第16話 天穿つ黒闇の閃光
稲尾椿姫は先天的な妖力不活性症を患っている。
生まれついての四尾として七尾の母と五尾の父の間からこの世に生を受け、稲尾家の神童と持て囃されたのも束の間。生後十年の時点になっても満足に狐火さえ出せず、心配した母が医者に見せてそれが発覚した。
しかし両親も柊も、他の家族もそれについてとやかく言わなかった。椿姫は椿姫だと受け入れ、温かく接した。
しかし己が九尾の子孫であるという自負が誰よりも強かった椿姫は、常に
自分は妖狐の一族の中でも最強と言われる
そうして行き着いたのが、戦国時代以来侍の家系でもあった稲尾家の中で、歴代最強の剣士になるという考えだった。
頭上から迫る鉄コンの破片を切り飛ばし、右から鉤爪を振るう狼型の魍魎を両断。前方十時方向のムカデ型の魍魎に刺突を放って圧縮した狐火を放射、内側から焼き貫いて祓葬。
その場で旋転して群がる蛾魍魎を切り払い、左手で紫色の狐火を振り撒いて焼き尽くす。
五尾にしては稚拙な術であるが、冴わたる剣術の補助としては申し分ない。長いリハビリを経て、これくらいはできるようになった。
遠くの餓鬼魍魎に対しては狐火を纏わせたクナイを投げつけ、頭部を狙い撃って祓った。
素早く正確な戦いは、さながら雪原の中から確実にネズミを獲る狐の如きである。
「第一波は防げたかしらね」
妖刀とも言われる
戦国の刀匠・輝夜が真打ちまで打った刀はこの世でわずかに三振り。その一振りが、柊が持つ輝夜嬢月姫の真打ちである。
仕事着の竜胆色の装束の毛皮の飾りが風にゆれ、椿姫の五本の尾が炎のようにゆらめく。
椿姫一人で防衛隊員十人分の働きを、ここにきてからずっと持続している。椿姫は妖力を攻撃術に回す必要がないので、その分を肉体疲労の肩代わりとして消費していた。五尾妖狐が持つ決して少なくない体力と、膨大な妖力が加算されればほぼ無尽蔵に近いスタミナを得られる。
通常疲労の肩代わりを妖力で行うのは、むしろ肉体への負担が大きく後になってどかっと疲れがリバウンドするものだが、故郷の危機を前にそんなことは言っていられない。
「お疲れ〜椿姫。そっちはどう?」
「もうちょっと緊張感持ちなよあんた。……怪我人はいるけど、死者は出てない。一人一人有事に備えて訓練を積んでるからってのもあるけど、私が強いおかげかな」
「流石。こっちも最初の大きい群れは始末した。死者はなし」
万里恵はそう言って小太刀・地龍と天龍の鞘を撫でる。腰に交差したこれを二刀流で戦うのが万里恵の戦闘スタイルだ。
彼女には小さな傷こそあれ、疲労の色はない。椿姫と同じ方法でスタミナを底上げしているのである。素で体力馬鹿の燈真なら、多分この技術は必要なさそうだが。
椿姫は太刀を背中の鞘に納め、あたりを見回す。
「直すのに時間かかりそうね」
「命があればやり直せるでしょ。燈真は?」
「柊から連絡、そっちにも来たでしょ。あの馬鹿ここに来てるってさ」
「ふぅん。嬉しそうじゃん。愛しの燈真きゅんが来てくれて嬉しかったり?」
「あ? 頼りになる弟弟子だなって思っただけよ。逃げなさいよとは思うけどね」
山の斜面で光が爆ぜる。あちらには二等級以上の退魔師が四名で一班の編成で、合計二班向かってオロチと戦っている。一等級退魔師も一名いるらしい。
轟音が地鳴りとなって響き渡ってくる。
「凄いわね。万里恵、どう見る?」
「こっちにくる魍魎が減ったんなら、多分大元が追い詰められてるからってのが普通の考えね。でも経験上これもありうる」
「なに?」
「なにかデカい術を溜め込んでいるから、こっちへ割いてた攻撃リソースを一旦止めた可能性」
その蓋然性はある。椿姫も過去に戦った魍魎の中に、同じように弱ったと思っていたら大技のために妖力を溜めていただけということもあった。
同一種・同系統の魍魎で行動は同じだったり、似通うケースはある。たとえばイヌ系魍魎は外見上の犬種が違っていても、骨格自体は同じだから取れる行動に同じ制約が生じる。
しかし相手は未知といえる魍魎・オロチだ。何が起きるかは——。
「皆さん、遮蔽物に避難してください! オロチの妖気が異様に高まっています! 討伐班、防御結界を!」
そのとき、その場にいた全員に念話でそう忠告が投げかけられた。
歴戦の退魔師達は局からの忠告を素直に信じ、あたりの建物の影やら築いたバリケードの後ろで背中を丸める。
椿姫と万里恵もすぐに
キンッ——と澄んだ金属音。空にまで伸びた赤黒い閃光が地をどよもす雄叫びとなって村に響き渡った。
激しい暴風が渦を巻き、あたりに駆け巡る。中には割れて砕け散る窓ガラスもあり、万里恵がそれらが椿姫に刺さらぬよう上に乗っかって身を挺して守ってくれた。
やがて地鳴りと暴風がおさまり、椿姫達は顔を上げる。
「嘘でしょう……」
山の斜面に、まるで隕石が激突したかのような、そこだけをアイスクリームのようにスプーンで掬い取ったかのようなクレーターが穿たれ、周りの木々や草が禿げ上がっていたのだ。
そのクレーターのど真ん中に、とぐろを巻くオロチが鎮座していた。しかし消耗しているのは明らかで、動く様子がない。
椿姫は念話で作戦本部に知らせる。
「オロチはしばらく行動不能と思われます。今のうちに立て直しを進言します」
「相川です。すぐに狙撃砲を叩き込むべきでは?」
「狙撃砲を撃ち込んだ場合、その余波で魍魎が発生する可能性を考慮すべきかと。相手は無数の魍魎からなる肉体を持ちます。柊からヤオロズについては聞いていますので、おそらくオロチも同様かと」
「わかりました。防衛隊各班、被害状況を報告。それから整備班は狙撃砲動力接続をお願いします。補給班に——」
椿姫は万里恵を見た。背中にいくつかガラスが突き刺さっているが、彼女は平然とした顔でそれを引き抜いていた。特注の忍者装束の下の肌は、すでに薄く皮膚が張っている。妖力の活性化は新陳代謝を加速させ、一時的に治癒力を高めるのだ。
他の生物よりも異様に長いテロメアを持ち、加えて消費されたそれを少しずつだが修復する酵素を持つ妖怪は傷の治りがとにかく早い。つまり、高速な細胞分裂に耐える肉体を持つのだ。言い換えれば細胞分裂とは老化であり、老化はテロメアと密接な関係にある。通常ならとっくにテロメアが尽きて老衰する、百年以上の時間を生きられるのもこれが理由だった。
椿姫は額を拭う。戦いの最中切った傷は、すでに塞がっていた。浅かったのだろう。
「万里恵、戦える?」
「当たり前でしょう」
「狙撃砲が上手くいく確証がない。何かあったら、私たちが最高戦力としてあれと戦うわ」
「いいじゃんいいじゃん。より強い彼氏に巡り会うための箔をつけられるじゃん」
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