2021年12月02日
(聞き手:白賀エチエンヌ 堤啓太)
70年以上にわたり対立を続けるイスラエルとパレスチナ。仲介役であったはずのアメリカが、トランプ政権時代に一貫してイスラエル寄りの政策をとり、和平交渉はますます困難に。この先、問題が解決する日は訪れるのでしょうか。気になるギモンについて1から聞きました。
学生
白賀
イスラエルとパレスチナの対立、問題を複雑にしているのはどんなことなんでしょうか。
2000年の歴史が積み重なってできた、ものすごく根が深い問題だということですよね。
鴨志田
デスク
「それって過去のことでしょ」では済まされない根の深さに、ユダヤ教とイスラム教というそれぞれの宗教を巡る対立も入ってきています。
エルサレムという街を中心に他の領土紛争よりもはるかに複雑な思いが入り組んでしまっているということですよね。
そのうえ、世界中の国々がこの土地と結びついてしまっていることも、問題を難しくしています。
国際部の鴨志田郷デスク。エルサレム駐在後は、ヨーロッパやアメリカの特派員として、国際社会がパレスチナ問題にどう向き合っているかを取材してきました。
学生
堤
特にアメリカの影響が大きいんですか?
20世紀に入って、アメリカには、ヨーロッパで迫害されていた、たくさんのユダヤ人が逃れ移り住んできました。
ユダヤ人がしがらみなく活躍できる広い舞台があり、そこで様々なビジネスを切り拓いていくことになるんです。
人口も多いんですか?
それほど多くありません。アメリカの全人口3億人余りのうちユダヤ系が約500万人。
数の問題というより、政財界・学会、様々なところに影響力を持つ優秀な人を輩出しているんです。だから、気がつくと有名人の中にユダヤ系がいっぱいるんです。
ハリウッドの有名人にも、ユダヤ系が多くいますよ。
そうなんですね。
さらにアメリカには、政界にイスラエルの利益をなるべく反映させるように働きかける大きなユダヤ系のロビー団体があります。
大統領選挙では民主党も共和党も選挙資金を目当てに、ユダヤ系ロビーに気をつかうところがあるんです。
民主党も共和党も?
どちらもです。ちなみに、アメリカのユダヤ人の中には「『身内』だからこそ言うけど、パレスチナを蹴散らすようなイスラエルの在り方はおかしい」と訴える人もかなりの割合いるんです。
みんなが「イスラエルを支援すべき」と思っているわけではないんですね。
ただ実際、政治に影響力があるのは、総じてイスラエルを優先して守る考えが強いユダヤ系ロビーの人たちです。
だから、民主党・共和党ともに影響を受けるんですね。
ユダヤ系とは別に影響力を持っているのが、キリスト教の福音派と言われる人たち。
福音派は、その教えの中でイエス・キリストがこの世に再来するために、イスラエルをちゃんと守ることが必要だということをうたっています。
イスラエルを大事に思っているということ?
そうなんです。福音派はアメリカ全人口の4分の1近くを占めるとされ、共和党の支持基盤でもあるんです。
彼らはユダヤ系ロビーとは違う論理で、イスラエルを擁護すべきだと声を上げています。
こうした背景もあって、アメリカは中東戦争以来、イスラエルに巨額の軍事援助を続けています。
イスラエルの立場や治安を守り、国家として存続できるようにする、というのが民主党政権・共和党政権を問わず、共通しているんですね。
一貫してイスラエル寄りなんですね。
やり方は歴代政権によって微妙に違ってきました。
民主党はどちらかというと、イスラエル・パレスチナの共存を目指す、和平交渉を推進する立場を前面に出してきました。
一方の共和党は、イスラエルに不利な交渉はすべきでないという考え方が強い。民主党より和平交渉には慎重な流れがあります。
歴代政権の中でイスラエル寄りの姿勢が突出していたのが、トランプ政権です。
一番極端だったのはアメリカ大使館をエルサレムに移設したことです。
当時、ニュースになっていたような気がします。
実は世界各国の大使館は、エルサレムには置かないことになっていて、地中海沿岸のテルアビブっていう都市にあるんです。
エルサレム全域がイスラエルのものだと、国際的に認めちゃいけない立場があるからです。
第3次中東戦争で、イスラエルは国連の統治下にあったエルサレムの併合を一方的に宣言。1からわかる!イスラエルとパレスチナ(1)はこちらから。
