研究題材

立ち寄ったのは郊外の空き地にポツンと建つプレハブ。

「準動物一時預かり所」

看板にはそう書いてある。

かつて保健所をパンクさせた実装石も今では”準動物”として区別され多くの自治体でこういった民間の簡易施設に業務委託されている。

預かって3日過ぎても引き取り手のない個体は実装融解液の中に放り込むだけ。

煙も有害物質も何も出ない。低コスト低公害の処分方法として理にかなっていた。

…さてどれにするかな。


「外のニンゲンサンが来たテチ!みんな早く立って踊るテチ!」

「無駄テチ~今まで誰も見てくれなかったテチ~もうすぐみんな溶けるお風呂で死ぬんテチ~テェェェンテェェェン」

「きっと今度のニンゲンサンはワタチタチのお歌とダンスを気に入ってくれるテチ、みんな頑張るテチ」


…まぁどれでもいいんだけどな。

何気なく1つの箱に目が行った。


結局その姉妹にした。

車に乗り込み、4匹を入れた虫かごを助手席に置く。


家に着いて水槽に4匹を移した。


翌朝。

長女以外の3匹が妊娠していた。蛆までも。

妊娠促進剤入り餌と花粉たっぷりの花と丸一晩過ごしたんだからこれくらいは当然の結果だ。

「勝手に赤ちゃん作ったのはゴメンナサイテチ…でも…お…お願いしますテチ…イモウトちゃんたちを捨てないであげて欲しいテチィィィ」

…捨てないよ。お前達には大事な仕事をしてもらうんだからな。

「ほ…ほんとテチ!?ワタチたち捨てられないテチィィィ!?」

「だからオネチャは心配しすぎなんテチ~。ご主人サマはとってもヤサシイんテチィ~」

「お仕事がんばるテチィィ!」「レチ~!」「レフ~」

明日には長女も妊娠しているだろう。


夜。長女が姉妹を諭す。

「ワタチたちは幸せな実装石テチ。赤ちゃんが出来た飼い実装は不幸になるのがお決まりテチ。みんなでご主人サマのお仕事お手伝いして恩返しテチ」


翌日。長女は今日も妊娠しなかった。

4匹をお風呂…もとい、洗う。

あらかじめ試薬に浸しておいたコンペイトウを与える。


親指と蛆が腹を抱えて苦しみ始めた。

やはり試薬はコイツらには強すぎたか…まぁいい。どうせ抱き合わせで引き取った親指と蛆だ。


糞・血・胎児だった物が溶けて混じりあった物を口と総排泄口から一気に噴き出す。こいつらはもうダメだ。捨てるしかないな。


…それじゃ始めるか。


テキパキと下準備。


固定。


偽石を取り出し、これからの実験・観察に備える。

長女が思いのほか鬱陶しいので、足をピンで止める。

固定のついでだ。次女の糞袋を開く前に軽く長女を解剖して妊娠促進剤が効かない理由でも調べておくか。


「ご主人サマほんとは怒ってるんテチ?イモウトちゃんたちが勝手に赤ちゃん作ったからテチ?ごめんなさいテチゆるちてあげテチ」

…怒ってるわけじゃないけどな。

「ワタチは赤ちゃん産めないカラダなんテチィ…ワタチはどうなってもいいテチィ…イモウトちゃんの赤ちゃん産ませてあげテチィ…」

…!!!!

そういって見上げる長女の右目のフチに小さくシリアル番号。

…義眼か!!この野郎!!!

瞬時に怒りが沸騰し、反射的に手にもっていたメスを長女の背中に突き立てた。


それがまずかった。

ピシリ。

長女の悲惨な状況が次女に予想以上のストレスを与え、活性剤に入った偽石にヒビが入った。

親指と蛆の死も余計なストレスになっていたのかもしれない。預かり所で既に相当弱ってしまっていたのかもしれない。

次女の目が見る見る曇る。

この被験体は間もなく死ぬ。

畜生。この実験は始める前に失敗した。

今どき仔実装に避妊手術ををする飼い主が居ただと?

よりによってそれが捨てられ自分が連れてきてしまうだと?

しかもこんな初歩的なミスに今の今まで気づかなかった自分…!

また試薬を作るのにどれだけ掛かると思ってんだ!

畜生。畜生。何もかもこの実験を失敗させるための布石か!!実装石ごときが!!!

