【狂った桜】(02) 美人巡査とヤクザの恋――ニッポン警察史に残る“汚点”はこうしてできた
警視庁にまた“爆弾”が落ちた。発覚したのは、排除の対象として締め付けを強化する暴力団組員と現役女性刑事の禁断の関係。何故こんな不祥事が起きたのか? そこには、警察組織の異様な実態が見え隠れする――。 (取材・文/フリージャーナリスト 安藤海南男)



その女はカメラレンズに向かってピースサインを送り、無邪気な笑顔を見せていた。肩まで伸びた黒髪に大きな瞳、口元から覗く印象的な八重歯――。その容姿は、人気女優の新垣結衣を彷佛とさせる。無防備なその表情は、ありふれた日常を生きる平凡な女のそれだ。この1枚の写真から女の生業を推し量るには、かなりの洞察力が必要になるだろう。何故なら女は、“限られた人間しか経験し得ない非日常”を生きているからだ。そして、その姿をファインダーに焼き付けたまさにその時、女は更なる修羅の道に足を踏み入れようとしていた。「こんな写真、撮られちゃったらアウトでしょう」。呆れたような笑みを浮かべながら、男はこう言った。年の頃は30代半ば。差し出した名刺には、彼が代表取締役を務めるという会社の名前が記されている。だが、それは表の顔。本当の稼業は言わないし、筆者も聞かない。互いに暗黙のルールを守りつつ、男は写真の背後にあるストーリーを語り始めた。「これは、関東のある組織の人間から流れてきたものです。ヤクザの新年会の時に撮られたもので、ここに写っているのが例の女刑事ですよ」。事の発端は3月19日、テレビや新聞で一斉に報じられた、あるニュースだった。明らかになったのは、警視庁新宿署の女性巡査(23)による、交際相手だった暴力団組員への捜査情報の漏洩。地方公務員法(守秘義務)違反の容疑に問われた女性巡査は、報道があったこの日、停職6ヵ月の懲戒処分を受け、同法違反の疑いで書類送検された。
その後、この不祥事は“ヤクザと女刑事の道ならぬ恋”という側面がフレームアップされ、格好の週刊誌ネタとなった。交際していたのは、指定暴力団『住吉会』の3次団体の30代組員。昨年10月、暴力団同士の傷害事件の捜査で、取り調べ担当と被疑者という立場で知り合ったのが出会いのきっかけだったという。其々の名字のイニシャルから、女刑事をM、相手の組員をSとしよう。複数の警察関係者の話を総合すると、Mは昨年7月、新宿署の留置管理課から、暴力団事件等を扱う組織犯罪対策課の応援部隊に参加したばかりだった。現場では見習い扱いで、先輩署員と共に事件を担当。Sと知り合ったのは、新米刑事には荷が重い捜査の最前線に放り込まれた矢先だった。Sを知るあるヤクザは、こう振り返る。「アプローチしたのはSのほうだったようだ。報道では“EXILEメンバーのようなイケメン”とされていたが、実物も男前だった。組に入る前は渋谷を根城にしていて、不良界隈でも名前が通っていた」。2人は11月下旬頃から交際を始めた。12月にSが自身に関わる捜査情報を要求するようになり、軈て金銭の無心までするようになった。MからSに渡ったカネは、計100万円に上ったという。2人は携帯電話でやり取りしていたが、これがMにとっては命取りになったようだ。冒頭の情報提供者によれば、「Mは捜査員に支給される公用の携帯電話で連絡を取っていた。いつ、どこで、誰と連絡を取っていたか一発でわかる。新宿署内で噂が広がり、交際の事実が発覚するまでに時間はかからなかった」という。態々証拠を残すようなヘマをしたのは何故なのか? 筆者にはそれが疑問だった。Mにすれば、当初は“捜査の一環”という感覚だったのかもしれない。それが徐々に深みに嵌まり、職業倫理よりも女としての本能が上回った時点で分別をつける余地は残されていなかったと見ることもできるが、教育された警察官が何故こうまで自制心を失ったのだろうか? 事件発覚後のある週末、筆者は新宿の安酒場にいた。酔客の嬌声が響く猥雑な店内。向かい合っていたのは、狭い椅子に窮屈そうに身体を押し込めてビールを呷る大男。背広の内ポケットからは警察手帳が覗いている。