マイクロアグレッションとは? ~日本で生まれ育ったミックスの私の体験~
サムネイルの画像は私、エイブルみちるです。
自分は日本人なのに、なぜか外国人扱いされ続ける・・・。
NHKの番組ディレクターである私は、毎日そうした体験を繰り返し、「自分は一体何者なのか」と悩んできました。
そんな私の体験を通じて、マイクロアグレッション(小さな攻撃性)という、日々の言葉や行動で相手を傷つける行為について皆さんに考えてもらいたいです。
(NHK高松放送局 エイブルみちる)
もしかして私は宇宙人?
27年前、私はアメリカ人の父と日本人の母との間にミックスとして生まれ、岡山県で育ちました。
日本の学校に通って、日本語で授業を受けて、家の中での会話はほとんど日本語で、食卓に並ぶのも日本食、日本のテレビを観て、日本語の本を読む・・・。当たり前のように「自分は日本人」だと認識していました。
でも幼いころから外に出るとジロジロと視線を感じます。
「あの子、ガイジンだ」と小さな声で言われているのが聞こえてきたり、幼稚園の友だちと外に遊びに行くと「ハロー!ウェアユーフロム?」と自分だけ知らないおばさんに話しかけられたり・・・。
新しい習い事の教室に行くと周りの子に「え~!日本語上手!すごい!」と拍手されたり、コンビニのおばちゃんに「どこの国の子なの?」とニコニコ聞かれたり…。思い出すとキリがないほど、このような経験をしてきました。
「私もみんなと同じ“日本人”なのに、どうして“外国人”扱いされるの?」
周囲からの何気ない言葉や行動が実感させる“自分と周りとのギャップ”。
それが幼いころの私にとってとてもしんどく、もはや自分は宇宙人なんじゃないかと本気で思っていたほどです。
幼稚園児ながら「どうして私は○○ちゃんみたいな日本人の顔で生まれてこなかったんだろう?」と思っていたのを今でもはっきり覚えています。
“勝手に”傷ついた自分は弱いのか―
家では“日本人”なのに一歩外に出ると“外国人”になる不思議な毎日。
もともと、天真らんまんなタイプの子どもだったそうですが、そんな反応が毎回毎回続いていくと、次第に「目立ちたくない」という感情が大きくなり、外出すると存在感を消すようになりました。
初対面の人に会う時は何よりも先に「この人も私のこと“ガイジン”って思うのかな」という不安が芽生えて極度に緊張するようになり、他人に「ありがとうございます」すら言えないほど内気な子どもになっていました。
でも、当時の私は相手を責めたりしませんでした。 「悪意はなさそうだから、“勝手に”傷ついている自分が弱いのかも・・・」と思っていたのです。 傷ついているのがバレたら「こんな小さなことを気にするんだ」と思われないだろうか。
気まずい雰囲気になってしまわないだろうか。 外国人扱いするようなことをされても、傷ついていることを周りに悟られないように笑ってその場をやり過ごす術を身につけていきました。
正体はマイクロアグレッション
そんな私にとって転機となったのが、アメリカへの留学や大学入学を機に上京したことでした。
アメリカのクラスには、当たり前のように白人、黒人、ラテン系、アジア系と多様な生徒が集まり、東京では個性を大切に生きる仲間に出会い、「みんなと違っていてもいいんだ」という感覚を持てるようになったのです。
NHKに入局して社会のために何ができるのか、考えた時にまず浮かんだのが「幼いころの私のようなしんどさを毎日抱えるミックスの子どもたちを助けたい」ということでした。
当事者や専門家に取材を進めるうちに、やっと自分が幼いころ感じていた“違和感”の正体が分かりました。
それが・・・「マイクロアグレッション」
小さな攻撃性という意味で、日々の言葉や行動で相手を傷つける行為として今、注目され始めている概念です。
マイクロアグレッションをしてしまう側は、社会的マイノリティの人に対して無意識に抱いている、「外国風な顔だちをした人は○○に違いない」などという、偏見や固定観念などが根底にあると言われています。
そのため、発言した本人も傷つける意図がないことがほとんどで、この問題に気付かないことが多いそうです。
受けた側も、悪意がないことを分かっているだけに、自分が傷ついていることを指摘できないのがこの問題の難しさだというのです。
「日本語、上手ですね」 言ったことありませんか?
