第2章 心穿つ叫び

プロローグ

 九年前。


 燈真はその時に一度、魅雲村に来ていた。


 母の葬式が行われたのは、村の式場である。もともと母は実家を飛び出すようにして退魔師修行をしていたので、ほとんど身寄りがなかったのだ。そこで柊が師匠として葬式を執り行うこととし、失意の底にある孝之と燈真を呼んだのである。

 その時のことを燈真は忘れていた。——こうして夢に見るまでは。


(ああ、これは夢だ。でも、記憶でもあるんだ)


 明晰夢ではない。夢を夢と自覚しているが、体は自由にならない。

 自分はひどく泣きじゃくっていた。お坊さんが気の毒そうに読経を上げ、ヒグラシの声が反響する。燈真は吐き気を堪えながら、父に「じっとしていなさい」と言われるがまま、そうしていた。

 しかしだんだん母の存在が希薄になっていくような気がして、とうとう燈真は立ち上がった。

 棺の蓋を蹴り開け、空っぽのそれを指さして「母さんは死んでないじゃないか! ふざけんなよお前らっ!」と喚く。挙句お坊さんから経本を取り上げて畳に叩きつけた。

 流石に父も「いい加減にしなさい!」と声を荒げ、燈真は何もかもが嫌になって裸足のまま外に飛び出した。


 そのまま燈真は人気のない鬱蒼とした森の中でうずくまり、うめくように泣いていた。

 そこへ。


「燈真……帰るわよ」


 白髪のお姉さんが声をかけてきた。


「嫌だ」

「じゃあ、私と一緒にいる?」

「なんで」

「今の燈真、ほっとくとお母さんのところに行っちゃいそうだから」


 そう言って彼女は狐の姿になり、燈真を包み込んだ。狐にしては随分と大きく、超大型犬並みの体格である。

 もふもふした毛皮に顔を埋め、燈真は声を放って泣いた。そんな彼を、白狐はずっと抱きしめていた。


×


 現在——芽黎二十七年 十月四日 金曜日

 法泉県魅雲村 村立魅雲高等学校


「文化祭の出し物を決めようか」

「文化祭?」


 六限目のロングホームルームで、担任の御薬袋信九郎みないしんくろうが切り出した話題は、十一月半ばにあるという文化祭についてだった。

 同じ言葉で繰り返し問う生徒たちに、御薬袋は「そうそう。その出し物決めないと」と顎に散った無精髭を掻く。


「出し物って言っても……屋台とかが無難じゃね」


 光希の意見は簡素なものだったが、高校生に実現可能で、かつ文化祭中にシフトを組んで回せるものといえば、確かにそれが現実的だった。空気を読まずに休憩所だのと言い出す連中がいないだけ、だいぶ雰囲気がいい。

 しかし屋台となると何の屋台かが問題だった。

 あちこちから「やきそばとか?」「たこ焼きは?」「カステラ焼きとかいいかも」と意見が飛び交う。それらを委員長が取りまとめ、書記がノートに書き込んでいった。

 燈真は流れに任せようとぽけーっと話を聞いていた。すると雄途が「メイド喫茶とかは? 定番じゃん」と意見を乗せる。

 女子うけが悪く、すぐにブーイングが降りかかってきた。そりゃあメイドといえば女子しかできないもんな、と燈真は苦笑する。男が一方的に楽できる出し物など、そりゃあ女子だって気に入らないだろう。

 すると椿姫が何を思ったか、


「女装喫茶は? 女子はそのままメイド、男子は女装してメイド。ほら、男女平等。人間の大好きなやつじゃん」


 この一言に男子は一斉に青ざめた。冗談じゃない。しかしまさにその「冗談じゃない」は、ついさっき女子が抱いていた感情そのものである。ここで男子がそんなことを言ってしまえば、そら見たことかと女子が鬼の首を取ったように湧くだろう。