筆者は酒の勢いに任せて、現役刑事である男に件の疑問をぶつけた。「何でMは公用の携帯電話なんて使ったんですかね? 直ぐバレるってわかるようなもんですけど」。すると男は、怒気を孕んだ声でこう吐き捨てた。「うちらの“会社”は記者と話をするだけでも地公法(※地方公務員法)に引っかかり、処罰対象になるんだ。課内で情報漏洩が発覚すりゃあ、私用の携帯電話まで提出させられることもある。だから、捲れたら拙い人間と接触する時は公用電話なんか絶対に使わない。そんな基本的なこともわからないなんて、きちんと警察学校に行ったのかどうかすら怪しいくらいだ。不祥事云々より、そんな人間にマル暴の真似事をさせること自体がおかしい。組織が腐ってきている証拠だ。このままじゃ、また同じことが起きかねない」。

今年で勤続20年になる男の自慢は“組対担当”、つまりマル暴の経験の長さだ。男は、Mの行為そのものより、自分の“聖域”が侵されたことへの憤りのほうが強いようだった。Mの出自も、男の怒りを増幅させる一因だった。「Mの親父は生経(※出資法違反等の経済事件を手がける生活経済課)らしいんだ。しかも、未だ現役だっていうんだから。日頃から詐欺師やらブローカーやらと接触してネタを取るのが仕事だから、捜査対象者との距離の取り方を熟知している筈なのに、同業の娘に何を教えていたんだって話になる。恥の上塗りもいいところだ」。話を聞きながら、筆者はSを知るヤクザの話を思い出していた。「SはMからカネを引っ張る目的で近づいたような報道が目立ったが、実際は違う。『カネは返した』と言っていたというし、Mについて『本気だった』とも聞いた。そうじゃなきゃ、自分の組の新年会なんかに連れて行かないでしょ」。Sは現在、別件で実刑判決を受け、収監を待つ身だという。市井の我々が警察官と対峙する時、そこに立ち現れるのは“国家権力の代行者”としての姿だ。権威というフィルターを纏った彼らの“素顔”を容易に見ることはできない。だからこそ、彼らは畏怖される存在であり続けることができる。だが、この写真に見えているのは、権威の衣を脱ぎ去った1人の女の紛れもない“素顔”だ。
2018年6月号掲載
その女はカメラレンズに向かってピースサインを送り、無邪気な笑顔を見せていた。肩まで伸びた黒髪に大きな瞳、口元から覗く印象的な八重歯――。その容姿は、人気女優の新垣結衣を彷佛とさせる。無防備なその表情は、ありふれた日常を生きる平凡な女のそれだ。この1枚の写真から女の生業を推し量るには、かなりの洞察力が必要になるだろう。何故なら女は、“限られた人間しか経験し得ない非日常”を生きているからだ。そして、その姿をファインダーに焼き付けたまさにその時、女は更なる修羅の道に足を踏み入れようとしていた。「こんな写真、撮られちゃったらアウトでしょう」。呆れたような笑みを浮かべながら、男はこう言った。年の頃は30代半ば。差し出した名刺には、彼が代表取締役を務めるという会社の名前が記されている。だが、それは表の顔。本当の稼業は言わないし、筆者も聞かない。互いに暗黙のルールを守りつつ、男は写真の背後にあるストーリーを語り始めた。「これは、関東のある組織の人間から流れてきたものです。ヤクザの新年会の時に撮られたもので、ここに写っているのが例の女刑事ですよ」。事の発端は3月19日、テレビや新聞で一斉に報じられた、あるニュースだった。明らかになったのは、警視庁新宿署の女性巡査(23)による、交際相手だった暴力団組員への捜査情報の漏洩。地方公務員法(守秘義務)違反の容疑に問われた女性巡査は、報道があったこの日、停職6ヵ月の懲戒処分を受け、同法違反の疑いで書類送検された。
