第14話 そして、災禍は顕現する
燈真たちが光希の看病をしている頃、椿姫と万里恵は退魔局に来ていた。
魅雲村の中心——中央区に鎮座する村で唯一の超高層ビルである。地上三十二階建て、周囲には工場やなんかがあり、それらは村の主な働き口となっている。
魅雲村が過疎化しない理由は、ひとえに退魔局にとって重要な拠点であるからだ。決して、妖怪の習性だけで人口流出が起こらないわけではない。
むしろ妖怪は新天地を求め、そこに適応する生き物だ。本来的な動物であるとはいえ、その動物自身が狐に見られるように子を縄張りから追い出したりするケースもあるし、渡り鳥のような性質の種族もいる。中には無機物が妖怪化する付喪神のようなものもあるのだ。生物の常識が当てはまる点もある一方で、予想外の行動に出ることも多い。気ままで気まぐれ、それが妖怪だ。
さても退魔局の小会議室にいる椿姫と万里恵は、一つ目の女性妖怪——支局長の秘書である
いついかなる時でも平常心を忘れない。椿姫も万里恵も、それはできる。軽口を言うのは一種のガス抜きだ。実際に本気で感情的になることは、基本的にはない。
「万里恵さん、砂糖を入れすぎでは」
瞳がそう言った。万里恵はすでに、砂糖の紙スティック三本目を掴んでいる。
「これで最後にしますから……えへへ」
「子供舌」
「なによ。いいでしょ、甘いの好きなんだから」
さーっと砂糖を入れ、ティースプーンでかき混ぜる。燈真が見たら目を覆ってため息をつくだろう。逆に椿姫たちもブラックでコーヒーを飲む高校生なんてどんだけスカしてんだ、と思うが。
「お二方、始末した呪術師のざっとした検死結果をお話しますが、よろしいですか」
「ええ、どうぞ。慣れてますので」
「それもそうでしたね。……まず、カマイタチの妖怪であることに間違いはありません。ただ、ドーピングの形跡が見られます。元は一尾の少女だったのでしょうが、呪術で無理矢理妖力を増幅させられていました」
瞳は淡々と続ける。
「光希君が手を下さなかったとしても、余命幾許もありませんでした。むしろ苦しまずに逝ったので、まだ安らかに息を引き取れたはずです」
「呪術師どもめ……ってことは、他の奴らもですか?」
「断定はできませんが、光希君が聞いたケンという女も同様でしょう。捕縛している綾乃という女は口を割りませんが、彼が聞いたとおりであればこの二名の呪術師は無理やりな強化を受けています」
グロテスクな事実に、椿姫も万里恵も閉口した。
妖力を強引に増やす——そんなことをすれば、肉体が保たず文字通り破裂する。
通常、妖怪が妖力を増やしていく際にはそれに応じて器である肉体も強化されていくのだ。長い時間をかけ、その個体のペースに合わせて。
椿姫なんかは血筋ゆえに実年齢六〇代にして五尾になれたが、それでも彼女は過ぎた力ゆえ、先天的な妖力不全を患っているのだ。
例外的なものとして半妖が挙げられるが、彼らは肉体の不均衡が理由で、妖力と肉体が常に強化しようと急成長する時期があるため、若くして強力な力を得るのである——つまり、両方の要素がしっかりと両立するのだ。
しかし、妖力だけを増やせば、風船に過剰に息を吹き込んだように割れておしまいだ。肉体だけを強化するならまだいいが、それでも妖力が不足して術の扱いが困難になる——余談だが、フィジカルキーパーはまた別である——。
「ケンって女も、静観した場合自滅するんですか?」
「それはありません、椿姫さん。わかった上で行動しているとすれば、全て織り込み済みで行動しています。何を企んでいるのかが現状不明です。竜胆君を攫うことをまだ企んでいるのか——」
そのとき、部屋の内線電話が鳴った。瞳がそれを受け、二、三会話する。そして、その一つ目が大きく見開かれた。
「奴らの目的がわかりました。ヤオロズの上澄みです」
「「‼︎」」
椿姫と万里恵は息を呑んだ。それはつまり——村だけでなく、裡辺の危機ではないか。
ヤオロズはその気になれば国家転覆どころか大陸一つを滅ぼせる化け物だ。なんとなれば奴は魍魎の王と言われる怪物なのだから。
「瞳さん、まさか私たちに避難しろって言う気ですか⁉︎」
「言っときますが、私も椿姫も逃げませんからね。
そこに、気忙しいノックの音。「久留米だ。いいか」と声がして、瞳が背筋を伸ばして「お入りください」と返事をした。
入ってきたのは恰幅のいい紳士。スリーピースのボタンをはずしているのは、不摂生だからではなく筋肉のせいである。全身が隆々とした筋肉に
強面だが、銀縁眼鏡とクマの模様のネクタイのおかげで妙に親近感が湧く。
彼の名は
「逃げろと言う気はないぞ。むしろ戦ってもらう。だが竜胆君や菘ちゃんには避難してもらうぞ。これは絶対だ」
久留米は続ける。
「出せるトラック、バスを使って戦えん者を避難させている。工場の輸送トラックも軽トラも使ってな」
「ありがとうございます、支局長」
「ああ。問題は上澄みの規模がわからんこと、そしてケンという狐の所在だ。探知術に引っ掛らんと言うことは、なにか迷彩系の禁具を持っているな」
侵入時にそれを使わなかったのか——と思ったが、おそらく虎の子かつ時間制限があるものなのだろう。常に使えたのなら、もっと上手い立ち回りをしているだろう。呪術師はピンキリとはいえ、今回の相手は馬鹿ではない。
わざわざ人狼を捨て駒にしているあたり、相当な覚悟があったに違いない。
「相川、アレの準備もしておくように」
「……本気ですか」
「事が起こってからでは間に合わん。俺にも土着愛くらいある。いい土地を無くしたくない」
「わかりました。整備士に連絡しておきます」
椿姫と万里恵にも、「アレ」がなんなのか察しがついた。
アレとは、準特等魍魎さえ葬る、この支局の切り札である——。
そのとき。
腹の底が浮くような、奇妙な感覚が襲った。
椿姫と万里恵は優れた体幹で耐え、人間である宗一郎は非戦闘員である瞳を伏せさせ、机に捕まっていた。
十秒か、数分か——わからないが、揺れは治った。
「震度五弱はあったな。なんだ今のは」
宗一郎が窓辺に寄り、そして絶句した。
「相川、緊急警報を鳴らせ。それから総員第一種戦闘配置だ」
「え、あ——はい!」
瞳は、何が起きたかをまだ見ていない。それでも、信頼するボスの言葉に従いオペレーションルームに走っていく。
「どうしたんですか、支局長」
「……椿姫、あれ」
万里恵が口元を抑え、そして椿姫も目にした。
窓の向こう、山にのたうつそれを。
一対の角、八つの目。ムカデのように生えた獣の足。
一対だ、二対ではない。だからあれは、決して違う。だが、どう見てもそれは——。
「ヤオロズ……!?」
そこに顕現していたのは、全長四〇メートルに達する、地を這う巨大な大蛇だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます