今週は「辺野古」が改めて注目されました。玉城デニー知事は、最高裁での県敗訴確定に基づく国土交通相の設計変更申請の承認指示に従わず、国交相は即座に知事提訴へと打って出ています。県民の1人として、沖縄の自治とは、尊厳とは何か、を考えさせられるモヤモヤとした数日間でした。
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米兵の暴行事件、国との裁判、普天間返還合意…激動の90年代 戦禍を経験した知事が訴えた・・・国土交通相が名護市辺野古の新基地建設の設計変更申請を承認するよう指示し、沖縄県の玉城デニー知事が応じるかどうかの・・・www.okinawatimes.co.jp
思い返せば、仲井真弘多元知事が辺野古の埋め立て申請を承認してから12月で10年。政経部の仲村時宇ラ記者による「新基地埋め立て巡る経緯」をもとに、沖縄県と国の争いを写真で振り返ります。
きっかけは辺野古の「承認」取り消し
辺野古新基地建設の埋め立てを巡る国と県の争いは2015年、当時の翁長雄志知事が、前任の仲井真元知事が行った埋め立て承認を取り消したことに始まります。
仲井真元知事は県外移設を公約としていましたが、13年12月に一転して埋め立てを承認。しかし、翌14年11月の県知事選で、辺野古移設反対を公約に掲げた翁長雄志氏が仲井真氏に約10万票の大差で勝利し、15年10月に埋め立て承認を取り消しました。
国は県に承認取り消しの取り消しを求め、地方自治法に基づく代執行訴訟を提起。同訴訟は最終的に「和解」しましたが、国は県の不作為が違法だとして16年7月に改めて提訴。県は敗訴し、判決に従って16年12月に取り消し処分を取り消しました。
軟弱地盤で新たな局面に
これにより、承認状態となった辺野古の埋め立ては18年、大浦湾に軟弱地盤の存在が判明したことで新たな局面を迎えます。当時の翁長知事は18年7月、軟弱地盤を理由に承認撤回の手続きに着手。同年8月に膵臓(すいぞう)がんで亡くなりましたが、当時の謝花喜一郎副知事が方針を引き継いで承認を撤回しました。
18年9月、翁長氏の遺志継承を訴えた玉城デニー氏が過去最多の39万票で知事に当選。国は翌月、県の承認撤回の執行停止を決め、工事が再び始まりました。県は19年2月、埋め立ての賛否を問う県民投票を実施。結果は「反対」が投票総数の7割超を占めました。
その後、県は3件の訴訟を提起しましたが、取り下げた1件を除く2件でいずれも敗訴しました。
県民投票で「民意」示しても
沖縄防衛局は20年4月、地盤改良工事の追加などに伴う埋め立て変更承認申請を県に提出。玉城知事は不承認としましたが、国は県の不承認を取り消す「裁決」という手法で県に是正を指示しました。
県は反発し、22年8月に国の「裁決」や「是正の指示」の取り消しを求める訴訟を提起。その年の9月には、辺野古反対を掲げた玉城知事が他候補に大差で再選を果たしました。
しかし今年9月、最高裁で国の「是正の指示」は適法とする判決が示され、県の敗訴が確定しました。最高裁判決を受けて、国は承認を求める「勧告」「指示」を段階的に発出。玉城知事は従わず、国は10月5日、県知事の代わりに承認できる代執行の権利を求めて、福岡高裁那覇支部に訴訟を起こしました。
特設サイトでもっと詳しく
今回、触れることのできなかった、米軍普天間飛行場の返還問題が動き出したきっかけなどは、こちらの特設サイト「読み解く・辺野古問題」からご覧ください。
政治家か、行政の長かー。揺れ動く玉城知事の胸中や舞台裏を追った連載「継続する闘い」もぜひ一読を。
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沖縄も朝夕はめっきり涼しくなり、そろそろクーラーも必要なくなりそうですね。季節の変わり目は体調を崩しやすいです。皆さま、体調に気をつけながら、今年残り3カ月(!)を楽しんでいきましょう~。