2匹はそのままに、フラリと家を出た。

とにかく今はこの場にこれ以上居たくなかった。


「ご…ご主人サマ行っちゃったテチ…どうなってるテチ…イモウトちゃん…死んじゃダメテチ…」


「これはきっと何かの間違いテチ…」

イモウトは泡をふいたまま。

「…イモウトちゃんご主人サマ帰ってくるまで頑張るテチ…ご主人サマがきっと助けてくれるテチ…」


結局家に戻ったのは翌日だった。戻ったら実装の死体の片付けと思うと気分が滅入った。

しかし…

「ご主人サマお帰りなさいテチ、お仕事の続きをするテチ…?」

驚いたことに、次女…被験体はまだ死んでいなかった。意識は無いが、昨日よりは遥かにマシな状態だといえよう。

活性剤の中で2つの偽石が寄り添っていた。よくわからんがこれで石から石に直接生命力を伝えているのだろうか?

「ずっとイモウトちゃんにお歌うたってあげてたんテチ、絶対ご主人サマが治してくれるって言ってたんテチ」

これはひょっとするとまだ諦めないでよいかもしれない。

…イモウトは難しいが、腹の仔はまだ救えるかもしれない。それにはどうやらお前の助けが要るようだ。

「ほ…ほんとテチ?イモウトちゃんの赤ちゃん、助かるテチ!?ワタチなんでもするテチー!!」

実装石とやり取りはしないことにしていたが、この際だ。


まさかの実験継続。予定通り糞袋を切開する。

内臓全部糞とも言われる実装石の糞袋を切り開くなど普段なら絶対にご免こうむるところだが、妊娠中は別だ。

実装石の糞袋は子宮でもありまた卵巣でもある。だから妊娠中の実装石は糞をしない。妊娠中の脱糞は流産と同義だ。

妊娠期間が非常に短いのもこれと関係がある。

切開完了。2つの偽石のためか、あるいは長女が傍にいるからか、ヒビの入った偽石は耐えている。いいぞ。

糞袋の中が見える。

「テェェ…これなんテチ?綺麗なツブツブがいっぱいテチ…」

…これか、これはな…

小サジでそのツブツブをいくつかすくいあげた。


「これって…赤ちゃんテチ?どうするんテチ?」

…潰して成分分析をする。

「や…約束違うテチー!ヒドイテチー!赤ちゃん殺しちゃダメなんテチー!!」

…あのな、腹の中にツブツブがいくつある?

「1,2…い…いっぱいテチ…いっぱいの赤ちゃんテチ…」

…そうだな、100はあるだろう。だがお前らは一度に5匹~10匹程度の仔を産む。どういうことだ?

「むずかしいことわかんないテチ…」

…つまりだ、この中でどんどん淘汰されていって最終的にその数になるってことだ。これからもまだ腹の中で死んでいく。

「みんな死んじゃうテチ…?かわいそうテチ…」

…みんなじゃない。元々妊娠開始のときはこの粒がもっとずっと小さくて数千はある。2日経ってもう何千も死んだ後だからこの数なんだ。

「よくわかんないテチ…この仔たちはほんとに産まれる仔たちのためにカワイソウなことされる仔なんテチ…?」

実装石らしい解釈で理解したようだ。


…この実験は実装石の妊娠をコントロールするための薬の臨床試験だ。

「こんとろー…テチ?」

…お前らは仔を沢山産みすぎる。だから仔が出来ると大抵不幸になるだろう?

「そうテチ…ママもワタチタチも…テェェェンテェェェン」

…堕胎は簡単だが、飼い主と実装の双方にわだかまりを残す。だが知らないうちに腹の中で淘汰が少し余計に進んで仔が1匹だけになったらどうだ?

「ご主人サマのコトバむずかしいテチ…でもワタチタチが1匹だけだったら捨てられなかったかもテチ…ママも前のご主人サマもニコニコだったテチ」

…そうだろう。それが開発中の薬。昨日のコンペイトウに染ませた薬だ。実装石に洋服買ってやるような馬鹿共の必需品になる。こんな貧乏もおしまいだ!

とここまで話してきて実装石相手に何を真面目に話してるのか、ふと自分が滑稽に思えた。

「ご主人サマのお仕事は実装石が幸せにニンゲンサンと赤ちゃんを育てられるお薬を作ることなんテチ?!凄いテチ!」

実装石流の極端に楽天的な捉え方には苦笑するしかなかった。

今日の観察は終わったので長女を水槽に戻して寝かそうとすると、イモウトの傍が良いという。服も、イモウトが裸だから自分だけ着られないという。

…わかった。それじゃ異変が起きたら知らせろ。餌・水・トイレはここらにおいとく。

「ありがとうテチ、ご主人サマおやすみなさいテチ…」


翌朝は未明にテチテチの大騒ぎで起こされた。実験室に行ってみると…

「ご主人サマ助けテチー!赤ちゃんがタイヘンなんテチー!」

被験体の開いた腹をみると実装胎嚢が破れて露出した胎児が何匹か死にかけ、死んでいる。

やれやれ。

…袋から出てしまった胎児は死ぬしかない。昨日も言ったろ、こうしてどんどん死んでいくのは正常だ。少しデカくなったので目立つだけだ。

「でもでも、サムイって泣いてるテチ…助けてあげテチ…」

この時期の胎児に知能はないとされているが…本当のところはわかっていない。親の偽石とこいつの偽石が助け合ってることで何か伝わるのか?


