ガザ紛争2021 現地ではあのとき何が
ことし5月、イスラエルとの武力衝突で256人が死亡したガザ地区。「天井のない監獄」とも呼ばれるが、なぜ人はガザをそう呼ぶのか。
多くの死者が出てもなお、人々は次なる衝突を恐れ、心の安まらない日々を送っている。11日間の衝突で何があったのか、ビジュアルを使って徹底的に迫る。
今回の前編では、11日間の衝突で何があったのか、NHKが撮影した独自映像とデータで詳細に迫る。後編「ガザ紛争2021」では、現地の人たちは何を目撃したのか伝える。
ガザ地区に入る
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ヨルダン川西岸地区と、ガザ地区の2つに分かれるパレスチナ。
ガザ地区は、イスラエルと地中海、そしてエジプトに囲まれる種子島ほどの大きさの土地だ。
周囲は、イスラエルによって張り巡らされたフェンスなどで囲まれ、「天井のない監獄」と呼ばれる。
「監獄」を監獄たらしめるのが3重に渡る検問所だ。世界でも最も通過するのが厳しいともいわれる。
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イスラエル・エレズ検問所
イスラエルのエレズ検問所では、パスポートやIDを見せ、厳しい手荷物検査を受ける。ここを通過できるのは、限られた人のみ。3つのうちの最初の検問所だ。
フェンスの通路
エレズ検問所を抜けると、そこにはフェンスに囲まれた1キロにも渡る長い通路が待ち受ける。
周囲には冷たいコンクリート壁が高くそびえ、どんなところにたどり着くのか、不安な気持ちにさせられる。
ハマス検問所
2つ目となるパレスチナ暫定自治政府の検問所を超えると、最後に待ち受けるのが、ガザ地区を実効支配するハマスの検問所だ。
ことし建て替えられたばかりの検問所には待合用のイスが並ぶ。「何のためにガザに行くのか」「本当に取材なのか」、担当者から厳しい質問を受けることもある。
ここで最後のチェックを受け、ガザ地区に入る。ここまでくると後戻りは許されない。
ガザ市
ハマス検問所から車で20分ほど走ると、ガザ地区最大の商業都市「ガザ市」にたどり着く。今回の衝突で最も大きな被害を受けた場所だ。
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街なかには、コンクリート造りの建物が所狭しと並び、車のクラクションがけたたましく鳴りひびく。通りには、スパイスを売る商売人の声が響き渡る。まさに活気と無秩序が混じり合う中東ならではの街だ。
ガザ地区とは
2007年からガザ地区を実効支配するのが、イスラム原理主義組織ハマスだ。イスラエルに強硬な立場をとり、衝突を繰り返してきた。
2008年、2014年の大規模衝突に続いて起きたのが、ことし5月、11日間にわたる衝突だった。
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ハマスとは
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これまでの衝突
激化する衝突
武力衝突が始まったのは5月10日。聖地エルサレムでイスラエル治安部隊とパレスチナ人による衝突が続く中、ハマスが、エルサレム近郊にロケット弾を打ち込んだのが衝突を激化させた。
その翌日以降、イスラエル軍は、ガザ地区の民間アパートへの空爆を始めた。激しい爆音とともに、コンクリート造りの建物が音を立てて崩れ落ちた。
「奥の手」ともされていたのが民間アパートへの攻撃だ。
犠牲者が増えるリスクが大きく、2014年の衝突では、イスラエル側が終盤にハマスに圧力をかけるためにとった戦略なのだ。
これが2~3日目にして起きたことにガザ地区の住民は衝撃を受け、恐怖に怯えた。
ハマス側も異例の反撃に出た。
11日夜、イスラエル最大の商業都市テルアビブに向けて、140発のロケット弾を発射。空中に見える閃光は、イスラエル軍の最新鋭迎撃システム「アイアンドーム」によって迎撃されたロケット弾だ。迎撃されなかったロケット弾は市街地に着弾し、被害者もでた。
この攻撃により、この衝突がかつてない規模のものになることが決定的となり、衝突がいつ終わるのか、住民の間には不安が募った。
ガザ地区への攻撃は、11日間にわたった。
イスラエル側は、ガザ地区の1500か所以上の標的を攻撃したとしている。
国連のまとめでは、2000以上の住居や商店などが破壊されたり、深刻な被害を受けたりし、8000人以上が自宅を失った。
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狙われた市街地
特に激しい攻撃を受けたのが住居が密集するガザ市だ。
ガザ地区で犠牲者が増大する要因となった。
ガザ市中心部にある「ワハダ通り」。レストランや雑貨店、学校や医療機関などが立ち並ぶ、ガザ市で最も賑わいのある通りのひとつだ。
この通りが5月16日、激しい空爆を受けた。
16日未明、恐怖の瞬間が訪れた。
イスラエル軍はワハダ通りを連続して空爆した。
NHKの事務所が入る建物から、わずか数百メートルのところに、いくつもの火柱が上がった。
事務所で撮影していたカメラマンが「初めて、恐怖でカメラのそばを離れざるをえなかった」と話すほどの激しさだった。
この空爆で、この通りではいくつもの建物が倒壊。一晩で40人以上が死亡した。多くの市民が倒壊したアパートの下敷きとなったのだ。
NHKが確認しただけでも、ワハダ通りの周辺だけで19か所が空爆の被害を受けていた。
難民キャンプも被害に
一方、難民キャンプも被害を受けた。
200万人が暮らすガザ地区では、7割がパレスチナ難民だ。地区には、あわせて8つの難民キャンプがあり、すべて空爆を受けた。
なかでも、最も大きな被害を受けたのが沿岸部にある「シャーティ難民キャンプ」。0.5キロ平米の広さに、2万3000万人が暮らす。世界で最も人口密度の高いエリアのひとつだ。