イスラエルはエルサレムが首都だと言っているけど、国際法上、占領は認められていないので、各国の大使館はエルサレムには置かないことになっていました。
ところが、トランプ政権は大使館をエルサレムに移設。
一方でパレスチナへの支援を打ち切るなど、露骨にイスラエル寄りの政策をとりました。
このため、ただでさえ止まっていた和平交渉は、ますます進まなくなってしまいました。
バイデン政権になってアメリカの政策は変わりそうですか。
バイデン大統領は、パレスチナ問題に取り組む姿勢を見せ、中東和平をやってくれるだろうという多くの人の期待のもとに就任しました。
ただ、現実問題、アメリカの外交政策はなんといっても対中国が最優先です。
中東では、トランプ政権がご破算にしたイランとの核合意をいま一度結び直すという課題の方が優先順位としては上。
パレスチナ問題は後回しになっているのが実情です。
そうなんですね。
それが如実に分かったのが5月に起きたイスラエルとイスラム組織ハマスとの衝突です。
バイデン政権がイスラエルを批判して鎮めるのかと思ったらなかなか腰を上げなくて。
「やっぱりバイデン政権はパレスチナ問題になるべく関わりたくないんだ」という印象を個人的には持っています。
更に、イスラム主義勢力タリバンが再び権力を掌握した対アフガニスタンの対応もあります。
アメリカは、今、パレスチナ問題に腰を据えて取り組む状況には至っていないんです。
一方で、アラブ諸国はパレスチナを支援してきたんですよね?
エジプトとヨルダンの2つの国は、イスラエルとの国交をもち、和平交渉を支えてきました。
それ以外のアラブ諸国はみな「パレスチナ問題が解決するまではイスラエルは認められない」という立場でした。
ところが、トランプ政権時代に和平交渉再開が絶望的になった中、UAE=アラブ首長国連邦やバーレーンが立て続けにイスラエルと国交を結んだんです。
えっ?どうしてですか?
パレスチナ問題が全然動かない中、イスラエルとしてはパレスチナを飛び越えてアラブの一部と和解できれば国際社会の中での活路が開けると考えました。
そこをうまい具合に当時のトランプ大統領が取り持ったんです。
優れたハイテク産業を抱えたイスラエルと、オイルマネーを持つアラブの産油国。双方が手を組むことで新しいビジネスが成立し、ウィンウィンの関係になることを見込んだんです。
トランプ大統領がパレスチナ問題を脇に置いて、これらの国々を損得感情で結び付けたと言われています。
このあと、スーダンやモロッコといった、アフリカのイスラム教の国も続きます。
パレスチナ問題が解決するまではイスラエルを認めないと言っていたのでは…。
そうした「アラブの大義」の鉄則が崩れていったんですね。パレスチナ人は裏切りだと怒りました。
この動きは、どうとらえればいいんでしょう。
イスラエルとアラブ諸国の一部が和解した、対立関係に風穴を開けたという点では評価できる側面もあります。
一方、パレスチナ問題が解決しないまま置き去りにされてよいのかと思っている人たちもいて、プラスの面とマイナスの面があるんですよね。
物事がより難しくなってしまったんです。
国際機関はどう対応してきたんですか?
僕はエルサレム駐在後、ヨーロッパでユダヤ人への差別の歴史がいかに根深いかを取材し、ニューヨークでは国連でパレスチナ問題がどう扱われるのかを取材しました。
つくづく思ったのは、国連が一生懸命、人道支援の面で努力をしても、実際に物事が決まる安全保障理事会ではアメリカがイスラエルを擁護するわけです。
わかりやすく説明すると、国連という会社があって、社長が事務総長で様々な事業を立ち上げようとします。
でも、安全保障理事会という株主総会で、大株主の合意が得られないため、大きな政治的行動が起こせずにきたんです。
なるほど。
イスラエルがガザ地区に侵攻するたびに、国連の安全保障理事会ではアラブ諸国が非難決議を採択しようとするんですけど、アメリカが拒否権を発動して、それをつぶしてしまうんです。
昔ガザで取材していた時、こうしたことで、イスラエルが軍事攻撃を続け、たくさんの人が亡くなるのを目撃しました。
その10年後に、アメリカが安保理で拒否権を行使する現場を取材した際、いまの国連のシステムでは現地の悲惨な状況を救うことは難しいと感じました。
今のイスラエルやパレスチナの状況はどうですか?
