第19話 決着

 一階に降りると、台車に乗せられた弾薬ボックスが置いてあった。大きさは弾薬というには随分大きいが——言ってしまえば大砲の砲弾であるからして、でかいのは当然だ。

 問題は、今の自分に数百キロはありそうなこいつを持てるかどうか——。


「やるしかねえ」


 燈真はボックスごと持ち上げる。腕が震えるほどの重みに、歯を食いしばって耐えた。

 なんとか歩けるがどうしてもガニ股になる。とはいえこの状況で見栄えなど言ってられない。後でからかわれたら、そのときはそのときだ。

 工場を出ると、目の前に運搬用のトラックが見えた。燈真は荷台にそれを載せる。

 運転席から引き摺り出された職員の頭が食い荒らされており、燈真は口元を引き結んだ。


「燈真!」


 椿姫が太刀を手に、駐車場に入ってきた。


「万里恵は?」

「先に砲撃陣地に向かった! 乗って、運転は私がする」

「できるのか?」

「妖怪よ。それくらい余裕。普通免許だけど……軽トラならいいんだっけ」


 心配だが、燈真は助手席に座ってシートベルトをした。椿姫は軽トラの運転手に乗り込み、エンジンを起動。

 アクセルを踏み込んで乱暴な運転で敷地を飛び出すと、椿姫は一直線に砲撃陣地に向かう。


「椿姫、前! 魍魎だ!」

「掴まって!」


 なんとあろうことか、椿姫は魍魎を轢き潰した。妖力を軽トラに纏わせていたのだろう、立派な攻撃として機能した突進に魍魎が見事に轢殺される。

 椿姫はそのままトラックを加速させ、やや離れつつあった砲撃陣地に滑り込んだ。

 燈真は荷台から砲弾を抱えると、狙撃砲へ向かった。


「くそ、魍魎がいやがる!」

「護衛なら任せて」


 椿姫が燈真に追い縋る魍魎を切り伏せていく。小鬼型、犬型、虫型——等級は高くて三等級ほど。椿姫はそれらを紙切れのように切り飛ばし、一撃で祓葬していった。

 燈真は頼りになる椿姫に全幅の信頼を寄せ、施設内へ。

 万里恵が大声で「このチャンバーに入れて、早く!」と呼んできた。


「どれだ、どう入れればいい!」

「この挿入口に砲弾を入れるの。箱を開けて!」


 燈真はボックスを開いた。中には、七〇〇ミリはありそうな砲弾が一発。弾頭部分が澄んだ青色をしている。

 その砲弾を抱え、燈真は挿入口に入れた。万里恵が手動でカバーを閉じ、ボルトを前進させて装填する。


『砲弾装填完了。二番妖力瓶から漏洩が確認されています。発射シークエンスに移行、オートエイム起動』

「妖力が漏れてる……私が二番瓶に向かう。直に漏れてる分を注ぐ!」

「頼む、万里恵」


 万里恵が疾走し、椿姫が次々現れる魍魎を切り倒していく。が、その勢いが尋常ではない。ケンに綾乃という支配者を失ったオロチは、おそらく自分の意思で動いているのだろう。その本能が、この狙撃砲の危険性を察知しているのだ。

 燈真は脇の席に座り、射撃トリガーに手を添えた。オートエイムとはいえ、細かい狙いは自分でつける必要がある。

 スティックを動かしてサイトを調整。卵状のオロチがわずかに顔を出していた。周囲が赤黒い妖力に飲まれており、山の木々が微かに変色し、枯れていた。

 進行バーを見ると、妖力の漏洩が減っていた。


「万里恵が間に合ったんだな……」

『発射シークエンス準備完了。射手管制、砲撃許可します』

「燈真ッ!」


 椿姫が言った。


「信じてる。——撃てぇっ‼︎」


 トリガーを引き絞った。

 砲弾が撃発され、火薬に着火。ドゴン、と爆発が起き、弾頭が打ち出された。

 展開したドローンとリンクしたカメラモニターが山麓を映し出し、そこへ青い軌跡を描く砲弾が吸い込まれ——オロチが何か口を開けて叫び——直後、真っ青な爆炎が舞い上がった。


 魍魎たちが呻き声をあげてのたうち、宿主に力を還元せんと消滅していく。

 椿姫もモニターに目を向け、燈真もそれをまじまじと見た。

 オペレーションルームや外の防衛隊は歓声を上げていた。


 しかし、好事魔多し。


 爆炎の帷を破ったオロチが、天に舞い上がった。

 皮膚と筋肉が吹っ飛び、蛇骨が剥き出しになっているが生きていた。そしてその傷跡さえも、再生している。


「嘘だろ……なんでだよ! くそッ……畜生……」


 燈真の口から、とうとう弱音が漏れる。その時だった。

 退魔局の放送スピーカーから、久留米の音声が流れた。


「全員、オロチを見るな。目が潰れるぞ」


 それは、死を悟れということか。


 雷鳴。

 豪雷。

 霹靂。


 耳をつんざく落雷が、夕焼け空を駆け抜ける。オロチがそちらに目を向けるが、金色のいかづちがその頭部をぶち抜いた。

 ギャァァアアアアアッ——と悲鳴が轟く。

 一体、何が起きているのか。モニターは雷の光で白飛びし、一瞬の間に光が晴れると、オロチに向かって次々落雷が叩きつけられていた。

 その一撃一撃が狙撃砲に匹敵する威力であり、喰らった側から肉が吹き飛んでいた。

 たまらずオロチは大地に叩きつけられ、そして——一際大きな轟音と共に、電撃が空へ立ち昇っていった。


大瀧おおたきさん、帰ってきてたんだ」


 万里恵がモニターを見ながら、そう言った。妖力の消費が大きかったようで、戻ってくる足取りは重い。

 燈真は聞き慣れぬ名に、おうむ返しに問う。


「大瀧さん?」

大瀧蓮おおたきれん。村で最強の退魔師で、等級は準特等級。雷獣よ」


 白煙が上がる山麓には、真っ黒に炭化したオロチが横たわっている。数瞬後、その肉体が霧散し始めた。

 あれだけの魍魎を、単騎で撃破する退魔師がいるのか……燈真はその事実に、思わず言葉を失った。

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