Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
人の中で生きていく限りその宿命から逃れる事は出来ない。
カラード中央塔内部を並んで歩く三人のリンクスと後ろから着いていく二人のリンクス。
三羽鳥の揃い踏みである。
企業連提供の画一的なスーツに身を包み歩くセレンと王小龍の前には、
真鍮製の胸当てと籠手を光に反射させ、厳めしい女性騎士の出で立ちで背筋を伸ばし、
インテリオル製の弾は出ない純金の銃剣を携え後頭部で高く結った茶色い髪を揺らしながらカツカツとブーツから音を立てながら歩くウィン・D・ファンション。
天女の衣のような銀糸のドレスを纏ってお伽噺のような透明なガラスの靴を履き、
透明なガラスの靴と名門ウォルコット家の家宝として永く伝わってきた「銀嶺のアミュレット」には瞳と同じ色をした荘厳なエメラルドが輝いているが、
身に付ける物全ての輝きにも劣らない存在感と艶麗さを醸し出しながらリリウム・ウォルコットも静かに歩いている。
左に銀貴の姫、右に真鍮の女騎士。
両手に花の様で二人の間を歩く男は普段野暮ったく眼にかかる赤い癖毛を全て整髪剤で後ろにまとめ上げ、
モール編みの布或が装着された赤いショルダーノッチのチュニックに、正装用のズボンである黒いトラウザーズと皮のブーツをパリッと身に付け、
左肩から掛けられた大仰な黒い布製の大綬には各企業とコロニーからこれまでの戦績とこの戦いの勝利を讃えた大小様々な勲章が殺めてきた者の生首のように所狭しと並びぶら下がっている。
左腰に帯刀されたその剣は1400年前から存在していたとされるオーメル支配圏に伝わる鞘から決して抜けない神剣・フラガラッハであり、その剣は全てを斬り断ち断面は永遠に分かたれたままであったという。
鍛え上げられた肉体と伸びやかに育った上背を包むその堅苦しい服装はどこをとっても二重丸以上が与えられる…
はずなのに、セレンもガロアも、ここにいる五人全てが何故かその恰好が似合っていないと思っているのは先ほどからガロアの頭をちくりと過る違和感と無関係ではない。
「シャンとしろ。今のお前は誰もが認めるランク1なのだぞ…ガロア・A・ヴェデット」
これまでの功績、そして今回打ち破ったORCA旅団団長、マクシミリアン・テルミドールがカラードのランク1、オッツダルヴァであったことが公表され、
その実力を煌びやかな賛美で褒めそやし名実ともに問題なしという事で(勝手に)ガロアはカラードのランク1となっていた。
「……」
それ自体に文句があるわけでもない。
自分が最強だということを疑っているのではない。
だが、自分が求めた答えはこんな称号だったのだろうか。
もっと根本的な何かを見落としているような気がするのだ。
また頭がちくりと痛む。違和感。
五人が歩いた先にあったのは至って普通のエレベーターであった。
カラード中央塔において階段で昇れるのはこの階までであり、この上へはこのエレベーターに乗るしかなく普段は立ち入り禁止にもなっている。
とはいうものの普通の人もカラード関係者もこれ以上の階へ行く必要は無いのだが。
オオオオオオオオオオオオ!
「……!」
最上階まで上がり開いた扉から出た五人を迎えたのはカラード管轄街のほぼ全域を見渡せる円形のバルコニーと一つの唸る風となった眼下の人々の歓喜の声であった。
晴天には数々のクレイドルも高度を下げ集まってきており、まさしく世界最大のパレードが今始まろうとしていた。
どんなよすがにも依ることなくひたすら勝利と栄光を積み重ね続けてこの地位まで上り詰めたガロアは全ての民の希望でもありどんな不純物も一切介す余地のない純粋な強さの象徴でもあった。
「見ろ。お前が守った人々なのだ、ランク1」
ズキンッ!
