし、「コロナワクチン接種後に亡くなった人の遺族」も、広い意味で「コロナ禍で亡くなった人の遺族」ととらえること自体は必ずしも「誤った認識」ではないはずです。コロナ禍だからこそ、コロナワクチンの接種が奨励されたわけですから、コロナ禍の犠牲者であるという捉え方はありうるのです。

問題は、そうした遺族を取材しておきながら、「ワクチンについて一切触れない」という判断をして「ワクチン接種後に亡くなった」という事情を一切伝えなかったことにあるはずです。

この「ワクチンについて一切触れない」という判断については、「問題の原因」等のまとめで全く触れられていないのです。その判断自体は間違っていないという前提に立っているのかもしれません。

仮に、最初から「ワクチンについて触れない」という考えがありながら、そうした考えを隠して遺族への取材を行ったということであれば、まさに「詐欺的取材」の問題になります。しかし、報告書は、そのような事実認定もしていません。

結局、報告書では、各段階での「チェック不足」を指摘するにとどまり、どこでどのようなチェックをすべきだったのか、本来ならどういう対処をすべきであったか、ということに全く触れていないのです。

NHKは、「BS1スペシャル」報道の不祥事(BPO・放送倫理検証委員会が重大な放送倫理違反と判断した事案)を受けて、取材・制作に関わっていない職員が参加する「複眼的試写」にとりんできたといいます。報告書は、今回のような「エンドV」はその対象に明確に位置づけられていなかったとし、再発防止策として今後は「複眼的試写」を行うと表明しています。

「複眼的試写」の定義がよくわかりませんが、「取材・制作に関わっていない職員が参加する」試写を指すのであれば、M以外の8名の職員が参加した試写は「複眼的試写」ではなかったのか、という疑問がわきます。報告書を読むかぎり、取材同行した担当カメラマン以外に、取材や映像編集作業に携わっている職員は一人も登場しませんので、試写参加者のほとんどが「取材・制作に関わっていない職員」であり、その意味で「複眼的試写」に該当するようにも思えるからです。仮にそうでないとすれば、他にいかなる職員を参加させれば、対処の仕方が違っていたのか、その点も全くわかりません。

本件の問題の本質と関係のないことを書いているようにみえるのです。

仮に、事前の情報共有やチェックが不足していたとして、それがきちんと機能していれば、取材や映像編集、放送に至るまで、どのように対処すべきであったのか、という検証がなされていません。

そもそも「コロナ禍の犠牲を忘れない」というVTR企画において、ワクチン被害を訴える遺族に取材すること自体が間違っていたのか、取材はよいとしても「ワクチンの問題は一切取り上げない」ときちんと説明して理解を得て今回のような放送をすればよかったという話なのか、それともエンドVで「ワクチンの問題は一切取り上げない」という判断自体に問題があり、遺族の背景事情や訴えもきちんと盛り込むべきであったのか。

こうした問いに向き合わなければ、この問題の捉え方は全く変わってくることでしょう。NHKの報告書は、核心的な事実関係を隠し、本質的な問いからも逃げていると疑わざるを得ないのです。

BPO事務局が置かれている千代田放送会館。NHKの分室も入居し、BPO事務局長にはNHK出向者が就いている。

BPO事務局が置かれている千代田放送会館。NHKの分室も入居し、BPO事務局長にはNHK出向者が就いている。

(結)疑問だらけの報告書 BPOが解明すべき大論点とファクト

2回にわたり長々と検証してきましたが、本当は他にもツッコミどころがたくさんあります。

長文の報告書ゆえに精読する人が少ないせいか、問題点に気づいている人がほとんどいないのが現実です。

ワクチン接種による健康被害に関する事実認識、問題意識の格差が、ニュースウオッチ9問題に対する関心の違いをもたらしているのでしょう。

1回目冒頭で申し上げたことに戻りますが、この問題は、長年にわたって取り上げてこなかった大手メディアに対して「報道機関として極めて不自然な対応をしてきた」(外部専門家による再発防止特別チーム、8月29日)と指摘されてきた「ジャニーズ事務所」問題と、非常に通っているのではないか、と思えるのです。

遺族はMの取材の際に、メディアが報じない問題を訴え、Mもその訴えの意味するところを百も承知でした。

Mは「我々の報道の姿勢としてもこのままで良いのか」「番組でもどうにか取りあげて提起したい」と言って取材を申し込み、遺族にも「できることは、こうやって皆さんの声を正しく、騙さず伝えることじゃないかと」と伝えていました。それは虚言だったのか、何だったのか。一体、放送までの間に何があったのか。

Mに取材を根気よく申し込みましたが、答えは返ってきませんでした。取材には応じるな、と徹底した箝口令が出ているのでしょう。

BPOといえども強制的な調査権限はありません。が、この厚い壁を少しでもこじ開け、真因に迫れるのか、疑問だらけの報告書をおおむね踏襲するだけに終わるのか。BPOにとっても、日本のジャーナリズム業界にとっても、真価が問われる正念場に来ています。

最後にもう一度、BPOが解明すべき大論点、解明すべき事実関係をまとめて、今回の検証記事の締めくくりとします。

***

『楊井人文のニュースの読み方』は、今話題の複雑な問題を「ファクト」に基づいて「法律」の観点を入れながら整理して「現段階で言えること」を、長年ファクトチェック活動の普及に取り組んできた弁護士の楊井がお届けしております。

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***

▼ BPOが解明すべき大論点

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