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※このあと、犠牲者の画像が表示されます。
5月14日未明。イスラエル軍はここを事前告知することなく、空爆。一晩で、子ども8人を含む10人が死亡したのだ。
イスラエル側は国際法遵守を主張
国際法では、一般市民に対する無差別な攻撃が禁じられている。国連では、イスラエル側の攻撃について違法性を指摘する声もあがっている。
イスラエル側でも市民が犠牲になっていて、こうした指摘はハマスに対しても行われている。
指摘に対し、イスラエル側は、国際法にのっとり、事前告知などして民間人の犠牲を避けるための最大限の努力をしていると説明。
そして、ガザ地区の住宅街などに地下トンネルを建設し、住民を盾にしているハマスにこそ、道徳的な責任があると指摘する。
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ドロン・スピールマン報道官
「犠牲者が出ていることは非常に残念だが、軍の作戦や戦闘に100%はない。ハマスこそが、人口が多い地域に隠れてロケット弾を発射し、ガザ地区の住民を危険にさらしているのだ。倫理的な責任は彼らにあるのだ」
停戦は解決ではない
圧倒的なガザの被害
5月21日午前2時、11日間にわたった衝突は停戦となった。
今回の衝突では、ガザ地区で256人、イスラエル側で13人が死亡。このなかには、罪のない市民である女性や子どもも含まれる。
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精神的な負担も
国連によると、ガザ地区の子どもの3分の1が紛争に由来する心の傷を抱えていると推定されている。
しかし、保守的な傾向が強いガザ地区では、精神科に通うことは「家族の恥」とされるなど、適切な治療を受けられないこともあり、自殺に至るケースも少なくない。
解決しない歴史的な問題
停戦とはなったが、根本的な問題は何も解決されていない。
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今回の衝突の要因となったのは、イスラエルとパレスチナが長年、領土を争っているエルサレムだ。
イスラエルの治安部隊が、エルサレムの旧市街にあるイスラム教の聖地へと続く「ダマスカス門」の前に、バリケードを設置したことで衝突が始まった。
イスラエルの治安部隊がイスラム教の聖地に突入し、パレスチナ人との衝突が激化したことで、事態は収拾がつかなくなった。
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エルサレムの東側「東エルサレム」は、パレスチナが将来の国家の首都と位置づけている。
しかし、イスラエルは、1967年の第3次中東戦争で東エルサレムを占領して以来、さまざまな国際合意にもかかわらず、自国の領土として扱い続け、日常的に大小さまざまな衝突が起きている。
一方、今回の衝突で、国際的に唯一認められているパレスチナ暫定自治政府(ヨルダン川西岸を統治)は、無力さを露呈した。ハマスやイスラエルに対し、何の影響力も発揮できなかった。
これに対し、イスラエルへの強い姿勢を示したハマスは、ガザ地区だけでなく、西岸でも支持を拡大している。
今回の衝突におけるハマスの作戦名は、「エルサレムの剣」だった。
まさに、ガザ地区のハマスが、エルサレムのために行動を起こしたとパレスチナで高く評価され、イスラエル側はハマスの台頭に警戒を強めている。
しかし、改めて言う、根本的な問題は何一つ解決されていない。
度重なる衝突や政治的な分断、それにイスラエルによる占領が続くなか、いつもその犠牲となっているのは、苦しい生活状況を強いられ、不安にさいなまされている罪のない市民であり、子どもたちだ。
ガザ地区では経済的に追い詰められた子どもたちが武装組織に入隊し、徴兵制のイスラエルでは、親たちが毎年、兵役に出発する我が子を不安な眼差しで見送る。
あと何回、衝突が繰り返され、何人の命が失われれば済むのか。解決の糸口どころか、変化の兆しも見えないなか、人々は希望の見えない明日を迎えている。
- #イスラエル(22)
- #パレスチナ(14)
- 監修
- 香月隆之、那須隆博、濱西栄二
- 取材
- 曽我太一、ムハンマド・シェハダ
- 撮影
- サラーム・アブタホン
- プロトタイプ開発・データVIZ
- 斉藤一成
- コーディング
- 後藤謙介
紛争によるパレスチナとイスラエルの死者数の推移
データソース:OCHA(国連) https://www.ochaopt.org/data/casualties で公開されている2008~2021/8月までの死者データのみを採用。
ガザ地区被害状況データマップについて
・データソース:UNITAR(国連訓練調査研究所) https://www.unitar.org/maps/map/3301 に公開されているShapefile、メタデータを分析して可視化した。攻撃による被害データの中で、「Destroyed」「Severe Damage」「Moderate Damage」のみを採用。被害の可能性を示す「Possible Damage」「Possible Damage from adjacent impact, debris」は本コンテンツでは採用していない。Shapefileに記載のない情報(ビル・建物以外の被害状況)は国連への取材に基づく。
・ベースマップ:OpenStreetMap
・境界線(ガザ地区):OCHA(国連) https://data.humdata.org/dataset/gaza-stripmunicipal-boundaries
・ガザ地区内の各ランドマーク:NHK取材
を採用。マッシュアップによるデータ可視化、距離計測にはCARTOを利用している。
紛争によるガザとイスラエルの死者ピクトグラム
データソース:OCHA(国連) https://www.ochaopt.org/data/casualties で公開されている2021年5/10~5/21 の11日間の死者データを採用。