息子のことについて

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クヤマネレトパと名乗っていた者の親です。

私は、息子がこのようなブログを書いていたことをまったく知りませんでした。

 

息子は今年一月六日に遺体となって発見されました。自殺でした。

ある山の中で、その山の神社にお参りに来た人により発見され、警察の通報により連絡がありました。

首を吊って死んでいました。

スマートフォンには「首吊り」と「入水」の検索履歴があり、最後までどちらで死のうか迷っていたようです。

アルコールも検出されました。

遺書はありませんでした。

 

夏にようやく遺品を整理することができました。

息子のノートパソコンからこの日記へのリンクを発見しました。

息子は携帯ではなく、この日記をノートパソコンでずっと更新していたようです。

そのままログインすることが出来ました。

 

ショックでした。

 

息子がこんなに悩んで苦しんでいることに気付けなかったんです。親なのに。

自分が妄想性パーソナリティ障害だと思い詰めていたのです。

息子はいつか自分が加藤智大のように無差別に人を殺すだろうと考えていたのです。

 

息子は取り立てて優しい人間でもありませんでしたが人を殺すようなことだけはするまいと考えていました。

結局自分を殺してしまいました。

 

息子と最後に会ったのは去年の夏でした。

その時は死ぬなんて思ってもみませんでした。食卓を囲んだときは笑っていたのに。

「冬は帰省できないよ。家賃の更新とかいろいろあって物入りだから」とは言っていました。

思えばあの時に、すでに冬に死ぬことを決めていたのでしょう。

この日記は二〇一六年の一二月から始まっています。

きっと一年間だけつけて死ぬことを決めてたのでしょう。

 

わが息子ながら哀れだと思います。

 

私は、息子が幼い頃から「自殺だけはしては駄目だ」「生きていればなんだって出来る」と教育してきました。

息子が好きだったロックバンドのメンバーが自殺した時もそう伝えました。

息子がそれに反発していたのをかすかに覚えています。

この日記を読むと息子が私たち親にも強い反発を抱いていたことがわかりました。

 

「誰も助けちゃくれないわけよ
俺がどんだけ苦しんでも誰も助けちゃくれないわけよ」

 

と息子はこの日記に書き残しています。

申し訳なかったと思っています。

 

死後判明したのですが、息子には借金がありました。

サラ金に六〇万円ほどです。到底死ぬような金額ではありません。だから死の主要因ではないんだろうと思います。

それでも

何で生きているうちに言ってくれなかったんでしょう。

それで死ぬ気が少しでも失せるなら借金くらいいくらでも肩代わりしたのに

 

他人に頼ることをどこか恥ずかしいと思っていた気がします。

私も、「自分でできることは自分でやれ」と教育していました。

だからって死ぬことないでしょう。

 

自殺した息子のために大きな葬儀はしませんでした。

身内だけで小さな葬儀をしました。

それでも、何人かの息子の友達や知り合いは時々、仏壇に手を合わせに来てくれました。

ありがとうございます。

 

息子の勤めていた会社の人が来てくれました。

「何か変わった様子はありませんでしたか」と聞いて見ました。

言いよどんでいたのですが、教えてくださいました。

 

「上司に連絡するべきことをしなかったと軽く怒られていました。けれども、息子さんは少し憤慨したように、俺はちゃんと言ったんだ、と言っていました。それくらいです」

 

ああ、と思いました。

 

同じようなことがあったんです。

息子が中学生の頃、ある日、大変遅く帰宅しました。11時過ぎだったでしょうか。

私は厳しく叱り付けました。「こんなに遅くなるなら前もって言っておけ」と。

息子は不貞腐れて「ちゃんと言ったよ!」と口答えしました。

それから息子は二週間位口を聞きませんでした。

 

私は息子から、「遅くなる」と伝えられてはいなかったと、今でも思っています。

けれども、うっかり聞き流してしまったのかもしれません。今となっては真実は分らないのです。

 

息子が嘘をついたのでないとすれば上司の方も、うっかり聞き流してしまったのかもしれません。

上司の方を責めるつもりはまったくありません。

 

息子は正直な人間とは言い難い所がありました。ですから、息子が嘘をついていた可能性だってあります。

でも息子は謂れのないことで怒られたと感じていたのかもしれません

今となっては分らないことです。

 

自分が言っていないことを言ったことにされたり、その逆とか

自分がやっていないことをやったことにされたり、その逆とか

そういうことにとても敏感に怒る人間でした

学校の窓ガラスが割れたときに息子が疑われたのですがそれにいつまでも怒っていたことを覚えています。

 

「嫉妬と猜疑心から解放されて楽になりたい」

 

こんなことも書いていました。確かに息子は嫉妬深く人を信用しきれていない所がありました。

 

親の育て方が間違っていたのでしょうか。

 

人を騙す人間がたくさんいる。だから人をある程度疑っても仕方ない。

息子が生きているうちにそう伝えられれば良かった。

 

息子の日記を読むと当初は偽装自殺をしたかったようです。

けれどもそれは叶わず、最終的には首吊りを選びました。

何かを訴えたかったのでしょうか。

 

ただただ悲しく、今は何もする気が起きないのが現実です。

でも息子にとっては生きているよりもずっと幸せになる行動だったんでしょうね。

 

息子を苦しませてしまったことを、ひたすら申し訳なく思っています。

息子は弱かったし善良な人間でもなかった。それは私自身そう思います。

けれども不必要に苦しませてしまったのは、申し訳ないのです。

毎日仏壇に向き合うたびに言いようのない虚しさがまとわりつくんです。

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