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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第七章 『狼の国』

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リゼロEX 『ゼロカラミマガウイセカイセイカツⅡ』

毎年恒例のエイプリルフール企画、悪ノリになります。

本編とは無関係の番外編と思い、広い気持ちでお楽しみください。





「枕の感触が違う……」


 ふかふかと、頭の後ろにある柔らかい感触を確かめながら、スバルは呟いた。

 普段の目覚めと違う感触は、何も枕に限った話じゃない。スバルの日本人女性の平均身長よりほんの少しだけ大きい体、それを受け止めているベッドも、すべらかな肌触りのシーツも、全部が全部、いつもと違いすぎていた。


「つまるところ、異世界生活継続中……」


 ガバッと、寝起きのいい体を起こして、スバルはうなじに広がる後ろ髪の感触をうざったく思いながら、その事実を確かめた。

 スバルが目覚めたのは、一般的な中流家庭出身の自分には縁遠い、ものすごいサイズのベッドと、それを置いてなおスペースのあり余る大きな部屋だ。

 招かれざる異邦人であるスバルに宛がう以上、おそらくは客室であり、このぐらいの広さの部屋は一個や二個ではないものと推測する。


「お腹の傷、なーし。縫い目も見当たんないし、異世界のお医者様ってば優秀だこと。傷物にされたら、とてもお嫁にいけなくなっちゃう」


 そんな軽口を叩きながらベッドを降り、ペロッとめくったお腹の白い肌を確認したスバルは、髪をまとめるゴムがない不便を味わいながら首を曲げ、頷く。

 これはつまり――、


「――今回は、『死に戻り』は回避できてたってことみたいね」


 と、盗品蔵の攻防の最後、とんでもない大出血から命拾いをしたらしいと、そうした事実を安堵と共に受け取ったのだった。



                △▼△▼△▼△



 突如、異世界へ召喚された華の女子高生、ナツキ・スバル。

 これといった特殊技能も持たないまま異世界へ放り出されたスバル、しかし彼女には古来より、数多の異世界モノで約束された授かりし特別な権能があった。

 その名も、『死に戻り』――命を落とすことで時を遡り、自らに降りかかった悲劇を回避し、望んだ未来を手繰り寄せるための試行錯誤を可能とする超絶パゥワーである。



「まぁ、発動しようとするとめちゃめちゃ苦しむから、できれば二度と使いたくないチート能力だけど……」


「ぶつくさと、人の根城で独り言とはいい度胸なのだ、小娘」


「おっと、第一村人が話しかけてきた」


 もしも、異世界へ召喚される際に能力を選ぶことができるなら、これほど引きの悪いこともそうそうあるまいと、そう嘆くスバルの後頭部に声がかかった。

 振り返るスバルの眼前、広い書庫の真ん中に脚立を置いて、その上に座っている小さな人影がじと目でこちらを見つめている。


 ――くりくりと短めにしたクリーム色の巻き毛に、全体的に赤紫色をあしらった燕尾服を纏った、十歳前後のショタボーイだった。


 青みがかった丸い瞳には特徴的な紋様が浮かび、愛らしく整った顔立ちには少し生意気そうな表情が張り付いている。半ズボンの両足の合わせた膝の上には大きな本が開いてあり、読書の邪魔をされたのをいたくご立腹らしい。

 とはいえ――、


「そんな可愛いお顔ですごまれても、自分より小さい哺乳類は大抵全部を『きゃーわーいーいー』で済ませる女子高生には通用しないぜ」


「……ヴィーチャの趣向を凝らした迷宮を台無しにしただけじゃなく、意味のわからない言動まで重ねて、敬意というものが足りないのだよ」


「迷宮って、あの延々とループしそうな廊下のこと? ごめんごめん、一発で正解引いちゃって。アタシってそういう、言動だけじゃなくて、直感とかも空気読めないところがあるの。ごめんして」


 片手を上げてウインクし、スバルは書庫の外――最初に目覚めた部屋から出て、何やら珍妙な現象に巻き込まれた廊下のことを話題にする。

 飾られた絵や花瓶、途切れることのない絨毯と、同じプレートの下がった扉を何度も通過することで、スバルはそこが延々と繰り返し続ける廊下と判断。そこで迷うことなくスバルが選んだのが、一番最初に出てきた寝室の扉だった。


 それを開けると案の定、繋がったのは最初の部屋ではなく、おそらくはその廊下を作り出しただろう巻き毛のショタで。


「どうする? もっかい、外に出て派手に驚いてこよっか? それで君の自尊心が満たされるんなら、一世一代の大芝居やってきちゃうよん」


「……やれやれなのだ。いい加減、ヴィーチャも我慢の限界なのだよ」


「あら?」


 言いながら、本を畳んだ幼子が脚立を降り、スバルの方へ歩いてくる。

 何となく威圧感のある雰囲気に、スバルは後ずさる足が動かず、棒立ちのままで距離を詰められた。そして、伸びてくる手がそっと、スバルのお腹に触れる。


「いやん」


「言い残すことがそれなら、どこまでもふざけた小娘なのだ」


「ぎゃう――ッ!?」


 瞬間、スバルの全身が、お腹に当てられた幼子の掌を起点に衝撃に打ち抜かれる。

 踏ん張る、なんて頭で考えることもできずに、為す術なくスバルはその場に倒れ込む。その下手人でありながら、幼子はスバルの体を支えもしなかった。

 おかげで頭を床にぶつけてしまった。絨毯がふかふかで、痛くはなかったが。


「でも、紳士じゃ、ないね、男の子……この場合、二つの意味で」


「まだ喋れるとは驚きなのだよ。その評価も間違いではないのだ。――ヴィーチャのような尊き存在を、お前の物差しで測るんじゃないのだよ、ニンゲン」


 その、とても冷たく渇いた宣告を最後に、スバルの意識が遠ざかる。

 もうとにかく、異世界召喚されてから頻繁に意識を失いすぎなのと、うら若き乙女なのに地べたで寝すぎて体を冷やさないか、我ながら心配――と、意識は途切れた。



                △▼△▼△▼△



「おや、目覚めましたね、兄様」

「そうだな、目覚めたぞ、レウ」


 またしても頭の後ろにふかふかと違和感のある感触が以下同文。

 無様に意識の途切れたスバルを現実へ引き起こしたのは、閉じた瞼の向こう、訪れている明日から届いた二人の若い男の声だった。


「寝起きどころか寝顔も見られ、アタシの乙女指数は音を立てて急下落……」


 そんな大層な顔でもないが、そんな大層なものでもない顔にも、最低限の権利を保障してくれるのが憲法のありがたさだ。

 憲法なんて女子高生の流行りの対極にあるようなものだが、おそらくそこにも、乙女の寝顔と寝起きを軽はずみに見てはならないと記載されているはず。

 そうでなくてはおかしい。それが憲法によって守られていないなら、他の花も恥じらう乙女たちは、この恥辱と屈辱にどうやって耐えているというのか。


「アタシは断固として、憲法と共に戦い続ける……! この世から、みだりに乙女の寝起きを覗き込んで勝手に幻滅し、余計なことを発する男を駆逐するまで……!」


「おや、ずいぶんと無駄な意気込みを感じますね、兄様」

「ああ、無駄口と無駄な考えで人生も無駄にしてきた女だな、レウ」


「ええい、こっちが胸のドキドキで動けないと思って好き放題言いやがって! 頭きたから二人とも表に出ろ! アタシが修正してやる――!」


 辛辣な言葉を連ねられ、寝起きの恥辱を打ち砕いたスバルがついに飛び起きる。

 その調子でシーツを撥ね除けたスバルの眼前、スバルが寝ていたベッドの足側からこちらを眺めているのは、すらりとした細身のシルエットをした二人。

 桃色と青、それぞれ異なる髪色をしながらも、その顔立ちや瞳の具合、折り目正しく着こなされた執事服の印象も瓜二つの青年たちだった。

 その二人の姿を目の当たりにして、跳ね起きたスバルの勢いが停止――否、別の方向へと振り切られる。


「い、い、い、イケメン双子執事だ……!!」


 ボブカット気味の髪と、やや長めの前髪でそれぞれ片目を隠した双子は、髪色を除けばシンメトリーと言える仕上がりでスバルの胸を熱くする。

 もっとも、そんなスバルの高評価に対し、二人からの反応は芳しくない。

 青い髪の青年はわずかに眉を顰め、桃髪の青年は露骨に軽蔑的な目を向けてきたのだ。


「ぐ……抑えろ、アタシ……! 正味、豪邸で寝かされてた時点で、イケメン執事が出てくる可能性は思いついてたはず。これがイケオジだったら、正気をなくしていた」


「兄様、お客様ですが、どこか悪いのでは?」

「レウ、言わずもがな、悪いのは頭で手遅れだ」


「どっちかっていうと、兄様の方の言いようがホントにひでぇな!」


 かなり強めの舌鋒にスバルが噛みつくも、双子執事の態度は涼しいものだ。

 一応、客人扱いするのなら、もっと蝶よ花よとお姫様のように扱ってもらいたいものである。


「その点、きっとエミリオきゅんならアタシをもっと優しく……」


「――そのエミリオきゅんって、僕のことでいいのかな?」


「お」


 と、双子執事のつれない態度に唇を尖らせていると、不意打ち気味に第三者の声、それもスバルの鼓膜を優しく、胸を甘く震わせる声が聞こえた。

 振り向けば、半分ほど開いた部屋の扉、そこから顔を覗かせる人物――紫紺の瞳に銀色の髪、一目でスバルの魂を虜にする美形が、そこに佇んでいて。


「よかったよ、スバル。無事に目覚めてくれたんだね」


「エミリオきゅん、キターッ!!」


 柔らかく微笑み、スバルの無事を心から喜んでくれている青年――エミリオの登場に、スバルが悪い目つきと散々罵られた目を見開いて、そう叫ぶ。

 そのスバルの感激にエミリオは驚き、それからふっと唇を緩めると、


「そのきゅんってなんだい? どこからきたの?」


 なんて、素朴でしかも答えづらい質問を投げかけてくるのだった。



                △▼△▼△▼△



「はじめまして、ナツキ・スバルくん。私がこの屋敷の所有者、ロズワール・L・メイザースだーぁよ」


 なんやかんやあって、朝食の席に招かれたスバルが引き合わされたのは、この屋敷の主を名乗る藍色髪の推定美女、ロズワール・L・メイザースだった。

 何故、推定美女と呼ぶのかというと――、


「何故、仮面を……」


「無論、趣味の一環だーぁとも。謎めいている方が好奇心をくすぐるだろう?」


 悪びれずに肩をすくめるロズワール、その顔の左半分は白い仮面で覆われている。仮面はピエロのマスクを半分割ったみたいなイメージで、道化た笑みを浮かべているのが特徴的だ。見えている右半分の顔は、その黄色い瞳も相まって美人に見えるので、もしかしたら顔の傷などが理由の仮面かもしれないが。


