ホームズ氏は、フラッシュバックを積極的に予防するこの対処法を「認知ワクチン」と呼んでいる。その有望な研究結果を受けて、チームは次に、確立された記憶に目を向けた。
「現実問題として、トラウマになるような出来事が起こってから数時間以内にこの治療法を試せる人は限られています。一方、フラッシュバックは数年から数十年続くことがありますから、こうした古い記憶にも対処する必要があります」
そこでホームズ氏の研究チームは、PTSDの治療を受けている患者に、テトリスを25分間プレイしながら特定のフラッシュバックの記憶に意識を集中させるよう求めた。患者はこれを週に一度、5~10週間続けた。
すると実験終了までに、被験者が意識を集中させた特定の記憶がよみがえる回数は平均で64%減少し、それ以外の記憶に関しても11%減少した。この研究の論文は、2018年12月、学術誌「Journal of Consulting and Clinical Psychology」に発表された。
次に研究チームは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに関連するフラッシュバックをすでに体験していた集中治療室の看護師を対象に、同様の実験を行った。なかには、3カ月以上前のトラウマの記憶もあった。
4週間後、テトリスをプレイした看護師は、そうしなかった看護師と比較して記憶が侵入する回数が10分の1に減っていた。記憶だけでなく、不眠症や不安症、うつなど、ほかの症状でも改善が見られたと報告されている。全体的に、テトリスをプレイした看護師は、テトリスをプレイし始めた時期の違いにより、フラッシュバックが平均で73~78%減少した。この論文は2023年9月1日付で、学術誌「Translational Psychiatry」に発表された。(参考記事:「不安で眠れない夜にも意味がある 嫌な記憶を弱める不眠」)
ホームズ氏が指摘するように、テトリスだけに何か特別な力があるというわけではないだろう。絵を描くことやジグソーパズル、モザイク作りなど、高度な視空間能力を要する作業は何でも似たような効果をもつ可能性があると、ホームズ氏は考えている。一方で、クロスワードパズルや読書など言葉を使って意識をそらせる方法はあまり効果がないと思われる。
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