第17話 一つの決着
マップに従ってオペレーションルームや地下シェルターとは別区画の牢獄エリアにやって来た。
幽閉されている呪術師の多くは妖力を練れないように
中には言霊を操る術師もいるようで、口に枷を嵌められている者もいた。世間一般の独房だとか留置所とは大きく異なる光景である。人権・
だが呪術師とはそういうものである。妖術の扱いを一つ間違えれば未曾有の大事故につながるように、それを悪意という指向性を持たせて世に放つ呪術師とは決して揺らがぬ絶対悪だ。どんな理由があっても、本来身を守るための力を無差別に害悪な行いに用いてはならないのである。
燈真は〇二二号独房の前で止まった。
そこには両手と両足を縛られた三尾の化け狸が座っていた。こちらを見上げるなり「ちょっとぶりね」と妖しげに微笑む。
「キキとケンは上手くやったみたいね」
「ここにくる途中、久留米さんから聞いた。キキとケンってのは、お前らの手で無理やり妖力を強化されてたみたいだな」
「……ええ」
化け狸——綾乃は否定しなかった。
地下へ降りる間、エレフォンの通話機能をバックグラウンドで起動し、久留米から聞いていたのだ。ここへ来た四人の呪術師。人狼のリンという男が秋唯の手にかかり、キキが光希に返り討ちにあい、ケンはオロチを操っている。
中でもキキとケンは綾乃に恩義があるらしく、しかし数年しか生きられなくなるような方法で妖力を無理やり強化されているということも知った。
燈真は恩を盾に無茶苦茶な取引を持ちかけたのではと、独房の鉄格子を掴んで唸るように言った。
「慕われてたんじゃないのか?」
「慕われていたわ。姉のようにね。私も血も繋がっていなければ種族も違う子達だったけど、あの子達を妹と思って接した」
「ならなんで……」
「弱者には弱者の生き方がある。なんの変哲もないはずの、ごく普通の高校生だった子供に負けるような私でも、のうのうと大きな屋敷で暮らす少年雷獣にやられたキキにもプライドがある」
言葉の奥に、埋み火のような熱がとぐろを巻いていた。
「食い物にされ続ける私たちがこの世界に生きた証を刻むために。次世代の子孫達が快適に暮らすために、私たちは徒党を組み力を欲した。玉座でいつまでもふんぞりかえる強者を、そこから引き摺り下ろすために。あなただってそうでしょう、漆宮燈真」
「俺は——」
「濡れ衣を晴らすために最強の退魔師になる……ここじゃ有名人よ。ちょっとカマをかければ職員が口を滑らせる」
「ああ、そうだ。俺は自分の身の潔白のために戦う。でも、無関係な誰かを殺したり傷つけたりなんて、俺は——」
「本当にそう言える? あなたのその才能に狂ったように嫉妬している人はいない? 今の恵まれた環境に優越感を感じなかったと言える? 俺には力も才能もあると、自惚れたことはない?」
「それは……」
「私たちには全部ないわ。才能にも環境にも恵まれなかった。自惚れる余裕さえもね。それが弱者よ。ズルでも卑怯でも、何をしてでも力を得なければ生きていけない。まして世界を変えるには、呪術師になるしかなかった」
誰からも見向きされなかった者の怨嗟。
救いを求めても路傍の石のように扱われた者達の逆襲。
きっと、彼女らにもごく平穏な生活を望む時期があっただろう。普通の暮らしを夢見て、普通に過ごす未来を夢想していたに違いない。
だがその平穏で普通なことさえも、彼女らには遠すぎた。そのスペースを、強者が特に使う予定もないのに独占していた。
だから学んだのだ。その強者よりも強くなって、欲するスペースを奪い取ってやろうと。
短絡的にそう考えたのではない。あらゆる方法に望めるだけの希望と可能性を賭けて挑戦し、それでも無理だったから悪事に手を染めたのである。
「それでも俺は、お前らを許したりはしない」
「どうして?」
「理不尽な暴力で傷つけられる悲しみを知ってるからだ」
綾乃は深く追及しなかった。そういう考え方もあるのだろうというふうに、
燈真は久留米から聞いたパスコードを側のコントロールパネルに打ち込んだ。甲高い電子音がして鉄格子が開く。
「どういう風の吹き回し?」
「ケンの狙いがあんただって言われてる。あんたを放り出して、退魔局を守る」
「そう。上澄みは取れたのね」
「一体どうやったんだ」
彼女は言葉を濁すのではなく、はっきりと言葉に出した。
「純粋な稲尾家の血が必要だったの。だから比較的攫いやすい稲尾竜胆から採血し、それをヤオロズを封じる要石にふりかけて刺激した。漏れ出した黒い血を使って、今頃地上で暴れている上澄みを顕現したの」
「なんで稲尾の血なんだ」
「ヤオロズを千年前に打ち倒したのが稲尾柊だから。彼女は己の血を注いでヤオロズを止めたそうよ。だから稲尾の血でヤオロズの邪念を呼び出せるわけね。無論、血はそのままではなくハーラーハラと呼ばれる霊薬と混合しているのだけれど」