「アタシの読み的に、そういう悲しい過去とかもないと見た」


「賛同するのも腹立たしいけど、その見立ては悪くないのだ。ロズワールのやることにいちいち理由など求める方が馬鹿げているのだよ」


「と、生意気ショタのお墨付き」


 指をパチンと鳴らしてそちらを指差すと、白いクロスのかかった長テーブルの端、そこで同じく席についている幼子が嫌な顔をする。

 屋敷で最初に目覚めたときに遭遇したあの幼子、どうやらスバルの見た夢の中の存在というわけではなく、実在するショタであったらしい。

 そのスバルと幼子のやり取りに、ロズワールは「へえ」と眉を上げ、


「もうヴィクトルとは仲良くしているのか。このところ、私とはなかなか口も利いてくれないと思っていたのに、人見知りは治ったのかーぁな?」


「余計で誤った理解度なのだ、ロズワール」


「ほら、この通りつれないんだよーぉ」


 上げた両手を見せ、つれない幼子――ヴィクトルとの関係値を見せてくるロズワール。

 いまいち、屋敷におけるヴィクトルの立場がわからない。見たところ、ロズワールの息子というわけでもなさそうだが、複雑な家庭環境を疑うべきだろうか。

 異世界と言えど、貴族の家には貴族の家のしがらみや厄介事が眠っていそうだ。

 なにせ――、


「まさか、エミリオきゅんが王様候補様だったなんて……つまり王子様じゃん」


「王子様じゃないよ。僕は王城や王都と深い関係があるわけではないから。ただ、『神龍』の盟約に照らし合わせて、次の王選候補者の一人に加えられただけ」


「神龍も盟約もよくわからないけど、その候補者の証っていうのが……」


「王都で、スバルが取り戻そうとしてくれてた徽章ってわけだね~」


 ちらと視線を向けられ、スバルとエミリオの話題の最後をかっさらったのは、ちゃんと食卓に自分用の小さめの食器セットを用意されたティンクだった。

 エミリオと契約する精霊で、彼の母親代わりを自称する彼女は、その短い両手で抱えるように徽章を持って、それを見せびらかしてくる。


 それこそが、スバルが取り戻すために奮闘した徽章であり、それこそ王都で三度も命を落とす羽目になったマクガフィン――。


「けど、アタシはこうしてここに立ってる。お腹の傷も無傷にしてね! そうだ、これ治してくれてありがとう、エミリオきゅん」


「あ、それは治してくれたのは僕じゃなくて、ヴィクトルだよ。ヴィクトルは色んな魔法にすごーく精通しているんだ」


「え、この生意気半ズボンが!?」


「今、治してやったのを後悔しているところなのだよ。こんなに無礼でやかましい娘だとわかっていたら、手を貸してやらなかったのだ」


「いや、ごめんごめん、ただの照れ隠し。助けてくれてありがと、ヴィク太。この恩はきっとそのうち、何らかの形で返すから」


「その前に、ヴィーチャのことをなんて呼んだのだよ!?」


 目を丸くして、可愛い声で怒鳴っているヴィクトルにスバルは投げキッス。

 それから、改めてエミリオと、その前で徽章と一緒に寝転んでいるティンクを見る。


「話戻すけど、アタシが手助けしなかったら、徽章を取られてエミリオきゅんは大変な目に遭ってたんだよね。王選脱落! とか」


「――。うん、そうなんだ。だから、僕はスバルにすごーく大きな借りがある。お腹の傷を治すくらいじゃ、とても返し切れない借りがね」


「当家としても、擁立したエミリオ様が王選の開始前に脱落なんてことになれば、大打撃は免れないとーぉころだった。それを未然に防いでくれたスバルくんには、どんな形であろうと報いなければならないと考えているよーぉ」


「うんうん、アタシの望んだ話の流れ。であれば、アタシの願いはオンリーワン! ただ一個だけ!」


 ビシッと両手の指をエミリオとロズワールの両方、この場の最高権力者だろう二人に突き付けて、スバルは威勢よく要求を叩き付ける。

 スバルの希望、それはシンプルだ。


「アタシを、この館で雇ってください!」


 ――好みの男子と一つ屋根の下、徹底攻勢へ持ち込むための、昔懐かしの同居展開を目論む神算鬼謀であった。



                △▼△▼△▼△



「君は欲がなさすぎるよ、スバル。欲しがるお礼が僕の名前や、屋敷での働き口だなんて……心配になっちゃう」


 とは、雇用機会を求めたスバルに対するエミリオの反応だった。

 眉尻を下げ、心からこちらを案じている美青年の態度にエミリオの胸は、ハートの矢で針ねずみにされたが、それはそれだ。

 幸い、雇ってほしいというスバルの要求はすんなりと通り、ロズワールの許可の下、ナツキ・スバルは無事にロズワール邸の一員に迎え入れられた。


 頼るもののいない異世界で、しっかりした生活基盤を築くこと。

 それがどれだけ大きなアドバンテージか、あまり深く考えていなかったものの、それを確保できたことにスバルは安堵する。

 ただ一方で、ちょっと早まったかと思うことがあるとすれば、


「メイドの衣装が際どい! これ、アタシが着るには畏れ多すぎない!?」


 ロズワール邸のメイド、その正式な制服に袖を通して、スバルは半泣きになりながらスカートの短さと、背中のスースーする感覚に訴える。

 当然、雇われ人となる以上、その屋敷のルールに従うつもりではあったが、機能美を度外視した異世界の洗礼は容赦なく、スバルの自尊心を破壊にかかった。


「こういう衣装は美少女が着るからいいんであって、アタシみたいな目つきが悪くて骨が筋張った女が着るのは、身の程を知れと内なる自分の罵倒を浴びる次第……!」


「兄様、何やら葛藤があるみたいですよ、スバルさんに」

「レウ、図に乗るだけだ、あまり構うな、バルスなんぞに」


「あんたたち双子は双子で、もうちょっとうら若き乙女への反応ってもんがあんでしょうが! こっちゃ通常時の十倍レベルで肌出して羞恥に耐えてんぞ、おおう!? お似合いですよとか、馬子にも衣裳ですねとか、身の丈に合ってませんねとか、そういう発言でアタシの羞恥心を相殺させろ!」


 そう吠えたけるスバルに、双子――ラウとレウという名前の二人の態度は素っ気ない。

 あまり感情を面に出さない双子らしいが、婦女子が装いを変えたのなら、それに合わせたコメントを入れるのは万国共通の礼儀作法ではないのか。


「そう考えると、ロズっちの教育がなってないんじゃなくて?」


「気安くロズワール様を批判するな。命が惜しくないのか、バルス」


「急にマジトーンで睨むのやめて! あと、さっきからアタシの名前が目潰しの呪文になってる! トレンド独占しちゃう!」


「兄様、あまり真面目に取り合っても疲れるだけではないかとレウは思いますが」


「……そうだな。おい、あまりこのラウの手を煩わせるなよ、バルス」


「ひんひん、同僚が冷たくて世間の風が辛い……」


 ラウとレウ、何となく余人を立ち入らせない雰囲気のある双子だが、それでも主であるロズワールへの忠誠心の高さは窺えた。

 どっこいどっこいな印象があるものの、たぶん、ラウよりはレウの方が仕事関係のことでもプライベート関係のことでも、話はしやすそうな感じだ。


「とっつきづらいラウは、心を許すまでは塩対応するタイプと見た」


「なんだ、その不愉快な評価は。ラウの話を聞いていなかったのか?」


「兄様、ここはレウにお任せください。兄様には新入りへの指導より、もっと大事なお役目があるはずです」


「――。そうだな、任せた」


 スバルの私見にイラついたラウが、レウの提案に顎を引く。

 ただし、そのままその場を立ち去る前に、最後にスバルの一瞥をくれると、


「言っておくが、ラウの健気な弟を振り回すなよ。レウの仕事の邪魔をするなら、たとえエミリオ様の恩人だろうと館から叩き出してやる」


「おおう、威圧感強め。でも、アタシは負けない。アタシにはアタシで、成し遂げなきゃいけない野望があるから……!」


「ハッ」


 ものすごいでかい声で鼻で笑われ、唇を尖らせるスバルを置いてラウが立ち去る。

 その背を見送ると、スッとスバルの隣にレウが立って、


「あまり気を悪くしないでください。兄様はただ、自分に素直で、言葉を偽らない凛々しさを常に抱いているだけなんです」


「物は言いよう! その感じだと、お兄さんへの心酔が強そうだね」


「魅せられるだけのすごさが兄様にはありますから」


「なるほど。ちなみに、ラウは何の仕事をしにいったの?」


「おそらく、昼食へ向けて軽く仮眠を取りに向かったのではと……」


「大事な仕事の定義とは!!」


 途端、直前のもったいぶったラウの言動が、全部仕事をサボって居眠りにいくためのものへ塗り替えられ、彼への印象もそのまま塗り替えられる。

 あれだけ傲岸不遜な態度なら、せめて仕事はばっちりできなくてはダメだろう。


「もしかして、働き自体はすごかったり? 掃除洗濯料理のエキスパート?」


「兄様は掃除が得意です。それもレウの方が達者ですし、洗濯と料理をお願いするのは少々難がありますが」


「兄様の存在意義消えたじゃん!」


 レウのフォロー不足なのか、純粋にラウの能力不足なのか、いずれにせよ、存在意義は美形というだけであると言えるが、偉そうにできる理由は消滅した。

 というか、そう考えるとどうしてスバルがあんな扱いをされなくてはならないのか。


「もうっ、何なのあの男……!」


 なんだか、自分の常識の外側を自由に生きる男相手に赤面してしまうヒロインみたいな発言をしてしまったが、スバルの心はエミリオ一筋である。

 自分に優しい人に優しくしたい、それがスバルの正直な乙女心。


「それでは仕事を教えますね。ついてきてください」


「うう……レウっぺの優しさが身に染みる。アタシ、アタシに優しい人、好き」


「ロズワール様のお達しなのと、兄様やレウの仕事を無闇に増やされては困るからです。スバルさんに思うところはありませんよ。誤解なさらずに」


「チクショウ! 兄弟揃って塩対応! いいもん、アタシ、負けないもん!」


 兄の方は率直に、弟の方は慇懃に、どちらにしてもすげない対応をされながらも、スバルはめげずに立ち向かうことをお空に誓う。

 ここで健気に頑張っていれば、きっと白馬に跨ったエミリオが迎えにきてくれる。


「っていうか、一つ屋根だからその段階はクリアしてたんだった。あれ? でも、そこから先にはどうすれば進める? アタシの乙女ゲー知識は、交際がスタートした時点でほぼエンディングなのに……」


「置いていきますよ」


「あ、ついてくついてく……って、足はやっ! 思いやりがねぇ!」


「ロズワール様に恥を掻かせないように、スバルさんももう少し、言葉遣いに気を付けてくださいね」


 そんな先輩からのありがたいお小言をもらいながら、スバルは急ぎ足に、スカート丈を気にしながら、異世界での就労体験に果敢に挑んでいくのだった。



                △▼△▼△▼△



 それから数日、初めてのメイドデイズは色々と苦難の連続だった。


 正直なところ意外だったのは、ラウとレウの二人がわりと親身にスバルの面倒を見てくれたことだ。もちろん、スバルがヘマをすればその分だけ負担は二人にいくのだから、当然と言えば当然の態度とは言えるのだろう。

 が、ラウは冷たく切れ味の鋭い舌鋒で、レウは柔らかく殴りつける鈍器のような重厚感で、どちらもスバルの上達に一役買ってくれた。


「いや、ラウの方はマジで口出しするだけなんだけどね」


「そうなんだ。ごめん、あまりラウとレウの仕事の詳しいところは見ていなくて。いつもよく働いてくれてるなって、そう思っていただけなんだ」


「いいのいいの、エミリオきゅんはお勉強で忙しいんだもんね。でも、あんまり根を詰めちゃダメだよ。人間の集中力は長持ちしないって、そんな学説があるとかないとか、アタシが自分で言ってるだけだとか、そういう話があるから」


「へえ、そうなん……え? スバルが勝手に言ってるだけなの?」


 実際どうだったか、学説なんてわりと頻繁にひっくり返るので事実は曖昧だ。

 例えば、肉に塩コショウを振るタイミングも、焼く前に振るのか、焼いている最中に振るのか、どこで振るべきなのか意見が分かれるところなのである。

 たぶん、人類が火を使い始めたときから肉を焼いているはずなのに、そんな初歩のところの語らいも結論しない、それが学説というもの。


「と、大して詳しくもないアタシがわあわあ言うとりますが」


 雑なまとめ方をしながら、スバルは芝生の上に胡坐を掻いて欠伸をする。

 心配せずとも、メイド服の短いスカート状態ではない。すでに日中の仕事を終え、あとは寝るだけの状態なので、スバルのスタイルは部屋着のジャージだ。


 王都で出くわした殺し屋、あの恐ろしいエインズの最後の一撃で腹を切られ、そのときにジャージもお陀仏になったかと思われたが、幸い、ボロ切れ寸前だったジャージを取っておいてくれたおかげで、繕い直して袖を通すことができた。