…コイツらはもう助からない。やれるのは看取ることだけだ。

「それでいいテチ!早く助けてあげテチ!コワイって泣いてるテチ!」

中でもまだ少し脈のありそうな1匹をつまみ出し、仔実装に渡す。

「赤ちゃん…ちっちゃいウジちゃんテチ?」

…まだウジにもなってないな。だがかなりそれっぽくなってきてる。

「うじちゃん、暗いサビチイって泣いてたんテチ?もう大丈夫テチ、ワタチが抱っこしてあげるテチ」

仔実装に抱かれたウジ未満の胎児は、まるで普通の蛆実装がやるように数度だけしっぽを動かすとそのまま死んだ。

見ようによってはあちこちから漏れている体液が涙のように見えなくもない。

「まだお腹の中で泣いてる赤ちゃんがいるテチ…」

…あまり死んだ胎児を取り出してしまうと生きてるヤツらの栄養が不足する。出すのは今の一匹で終わりだ。

「わかったテチ…お歌うたってあげるテチ…」

…そうだな、ほんとうならイモウトが歌ってるんだろうからな。

「テッテロケ~、テッテロチュ~、イモウトちゃの赤ちゃん、元気に育つテチ~、ご主人サマはとっても頭が良くて優しいテチ~コンペイトウもくれるテチ~」


翌朝。実験室にいくと仔実装はご機嫌だった。

「ご主人サマおはようございますテチ~」

被験体の腹を覗き込むと、胎嚢が大きな4つだけになっていた。昨夜一気に淘汰が進んだと見える。コイツの頬の血涙の跡はそういうことか。

「紹介するテチ~。うじちゃんたちテチ~」

仔実装の言うとおり胎児はもうほとんど蛆の形になっている。「うじちゃんたち、ワタチタチ姉妹みたいテチ?だからみんなとってもいい仔なんテチ~」

丁度4匹だから自分の姉妹を投影ってことか。

「レピレピ?」「レピュー」

念のためリンガルの感度を上げてみたが胎児蛆たちの声はやはり翻訳されない。


「ご主人サマ、実装石のタメになるご本貸して下さいテチ、うじちゃん達にご主人サマのお仕事教えたいんテチ」

家にはそんな本はなかったので適当なサイズの実装科学の専門書を渡すと

「うじちゃんタチお勉強テチ!賢い実装石になってご主人サマのお役に立つんテチ!」

そういって何やら始めた。

どうも誤解があるようだが仔実装のママゴトなどどうでもいい。

それより淘汰が4匹で止まったのが気になる。できれば1匹、せめて2匹までには減ってくれないと薬の効果があったとは言えない。

もう日が無い。失敗なのか。


翌日も残念なことに胎児蛆は4匹のままだった。

「ご主人サマ、見テチ見テチ!うじちゃんご挨拶できるようになったんテチ!天才蛆ちゃんテチ!」

そういって見上げた仔実装の口元から血が一筋垂れた。

一筋が滝になり血を吐き出す。

しまった!慌てて活性剤の中の偽石を見る。

いつの間にか長女実装の偽石に大きな亀裂が入っていた。

死体を活かし続け、胎児を成長させるためにこいつ自身気づかないまま生命を削り取っていってるに違いない。

ひょっとすると胎児蛆が4匹から減らないのもこいつがイモウトを通して死なせないように支えているのかもしれない。

それで、ここへきて支えるべき死にかけが5匹に増えたことで負担が急増した説明がつく。

しかしここでこいつに死なれたら全ておしまいになってしまう。

…とにかく今はまだ死ぬな!

緊急処置用の高濃度実装活性剤の浣腸を仔実装の尻にぶちこむ。

それで取り敢えず吐血は収まった…が、割れ掛けた偽石はもう元には戻らない。

実験が終わるのが先か、こいつが死ぬのが先か。

…今夜はそこのソファーで寝るから、何かあったらすぐに知らせろ。


夜。仔実装は蛆たちの騒ぎで目を覚ました。

「た…たいへんテチィ!ウジちゃんみんな袋から出ちゃってるテチィ!ご主人サマ起きてチィィィ!」

仔実装はソファーで寝ている”ご主人サマ”を起こそうとするが、相当に疲れているようで起きない。

「ど…どうすればいいんテチ…このままじゃウジちゃんたちみんな死んじゃうテチ、ご主人サマのお仕事もダメになっちゃうテチィ!」


「そうテチ!ご主人サマがワタチにしてくれた魔法のおカンチョウならきっとウジちゃんも元気になるテチ!」


「うじちゃんワタチが魔法のおカンチョウしてあげるテチ、すぐニッコニコテチ」

ちゅぷぷぷぷ

「い…入れすぎちゃったテチ!?でもウジちゃん生きてるテチ、きっと効いてるんテチ…とにかく次…次の仔テチ」


「今度は深く差して少なめにおカンチョウしてみるテチ」

ぢゅぽっ!