 燈真はどうにかこの危機を覆せないかと考えて、


「男子は……その、執事とかってどうだよ。メイドと執事」

「そっ、それだ! そうそう、それがいいって! 俺ら人間じゃないんだぜ? わざわざそういう思想に染まらなくても——いや人間の生徒もいるけど……」


 燈真の苦し紛れに雄途も便乗してくれたが、しかし女子勢は負けじと女装喫茶を推した。

 男女の白熱した議論がしばし続いたのち、御薬袋がパンパンと手を打つ。


「激しいディスカッションをありがとう。若い頃を思い出したよ。……そーだな、折衷案になるが、男装執事と女装メイドなんてどうだ」


 そうはならんだろ、と燈真は思った。女子だって嫌がるだろう――そう思ったが、意外なことに女子は乗り気だった。


「椿姫さんの執事服とか見たくない?」「わかる、ちょーイケメンだもん似合うよね」「給仕されたいかも」


 椿姫は嫌そうな顔をした。元はと言えば発端は彼女だ。だからこそ強くは言えず、モゴモゴと口元を動かして黙り込むしかない。

 してやったり、という顔の燈真と目が合った椿姫は、射殺さんばかりに睨みつけてきたが、燈真は肩をすくめて受け流した。燈真は適当に裏方の作業を担当するつもりなので、女装なんて絶対しない。何をどう足掻いたって誰が何を喚こうと絶対しない。


「おっと、三分前か。ほらほら、白熱しすぎない。えー、ひとまずこの性別逆転喫茶でいく感じだな。出すものに関しては次決めよう。備品なんかは貸し出してくれる業者に知り合いがいるから心配しなくていいぞ」

「せんせー顔広いな」

「神谷、先生だって長生きなんだ。自然と妖脈じんみゃくは広がるさ」


 雄途は「そんなもんか」と言って、それからなぜか燈真たちを見る。


「そうだよな、俺だって村の英雄の友達だもんな!」

「その呼び方やめろお前」


 というか雄途が綾乃に気づかなければ、事態はもっと悪化していた。それを思えば彼こそが英雄な気もする。


 オロチ顕現から十日以上が経ち、燈真たちの活躍は村中に知れ渡っていた。

 特に燈真の二階級特進は滅多にないことであり、妙な尾ひれがついている。曰く燈真は火を吹けるだとか、盃を交わす席で酒樽をまるまる一つ開けただとか。後者は光希が吹聴した嘘八百だが、なぜかこのせいで燈真は酒豪で知られてしまっていた。


「英雄さんの恩師かあ……俺も鼻が高いね。天狗になりそうだ」

「先生は鹿妖怪だろ……」


 燈真は呆れて言葉を失う。

 と、チャイムが鳴った。


「おっと、ひとまず挨拶。日直」

「はい。起立、礼」


 生徒たちが礼儀正しくしっかり頭を下げた。こういった動作が形骸化しないのは、村という小さなコミュニティゆえか、それとも義を重んじる妖怪だからか。

 燈真は鞄からマグボトルを取り出してコーヒーを一口飲んだ。一日経っても熱々である。


「掃除ってだりぃよなあ。雄途、お前どこよ」

「俺教室。光希は?」

「二階便所」

「俺は中庭だ」


 いつもの三馬鹿でそんな会話をしていると、足元に猫とは思えないほど大きな黒猫が擦り寄ってきた。尻尾が四本あり、首からは入校章を提げている。万里恵だ。


「にゃおーん。なおんなおん」

「なんだようるせーな」

「うわ光希将来絶対DVしそう。近寄らんとこ……」

「万里恵さん、どうしたの」


 雄途が紳士的に接した。別に下心があるわけではなく、単純に歳上で立派な退魔師だからそうしているだけだ。


「燈真たちに退魔局へ来いって知らせが相川さんからね。私は先に行ってるから、学校終わったら来てね」


 それだけ言うと、万里恵は開け放たれた二階の窓から飛び降りた。猫は六、七メートルの高さから落ちても無事に着地できるというが、万里恵は猫又なのでさらに高いところから落ちても平気そうだ。怒られそうなのでやれ、とは絶対に言わないが。


「英雄さん、新しい活躍が期待されてるぜ」

「うるっさい雄途」

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