「持っててよかった裁縫スキル、これがあるのとないのとじゃ物持ちの良さが違うから」


「そう言えば、レウも褒めていたよ。スバルの繕い物をする腕前は職人みたいだって」


「アタシ、スキルツリーの伸ばし方がいびつだし、技能の取り方もフィーリングでやっちゃうところがあるんだよね。パッシブで強化される技能とか取り忘れるタイプ」


「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない」


 専門用語が多すぎたのか、苦笑するエミリオにさらっと成長方針を流される。

 とはいえ、わかるように話さないスバルが悪いし、別にエミリオがわかってくれなくても全然いい。こうやって、彼と話せているだけでスバルは楽しいのだ。


 夜のロズワール邸、中庭で微精霊と対話する日課をこなすエミリオ。

 彼がそうした時間を過ごしていると聞いてから、スバルはお邪魔かもと思いつつ、彼に近付きたい気持ちが勝ってこうして視界の端っこに座り込んでいる。

 もちろん、拒絶されたら立ち直れないほどのダメージを被るだろうけども、今のところはエミリオから退散を命じられていないので、セーフの判定。


「――――」


 ふわふわと、淡い光を放ちながら夜を飛び交う微精霊。

 その微精霊に囲まれ、神秘的な銀髪を撫で付けるエミリオの姿はひどく儚げで、指で触れようとすれば粉々になってしまいそうな幻想的な雰囲気があった。

 現実離れした美観、それを間近に眺めているスバルの気持ちは徐々に熱を帯びる。


「月が、綺麗ですね」


「手が届かないところにあるもんね」


「ぐはぁっ!」


「どうしたの!?」


 帯びた熱に冷や水を浴びせられ、スバルの恋心が心臓麻痺を起こしかける。

 悪気のないエミリオに心配して駆け寄られ、スバルは「大丈夫大丈夫」と手を上げ、エミリオの憂慮に気丈に応えた。

 すると、そのスバルの突き出した掌を見て、エミリオが「あ……」と声を漏らす。


 何事かと顔を上げ、スバルもエミリオの呟きの意味を理解した。

 突き出したスバルの手の指には、たくさんの絆創膏が貼られていたから。


「やん、恥ずかしい。傷だらけの手なんて、女の子らしくないよね」


「そんなことないよ。――治癒魔法、かけようか? あまり上手じゃないけど、そのぐらいの傷なら」


「ん~、エミリオきゅんの気持ちは嬉しいけど、それは待とうかな」


「どうして?」


 提案を断られ、エミリオが不安そうに眉尻を下げる。

 その様子に、彼がスバルから拒絶されたのを傷付く気配が感じられて、そうではないと慌てて「違う違う」とスバルは首を横に振り、


「エミリオきゅんがどうとかじゃなくて、これはアタシの問題。……この手の傷は、アタシがここで頑張ってる証拠だから。一応、残しておこっかなって」


「頑張ってる証拠……」


「これは料理の最中、こっちは慣れない掃除道具の使い方ミス、こっちは窓拭き中に余所見してて手を突いた傷ね。一個ずつ、アタシの成長の証なのです」


 なにせ、アルバイトの経験もないスバルにとっては、この屋敷でのメイドデイズが初めてにして唯一の就労経験なのだ。

 わりと小器用な方である自信があったが、そういう根拠のないものは初めての仕事の前に次々と打ち砕かれ、手指はこのボロボロの有様になった。


 でも、それは別に悪いことじゃないのだ。


「目に見える形で、頑張った証が残ってると、自分の足跡が信用できるっていうか……ごめん、ちょっとアタシ、変なこと言ってるかも」


「――。ううん、そんなことない。すごーく、わかるよ」


「エミリオきゅん……」


 真剣な顔で、スバルの馬鹿な拘りを笑わないでくれるエミリオ。

 彼の言葉にきゅんと胸を打たれながら、同時にスバルは軽はずみではない、本当に注ぎ込まれる熱で心臓が高鳴るのを感じた。

 と、そんな気持ちに気圧され、ちょっと勝負に出ることにする。


「あの、エミリオきゅん……よかったら明日とか、村に買い出しにいく予定なんだけど、アタシと一緒にデート……お、お出掛けしない?」


「村に……」


「だ、ダメだった!? アタシ、距離感読み違えた!? メス豚だった!?」


「そんなひどいこと全然思ってないけど!?」


 踏み込みが深すぎて、返す刀で首を刎ねられる幻影を見るスバル。その勢いにエミリオが慌てて手を振り、今度は彼の方が「違うんだ」と言葉を尽くす。

 エミリオはどう言えばいいのかと迷いながらも、


「これはスバルがどうとかじゃなくて、僕の方の問題なんだ。村なんだけど、僕と一緒にいくとスバルが嫌な思いをするかもしれなくて……」


「そんなことないって! エミリオきゅんと一緒ならどこでもバラ色のエフェクトが散りばめられてるって!」


「だけど、周りのあまりいい顔をしないかなって……」


「大丈夫! 周りがどんな顔してようと、すぐ横にいるアタシが今世紀最高の笑顔でずっとまとわりついててそのウザさが癖になるから!」


「……ふふっ」


 アウトボックスを忘れ、インファイト一辺倒になるスバルの誘い文句に、エミリオがついに根負けした風な顔で笑い出した。

 その反応に、スバルは次の言葉を固唾を呑んで待ち構え――、


「いいよ、わかった。スバルと、一緒に村にいくよ」


 仕方なそうにはにかむエミリオの顔に、早くもスバルは今世紀最高のにやけ面で、万歳三唱をさせられるのだった。




「ってわけで、明日はエミリオきゅんとデートなの! うへへへへ、これは関係の進展も間近と言わざるを得ない! すごくない? すごくない?」


「なんで、それをわざわざヴィーチャに報告にくるのだ……」


「いや、だってラウとレウは明日も仕事で朝が早いし、特に何にもしないで屋敷をぶらついてるヴィク太くらいしか話せる相手いないじゃん?」


「その調子であっさり『扉渡り』を破ってくる理屈がわからないと言ってるのだよ!」


 バンバンと、顔を赤くしながら怒鳴るヴィクトル。

 もう夜も遅い時間だし、大声で騒ぐと周りに迷惑だがスバルは咎めない。上機嫌だからというのもあるが、この書庫――否、禁書庫の特別な力が理由だ。


 どうやら、このヴィクトルという幼子はそれはそれは力の強い存在らしく、空間を捻じ曲げたり、くっつけたりする魔法が得意であるらしい。

 それで扱う『扉渡り』という魔法は、この禁書庫の扉を屋敷のあらゆる扉と繋げることのできるすご技なのだ。

 ただ、なかなか辿り着けないランダム性を発揮するはずの『扉渡り』を、スバルは何となくの勘で突破できるというだけの話で。


「はぁ、それもこれも日頃頑張ってるアタシへのご褒美……だだだ、だったら、だったらもうちょっと、欲張ってもいい? どう思う?」


「どうとも思わないのだ」


「手とか! つ、繋ぎにいってもはしたなく思われないかな?」


「聞くのだよ! 話をするならせめて話を聞くのだ!」


「ぼんばるでぃえっ!」


 幼子相手に恋愛相談もどうかと思うが、年上のお姉さんの切実な悩みに、よくわからない見えない衝撃波で答えるのもいかがなものか。

 結局、碌な答えは得られないまま、スバルは猛烈な風に吹っ飛ばされ、禁書庫から追い出されてヴィクトルとの逢瀬を終える。


「可愛い顔してるくせに、可愛げの足りない奴め。いつか猫かわいがりしてやる」


 廊下を転がされた恨み節をこぼしながら、スバルは体をパンパンと払い、それから気を取り直して、弾む足取りをスキップさせながら自室へ向かう。

 そのスバルを追い出したあと、閉じた扉の向こう、禁書庫でヴィクトルが――、


「――ヴィーチャには、関係ないことなのだよ」


 と、そう呟いたことを知らずに。



                △▼△▼△▼△



「すわ! 新しい一日、そして目覚ましい躍進の日! ナツキ・スバル、今日を以て、ただ待つだけの女を卒業します!」


 眠気に手切れ金を支払い、意識の覚醒を買った瞬間にスバルは飛び起きる。

 べらぼうに寝起きのいいスバルの脳は、目を覚ました瞬間から昨晩の約束――すなわち、エミリオとの初デートに向けての最善のルートを構築していた。


 まず、言葉巧みにレウを誘導し、できるだけスバルに簡単な仕事を割り振ってもらう。そしてラウの嫌味を大人の余裕がある笑みで受け流し、村への買い出しの仕事を引き受けてエミリオと将来的にはゴールインだ。


