第11話 襲撃
「だからっ、
イタチの耳に三本の尾を持つ呪術師・キキが空っぽの一斗缶を蹴り飛ばした。空き倉庫にがらんがらんと虚しい金属音が響く。
妖狐で五尾の金髪の呪術師・ケンは冷静に受け応える。
「必要なものは充分今の手札にある。綾乃さんはあとでいい。あれのテストを行い、混乱を生んだ隙に助ければ——」
「今だって退魔局にゴーモンされてたらどーすんだよっ! あいつら呪術師には容赦ねえだろ!」
「みんな織り込み済みだろう」
「リンの兄貴だって殺されちまってんだぞ!」
「忠義に熱い男だ。本望だろうさ。……あまり私を困らせるな」
キキは真正面からケンを睨みつけ、牙を剥いて威嚇した。喉からギィー、ギチッと鳴き声が漏れる。
「くそっ、もういい!」
「どこへ行く?」
「薄情者に付き合いきれねえんだよっ!」
倉庫を飛び出していくキキ。ケンは眉間に手を当て、しかし彼女が混乱を生んでくれるなら好都合だと冷徹な判断を下した。
リーダーは人狼のリンだったが、参謀はケンである。頭脳が健在であれば、彼らの狡知はいくらでも張り巡らされるのだ。
「稲尾竜胆から採取した血……これがあればアレの上澄みだけでも放てるか……」
ケンは手元の札を振って、そこからシリンダーを取り出した。中には赤黒い、竜胆の——稲尾の血がある。
彼らの目的は九尾の家系から子種を奪うことではない。それなら間に合っているのだ。大切なのは、純血種、直系の血である。
千年前、この地で起きた災禍。稲尾柊が魅雲村から離れない理由。この土地を九尾や龍、第二の守鶴とまで言われた狸などの名だたる大妖怪が鎮守する理由。
「どのみち……稲尾の息子を傷つけた以上、我らは誰一人として助かりはせん」
×
「持久走ってかったりーな」
雄途がほとんど歩いているような速度でそう言った。体力的にはまだ余裕があるだろうに、秋晴れの午後の涼しい校外コースを走る彼にはありありと面倒臭いという顔が浮かんでいた。
「俺もだぜ。走るなんて毎朝山登りでやってるし、免除してくれねーかな」
光希がゲンナリとした顔で言った。彼もほぼ歩きというようなペースである。一方の燈真はだらしない妖怪を放って先を走っていた。体力馬鹿め、と二人して吐き捨てる。
「あんたら走りなさいよー」
彼らの隣を稲尾椿姫が走っていった。一介の少女妖怪でありながら、豊かな胸を持つ柊の子孫であるため大きな胸がたゆんたゆん揺れていた。
雄途も、弟弟子の光希もぽけーっと見惚れていると——。
「馬鹿者、止まるな。あと少しだろうが」
体育教師である、黒ジャージの女性が背中をぽんぽん叩いてきた。
顔立ちはやや厳つく、額には二本の角が生えている。体格も良く、よほど燈真より鬼らしい鬼だ。が、こう見えてスイーツ好きで可愛ぬいぐるみを集めるのが趣味と知られていた。
彼女はこっそり御薬袋を狙っている——なんて噂もある。
名は
「うちの高校美形多いよな」
「雄途も
妖怪社会は実力主義。無論、外見から優秀な遺伝子を判断するが、それだけでは決まらない。仕事、実績、そして妖力。妖怪としての最大の魅力は強さだ。
女性妖怪の中には「私を組み伏せられないような男となんて付き合わない」と言い張る者も、少なくない。
「……やべ、ケータイ落としたかも。雄途先行ってて」
「え? ああ……」
光希は踵を返し、肉体のペースアップをするように少しずつ走り始めた。加速しつつ鼓動の調子を確かめる。
きっと、椿姫はすでに気づいている。
生徒たちが自分で最後尾であることを確認し、光希は札をポケットから抜いた。素早く振って、刃渡り七インチのサバイバルナイフを顕現し、逆手に握った。
二本の尾が微かに帯電。耳の毛が一本一本逆立ち、レーダーのように敏感になる。
「律儀だな。人質の一人でも取ればいいのに」
風がそよぐ。途端に、それは突風へ変わる。
光希は雷電強化を己にかけた。外眼筋に通電し、動体視力を底上げ。飛来する風の斬撃を見切り、筋肉を通電して肉体を操りそれらを回避する。
フェンスが断ち切られ、植え込みの幹がバカッと断ち割られた。
風に乗って飛んできたのは一人の女。イタチの耳に、三本の尾——格上だ——右手には鋭利な小太刀を逆手に握る。
ひらめく銀光を視認した直後、甲高い金属音が響き渡った。光希はナイフで相手の刃を受け止め、時計回りに回転させ弾く。左の目突きを繰り出し、相手が首を真後ろにのけぞらせて回避。
同時にイタチ女の蹴り足が光希の腹を打った。ドンッ、と鈍い衝撃——風をジェットエンジンのように使って、その反作用で加速した蹴りの重みは凄まじいものだった。
(万里恵と似た術だな。それを俺と似た使い方をする)
光希は蹴られた勢いを使って木を蹴ってフェンスの上に乗る。電線の上すら歩くハクビシンにとって、フェンスの上など幅の広いブロック塀に乗るような感覚だ。
「数日ぶりか? 万里恵に邪魔されて中断になったよな」
「綾乃さんはどこだッ!」
イタチ女が小太刀を振った。すると風の斬撃が発生し、光希は素早くステップして飛び退いた。フェンスがブロックごと破断し、内心学校の近くで戦うのはまずいかもしれないと判断する。
「そいつが誰だか知らねえが、ここはやめよーぜ。お前も喧嘩に水差されるのが嫌だったから、俺を釣り出したんだろ」
「いいだろう。この先に空き倉庫がある」
「お前らのアジトか? ホームなら有利だよな」
光希はフェンスから降りて、ナイフを下げた。こういうタイプの『直情径行な義賊タイプの呪術師』は、扱いやすいが流儀に外れたことをすると激昂する傾向にある。
素直に従って、状況を把握して制圧する。抵抗が激しければ——殺す。
光希は目を細めて走り出したイタチ女に続いた。
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