ぶちゅるぅぅぅぅぅ

「う…うじちゃんのお口…!お口から何かいっぱい出てきちゃったテチィ!」

仔実装は浣腸を抜こうとするが深く入れすぎたらしく、抜けない。

「ぬ…抜けないテチ…仕方ないテチ、とにかくこの仔はまだ生きてるテチ、きっと効いてるんテチ」

仔実装は浣腸を抜くのを諦めた。


「うまくいかないテチおかしいテチ、コレほんとはお口のほうから入れるんテチ?」

かぽん

ぢゅるるるるる…

「お…お尻!…今度はウジちゃんのお尻から何かいっぱいでてきちゃったテチィ!どうしてこうなっちゃうんテチィ!?」

そしてまた浣腸が抜けない。

「また…抜けないテチ…でもこの仔もまだ生きてるテチ、やっぱり魔法のおカンチョウなんテチ」


「最後の仔テチ…絶対死なせないテチ…」

イモウトの腹から4匹目の胎児蛆を拾い上げたちょうどその時、仔実装の口からまた血が流れ出た。今度は一筋どころではなく…

ぢゅばーーーーっ!!!

口から勢いよく大量の血が溢れだした。

「ワ…ワタチが死んだらイモウトチャ…赤ちゃんたち…みんな死んじゃうテチ…今は…し…死ねないんテチ」


連日の実験疲れか、いつの間にかウトウトしてしまっていた。

しかしそのわずかな時間に机の上は結末を迎えていた。

「よかったテチ…ご主人サマ…起きてくれたんテチ…うじちゃん…赤ちゃんが袋から出ちゃったんテチ…タイヘンなんテチ…た…助けてあげ…テチ…」

血の海に転がり動けなくなった仔実装が助けを求める。

活性石の中の偽石は真っ黒。目ももうほとんど見えていないようだ。これが自分の石の命を前借りして5匹に配り続けた結果だ。

生きているのが不思議なくらいだが、なおも胎児蛆を、妹を、生かしたいという気力だけで生きている。

お前はよく頑張った。引導を渡してやろう。

…”お仕事”は失敗だ。イモウトも蛆も、みな死んだ。生きてるのはお前だけだ、仔実装。もういい、もういいんだ。

「…テ…!?」


仔実装の叫びと共に左目の色がくるくると変わる。

緑、赤、灰色。

…なんだと!?

それは一瞬のことだった。

ッテレ~?


…なんてこった…

死んだ仔実装の総排泄孔から小ぶりな蛆実装が1匹這い出ていた。

頭が混乱する。

確かに片目実装が仔を産んだ例は稀にある。しかしどの例でも仔は奇形となったと報告されていた。

蛆をつまみあげてよく見てみる。

何の問題もない健康体のようだ。

ひょっとすると実験は成功で、薬の効果が偽石を通して二腹で仔一匹に淘汰を進めたのか?

こいつの右目が赤なので何の疑いも持たなかったが、そもそもこいつはいつから妊娠していたのか?

こいつは知っていて隠してたのか?

次々浮かび上がってくる疑問。

死体は何も答えない。

もっと早い段階から観察していれば、と悔やまれる。


死体を解剖してみると死亡し吸収されかかった胎児が3匹見つかった。

それらはかなり未熟ではあったが、産まれた一匹と合わせるとイモウトと同じ4匹。これは偶然なのだろうか。

生まれた蛆も解剖してみたが、小ぶりということ以外普通の蛆と何も変わったところはなかった。

だが一連の出来事に偽石が深く関わっていることだけは間違いなさそうだ。

偽石。

はっきりしているのは割れると実装石が完全死することくらいで、実のところほとんど何もわかっていない。

ひょっとすると自分はその秘密の一端に触れたのではないのか。

研究者の端くれとして心が高揚してくるのを感じた。


それから自分は偽石研究の魅力に取り憑かれた。

愛護派向けの金儲けの薬のことなど頭から吹き飛んでいた。

貧乏はもはや苦にならない。

これほど研究し甲斐のある題材と巡り合えた幸運と…


あのときの仔実装に感謝の気持ちでいっぱいだ。


あとがき

前半は大好きな作品、睫毛氏の「解剖授業 明子の場合」のオマージュとして書きました。


引用元:http://jissou.pgw.jp/