「さあ、そのためにももたもたしてらんない。今すぐにアタシのヴィクトリーフォームに変身をってうわぁ!?」


「――――」

「――――」


 ベッドの上で腰を振りながら計画の立案を終え、振り向いたところでスバルの喉から可愛くない悲鳴が上がった。

 その理由は単純明快、部屋の中にスバル以外の人影が立っていたことだ。それも二つも。

 そしてこのロズワール邸で、二つセットで人影が並んで立っていたなら、その正体の選択肢は一個しかありえない。


「ちょっとちょっと! 初日以外は比較的配慮できてたくせに、急に乙女の部屋に朝から押し入るのタブーでしょ! また寝起きの顔見られてんじゃん! 見ないで!」


 両手で顔を覆い、スバルは込み上げる羞恥心を茶化して誤魔化しにかかる。

 本気で赤面するところなんて見られたら死にたくなるし、顔を覆ったら口の端の涎の感触があってまたさらに死にたくなる。

 たとえエミリオ相手でなくても、男の子にひどい寝顔を見られてノーダメージで済むほどタフボーイではないのだ。そもそも、ボーイじゃないし。

 しかし、そんなスバルの反応に対し、二人の態度は不可解だった。


「兄様、何やらずいぶんと親しげに声をかけられました、お客様に」

「レウ、どうにも距離感を測り違えた挨拶をされたな、お客様に」


 きゃあきゃあと、せっかくスバルがこの事態を誤魔化してあげようとしているのに、ラウとレウの反応は素っ気なく、まるで空気が読めていない。

 どんな理由があろうと、気心が知れた間柄であろうと、親しき仲にも礼儀あり。


「それとも、まさかアタシが寝坊した? それで先輩二人がかりで起こしに……」


「先輩? いったい、何を言っているんですか、お客様」

「先輩? そんな呼ばれ方、おぞましい発想だぞ、お客様」


「え……」


 眉を顰め、本気で不審がる二人の態度。それはさすがに冗談では済まされないと、スバルは顔に当てていた手を下ろし、歯の根を震わせた。

 正直、ラウの言葉の強さはそういう性格だと理解もできつつあったが、レウがそれにこうして悪ノリするのはいくら何でもやりすぎだ。

 使用人同士、人間関係を円滑に進めるためにも、スバルがどこまでされたら怒るのかを二人にちゃんと教えてやらなくてはと。


 そうすれば解決する問題なのだと、そう思い込みたくて。

 でも――、


「――ぁ?」


 二人をしっかりと叱りつける前に、下ろした自分の両手が目に飛び込んでくる。

 昨晩、エミリオに突き出して、彼から治癒魔法をかけようかと提案されるぐらい、みっともなく傷だらけになっていた手。

 慣れない料理や水仕事、使い慣れない道具を使った掃除などでボロボロになった手――それが、まるで働くことの苦労を知らないみたいな、綺麗な手になっていて。


「嘘、だ」


 わなわなと指を震わせ、手を裏にも表にもひっくり返してみるが、あるはずの傷はどこにも見つからない。

 まっさらな、自分の指を見てこんなにも頭の中身がひっくり返るなんて信じられない。違う、信じられないのは目の前の、この状況の方だ。


「お客様?」

「お客様?」


 首をひねり、ラウとレウが息の合った動きで、『初対面』のナツキ・スバルの様子を案じてくる。その、悪気のない双子の双眸を見て、スバルは確信した。

 そして確信と一緒に、絶望もした。


「どうして……どうして、戻ったんだ!?」


 仕事を覚えて、付き合い方も覚えて、お互いの人間性もわかっていって。

 きっとうまくやっていけると、楽しくなる未来を思い描いて、高鳴る胸を押さえながら今日という日を迎えたはずだったのに、そこは袋小路で。


 理不尽な運命は、ナツキ・スバルに安寧を決して許さないのだとばかりに。



 ――二度目の一日目が、始まる。



                △▼△▼△▼△



 正直、二度目の初めましてはひどくスバルの心に応えた。

 初めて『死に戻り』を体感し、迫りくる『死』の衝撃に打ち抜かれたときも、尋常ではない心痛を被ったものだ。


 それでも、あれはほんの数時間の出来事だった。

 半日に満たない時間、積み上げた絆は大きくはあっても深いとは言えない。だから、知らない相手扱いされるのも、そういうものだと考え直すことができた。

 しかし、今回のものは違う。


 今回は、数日を共に過ごし、顔と名前を知るだけの相手ではなく、その人となりを深く知る機会が、自分の人となりを知ってもらう機会があった。

 それが全部ひっくり返って、まるで盤上遊戯の全部がなかったことにされた状況は、徒労感や喪失感というだけでなく、全てを踏み躙られた気分だった。


 辛かった。本当に。

 また、もう一度あの時間を取り戻すのだと、発奮するのにもどれだけ努力がいったか。

 その苦悩を乗り越えて、先へ進もうとしたスバルの想いは表彰されて然るべきだろう。とても気丈に、よく頑張りました賞をもらえるべきだ。


 まかり間違っても、もっとひどい、凄惨な目に遭わせるなんて間違ってる。

 まかり間違っても――、



「――あなたは、魔女教徒ですか」


 こんな、夕暮れの薄暗い森の中で、怒気と敵意をみなぎらせたレウに、手にした鉄球で拷問されなければならないなんて、間違っているはずだ。


「う、ぁう……」


 喘ぐように喉を鳴らして、スバルは震える手を自分の右足に伸ばした。

 その膝から下、何か鋭利なもので切り飛ばされ、大量の血が失われていた。もっとも、止血はすでに済んでいる。追いかけてきたレウが、それをしてくれた。

 救うためではなく、何も聞き出せないうちに死なれては困るからという理由で。


 ――これは、スバルがロズワール邸で目覚めてから三度目の挑戦だ。


 初日に戻された前回、この事態を乗り越える覚悟を決めたスバルは、できる限り同じ状況を作れるよう、最初の日々をなぞろうと試みた。

 その挑戦が上手くいったかは怪しいところだが、結末は同じだった。――否、もっと悪かった。


 初回は、何が理由で初日に戻されたのかわからなかったスバルだが、二度目は明確に、その頭を何者かに砕かれる形で『死に戻り』する羽目になったのだ。

 その結果、誰かがスバルを、屋敷の人間を狙っている可能性が高いと、その正体を突き止めるのを目的に三回目は行動した。

 そして、スバルの頭を砕いた下手人を誘き出すのに成功したのだが――、


「……れ、う」


「気安く呼ばないでください。そんなに全身から瘴気の臭いを漂わせて、あなたが魔女教と無関係と言われても、信用に値しませんから」


「なん、だよ、それ……」


 聞き覚えのない単語、知らない何かを問われても答えを返せない。

 冷たく、突き放すようなレウの声色は、スバルの知る慇懃無礼なものとも違って、もっともっと、どこまでも深くどす黒い憎悪に彩られていた。


 仲良くなれたと、思っていた。

 兄想いで、自分に自信がなくても優秀な彼と、仕事を通じて、世間話を通じて、徐々に歩み寄りができているものと、心の距離が縮まっているものと。


 それは誤りだった。

 彼は虎視眈々と、スバルを殺す機会を窺っていて、そして実行した。違う、実行ならすでに何度もしている。そのたびに、スバルは初日に舞い戻っていた。


 そして今回も――、


「なんで、アタシが殺されなきゃいけないんだよ! アタシが何をしたんだよ! アタシに何をされて、レウは、どうして……っ」


「あなたは――」


「アタシは、あんたたちの、みんなのこと、す――」


 ひゅっと、吹き抜ける風が最後の言葉を言わせてくれなかった。

 ただ、熱い感触が喉から抜けて、ナツキ・スバルはその場に崩れ落ち、動かなくなる。びくびくと手足が震え、白んでいく視界の彼方で、声が聞こえた。


「兄様は、優しすぎます」


 その言葉の意味なんて、ちっとも、スバルにはわからなくて。



                △▼△▼△▼△



「――アタシは、『死に戻り』を」


 している、と言おうとした瞬間、目の前のエミリオの時間が止まり、ナツキ・スバルは世界から音が、色が、時間の経過が失われたことに気付く。

 自分自身の体も動かせない、世界の静止の訪れに意識が怖気に囚われる。


 もしもこのまま、何も動かない世界に取り残されることがあれば、時間の流れが失われた世界にも拘らず、ものの数分ともたずに精神が蝕まれるだろう。

 怖い怖い怖いと、それを恐れる気持ちが動かない体の中、唯一、働きを続けている脳を埋め尽くそうとするが、その恐怖は実現しなかった。


 ――それ以上の、揺るがし難い恐怖が、ゆっくりと迫りくるからだ。


『――愛してる』


 見知らぬ誰かの声が耳元で囁かれ、何も動かないはずの世界で唯一、その理から除外されているモノがスバルへと迫ってくる。

 それはおぞましく、無言ながら雄弁にスバルに迫り、その正面へ滑り込む。

 やってきたのは黒い影、向こう側の見えない、光を当てても失われることがないと直感できる、純黒の影だった。


 その漆黒の影から、ぬるりと伸びてくるのは細い腕だ。

 細いが、どこか芯の通ったたくましさも感じるその腕が、スバルの胸へと、ゆっくり、ゆっくりと滑り込んでくる。

 そして――、


『――愛してる』


 愛を謳いながら、信じられない激痛がナツキ・スバルの意識を塗り潰し、想像を絶する苦痛で以て、スバルにそれを理解させた。


 誰にも、スバルの味わう絶望を共有できない。打ち明けてはならない。

 ナツキ・スバルはたった一人で、抗い続けるしかないのだと。




 ――そう、思っていたのに。


「ヴィーチャとの仮契約なのだ、小娘」


「――ぁ」


 エミリオからの救済の手すら撥ね退けたのに、そのスバルへと救いの手を差し伸べたのは、あろうことか攻略対象外と思われていた幼子、ヴィクトルだった。

 憔悴したスバルの様子と、やけっぱちになったスバルに助けを求められ、ヴィクトルはひどく煩わしそうに、それでも面倒見のいい性格を隠し切れない蓮っ葉な態度で、スバルの自傷した手を取ると、傍にいてくれると約束してくれた。


