第18話 ひと殺し
退魔局ビルの外壁が打ち破られた。巨大な化け狸に化身した綾乃が猛進し、燈真を押しつぶすように押し出したのだ。
地面を数回バウンドした燈真は影の腕で体を守り、頭を二、三回振って立ち上がる。口の中にじゃりじゃりと砂が入り、胃がかき混ぜられた拍子に溢れかえってきた吐瀉物と共に吐き出す。
袖で口元を拭い、燈真は構えを取った。
「お前らがやっていることは、いずれ同じようなやつを生み出すだけに過ぎないんだぞ!」
「それがなんだ。だからといって、座して滅びを待てとでも」
燈真は狸火が形成されたのを見て、左の影腕を盾に変える。十をくだらぬ火球が迫り、激突。激しい爆音が轟き、ビルの外に広がる立体駐車場を揺らした。
衝撃のフィードバックで燈真は影腕を通じて後ろに吹っ飛び、立体駐車場の二階から落ちる——が、すぐさま影腕を伸ばして屋上の三階に飛び上がった。
綾乃は二階の天井をぶち抜いて屋上に這い上がり、近くのセダンを尻尾で弾いて燈真に投擲。
「くだばれ、退魔師!」
ぎゅん——と迫る自動車を、燈真は右の影の拳で吹き飛ばす。ひしゃげた車が離れた場所のワゴンに向かって落下、金属音をあたりに撒き散らす。
「もういいだろ! こんなことしたって変わらねえよ!」
「善人ぶるな! 持たざる者の苦しみさえ理解しない分際で!」
怒号をあげ、綾乃が足元のコンクリを抉った。それが対人地雷のように爆ぜ、破片が燈真に殺到。素早く影の盾を地面に立てて防いだ。連続して響く硬質な音と同時に、風を感じて燈真は背後を見遣る。
そこには破片投擲を隠れ蓑に回り込んでいた綾乃がおり、尻尾を振りかぶっていた。
毛針千本の要領で硬化した毛皮と、筋肉の躍動。しなる金属バットとも言うべき打撃が燈真を襲った。
「——————ッッ⁉︎」
強烈な一撃に声すら死ぬ。咄嗟に急所はガードしたが、勢いは凄まじく内臓を駆け抜け、口からぼたぼたと血が舞った。
ノーバウンドで屋上のフェンスに激突、突破。反対側の製造工場の窓ガラスを叩き割って、屋内に突っ込む。
「おえっ、げふ——ガハッ」
ボチャッ、ばちゃ、と血が床に落ちて花のように開く。赤黒い己の命の結晶を睨み、燈真はふらつく体をどうにか立ち上がらせる。
角が熱い。心臓が狂ったように脈打っている。
まだ手はあるはずだ。剣と盾、槍以外にもまだ何か——。
窓ガラスを枠ごと破り、壁を凹ませて綾乃が飛び込んでくる。
ぎょろぎょろとカニのように左右バラバラに、二重の瞳孔になった目を蠢かせて燈真を捕捉した。
「流石に……しぶとい……はぁっ——ァ……グぅ」
「何度でも言う。もうやめろ」
「と——マるものカ」
燈真はもう駄目だ、と悟った。こいつは——どんな手を使っても止まらない。キキがそうだったというように、殺すまで止まらないのだ。
燈真は影の腕で弩を形成した。
左腕が弩に成り替わり、妖力の矢が形成される。それを右の影腕で引き、狙いを定めた。
「こロしてヤる」
「悪いが、死ねない」
燈真は矢を放った。
バンッと空気を裂く強烈な破裂音と共に、五股に分かれた青い矢が飛んだ。
綾乃は一本目をサイドステップで躱し、二本目三本目を後ろに下がって避ける。しかし四本目が右の頬を掠って血を浮かばせ、五本目が明確に脇腹を貫いた。
「ぐ——ァ、があッ」
「まだ、まだだ!」
燈真は死力を振り絞って接近、影の腕を己の腕に纏わせて殴りかかる。
左右のフックを顔面に打ち込み、左のアッパーカット。綾乃の牙が折れ、体が大きくのけぞった。
燈真は隣の機材を蹴って三角跳びの要領で跳躍、素早く左右の拳を組み、空中でアームハンマーを打ち込んだ。
綾乃が床に叩きつけられる。頑丈なそれがひび割れ、激震が工場内を苛んだ。
立ちあがろうともがく綾乃に、燈真は影の剣を突きつける。
「終わりだ、綾乃。全部、終わりなんだ」
「くソ……たいマシめ」
剣を振り上げる。
「言い残すことは」
「……くたばれ」
燈真は意を決し、剣を振り下ろした。刃が首に滑り込み、筋肉と骨を断つ。
夥しい血が噴き上がり、綾乃の目から光が失せた。
術式を解いた燈真は側の旋盤に手をついて、吐き気を堪える。妖力の負荷に、体が悲鳴をあげているのだ。頭がガンガン痛む。尋常じゃない苦痛であった。
「久留米さん、終わった……綾乃を、殺した。……初めて、ひとを殺しちまった」
「わかった、わかった……辛いよな。……燈真、落ち着いて聞いてほしい」
「なんですか……」
「オロチが動き出した。狙撃砲の砲弾が装填されていないのにだ」
「なんだって……後手後手じゃないか」
燈真は弱音を大声で喚き散らしたくなった。もうおしまいだ、と叫びたかった。
だが理性が——弟妹の笑顔を守りたい「お兄ちゃん」の自分が、それに待ったをかける。
竜胆、菘……そして嫌いになりきれない、義母と父の子。
「砲弾はどこです」
「君がいる工場だ。一階のトラックに積みこむ途中で、魍魎に襲われた。その魍魎は既に祓葬されているが……」
「わかりました、運びます。狙撃砲は隣の陣地ですよね」
「頼む、全力でサポートする」
燈真は目尻に浮かんでいた弱虫な涙を拭い去った。
まだ戦える。今更サレンダーなんてことは、許されない。ひとりの命を奪ったのだ。疲れたから帰りますは、許されない。自分はもう立派なひと殺しだ。その責任を最後まで背負わなくてはならない。
燈真は頬を打って、一階へ降りていった。
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