イスラエルでは、12年にわたって続いたネタニヤフ政権が6月に交代。ネタニヤフ氏に反対してきた勢力が連立したベネット政権ができました。
どんな政権なんですか?
ベネット首相は、ネタニヤフ氏以上に右派だと言われているんだけど、政権内には左派政党やアラブ系の政党も入っています。
そんな政権がパレスチナ側とどう向き合っていくかはまだ分かりません。
ただ、少なくとも和平路線を掲げてできた政権というわけではないので、大きな進展は望めないというのが大方の見方です。
パレスチナの方はどうですか?
パレスチナ側は相変わらず、ガザ地区のハマスと、ヨルダン川西岸のファタハが一枚岩になれない状態です。
イスラエルとどう交渉していくのか、統一した考え方がまとまっていない状況が続いています。
パレスチナ問題って、いつか解決できる問題なんでしょうか?
世界が置き去りにしているのが現状なんですけど。
はっきりしているのは、ガザ地区には、今も必要最低限の生活さえできない人たちがいるということ。
和平の見通しが立たないからといって、この状況を放置し続けるわけにはいきません。
昔、パレスチナ難民はみな、首から鍵をぶら下げて生きていました。
鍵…ですか?
70年前、紛争から逃げ出したときの家の鍵です。
いつか自分のもとの家に帰るという希望の現れだったわけですが、この記憶がある人も徐々にいなくなり、いまは子や孫の世代になっています。
希望すらなくなり、イスラエルに占領され抑圧された状態で暮らすのが正常かといえば決してそんなことはないし、人道支援を諦めてもいけない。
また、ヨルダン川西岸では、入植地がまだら状に広がっていて、厳然として40万人のユダヤ人入植者がこの土地に住み続けている。
本来パレスチナ人が望んでいた土地を取り戻す見通しなんて到底たたない、将来像が描けなくなるような現実ができています。
イスラエル自身、そして、イスラエルの建国に携わった国々がしっかりと現実に向き合わない限り、問題を後世に残していくだけになります。
さらに、この問題を放置しておくことは世界にとって危険なことなんです。
1991年に起きた湾岸戦争では、イラクが突然「アラブの正義のためにやっている」とパレスチナ問題を持ち出した経緯がありました。
そうでしたね。
そして、20年前のアメリカ同時多発テロ事件でも、首謀者だったオサマ・ビンラディンの主張の中に「パレスチナ問題が解決されない世の中を正さないといけない」というのがあったんです。
この問題が火種として残っていると、いつかまた世界に飛び火する危険があると思うんです。
私たち日本人は、どう見ていけばいいんでしょうか。
アメリカやヨーロッパだと、聖書を読んだり歴史を学んだりして小さいころからこの土地の問題について、おのずと関心が向くんです。
日本では一般的には、なかなか、そういう状況にありません。
でも、逆に言えば、日本はイスラエル・パレスチナの双方と、歴史のしがらみがない状況で付き合える国だということです。
日本に直接関わらなくても、中東を巡って国際社会が大揺れになる時には日本も巻き込まれます。
その時に、この問題をちゃんと理解していないと、自分を取り巻く状況を正しく把握できないことになると思います。
「この問題を知らずして、世界を知ることはできない」ということですね。
この問題は、世界でも類のない特殊な問題のようでいて、ものすごく普遍的なテーマが凝縮されている問題でもあります。
人が国を持つって何?何のために命がけで戦うの?とかですね。
確かに…そうですね。
理解するのは大変なんだけど、最後は、自分と家族を守るために人々はどう行動するかとか、身内を殺された時に人はどんな気持ちになるかとか。
1人1人が生きていくうえで、不条理な歴史や国際情勢と、どう折り合いをつけていくのか。取材を通じて、人々の苦しみをまざまざと見てきました。
もし、自分がホロコーストの生存者の子孫としてイスラエルに生まれていたらどうだろう。パレスチナのガザ地区で暮らしていたらどうだろう。
想像するのはすごく難しいかもしれないけど、考えることで学べることがたくさんあると思います。
遠くで起きている難しい問題として捉えるのではなく、人の一生とか、人間の普遍的な姿ということを考えた時の、根源的な問いをたくさん投げかける問題だと認識してほしいと思います。
ありがとうございました!
ありがとうございました!
編集:栗田真由子 撮影:田嶋瑞貴
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