 たった、それだけの約束に心を救われ、スバルは自分の安っぽさを笑う。

 でも、そうして笑えたのがとてもとても久しぶりで、スバルは涙を流した。そんな、スバルの瞳から流れる安っぽい涙を、ヴィクトルは決して笑わなかった。


 そのぶっきらぼうな優しさが、ナツキ・スバルを救ってくれると――。



                △▼△▼△▼△



「お前を、外へ連れ出してやるのだよ。ロズワールの手も、兄弟の兄の手も及ばないところへ送り出してやれば、死なないで済むのだ」


「――――」


 夕焼けの迫る崖の上、逃げたスバルを捜してここまできてくれたヴィクトルが、もはや居場所をなくしたスバルに助け舟を出してくれる。


 ヴィクトルと仮契約を結び、彼の禁書庫でタイムリミット――これまで、決して辿り着けなかった五日目の朝を迎えたのは半日前のことだ。

 苦労して苦労して、それでも辿り着けなかった時を呆気なく迎えて、拍子抜けしながらも喜んだのも束の間、運命の残酷さはスバルを見逃しはしなかった。


 ――レウの死に慟哭するラウ、その光景はスバルの喜びを呆気なく打ち砕いた。


 屋敷で起こる惨劇、その引き金になるのはレウだとばかり思っていたスバルは、ベッドの中で冷たくなり、目覚めることのない彼の姿に呆然自失となった。

 それまでの前提の全部が崩れて、拾い集めたものが何もかも無駄だったとばかりに、羅針盤のない状態で海のど真ん中に投げ出された気分だ。


 どこを向いても陸地が見えない。

 嵐のように吹き付ける風は、進みたい方にもスバルを進めてくれない。

 その上、大波はこちらの気持ちも顧みないで、翻弄されるスバルのイカダを水底へ沈めてしまおうと、容赦なく荒れ狂ってくるのだ。


「ラウは……」


「お前の関与に拘らず、兄弟の兄はお前を許さないのだよ。あの二人は、お互いに欠けてはいけなかったのだ。それが欠けてしまった以上、もうどうにもならないのだよ」


「――――」


 感情を剥き出しにして、ラウはスバルへと怒りの矛先を向けてきた。

 彼は答えを求めている。何故、自分の大切な弟が、半身であるレウが死ななければならなかったのかと。

 もしもスバルがその答えを持つなら、ラウの疑問に答えてあげたかった。


 でも、無理だ。スバルは答えを持っていない。

 それどころか、スバルも同じ疑問を抱えたまま、何度もこの世界を繰り返している。


 レウに、そしてきっと、ラウにも命を狙われながら。

 そんな二人の、身勝手な絆のために、スバルがやってやることなんて――。


「――ないって、どうして言えないんだろ、アタシ」


 ぎゅっと、地べたについていた自分の手を持ち上げて、自嘲する。

 砂のついた手を払ったところで、ふと、スバルは意識のない自分の手が誰かに握られる錯覚――否、握られていたことがあった、そんな過去を記憶を回想する。


 それが本当にあったことだと、スバルは直感的に信じられた。

 スバルは寝起きがいいのだ。脳が覚醒しやすく、ちょっとしたことでもすぐ気付く。大抵のことは、起床と睡眠の曖昧な狭間を揺蕩ううちになかったことになるが。


「これは、なかったことにしちゃいけない。……アタシが、前を向くために」


 必死の声が、なんでと問いかける声が、ナツキ・スバルを追いかけていた。

 逃げて逃げて逃げて、逃げるスバルの背中に、大事なものを奪われたものの慟哭が、聞くだけで胸が締め付けられる、そんな悲しい絶叫が。


「ヴィクトル様、どいてください」


「それはさせないのだ。この男は、ヴィーチャの契約者。仮契約だろうと契約は契約、ヴィーチャを不誠実者なんて、誰にも言わせないのだよ」


 ゆっくりと、覚悟を組み立てていくスバルの前で、崖に辿り着いたラウと、スバルを背後に庇ったヴィクトルとが対峙している。

 勝手に盛り上がっていく両者は、話題の中心であるスバルを無視していて、主賓のスバルが放っておかれるのは面白くない。

 だから――、


「膝カックン!」


「うきゃあ!?」


 目の前の、半ズボンの幼子に容赦のない膝カックンを仕掛けた。

 いきなりバランスを崩され、転びかけたヴィクトルが目を丸くし、それからその目をすぐに怒らせ、背後のスバルの暴挙に眉を立てる。


「い、いきなり何をするのだ!? ヴィーチャが何をしようとしてたか……」


「危ない真似でしょ。年上のお姉さんのために体を張りたい気持ちはわかるけど、生憎とアタシはそんなに安い女じゃないの。いや、正直すごいぐらぐらしたけども」


 顔を赤くしたヴィクトル、彼の思いやりがものすごい胸を衝いたのは事実だ。

 正直、ヴィクトルが寄り添ってくれなかったら、スバルは自分の生み出した悪循環のスパイラルから抜け出せずに、もっと馬鹿な選択をしていたかもしれない。


 だけど、ヴィクトルの優しさが、かろうじてスバルを踏みとどまらせた。

 だからこうして、スバルの覚悟が決まり、度胸が据わった。


「ラウ、アタシもどうしてこうなったのか、あんたに答えてあげられない。答えがわかるんなら教えてあげたいけど、それができない。――だから、探し出すよ」


「――ッ、そんなことして何の意味がある! レウはもう死んでしまった! もうどこにもいない……このラウは、もう取り残されてしまったんだ!」


「アタシが、あんたを一人ぼっちにさせない。取り残された気持ちになんて、二度とさせない。他の誰でもなく、アタシ自身に誓う」


 表情を歪ませ、歯を軋らせるラウの形相を見据え、場違いにスバルは思う。

 あの夕暮れの森で、怒りのままにスバルを見ていたレウとよく似ている。やはり双子なのだ。でも、どうせならそれは、怒りの表情ではないものでちゃんと確かめたい。


 二人が並んで、笑顔を浮かべて、ナツキ・スバルと向き合う形で。


「お前に、ラウとレウの何がわかる!?」


「何にも。でも、あんただって知らないじゃない?」


「何を……」


「――アタシが! あんたたちを! 大好きだってことをよ!!」


 ナツキ・スバルの愛の告白が、瞬間、ラウの思考を一瞬だけ白くした。

 意外と脈があったのかもしれない、なんて益体のない軽口を叩きながら、スバルは硬直するラウと、目を丸くするヴィクトルに背を向け、崖へ向かう。


「待って――」


 伸ばされる幼子の手、それは迷いなく踏み出したスバルに追いつけない。

 あの、スバルを守るために繋いでくれた手を振り切って、そうして走り出すことには罪悪感があった。でも、それは足を止める理由にはしない。

 進むのだ。――この先にある、明日へ向かって。


 本当の意味で辿り着きたい、あの瞬間へ、あの朝へ辿り着くために。

 絶対に殺してやると、そう言われた。

 だから、スバルは――、


「――絶対に、助けてやる」


 唇がそう動いた直後、特大の衝撃に全身を打ち砕かれる。

 それがまっしぐらにスバルの意識を途切れさせ、飛びつくはずの再挑戦へ運んでくれればよかったのだが――。


 ――打ち所が悪くて、瞬間的な『死』に届かないあたりが、ナツキ・スバルという女の引きの悪さを物語るのであった。



                △▼△▼△▼△



「――よく頑張ったね、スバル」


 その言葉と、男の子にしては柔らかい太ももの感触を頭の下に敷いて、ナツキ・スバルは自分の感情が決壊し、とめどなく溢れ出していく感覚に支配された。

 止めようとしても止まらず、涙が次から次へと、眦から溢れ、流れ出す。


「ま、待って、ちが、こんなの、変なのに……っ」


「安心してボロボロ泣いたらおかしい? だったら、赤ん坊がたくさん泣くのもおかしいってことになってしまうね」


「そういう、意味じゃ、ないから……わかって、る、くせに……!」


 すぐ真上から降ってくるのは、優しくこちらを思いやるエミリオの声だ。

 その声と、頭を撫でる掌の温もりと、頭を支えてくれている彼の膝の感触に、ナツキ・スバルは自分が魂ごと慰撫されるのを実感する。


 ラウとレウを、もっと広い範囲で屋敷のみんなを、ナツキ・スバルが好きになりたいと思った何もかもを救いたいと、そう祈り、願い、決意して崖を飛び降りた。

 もう絶対に何一つ取りこぼすまいと、あらゆる端々に意識と緊張を張り巡らせ、全部を守り抜く覚悟で、それなのに。


「すぐ、こんなの、情けない……」


「そうかな? 僕はそう思わないよ」


 スバルの抱いた決意と覚悟、それを一個の失敗もなく成功させようとするあまり、不自然になっていた作り笑顔は、エミリオの曇りない眼差しに簡単に見破られた。

 取り繕う暇もなく、強引にスバルを誰もいない部屋に引っ張り込んだエミリオは、そのスバルに自分の膝を貸して、そのボロボロの心の壁を叩き壊してしまった。


 そのボロボロの壁が、どうにかこうにか押さえ込んでいたもの。

 それがエミリオの力ずくの優しさにこじ開けられ、全部が外へと流れ出してしまう。


 ただでさえ、著しくロズワール邸の顔面偏差値をスバルのせいで下げてしまっているというのに、泣き顔まで晒したらこの世の終わりだ。


「終わったりしないよ。全然、変じゃないよ、スバル」


「やめ、てよ……そんなの」


「やめない。スバルが本気でそう思ってないなら、絶対に」


 まるで、ナツキ・スバルの全部を知っているみたいな言い草だった。

 ふざけないでほしい。この数日間を何度も繰り返したスバルと違って、エミリオがスバルをどれほど知っているというのか。


 エミリオがスバルを知るチャンスなんて、あの王都の盗品蔵のひと時と、今回の周回のたったの数日だけ、四日程度の短い時間でしかないくせに。

 それでスバルの全部を見透かした風に言うなんて、引きこもりの不登校児で、人生経験に厚みが足りないスバルとはいえ、できると思わないでほしい。


 ――ああ、でも。


「――――」


 スバルの黒髪を撫でながら、嗚咽を漏らすスバルに寄り添ってくれるエミリオ。

 彼がスバルを知るチャンスは、ほとんどなかった。

 でも、それはそっくりそのまま、スバルには繰り返した日々の数だけ、エミリオを知る機会があったことの裏返しで、だからこそ、彼の言葉の重みがわかる。


 エミリオは優しくて、思いやり深くて、相手を傷付けないよう懸命に考えてくれて。

 こうやって、スバルを見ていられなくなったのも、その彼の優しさが理由で。


 この、優しく柔らかく、スバルの気持ちを解きほぐしてくれる姿勢にも、絶対に嘘なんて、打算なんて、微塵もないのだから。


「大変、だったね」


 そう、言ってくれる気持ちを、疑う必要なんてどこにもなかったから。


 ――ナツキ・スバルは、この恋に生きると、心の底から強く願えたのだ。




「――――」


 すやすやと、子どものような寝息を立てて眠っているスバル。

 膝の上の少女の安堵した横顔に、エミリオは眉尻を下げながら、そっと額にかかる彼女の前髪をよけてやる。

 そこへ――、


「スバルさんは、今日は使い物にならなそうですね」


「うん、そうだね。メイドさんになってほんのちょっとなのに、こうやってサボるなんて怠け者さんだね。あとでちゃんと叱ってあげて」


「――この寝顔を見ていたら、その気も失せますね」


 きっと、スバルの無理する様子には気付いていただろうレウが、膝枕されている彼女の寝顔を見て、そんな風な感想をこぼす。

 女の子が眠っているところを、じろじろ見るなんていけないよと、そんな指摘を魔晶石の中からされて、エミリオは心の中でティンクに詫びる。


 でも、ティンクがスバルの危うさを見抜いて、背中を押してくれなかったらエミリオはここまで踏み込めなかった。

 今は、ちゃんとスバルに声をかけて、吐き出させてあげられてよかったと思う。


「兄様に話してきます。スバルさんの仕事を引き受けなくてはいけませんから」


 厳しいことを言わずに、レウがそう言い残してエミリオたちに背を向ける。

 そのレウの背中に、彼がこのところ、屋敷で働き始めたスバルに対して、どことなく余所余所しかったと思っていたエミリオは声をかける。


「レウ」


「――――」


「スバルは、いい子だよ」


 それを疑う必要なんてないのだから、とそうエミリオは訴える。

 それに対するレウの答えはなくて、ただ扉の閉まる音だけが答えになった。


「がんばれ、がんばれ……」


 寝入っているスバルの頭を撫でてあげながら、エミリオはそんな応援の言葉をかける。

 きっと全部何もかも、最後にはうまくいってくれると祈るように、そうしたいと願っているスバルの気持ちが叶うように、何度も何度も、そう言った。



                △▼△▼△▼△



 ――アーラム村の子どもたちの中で、ピエトロは自分が一番賢く、一番見目が整っているという自負があった。


 いわゆる、可愛げのない自覚というやつだが、それが周りの人間や大人にバレない程度にはうまく立ち回ることもできる。

 自分の強みがありながら、それで周りの反感を買う人間は立ち回りが下手なのだ。

 どう自分の足下を踏み固めるか。そのことが大事なのだと早いうちに気付ければ、周囲を自分の意のままにするだけの能力が自分には備わっている。


 それがピエトロの哲学であり、幼さ故の全能感であった。

 しかし――、



「すば、る……あの子が、マォロォが、奥に……」


 連れていかれてしまったと、熱に浮かされた頭で懸命に伝える。

 背の低い草原、丘の上に倒れているピエトロの顔を覗き込んでいたのは、黒い髪を頭の後ろでまとめて、微妙にメイド服が似合わない目つきの悪い屋敷の女給だった。


 新しく、領主様の屋敷で雇われることになったと話題になった彼女は、ピエトロにとって何とも複雑な心境を抱かずおれない相手だった。


 まず第一に、大人というのは誰しもピエトロにちやほやするものなのだ。

 村一番の美形であり、将来的には多くの女性を虜にするだろうと期待されるピエトロは、まだ幼くともその片鱗と、自分の才能を理解した愛嬌で周囲を支配する。

 そのピエトロの究極の処世術が、女給――スバルには通用しなかった。


 すでに想い人がいるとか、好みの趣味が合わないとかではないのだ。

 真に美しいものというのは、そういう個人の趣向を超越して他者を魅了する。ピエトロにはそれが備わっていた。だからこその、この自尊心だった。


 なのに、スバルにはそれが通用しなかった。

 もちろん、将来有望だのと、可愛いカッコいいだのという言葉は向けてくれたが、それ以上の、超越した相手への羨望は皆無だった。

 等身大にピエトロを扱い、周りにいる他の子どもたちと同じように見る。


 それはピエトロにとって新鮮な感覚で、同時にもどかしくもあった。

 ただ、ピエトロの意のままに操れる大人たちと違い、確かな自分を持っているスバルの在り方は、何かに動かされたものではないと、そう思えたくらいで。

 だから――、


「大丈夫、ピエトロ。ちゃんと、アタシとこっちのお兄ちゃんで探してくるから!」


 息苦しさの中で訴えた言葉に、手を取ったスバルが真剣に取り合ってくれた。

 その握る力の強さが、ピエトロの言葉をどれだけ真摯に彼女が受け止めてくれたかの証のように思えて、ピエトロは安堵する。


「スバルさん、魔獣が連れていったんだとしたら、その子は……」


「待ってくれ、レウ。ピエトロは、友達が連れていかれたって必死に伝えたんだよ。自分だって苦しいときに、友達の心配をしてるの。その気持ちを、アタシは汲みたい」


「――――」


「ダメならアタシだけでもいく。レウはこの子たちを村まで……」


「馬鹿なことを言わないでください。――レウも一緒にいきますよ。兄様に、スバルさんの面倒を見るように言われていますから」


 スバルの懸命な訴えに、その傍らにいる青い髪の執事が頷くのが見えた。

 屋敷で働いていて、たびたび村へも買い出しにやってくる執事だ。スバルよりずっと頼もしく見えるが、彼がいれば、スバルは大丈夫だろうか。


「――! ちょうどよかった! こっちだ! 子どもたちを任せていいか!?」


 虚ろなピエトロの意識、その向こう側でスバルが誰かに手を振っている。

 すぐにやってくる靴音が、村から大人が駆けてきたのだと教えてくれた。その大人たちにピエトロたちを任せ、スバルが執事と一緒に森の奥へ。


 魔獣と、森の奥へ消えてしまったマォロォを、助けにいく。


「気を付けてね、スバル……」


「ああ、わかってる。指切りげんまんだ」


 大人に抱きかかえられるピエトロ、その手の小指を自分の小指を絡めて、スバルがよくわからないことを言いながら指を揺すった。

 最後に小指と小指が離れ、寂しい気持ちになるのと同時に、ピエトロの胸に不思議な、信じてもいいという安堵の気持ちが生じる。


「いくぞ、レウ! 頼りにしてるから!」


「言われずともです。スバルさんは前に出ないでください。邪魔なので」


「意気込みに水差すようなこと言わないでよ!」


 そんな、ピエトロの安堵の気持ちに見送られながら、スバルと執事の二人が暗がりの中へ消えていく。

 自分自身の意識も遠ざかっていくのを感じながら、ピエトロは懸命に祈った。


 もしも、世界が自分の思う通りに本当になるなら。


「お願いだから、悪いことは起きないで」


 そう、心から誰かのために、初めてピエトロは懸命に祈った。



                △▼△▼△▼△



「お前はこのままだと、あと半日ともたずに死ぬのだ」


 そう、真正面からヴィクトルに言われ、思ったよりもショックを受けなかった自分にスバルは驚いていた。

 もちろん、面と向かって死の宣告を受けたのだから、平静というわけではないが。


「思ったより、冷静に受け止めたみたいなのだよ」


「どうだろ。むしろ、大変な情報ばっかりのしかかってくるから、一周回ってぽへーっとしてるって可能性もあるかも。参考までに、なんで死ぬのか聞いてもいい?」


「――呪い」


「……やっぱり、それかぁ」


 目を細めたヴィクトルの答えに、スバルは髪を下ろした頭を掻いた。

 レウの直接的な撲殺、それを除いてスバルを『死』に至らしめる要因、それこそが呪術によるものであり、下手人はアーラム村の周囲に生息する魔獣。


『死に戻り』して村へ買い出しにいくたび、スバルはいつも村の子どもたちと戯れる子犬に手を噛まれていたが、その犬こそが件の魔獣――ウルガルムと呼ばれる、静かなる殺し屋だったという種明かしだった。