「!!」
自分より一歩下がった位置からのウィンの声に今度は違和感程度ではなくかなりの頭痛が頭に走る。
「ガロア様…?」
「……」
か細く心配そうな声をあげるリリウムの声を無視して左腰に帯びているフラガラッハを手首の運動で半回転させ左手で柄を、右手で鞘を掴み肉体と心気の力を有りっ丈込めて引き抜かんとする。
「何を馬鹿な事をしておる…?抜けぬ刀だと貴様もその眼で見たであろう」
小柄な老人が携えて持ってきたこの神剣は、傍に控えていたプロレスラーのような大男が万力のような力を込めてなお鞘から抜けることは無かった。
老人が言うには神剣云々よりも決して抜けないこの刀を最強の自分が帯刀していることが重要であるとのことだった。
世界最大規模の革命も企業の勝利に終わり、抜けない神剣は二度と戦いが起こらない事の象徴となる、と。
ビキッ
「……!!」
柄から何かがパラパラと落ちる。
ビキキッ…ズズズズズ…
「な…」
「大人…これは…!?」
パラパラと落ちた粉のような物の正体、それは錆。
鞘から姿を現した凡そ三尺の刀身は全て黒く変色するほど錆びており刃は余すことなく欠けていた。
ズキンッ
企業の言う二度と起きることの無い戦い、即ち平和の象徴はその全てが腐食していた。
『……』
頭痛と共に脳裏を過ったホワイトグリントの蒼い眼光に驚き刀を落とす。
カシャァン
安物の陶器の方がまだ小気味よい音を立てるのだろうと思えるくらい情けない音を立てながらフラガラッハの刀身は地面に当たるとともに粉々になった。
「……」
「……」
「……」
「……」
その異様にガロア以外の四人は口を開くことも動くことも忘れ枯れ木のように突っ立ている。
構わずガロアはバルコニーの柵までふらふらと歩み乗り出して眼下を見下ろす。
人、人、人。
狂気と紙一重の歓喜に叫び歌う弱き民。
作り出してきたはずの物は爆炎。斬撃。劫火。
そして平和と憎悪。
『終わりか…あるいは貴様も…』
あれ。
なんだこれは。
誰にとっても平等な暴力だったはずだ。
目の前に立つ敵を全てなぎ倒して、ひたすら身体を鍛え腕を磨き、ひたすら憎んで憎んだ奴の全てを否定するために戦ってきたというのに。
まるで同じことをしている。
憎み恨み殺したアナトリアの傭兵と同じ道を辿っている。
汚し続けた手で人々を守るという矛盾を。
人は時として自分が一番憎悪したモノになる。
ここまで何人の人間を殺してどれだけの人間を不幸に叩き込んだのだろう。
そしてこの手でカラードを守っていた。この手で作り出した矛盾は自分がそうだったように自分を殺したいほど憎む人間も生んだだろう。
何もかも、やっていることはアナトリアの傭兵と同じだった。
自分と同じ人間を生みたくなかっただけなのに。殺したくない者を殺してまでここに来たというのに。
骸を積み重ね踏みにじった道の涯、結末がこれか。
「……」
「…!」
「!」
柵を両の手で掴みながら崩れ落ちたガロアの姿にこの世界で長く生きてきた王小龍はある音を聞いた。それは心が折れる音。
そしてその意味まで理解してきたのはずっと一緒にここまできたセレンだけであった。
「ガロア!」
一も二も無く床に落ちた錆びついた剣の欠片を踏み越えガロアの元へと駆け寄るセレン。
肩に手をかけ、こちらを向かせたガロアのその顔は止めどなく零れる涙に濡れている。
自分が受けた訓練と同等の厳しい訓練をこれまで課し、それに加えて地獄のような特訓を自分から進んで受けても一粒もこぼれなかったガロアの涙が、川のように溢れている。
父の死から今日この日までに流れたはずだった涙がガロアに一斉に去来した。
「もういい…もういい。行こう、ガロア」
「どうしたのですか…?」
「な、待て!どこへ行くんだ!これからだというのに…」
糸の切れた操り人形のように力ないガロアを肩にその場を去ろうとするのを止めようとしたウィンだが、二人の顔を見て言葉が途中で止まってしまった。
「…後は頼む、王小龍」
「…早く連れていくが良い」
年と共に刻まれた眉間の皺を深く寄せたっぷり五秒間程目を瞑った後に唸るように声を王は出した。
もうだめだ。理由は分からないが、あの少年は壊れてしまった。
ふらつきながらエレベーターに乗る二人の背中が三人の、いやカラードの人々が最後に見た二人の姿であった。
セレン・ヘイズとガロア・A・ヴェデットはその日から地球に生きる全ての人々の目の内から消えた。
ある企業の幹部の日記
『締括』
CE 23 8/4
尊い平和は守られた。
そうアピールするための馬鹿げた乱痴気騒ぎとパレードが今日ようやく終わった。
CE23 7/7に起こったクレイドル03襲撃事件はリンクス、ひいてはネクストという存在の不安定さを露呈した。
幸い未遂に終わったがそれでもこの事件での死者は900万人を超えており、しかもそれを止めたのもリンクスであった。
もしも敵う者のいないリンクスがその作戦を決行に移していたとすれば、たった一人により空前絶後の被害を人類はこうむっていただろう。
また、今回の世界最大規模の革命も数人のリンクス主導の元に行われていた。
個人の逸脱行為により公共の福祉、人民の生命が脅かされる可能性のある現況は速やかに正されるべきである。
現在世界各地に散らばるORCA旅団の残党とテロ組織を来るX/XXに全企業合同作戦により壊滅させた後に企業に確認されている三十余名のリンクス及びネクスト全てを「処分」することが決定された。
各企業の代表からの調印も既に得ており、この度の一斉処分によって人類全体の平和への道が開けることを願うばかりである。
企業連ルート 完
BAD END
アナトリアの傭兵のようにならないようにと選んだ道でガロアはまさしくアナトリアの傭兵と同じ存在となっていました。
人生の全てだったその怒りは反旗を翻すようにガロア自身に向けられガロアの心を粉々にしました。
何がいけなかったのでしょうか。カラードについて戦ったのがそもそも間違いだったのでしょうか。
それならば、今度はカラードから離れてみましょう。
いざ、ORCAルート。