実際にマイクロアグレッションを受けた体験を漫画で発信している人もいます。
カメルーン出身で、日本育ちの星野ルネさんです。
星野さんは、3歳の頃に日本に引っ越してきて、日本の学校に通い、“日本人”と同じように育ってきました。でも、黒人という見た目がゆえに、日常の中で“モヤモヤ”を感じ続けてきました。
その代表例となるものが、こちらの漫画。
「NJD=日本語上手ですね」、言ったことがある人も多いのではないでしょうか?
実は、これも“マイクロアグレッション”なのです。
これは、星野さんが数々のミックスルーツの方に取材をする中で、多くの人が体験したことのあるマイクロアグレッションとして例に挙がるもので、実際に私も今までに数えきれないほど言われてきました。
でも、これも、「傷つけよう」と思って言っている人はいないと思います。
むしろ、「頑張って日本語を勉強したのかも!褒めてあげたい!」「仲良くなるために、素敵だと思うことを伝えたい!」と思って、「日本語上手ですね」と言う人が多いのではないでしょうか?
しかし、その思いの前提にあるのは何なのかということがポイントなのです。それは「外国人の見た目だから日本語が流ちょうなはずがない」という無意識のうちに抱く固定観念。
その偏見や固定観念の存在に発言者自身が気づいていなくても、言われる側には伝わってしまい、それが結果的に、私が感じてきたような「また“外国人”扱いされた・・・」というモヤモヤになってしまう。これが、マイクロアグレッションなのです。
マイクロアグレッションが及ぼす影響とは?
マイクロアグレッションについて研究をする大東文化大学特任教授の渡辺雅之さんによると、マイクロアグレッションがメンタルに与える影響について、グラスのコップに1滴ずつ水滴が入っていくイメージだと言います。
少しずつ水がたまっていき、いつの間にかコップからあふれてしまう。マイクロアグレッションを受けるというのは、そのような感覚なのです。また、アメリカの研究者の論文などによると、マイクロアグレッションを受け続けると・・・
・自己肯定感の低下
・ストレス障害
・うつ症状
・自殺願望
などにもつながる可能性もあるというデータもあるそうです。
一緒に考えてみませんか?
「私が“弱い”から傷ついているわけじゃなかった・・・」
マイクロアグレッションのことを知って、自分が感じていた違和感は自分の弱さではなく、社会全体で考えなければいけない問題であるということに私は気付かされました。
そこで、これを多くの人と考えられる番組にしようと、ディレクターとして20名以上の社会的マイノリティ(ミックス、LGBTQ+、ひとり親家庭の方、障害のある子どもがいる方など)に会いにいきました。
彼らに「マイクロアグレッションを感じたことはありますか?」と聞くと、ほとんど全員が「もはや感じない日がない」と答えました。
ある外国にもルーツがある小学生は、マイクロアグレッションが原因の一つとなり、学校に行けなくなったそうです。
幼いころの私と重なりました。それほど“マイクロアグレッション”を受けることは、ダメージが大きいことなのです。
私に「あの子、ガイジンだ」と言ってきた高校生も、「ハロー!ウェアユーフロム?」と話しかけてきたおばさんも、「え~!日本語上手!すごい!」と拍手した女の子も、「どこの国の子なの?」と聞いてきたコンビニのおばちゃんも、全員「傷つけてやろう」という悪意はなかったと思います。
取材に協力してくださったみなさんも、相手に悪意があるとは思っていませんでした。 でも、私が皆さんに考えてほしいのは、「いくら悪意がなくても相手を傷つける言葉になってしまう時がある」ということです。
「気にしすぎじゃない?」
「そんなこと言われたら何も話せないじゃん」
「もう関わるのをやめよう・・・」
そう思う人もいるかもしれません。
でも、もしかしたら過去すでに大切な誰かをいつの間にか傷つけていたかもしれない。 これから出会う、仲良くなりたいと思う人のことも、いつの間にか傷つけてしまうかもしれない。
そんな悲しいことが起こらないようにするためにも、一度立ち止まって“マイクロアグレッション”について考えてみていただけたらうれしいです。