 レウが命を落とした周回では、スバルの代わりにレウが魔獣に呪われた。

 とはいえ、迂闊なスバルと違い、レウが簡単に魔獣に手を噛まれるとも考えにくく、何らかの作為は疑いたいところだったが。


「実際、アタシもレウも村で犬に噛まれないとなると、今度は子どもたちが森に引っ張り込まれたりしたもんね。……で、森に助けに入ったところで」


「しこたまウルガルムに噛まれたのだ。それが、お前の死因になるのだよ」


「……それって、ヴィク太でもどうにもなんないの?」


「普通の呪いなら、ヴィーチャが解くのはわけないのだ。だけど、複数の魔獣にかけられた呪いは複雑に絡んで、お前を蝕んでいるのだよ」


「あ~、めちゃめちゃコードの絡んじゃったゲームのコントローラーみたいにってことかぁ。それは、うん、確かに解けないね」


 我が身に降りかかった悪意の上乗せに、スバルはやれやれと首を横に振った。

 そのスバルの態度に眉を寄せ、ヴィクトルは「お前」と言葉を継ぎ、


「死ぬのが怖くないとでも言うのだ?」


「そんなわけないじゃん。死ぬの超怖い。膝が震えちゃう。今だっておしっこちびりそうだけど、必死で我慢してんの。わかってよ、乙女心」


「――――」


「でも、すぐ諦めて投げ出す悪癖とはサヨナラするの。せっかく、今回は関係性を悪くするのを避けられたんだから、ここで諦めるなんて――」


 と、ヴィクトルの疑問にそう答えたところだった。


『――諦めるなんて、御免です。手段を教えてください、ヴィクトル様』


「――――」


 そんな、スバルの知らない訴えがその鼓膜を打った。

 こうした経験は、過去にもスバルに起こったことがあった。自分が知らないはずの会話を、何故か知っているかのように覚えていた記憶。


 それは、スバルが全てを取り戻すため、崖から自ら飛び降りる切っ掛けになった、双子がくれた掌の温もりと同じ。

 異様に寝起きのいいスバルの脳が、寝入っている自分の枕元で起こった出来事を、浅くでも広い、覚えていたことの証左で――。


「――ヴィクトル、レウはどこにいった?」


「――――」


「答えろ! レウはどうした、どこにいったの!」


 眠っている間に放たれたレウの声、記憶の浅いところにいて、今すぐにでも掻き消えてしまいそうなそれを手繰り寄せ、スバルはヴィクトルに問いかける。

 そのスバルの問いかけに、ヴィクトルはしばらく躊躇ったところで、


「――森に、お前の命を蝕む魔獣を狩りにいったのだよ」


「な……」


「呪術を解く方法で最も単純な方法なのだ。術者を殺せば、呪いの効力が発動する可能性は消える。魔獣が相手でも、その法則は変わらないのだよ」


「でも! アタシに呪いをかけた魔獣は、あの森に山ほど……!」


 その全部を討伐して、スバルを救うなんて夢物語だ。

 一匹だって逃がせない。確認の手段がないのだから、候補になるだろう魔獣を残らず狩り尽くすまで、レウは止まれない。

 しかし、そんなの現実的じゃない。


「――今の話は、どういうことですか、ヴィクトル様」


「――ッ、ラウ」


 村の片隅、人気のないところを選んで話していたスバルとヴィクトル。そこへ、招かれざる第三の人物として、ラウが足を踏み入れていた。

 彼は、その薄紅の瞳に複雑な色を宿し、ヴィクトルを一心に見つめている。


 どこから話を聞いていたのかはわからない。

 しかし、その使用人としての能力はともかく、知恵の巡りは人並み以上のラウは、わずかに目を逸らしたヴィクトルの反応から、すぐに事態を悟った。


 自分の弟に、レウに何かあったのだと。


「待って! 早まらないで!」


「離せ! レウが危ない。止めても、ラウはいくぞ」


「わかったから! 止めないから! 一瞬だけ話を聞いて!」


 振り向いて、そのまま森に飛び出していきそうなラウを体ごと引き止める。

 こうでもしないと、男と女の力の差で簡単に振り切られてしまう。しかし、スバルはラウの執事服の裾に噛みつく勢いで、彼の無鉄砲の気力を削ぎにかかった。

 その女を捨てた戦法の甲斐あって、ラウは足を止めてくれたが。


「まず、闇雲にレウを捜すのは大反対。二次被害っていうか、ミイラ取りがミイラになる未来しか浮かばないから、別の方法で!」


「ラウには『千里眼』がある。これを使えば、時間をかけてレウの居場所を探すことは可能だ。さあ、論破したぞ、どけ」


「待った待った、そんな便利な力があるならなおさら、アタシを連れていった方がお得だってば! そうすれば、誰も欠けないで済むはずだから!」


「なに?」


 スバルを押しのけるラウの手が止まり、薄紅の瞳が疑問に細められる。

 そのラウの反応に、スバルは自分の鼻を親指で擦り、


「どうせなら、全員揃って五日目の朝を迎えたいじゃない。アタシ、欲張りだしケチなところあるから、今回の頑張りを手放すなんてもう御免なんだ」


「……どういうことだ?」


「アタシ、魔獣を引き寄せやすい体質なんだ。レウは森の魔獣を、ウルガルムを全滅させようとしてる。アタシが森に入ったら、自然とレウとの距離も縮まる。どう?」


「――――」


「言っておくけど、こんな意味わかんない嘘ついたりしないから。嘘だと思ったら、容赦なくアタシを森で置き去りにしてもいい」


「そんな真似、ロズワール様にもエミリオ様にも報告できるものか。――第一、バルスを無闇に死なせたら、レウの努力が無駄になる」


 口元に手を当てて、ラウがしばらく考え込む。

 だが、決意の目をしたスバルを黙らせ、引き下がらせる妙案は浮かばなかったらしい。あるいは、スバルの言い分に利があると考えてくれたのか。


「足手まといになるようなら、膝をへし折って村へ捨てていくぞ」


「それ、女の子に言う台詞!?」


「ハッ!」


 勝ち誇るように鼻で笑われ、しかし、ラウの調子が戻ったようにスバルは感じた。

 それから、スバルは成り行きを見守っていたヴィクトルへ振り返る。


「ってわけで、アタシとラウは森に入ってレウを捜す。みんなの治療で疲れて寝てるエミリオきゅんが起きたら、うまく誤魔化しておいて」


「……本気で、やるつもりなのだ?」


「もちろん、ここまでの全部を冗談にする方が悪趣味じゃん?」


 レウの身を案じ、連れ戻すということはスバルの体内に呪いという爆弾を残すことだ。

 それが爆発すれば命がないことを、すでにスバルは何度も身に染みて――否、魂に染みていると言っても過言ではない。


 だが、ヴィクトルの案じる展開には決してしない。

 スバルは死ににいくのではなく、生きにいくのだから。


「さあ、欲張りなアタシが欲しい全部を手に入れるために、いっちょやってやるとしましょうか! ――運命様、上等だ!」


 異世界召喚された、ナツキ・スバルの大冒険。

 ステージ2『ロズワール邸』四日目、五度目の挑戦が始まる――。



                △▼△▼△▼△



 ――正直なことを言えば、自分がどうしてここまで体を張っているのか、命を懸けているのか、レウには自分が自分でわからなかった。


 額に意識を集中し、そこに熱の高まりを感じると、頭蓋骨を軋ませ、頭部の内側に収納されていた鬼の角がゆっくりと外へと突き出してくる。

 光を纏ったその角は、外気に触れた途端に一気に力を求めてマナを貪り、発する熱がレウの全身へ、平時では考えられないほどの力をみなぎらせてくるのだ。


 これが、鬼族の力の源であり、亜人族最強とまで言われる『鬼』の力。


 もっとも、レウはそうした扱いをされる鬼族の中では出来損ないであり、本来なら二本の角を持つはずの鬼でありながら、角を一本しか持っていない。

 だが、レウが出来損ないであることの理由に、角の数は関係なかった。


 何故なら、自分と同じように一本の角しか持たないラウは、鬼族の中で延々と語り継がれる伝説の存在、『鬼神』の再来と言われるほどの力を持っていたからだ。


 幼い時分から、周りと比べるのが馬鹿らしくなるほどの才覚に恵まれたラウ。

 レウはとくれば、そんなラウと同じときに生まれた双子でありながら、その力量はラウよりも著しく劣り、鬼族の面汚しだという自己嫌悪ばかりを積み立てた。


 村が魔女教に襲われ、両親も、同胞も殺されていく中、足手まといの自分を守るために戦った兄が、レウに手を差し伸べた隙に角を折られたときも。


 ――ああ、やっと折れてくれた。


 兄の命を案じるよりも先に、そんな自分の劣等感の充足を思った自分は最低だった。



「あ、あああぁぁぁ――ッ!!」


 全身に鬼の力をみなぎらせながら、レウは周囲を取り囲み、飛びかかってくる四足の魔獣へと暴力を叩き付ける。

 噛みつかんと大口を開く魔獣の頭部を拳で爆砕し、反対の手に握ったモーニングスターを豪快に振り回し、愚かにも空中に飛び上がった魔獣たちの胴体を横薙ぎにする。


 血と内臓をぶちまけ、命を散らしていく魔獣。

 数など数えていないが、すでに三十も四十も殺したはずだ。だが、魔獣はどれだけ仲間がやられようと、人間へ向ける殺意の矛を下ろそうとはしない。


 異なる命を殺し尽くすこと以上に優先することはない。

 それが魔獣の歪んだ本能であり、自らの生存よりも優先される外れた在り方だった。


「死ね! 死ね! 死ねえええ――!!」


 その、おぞましく誤った在り方をした生き物を、次から次へと叩き潰す。

 怒りと憎悪、そしていくらかの憐憫と同情心を交えながら、何度も鉄球を振るった。


 誤った存在だ、魔獣は。

 そしてその意味では、レウも魔獣と何にも変わらない。


 間違ってしまった。選択も、もしかしたら一番最初の瞬間から掛け違ってしまった。

 兄の、ラウの角を横取りして生まれた時点で、間違ってしまった。


 魔獣として生まれてしまった魔獣と、落ちこぼれとして生まれてしまったレウ。

 そこにどれほどの違いがあるというのか。

 そこに見出せるほどの違いがないのであれば、振るわれる鉄球は慈悲であり、同時に八つ当たりの癇癪だった。


 せめて――、


「ああああ――ッ!!」


 この、目の前を真っ赤に塗り潰す怒りの全部が、せめて誰かの未来に役立てば、こんな情けない自分を助けようとした、目つきの悪い少女を救う手助けになれば。

 それ以上に、レウが望むべきものなんて、きっと、存在しないから――。


「――――」


 血に酔い、いつしかレウの世界は真っ赤に染まり、頭の働きが極限まで鈍る。

 自分の命が危うい状況で、鬼族の身に起こる生存本能の爆発――それは冷静な戦況判断や、恐怖や不安といった体の動きが鈍る要因の全部を排除し、レウの肉体の働きを生き残ることの全霊へ注ぎ込む、凄まじい躍動だった。


