「漫画家がインボイスになるとスタッフを雇えなくなる」との叫びが、業界外ではイマイチ共感されなかった理由はこうだ。
そもそも給与は、消費税の控除が出来ず、インボイスの影響はないので、反対する理由はない。
そうなるとスタッフとは業務請負契約をしていたのではないかと推察される。
著名な漫画家が消費税分全額の値下げをスタッフに一方的に打診して公取委から注意をされたという報道からも請負契約が多いことが予想される。
この業務請負契約が、実態は雇用と同様ということであれば、その契約は、雇用主としての責任を逃れ、社保負担を回避するための「偽装請負」との指摘がされるだろう。
実際、これまでもSTOPインボイスと叫んでいた人達がこの行為を糺弾していたはずだ。
そのため、労働集約型の業界では、それらの偽装請負との指摘を避けるために、大手企業ほど、個人事業主から法人化することを口座開設の要件としている。
また、マッサージチェーンが上場できないのは、この点がクリアできないからとも言われている。
さらに、税務でも大きな問題がある。
それは請負契約であれば、外注費として消費税の仕入税額控除は可能であるが、その実態が給与であるとされると、消費税の控除を否認された上、源泉所得税の追徴課税までされることになる。
この定められた場所で従事する個人について、外注なのか給与なのかという話は、税務調査でもっとも良く揉める点のひとつと言っても良い。
その基準は総合的な判断とされるが、主に以下の4要件で判断がされる。
「指揮命令監督下」「代替性」「リスク分担」「用具等の提供」
つまり、納期までに納品をすればいつどこで作業をしても良く、責任さえもてば他人に変わってもらうことも出来、計画が頓挫したときにはそれまでの収入を諦め、用具等も自分で用意すればプロとしての請負となる。
一方で、相手の指定した場所と時間内で作業をし、その間は依頼主の指揮を受け、本人以外の代替は認められず、途中で計画が頓挫したところでそれまでの作業の対価は支払われた上、用具等も依頼主が用意してくれるとなればこれは給与となる。
ものすごくざっくりと言えば、「その身一つで絶対に赤字にならない働き方」は給与とされると言うことだ。
あくまでも総合的な判断ではあるが、4つとも揃った場合には、税務署はかなり強硬に給与として認定をしてくる。
この4要件を見る限り、多くの漫画のスタッフ、一人親方、エステシャンやピアノ教室講師などは本来給与とされることがわかるだろう。
なお、この判断には、当事者間が請負で納得しているということは関係がない。
請負契約書があれば良いわけではなく、あくまでもその中身が4要件に照らして請負とされるることが必要だ。
専属ではなく、他でも受任しているからプロだろうという反論も、税務署には「単なるバイトの掛け持ち」といわれて給与とされる。
スタッフが事業所得として申告していてもダメだ。
前回の税務署の指摘で、一人親方たちを連れて税務署で事業所得として申告をさせに行ったのに、次の税務調査で「あれは誤指導。ペナルティは免除するのでどうしても給与として修正してほしい」と泣きつかれたこともある。
それだけ税務署が強硬なため、ヤマハ音楽教室は、HPに「当社とピアノ講師との間の契約は雇用契約ではない」とわざわざ記して、何とか雇用主としての責任を回避しようとしているようだが、その報酬は給与として消費税を控除せず、源泉徴収をした上で年末調整までしているのだ。
どれだけ税務署がこの点について強硬であるかがわかるだろう。
それが、漫画家という小規模な事業者であるために、税務署も見過ごしていたというだけではないか。
その結果、スタッフには消費税の納税義務がないためその分の値下げをしたところで腹は痛まない一方で、漫画家側はしっかりと消費税の控除をすることで、一義的には免税事業者の手許に残るはずだった「益税」を吸い上げていたことになる。
それが当たり前のこととして業界内で定着したために、発注者もスタッフも益税の実感はないだけ。
この状態を正しいものとすれば、当然インボイスは負担増だろう。
だが、いくら免税事業者を保護したところで、この構造が変わらなければ、その益税は依頼人に吸い上げられてしまう。
この免税事業者からの益税の吸い上げを不可能にするのがインボイス制度なのだ。
インボイスを批判する前に、まずは業界の労働慣行を正せとの指摘が業界外からされるのはこういうことなのである。
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