その後、この不祥事は“ヤクザと女刑事の道ならぬ恋”という側面がフレームアップされ、格好の週刊誌ネタとなった。交際していたのは、指定暴力団『住吉会』の3次団体の30代組員。昨年10月、暴力団同士の傷害事件の捜査で、取り調べ担当と被疑者という立場で知り合ったのが出会いのきっかけだったという。其々の名字のイニシャルから、女刑事をM、相手の組員をSとしよう。複数の警察関係者の話を総合すると、Mは昨年7月、新宿署の留置管理課から、暴力団事件等を扱う組織犯罪対策課の応援部隊に参加したばかりだった。現場では見習い扱いで、先輩署員と共に事件を担当。Sと知り合ったのは、新米刑事には荷が重い捜査の最前線に放り込まれた矢先だった。Sを知るあるヤクザは、こう振り返る。「アプローチしたのはSのほうだったようだ。報道では“EXILEメンバーのようなイケメン”とされていたが、実物も男前だった。組に入る前は渋谷を根城にしていて、不良界隈でも名前が通っていた」。2人は11月下旬頃から交際を始めた。12月にSが自身に関わる捜査情報を要求するようになり、軈て金銭の無心までするようになった。MからSに渡ったカネは、計100万円に上ったという。2人は携帯電話でやり取りしていたが、これがMにとっては命取りになったようだ。冒頭の情報提供者によれば、「Mは捜査員に支給される公用の携帯電話で連絡を取っていた。いつ、どこで、誰と連絡を取っていたか一発でわかる。新宿署内で噂が広がり、交際の事実が発覚するまでに時間はかからなかった」という。態々証拠を残すようなヘマをしたのは何故なのか? 筆者にはそれが疑問だった。Mにすれば、当初は“捜査の一環”という感覚だったのかもしれない。それが徐々に深みに嵌まり、職業倫理よりも女としての本能が上回った時点で分別をつける余地は残されていなかったと見ることもできるが、教育された警察官が何故こうまで自制心を失ったのだろうか? 事件発覚後のある週末、筆者は新宿の安酒場にいた。酔客の嬌声が響く猥雑な店内。向かい合っていたのは、狭い椅子に窮屈そうに身体を押し込めてビールを呷る大男。背広の内ポケットからは警察手帳が覗いている。筆者は酒の勢いに任せて、現役刑事である男に件の疑問をぶつけた。「何でMは公用の携帯電話なんて使ったんですかね? 直ぐバレるってわかるようなもんですけど」。すると男は、怒気を孕んだ声でこう吐き捨てた。「うちらの“会社”は記者と話をするだけでも地公法(※地方公務員法)に引っかかり、処罰対象になるんだ。課内で情報漏洩が発覚すりゃあ、私用の携帯電話まで提出させられることもある。だから、捲れたら拙い人間と接触する時は公用電話なんか絶対に使わない。そんな基本的なこともわからないなんて、きちんと警察学校に行ったのかどうかすら怪しいくらいだ。不祥事云々より、そんな人間にマル暴の真似事をさせること自体がおかしい。組織が腐ってきている証拠だ。このままじゃ、また同じことが起きかねない」。
今年で勤続20年になる男の自慢は“組対担当”、つまりマル暴の経験の長さだ。男は、Mの行為そのものより、自分の“聖域”が侵されたことへの憤りのほうが強いようだった。Mの出自も、男の怒りを増幅させる一因だった。「Mの親父は生経(※出資法違反等の経済事件を手がける生活経済課)らしいんだ。しかも、未だ現役だっていうんだから。日頃から詐欺師やらブローカーやらと接触してネタを取るのが仕事だから、捜査対象者との距離の取り方を熟知している筈なのに、同業の娘に何を教えていたんだって話になる。恥の上塗りもいいところだ」。話を聞きながら、筆者はSを知るヤクザの話を思い出していた。「SはMからカネを引っ張る目的で近づいたような報道が目立ったが、実際は違う。『カネは返した』と言っていたというし、Mについて『本気だった』とも聞いた。そうじゃなきゃ、自分の組の新年会なんかに連れて行かないでしょ」。Sは現在、別件で実刑判決を受け、収監を待つ身だという。市井の我々が警察官と対峙する時、そこに立ち現れるのは“国家権力の代行者”としての姿だ。権威というフィルターを纏った彼らの“素顔”を容易に見ることはできない。だからこそ、彼らは畏怖される存在であり続けることができる。だが、この写真に見えているのは、権威の衣を脱ぎ去った1人の女の紛れもない“素顔”だ。
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