 何も、そう、何も、区別しない。

 周囲で動くものは全て、レウにとっては打ち砕くべき存在だった。

 だから――、


「おおぉぉ、えすっ!」


「――は?」


 そんな、間の抜けた気合いの声と共に放り込まれたそれも、本来であればレウにとっては迎撃すべき障害の一個に過ぎない。

 一切合切の区別なく、だ。


 もしも、このときの、鬼の本能に支配されたレウに、破壊や殺傷以外の可能性を呼び起こせるとしたら、それは世界広しを見渡しても一つしかない。


 ――投げ込まれたのは、奇跡的なその一つだった。


「――――」


 とっさに、低い軌道、放物線というほどのものでもない動きで飛んでくる体、それをレウは手を伸ばして受け止めた。

 細い体をしっかりと抱き留めて、すぐ間近にそれが何なのかを見て取る。


 それは紛れもなく、レウの命よりも大切な兄の姿で。


「げえ! 思ったよりも高く投げらんなかった!」


 レウの腕の中、ラウがしかと抱きしめられた直後、そこへ人影が飛び込んでくる。

 手を伸ばせば届くだろう距離、しかし肝心の伸ばすための腕がない。両腕は、手放し難い兄の体を抱きしめていて、伸ばせない。

 しかし――、


「あふん」


 その、飛び込んできた人影が振るった剣――半ばで折れていたその剣は、レウの額の角を狙って放たれたが、数センチ、間合いが足らずに空振りした。

 そのまま、剣を放った人物は勢いよくレウの隣を駆け抜けて、後ろへ抜ける。


「やらかしたぁ! あと一歩、度胸が足りなか――うひゃあああ!?」


「――っ!?」


 次の瞬間、駆け抜けていった黒髪の人物の足下が爆発するように隆起し、その細い体を高く高く、空へと跳ね上げていた。


 それをしたのは、注意深く攻防を俯瞰し、レウの命を刈り取る瞬間を待ち伏せていた魔獣の一体――小型に見えるそれが放った魔法が、女の体を打ち上げた。

 そして――、


「笑いなさい、レウ。――今日のアタシは、鬼より鬼がかってんだから!」


 ぐるぐると、ぐるぐると、回転しながら落ちてくる人影が放つ渾身の一撃。

 それは今度こそ、兄の体を強く掻き抱くレウに防ぐ術はなく――、


「――――」


 会心の衝撃が、レウの額の角へと、痺れる一撃を放り込んでいた。



                △▼△▼△▼△



「森のウルガルムは掃討した。これで君も、スバルくんも心配はいらないとーぉも。私が不在の間、アーラム村の問題にも対処してくれた。よく働いてくれたねーぇ」


 その圧倒的な魔法の火力で、森に蔓延るウルガルムの群れを一掃したロズワール。

 自分の主でありながら、規格外の実力と実行力を有する彼女の行動に、レウは深々と頭を下げ、感謝と謝意、その両方を示すしかない。


 ――村の付近に生息した魔獣の群れ、それによってもたらされた呪いの騒動の顛末。


 人を呪い、その生命力を奪う狩りを行うウルガルムの群れは、レウの無謀な行いと、その無謀なレウを連れ戻す過程で奮闘したラウとスバル、そして最後に、帰還したロズワールの圧倒的な炎によって一匹残らず焼かれる結果に終わった。


 全体的な群れの掃討率は、レウが一人で三割、ラウとスバルが二人で一割、残りの六割をロズワールが単独で狩り尽くしたといったところか。

 そうして考えれば、いかにレウの行いが無謀で、かつ無意味だったかがわかる。


 レウが周りを顧みず、あんな愚かな真似をしなかったとしても、帰還したロズワールが群れの掃討を間に合わせ、スバルの呪いの発動はしないで済んだ。

 あるいはロズワールなら、ヴィクトルも知らない解呪の方法を知っていたのではとも。


「それはいくら何でも私を買い被りすぎというものさーぁ。私とヴィクトルで、魔法に関する知識に大きな差はないよ。ヴィクトルができないと言ったことは、私にもやはりできないと言っていい。――口惜しいことにね」


 最後に付け加えた一言は寂しげで、嘘が感じられなかった。

 だからこそ、その手前の言葉もレウを慰めるための誤魔化しではなかったと、抵抗感はありながらも信じることができたのだが。

 ともあれ――、


「――レウ?」


「あ……」


 ベッド脇で、健やかと言える寝顔を見守っていたところへ、不意に瞼が震えて、眠っていた少女の意識が覚醒する。

 ささやかな反応から、目を覚ますまでの一連が早すぎて、レウはとっさの反応が遅れた。寝起きがいいと自称していたが、良すぎる。

 そのせいで、


「手、握っててくれたの?」


「――すみません。他に、できることが思いつかなくて」


「――――」


「辛いことがあったとき、レウは手を握ってもらっていると安心できました。だから、自分がしてもらったときのことを……子どもみたいでしたね」


 身長が、手足が伸びても、レウ自身の在り方は幼い頃から何も変われていない。

 それを自分自身の行動で証明してしまったような気分で、レウはバツが悪かった。


 幼い頃、不安や情けなさで眠れなくなるレウを守ってくれたのは、同じ布団に入って手を握ってくれていたラウの、兄の掌の温もりだった。

 いつだって前を歩いて、自分といれば心配いらないと言ってくれた兄の全部が、レウにとっての道しるべ――それは故郷を失い、ロズワールに拾われてからも同じで。


「スバルさん、あなたの体を蝕んでいた呪いはもう発動しません。安心してください」


「それはよかった……って、何この寝間着の落書き!?」


「村の子どもたちです。スバルさんが眠っている間、お見舞いにきた子どもたちが書いていきました。みんな、心配していましたよ」


「どいつもこいつも、乙女の寝顔を気軽に見にこないでよ……」


 両手で顔を覆い、ほんのりと頬を赤くしながらスバルが呟く。

 ただ、彼女は自分の寝間着の腕のところ、そこに子どもたちが書いていったたくさんの励ましの言葉を眺めて、愛おしげに目尻を下げている。

 その様子に、レウは胸が締め付けられるような気分になった。


 なんでか、ここに自分がいるのがひどく場違いに思われて、レウはその余韻から逃げ出したい気分で、「それで」と続ける。


「レウは、スバルさんに謝らなくてはいけません。――呪いの心配はなくなっても、体に傷は残ります。心にだって」


「あ~、確かにしばらくは犬の顔は見たくないかも。傷跡に関しては……えっと、顔とかにあったりする?」


「いえ、顔や首、一通りの見える場所に傷はないよう、徹底しました」


「だったら、ひとまず大丈夫。それ以上を見る機会は自分か、そうじゃなかったらほら、そこまで見せたい相手くらいってことだし」


「でも……」


「それよりも、レウは無事? それがアタシ的には重要なんだけど」


 なんて、そんな気の遣われ方にレウは息が詰まった。

 気にしてないなんてスバルは言っているが、そんなはずがない。負わなくてはいい傷を彼女が負ったのは、紛れもなくレウの責任なのだ。


「レウは、無事です。なんてことありません。ですが、それが、辛い」


「辛い?」


「今回のことは全部、レウの責任です。レウがしっかりしていれば、スバルさんが危ない目に遭う心配も、兄様が危険に晒されることも、村の方の被害もなかった」


 対外的には、それらは領主であるロズワールの責任であるという向きもある。だが、ロズワールが不在の間、屋敷のことを任されていたのは家令であるレウだ。

 自分には全てをうまく取り仕切り、真っ当に運営する役割があった。

 それを果たせなかったから、こうして――。


「ですから、此度のことは全部、レウが責任を――」


「じゃあ、傷物になったアタシを引き取ってくれるって言うの?」


「――、それが必要でしたら」


「あはははは、冗談だし、馬鹿なこと言わないでよろしい。第一、それが全部レウの責任なんて言われたら、アタシにも責任があるから」


 冗談めかした風に言って、スバルが肩をすくめる。

 一瞬、レウには彼女の言っている言葉の意味がわからない。雇われたばかりで、メイザース領のことの右も左もわからない彼女に、責任なんてあるはずない。

 しかし、そんなレウの考えと裏腹に、スバルは苦笑して、


「あるんだよ。アタシには、その責任が」


「――――」


「で、アタシは自分の手の届く範囲の責任を取った。それで辿り着いたのがこの朝焼けなんだから、それが間違ってたなんて言わないでよ」


 遠い目をしたスバル、彼女の言葉の意味はわからないまま。

 それなのに、なんだかレウは泣きそうになった。彼女の、珍しい黒い瞳の奥に、レウが想像もできないような苦悩と葛藤、それが晴らされた眩さが垣間見えて。

 そのスバルの経験したものと比べれば、自分の悩みなんてちっぽけだと――、


「しかも、ここにはレウがいなかったら辿り着けなかった。だから、ようやっと迎えられた今日って日を呪うより、アタシは祝いたいんだ」


「……え?」


「なになに? まさか、自分がいなくてもどうとでもなったとか思ってんの? 生憎、試してないけど、そんな風にはならなかったって声を大にして言うね、アタシは」


 腕を組んだスバルが、レウの躊躇いを打ち砕くようにそう言ってのける。

 思わず鼻白むレウへと、スバルは「いい?」と指を立てて、


「なんでか、レウは自分がやることなすこと全部裏目に出て、悪いことは全部自分のせいで、いいことは全部誰かのおかげって思い込んでるみたいだけど、そんなことないから」


「で、ですが、実際にレウは」


「ないから。大体、森で魔獣に追われてるとき、アタシがどのぐらい兄様を背負って走り回ってたと思う? ものすごい序盤で脱落したんだよ、あの男」


「――――」


「つまり、あの状況でラウは早々に戦力外! だったら、残りの戦果は全部アタシのおかげってこと? んなわきゃない! そんなパゥワーはアタシにはない! だったら」


 そこで言葉を区切って、スバルがレウの方を見る。その黒瞳の宿した眼差しに、レウは目を逸らしたい気持ちになりながらも、目を逸らせない。

 まるで退路を視線に焼かれて、逃げ場を奪われたみたいに。


「レウが何にもできなかったなんて大間違い。アタシがこうやっていられるのも、レウのおかげが大部分! だから、胸を張っていいってば」


「……兄様が、万全なら、そんな風には」


「言えないかも。けど、ラウから聞いたよ。そのレウが思い描いてる万全なラウはどこにもいない。それとも、角のないラウはレウには価値がない存在なの?」


「――ッ、そんなことはありません! 兄様は、ずっとレウの!」


「自分でもわかってるじゃん」


「あ――」


 呆然と、レウはスバルの言葉に誘導され、自分自身の内へと導かれた。

 双子として生まれ、ラウの角を奪ってしまった存在として、延々と自分のことを責め苛んできたレウ。あらゆる場面で、ラウがいればと思ってしまうレウを、しかし、たった数日しか知らないはずのスバルはあっさりと看破する。


 それは、レウの悩みが浅く脆く、無意味なものであったからか。


「アタシが、必死でレウたちのことを見てたからだよ」


「――――」


「レウ、すぐに考えを改められるなんてアタシも思わない。口で言うほど楽じゃないし、生まれ変わるのって、一回死んでみるぐらいのことがないとダメかもしれないし、かといって死ぬのはおススメしない。ホント、マジで辛いから」