燈真は足枷を外してやった。代わりに左右それぞれに妖力封じの札を貼り付ける。
周りの呪術師がなにか喚く中、綾乃は我関せずという顔で燈真に続いて歩き出した。
振動が地下にも伝わってくる。燈真はエレフォンを取り出して久留米に連絡した。
「久留米さん——いえ、支局長」
「どうした漆宮君。綾乃は確保したか?」
「はい。大人しくついてきています。これからどうすれば?」
「地上に輸送班を用意している。彼らに引き渡してくれ」
「わかりました」
「気をつけろ、燈真。何が起こるかわからん」
「……はい」
久留米はプライベートでは他者を下の名前で呼ぶ。そして職場で下の名で呼ぶときは、心配や信頼をそのままむけている証拠だ。
燈真は斜め前方を歩かせている綾乃を見た。彼女は三本の狸の尾を揺らし、地上への階段へ足をかけた。
「漆宮燈真。いいことを教えてあげる」
「なんだよ?」
「私は禁具を使いすぎた反動で、やっぱり寿命が短い。蝉がそうするように、最後は精一杯鳴いて果てたいわ」
「……そうさせてやりたいが、無理だ」
「あなたは優しいのね。大事な弟を傷つけた女に情けをかけるなんて」
綾乃はそう言って階段を登る。それから地上階に出ると、そこには血まみれの輸送班であろう男たちが転がっていた。
一階ロビーの中央には、禍々しい刀を握りしめている女狐がいた。
五本の尾が揺れ、赤黒い妖気が漏れている。両目は白目が黒く染まり、瞳は真紅。妖怪というにはあまりにも禍々しい外見であり、溢れ出す異質な邪気は心臓が冷えてくるような感覚さえあった。
「あヤ乃さン……おかエり」
「ただいま、ケン」
綾乃が歩き出す。燈真は「待て!」と止めるが、次の瞬間巻き起こった衝撃波に体を押され、真後ろに吹っ飛ばされた。
凄まじい勢いに残っていた窓ガラスが吹っ飛び、燈真は数回地面を転がって立ち上がる。
そこにはケンから脈打つ肉片を受け取り、それを飲み込んだ綾乃の姿。彼女の目がケンと同じ色に染まり、尻尾が四本に増えた。
ぎょろりと燈真を見て、大きく牙を剥いて笑った。
「さあ、漆宮燈真。雌雄を決しましょう」
どうせ死ぬならば、最期まで思うがままに振る舞う。
乱暴で自分勝手で、そして悲しいそれ。
「わかった。行くぞ、呪術師綾乃」
燈真が影の腕を形成し、変化を解いて狸の姿になった綾乃の打撃を受け止める。タイルが抉れて真後ろに擦過、燈真は踏ん張りをきかせてなんとか耐えた。
左の影腕で拳を形成して綾乃の顔面を打つ。が、以前戦った時より戦闘能力が大きく上がっている。それは燈真も同じだが、殴りつけた感触が思ったよりも硬い。
「燈真ッ!」
そこに椿姫が現れた。彼女は既に抜刀しており、燈真と綾乃の激闘、そして椿姫に視線を送るケンを見て、静かに太刀を視線と水平に、上段霞に構える。
「オロチから離れたって聞いて来てみれば……退魔局を落とす気だな!」
「ちがウ。アやのサんにあイにきたダケだ」
「何が目的なの!」
「へいオんと……ゆるヤかナクラしだ」
ケンが禍々しい刀を振るって、突風を起こした。椿姫は相手の剣戟を受け止め、反撃の切り返しを打ち出す。
狐火を刀に纏わせる〈
「いなオ……ツバきィイィ!」
「なんだよ、呪術師!」
相手の上段からの切り下ろしを下段から受ける。繚乱のごとく火花が散り、鍔競り合いに持ち込んだ。
そのまま椿姫は両腕を畳んだまま下半身を
大陸武術にも見られる寸勁——それに似た技法。これは術でもなんでもなく、ただの物理的な身体技術である。
よろけたケンは苦し紛れの刺突を打つが、椿姫はそれを輝夜嬢月姫で左斜め下にはたき落とす。打ち落としと呼ばれるものだ。
冷静に椿姫は一手一手を打っていく。
そのときゴゴン、と凄まじい轟音がした。見れば外壁を突き破り、綾乃が燈真を外に弾き出している。
心配だが——今はそれどころではない。
椿姫は剣を振るってケンを打ち据え、右腕を切り払った。禍々しい刀が宙を舞って、転がり落ちる。
「ガぁ——あ!」
「終わりよ、ケン。冷静さと平穏さを欠いたあんたじゃ私には勝てない」
椿姫は太刀を八相に構えた。ケンが諦めたように膝立ちし、右腕を押さえて奇妙な笑みを浮かべた。
「わたシたちのヨウナものハ……いクラでもあらワレるゾ」
「その都度止めてみせるわ」
椿姫は太刀を振り下ろし、呪術師ケンの首を切り飛ばした。
ゴトン、ゴロン——と音を立てて首が転がり、椿姫は血振りをして納刀。
あとは燈真が決着をつけるだけだ。
椿姫は背後から迫る魍魎の気配を感じ、振り返る。
「ひどい残業ね。万里恵!」
「はーいはい」
天井から万里恵が降ってきて、小太刀を二本抜く。
「あれをやるわよ」
「任せなさい」
頼りになる忍者と共に、椿姫は再び太刀を背中から抜いた。
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