「……まるで、死んだことがあるみたいな言い方ですね」


 やけに実感のこもった言い方をするものだから、本当にスバルは死んだことがあるのではないかと思ってしまう。

 実際、王都でエミリオを助けたスバルは、彼女の代わりに危うく死ぬところだったというから、臨死体験という意味では死に近いものを味わったのかもしれない。


 しかし、それを味わう前から、エミリオのために命を懸けられた彼女は、やはり根本的なところでレウとは違うと、そんな風にも思えてしまう。

 だけど――、


「もしも、レウが今の自分から変わりたいとか、もっといい気分で明日を迎えたいとか思ってるんなら、アタシが手伝うよ。邪魔じゃなければ」


「レウが、変わる?」


「アタシの故郷にはね、『来年の話をすると鬼が笑う』って諺があんのね。だからさ」


 呆気に取られているレウに、スバルがニヤッと頬を歪めて笑う。

 目つきが悪いと自嘲する彼女のその笑みは、この瞬間、レウには何よりも、何よりも眩いものに思えて――。


「笑おう、レウ。しけた面なんて誰にも似合わないよ。笑って、未来の話をしよう。レウが後ろ向きだった分、今後は前向きに! とりあえず、明日の話でも」


「明日の……」


「そう、何でもいいの。明日はどんなメニューを作ろうかとか、ちょっと奮発した入浴剤を使いたいなとか、いつもと違う蝶ネクタイをお披露目だーとか、そういうなんてこと内話を、アタシとしよ?」


 本当にささやかな、それで到来する明日の何が変わるのかなんて、誰にもわからないようなささやかな提案をするスバルに、レウは息を吐いた。

 途端、胸につかえていたものが、頭にかかったモヤモヤが、少しだけ晴れる。


 それが少しだけでも晴れると、視界が広がったような気分になって。


「スバルさんが思うより、レウはずっと不器用です。ですから、その言葉を後悔するぐらい、寄りかかるかもしれませんよ」


「ん~、まぁ、頑張る。アタシが自分で言ったことだし。それに、アタシだって何でも自分でできるスーパーウーマンじゃないし、お互い寄りかかりながらいこうよ。心配しなくても、エミリオきゅんもティンクも、ヴィク太もロズっちも、もちろんラウだって、それを嫌がったりしないだろうからさ」


 悪びれない風に笑い、スバルが親指を立てて歯を見せた。

 その仕草を続けたまま、


「笑いながらはしゃいで、明日って未来の話をするの。アタシ、鬼と笑いながら来年の話するの、夢だったんだから」


「……鬼がかってますね」


「でしょ?」


 スバルの、気張りすぎない物言いに引き寄せられるように、自然とレウもそう口にし、気付けば熱いものが込み上げ、眦から、頬を濡らしていた。


 思えば、こんな風に憚らず、涙を流すなんていつ以来だろうか。


「――――」


 かつて、こうしてレウが涙を流したとき、いつも傍にいてくれたのは兄だった。

 ラウは、この広い世界の生き方がわからず、不安に怯える弟の道しるべとして、ずっとずっと傍らにあり続け、規範であってくれた。


 だから、初めてのことだった。

 涙を流しているレウの傍にラウがおらず、代わりに手を握られたことは。


 柔らかく、小さくて、兄とは違う、別の人の手。

 自分と共に未来を望んでくれる手の感触に、レウはずっと、寄りかかり続けた。


 寄りかかり続けたのだった。



                △▼△▼△▼△



 ――都合、四回の『死に戻り』を超えて、ナツキ・スバルは袋小路を抜けた。


 比較対象は王都の一日しかないが、やはり数日がかりの『死に戻り』による挑戦は、スバルの神経をすり減らし、精神を打ちのめし、魂を曇らせかけた。

 だが、スバルはそうした障害の数々を乗り越え、ついに五日目へ辿り着いたのだ。

 もっとも――、



「――僕は怒ってるからね、スバル」


「エミリオきゅん……」


「そんな目をしてもダメだよ! まったく、ホントに危なかったんだからね。あとで話を聞いて、僕がどれだけ血の気が引いたことか……」


 腰に手を当てて、その白い頬を赤くしながらエミリオがぷりぷりと怒っている。

 世紀の美青年ともなると、そんな怒りの仕草さえもスバルの脳を痺れさせるが、彼がそうして怒り心頭になるのもわかるので、反省の態度は崩せない。


 アーラム村の子どもたちが魔獣に狙われ、挙句にスバルとレウの二人も命を危うくした結果、エミリオは懸命な治癒魔法の末に疲労困憊、眠りについていた。


 スバルがラウと共に森に入り、レウを助けるのと、魔獣への反撃を行っていたのは、そのエミリオが眠っている間の出来事だ。

 自分がいない間に、自分以外の屋敷の人間が命懸けの戦いをしていたのだと、そう知ったエミリオの心中たるや、この美しい怒り顔である。


「うう、エミリオきゅんには悪いけど、眼福……」


「ほら! そうやってまた悪ふざけして誤魔化そうとするんだから。ロズワールが戻ってくれなかったらどうなっていたか、ティンクもティンクだよ」


「ごめんごめん、ティンクを怒らないでやって。エミリオきゅんのところに残っててほしいって頼んだのはアタシだから」


 一応、あの魔獣が誰かにけしかけられた可能性を考えると、スバルたちが不在の間にアーラム村に次の攻撃が仕掛けられる恐れがあった。

 幸い、備えは無駄に終わったが、備えないわけにもいかない問題だったと思う。

 もしかしたら、ティンクとエミリオが村にいたから、村には次の攻撃がなかった可能性もあるわけだし。

 ともあれ――、


「ティンクを庇うのはいいけど、スバルの方はどう言い訳するんだい。僕を椅子に縛り付けて、あとを追ってこれないようにしていたスバルは」


「うぐぅ」


「うぐぅじゃないよ、もう。……ホントに、すごーく心配したんだよ」


 目尻を下げ、そう言ってくるエミリオにスバルの罪悪感はマックスだ。

 どんな言い訳をしたところで、スバルがエミリオにしたことの償いにはならない。後詰に村に残したというのも本当だが、エミリオを危ない目に遭わせたくなかったなんて、そんな乙女心も多分にあったのも事実。


「ヴィクトルも、わざわざ村にきてたんだから心配してたんじゃないかな」


「はい、ヴィク太にもちゃんとお礼は言わせていただきます。あのショタには何から何まで世話になりっ放しで……」


 たびたびの死因が魔獣の呪いによるものだとわかったのも、森から帰還したスバルを放置しておいたら命が危うかったのも、かなり無謀な方法でも、スバルが生き残るために必要な道を示してくれたのも、全部ヴィクトルの功績だ。

 それ以前に、スバルがもう一度、ラウやレウのことを信じ、屋敷のみんなで未来を迎える覚悟を決められたのも彼のおかげなので、ガチで頭が上がらない。


「今度、優しく耳掃除でもしてあげよう」


「それ、ヴィクトルが喜ぶの?」


「え? 喜ばない? 女子の耳掃除って、男子の夢じゃないの?」


「わからないけど……」


 あんまり響いていない風なエミリオの反応に、スバルはわりと本気で驚いた。

 スバルの価値観の間違いか、あるいは異世界特有の文化の違いか。


「じゃあ、打つ手ないな……」


「ありがとうって素直に言ったらいいんじゃないかな?」


「でも、それだけじゃアタシの気が済まないし……耳掃除十回とかは?」


「他の選択肢がないんなら、まずありがとうって言うのがいいと思うよ」


 代わり映えのしない手段の提示に、スバルはそれだけでいいのかと苦悩する。

 できれば、スバルは記念日やイベント事には過剰なまでのラッピングをしたいタイプなのだ。そこに全力を尽くせないなら、そもそも祝わない方がマシとすら思う。


「なので、妥協するくらいなら、思いつくまでお礼は保留で」


「なるべく早く思いつこうね。僕も一緒に考えてあげるから」


「わあ、心強い。なんていうか、あれだね、二人の共同作業だね! ファーストバイト!」


「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない」


 はしゃぐスバルの戯れ言に、エミリオが困り顔でそんな風に応じる。

 それから、屋敷の中庭で風を浴びる二人にしばらく沈黙が落ちる。そんなささやかな時間を共有するのも、スバルにとっては喜ばしいご褒美だ。

 本来、スバルは黙っている時間が苦手なのだが、エミリオとなら気にならない。

 ともあれ――、


「また、スバルには助けられちゃったね。僕の方こそ、お礼をしないと」


「え! エミリオきゅん、ご褒美くれるの!?」


「ご褒美じゃなくて、お礼だよ。耳掃除がいいのかな?」


「耳掃除なんてご褒美じゃないやい! あ! ホントだ! 自分に置き換えてみたら、全然ご褒美じゃなかった!」


 自分で投げたブーメランの切れ味に切り裂かれ、スバルは目を丸くする。そのスバルの反応に苦笑しながら、エミリオは「じゃあ、どうする?」と聞いてくる。


「――――」


 その無警戒な態度に、スバルの中でむくむくと邪念が芽生える。

 このエミリオ、これだけ整った容姿をしているにも拘らず、対人関係において本来備わっているべき防壁が非常に低い。それはスバルにとっては好条件であるが、同時に他の人間にとっても好条件であるのだ。

 つまり、まごまごしていると、あっという間にさらわれてしまいかねない。


「ここは、アタシのアドバンテージを最大限活かすべきとき……!」


「スバル?」


「な、何でもいいんだよね。エミリオきゅんは、アタシに感謝してるんだもんね」


「それはそうだけど、なんだか素直にうんって頷きづらい確認……」


 思わず声が上擦ってしまい、変質者っぽい聞き方になるスバルにエミリオが不安げになる。が、スバルは深呼吸して、湧き上がる邪念を魔封波しておくのに成功する。

 閉じた心の炊飯ジャーを尻の下に敷いて、スバルは咳払いし、それから――、


「じゃあ、アタシとデートしてくれる?」


「でえと?」


「一緒に二人でお出かけして、同じもの見て、同じもの食べて、同じことして、同じ思い出を共有するってこと」


「……そんなことでいいの?」


「そんなことが、いいの」


 それこそが、もう消えてしまった約束であり、スバルがこの辛かった五日間を、何度も何度も繰り返した先に望んだ、輝かしい未来だった。


 そのスバルの提案に、エミリオは口元に手を当ててしばらく思案。そうして考え込む姿も絵になると考えるスバルに、「ん」とエミリアは笑い、


「わかった。じゃあ、『でえと』しよう、スバル」


「やった! エミリオきゅん・マジ・天使!」


「何それ?」


「略してE・M・T!」


「やっぱり何それ?」


 はしゃぐスバルの弾けぶりに、思わずエミリオが噴き出した。

 そうやってエミリオが笑ってくれるものだから、スバルはますます調子に乗って、彼の笑顔を引き出したいともっとおちゃらけて見せる。


 ようやく、ようやく辿り着けた新しい一日。

 その始まりと、今後の道行きを祝福するように、天高く昇っている太陽が、スバルとエミリオのことを微笑みながら見守っていた。


 ――ナツキ・スバルの異世界生活は、まだまだ続いていくのだと、輝きながら。



                                      《了?》



以上! エイプリルフール企画、続編でした!

本編とは色々と違う部分もありつつ、こういう展開もあるのだなと思ってもらえれば。

余談ですが、こういう形で昔の自分の書いた内容を振り返ると、普段と違った発見があって面白かったです。

当初と各キャラ、キャラが違いすぎるのが最大の発見。


また、ぼちぼち本編の方の更新も再開してまいります。

書籍の方ではお伝えしていますが、現在の部分で七章としての展開は終了。

第七章『狼の国』が終わり、ここから先は第八章『ヴィンセント・ヴォラキア』になります。

アニメ第三期の制作もご報告できまして、今後とも、リゼロをよろしくお願いいたします!

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