林檎酒
ナツハルが酒飲んでイチャこいてるだけの山なしオチなし意味なし話。冬いもドロライ2022参加作品です。業鏡発売前に書いたので若干糖度低いです。ネタバレなので本編クリア済の人だけ読んでね。酒の描写は適当です。
<以下読まなくて良いなななの感想>
ナツハル、公式がバカップルすぎてどこまで二次創作で許されるかのブレーキがおかしくなりそう。気が狂う。
でも一周回って裏いもの口調が想像できなかったので、本編である程度察せるナツハルバカップルSSにしました……。
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「飲み比べ?」
「そう。ハルももう成人だし、これから大学やバイト先で飲みに誘われることも増えてくるだろ? 自分がどこまで飲めるのか、酔うとどういう態度になるのか……一度把握しておいた方が、変に失敗しないで済むからな」
二十歳の誕生日、俺は二年間清いお付き合い(パパ活だけど)を守り抜いたナツキさんと、ようやく身も心も結ばれることが出来た。
そうして幾度かの逢瀬を繰り返したある夏の土曜日。ナツキさんに連れられた個室バーにて、俺は先の提案を持ちかけられたのだった。
確かに、これまでも未成年でありながら大学の新歓コンパや同期飲みに誘われることは度々あった。法律とは何だったのか、周りの同期は1〜2年のうちにお酒で遊び尽くしている者も少なくない。そんな所に放り込まれて要らぬ恥をかくようなことは避けたい。
「でも俺、一緒に飲みに行くような友達いないし……」
「ハール。社会人になったらお酒の付き合いも仕事のうちだぞ? ハルみたいな王子様が無防備に酔っ払ってたら、狼にぺろっと食べられちゃうよ」
「そんなに流されやすそうに見える?」
「シャンパン1杯でふわふわになっておじさんに美味しくお持ち帰りされちゃったのはどちら様だったかな〜?」
「あれは合意だからいいの!」
事実、ナツキさんの言うことは正しい。成人の適度な人付き合いにはお酒の嗜みも必要になってくるだろう。初めて訪れたバーの雰囲気に緊張していたけれど、こうしてナツキさんに色んなことを教えてもらえるのは安心するし、ワクワクする。
「そんな訳で、今日は間夫ちゃんと一緒に色んなお酒にチャレンジする会です。明日のバイトも夜だけだろ? ここの個室バーは年代層も高めで落ち着いた店だから大丈夫。どれだけハメ外しても俺しか見てないからな。安心して色々試そう」
「うん……!」
悪戯っぽくウインクをするナツキさんに、もう既に心臓が早鐘を打っている自分が恥ずかしかった。
「……ナツキさん、これ美味しいかも」
「お、ハルはラムベースが好きなのか。だったらトニック系も合うかもしれないな」
「ん……ねぇ、ナツキさんの好きなお酒は?」
「え? 俺はウィスキーかな……。でも度数高いぞ? ほらハル、水もちゃんと飲みなさい」
「やだ。ナツキさんと同じの飲む」
「……ハル、もしかしてもう酔い回ってる?」
「全然?」
ナツキさんがくつくつ笑う。好きな人が嬉しそうだと俺も嬉しくて頭がふわふわしてくる。
ナツキさんと他愛もない談笑をして、色んなおつまみやお酒を食べさせ合って。楽しくて嬉しくて、いつの間にか俺は何をどれだけ飲んだのかも忘れかけていた。
■■■
「あー、すみません、会計お願いします……」
「えぇ〜? ナツキさん、帰っちゃうの〜……? やだ、もっと一緒にお酒飲む……」
二時間後。向かいのソファから僕の隣に移動してきたはるくんはすっかり出来上がっていた。頬は林檎のように赤く染まり、伝票を持つ服の裾をくいくいといじらしく引っ張ってくる。
「ハル、もう首据わってないだろ。これ以上はだーめ。二日酔いなるよ」
「んー、んー……。やだ、帰っちゃやだ……」
今にも泣きそうな顔で裾をぎゅっと掴まれて、思わず息を呑む。10年前に僕の元を訪ねた頃のはるくんの面影を残した表情に、僅かに胸が痛んだ。
「……こんな状態のハルを帰せる訳ないだろ」
はるくんが成人を迎えて一線を超えた後も、なるべく終電までには自宅に帰すようにしていた。今日も良い頃合いで七種家までのタクシーを呼んでやるつもりだったが、こんなはるくんを家に帰したら小奈秋も勘付くだろう。大人しく今日はどこかのホテルで一泊した方が良さそうだ。
「ほんと? 朝までナツキさんといっしょ……?」
「うん、一緒。抱っこして寝ような」
「ん……♪」
すっかり上機嫌になった現金なはるくんを連れて、店の前に呼びつけたタクシーまで運ぶ。
「んふー♪ ふー、ふふーん、ふふーん……♪」
はるくんはマナーやエチケットには人一倍気を回す性質だ。二人きりでない時はあまり甘えてこようとはしない。ところが今日は余程上機嫌なのか、僕の手で手遊びをしては鼻歌を口ずさんでいる。これでは運転手にも、パパ活おじさんに酔わされてお持ち帰りされる若いツバメにしか見えないだろう。事実なのでぐぅの音も出ないが。
「誕生日の時から思ってたけど、ハル、やっぱり酔いやすいタイプだなぁ……。飲みに誘われても1、2杯にしとけよ?」
「ふーん、ふーん、ふふーんふふーん……♪」
「ハルー? 聞いてるかー?」
僕は酒に関しては人並みだが、小奈秋の方の血が弱かったのだろうか? 19の時に春也を身篭った彼女とは結局1度も飲み交わしたことがないまま絶縁した以上、真偽の程はわからない。
「ふへへー、ナツキさんとお泊まり、お泊まり……♡」
「あー……甘え上戸は反則だよ、ハル……」
まるでマーキングする子犬のように、すりすりと肩口に頬ずりされて心臓が痛い。いつもなら余程ぐずぐずにしないと見れないような甘えたはるくんが見放題だ。既に僕の理性が怪しい。
しかし今の自分は死神外道親父の漆田冬也ではなくシュガーダディのナツキさんだ。酔わせて前後不覚の恋人を……なんて下卑た真似をする訳にはいかない。何とか朝までこの可愛いはるくん攻撃に耐えなくては……。
近場のラブホテルに駆け込み、半ば腰砕け状態のはるくんをベッドに運ぶ。手を出すつもりは無いとはいえ、駆け込み予約で入れる壁の薄いビジネスホテルでははるくんの蕩けた声が外に筒抜けだ。冗談じゃない、こんな可愛いはるくんを他の奴にこれ以上聞かせてたまるものか。
「ええと、バスローブは……」
「お風呂? ナツキさんとお風呂……♪ ふへへー……」
アメニティを探していると、はるくんが尻尾を振るように両足をぱたぱたと揺らす。はるくんはホテルの風呂が好きで、後ろから僕に抱きしめられる体制で浸かるのが特にお気に入りだ。曰く、「家の風呂で足を伸ばせたのは9歳までだったから」とのこと。……今度温泉にでも連れて行ってあげよう。
「今日はダメだぞ、酔ってる時に入浴は危ないからな。寝汗かくだろうから着替えるだけだ」
「えー……」
「……チェックアウト、明日のお昼にしてるから。朝起きたら一緒に入ろうな。ほらハル、ばんざいして」
「はーい♪」
子供をパジャマに着替えさせる時のように、万歳したはるくんの服を脱がせてバスローブに袖を通させる。腹を見せて甘える子犬のように、何の警戒心も抱かずに体を預けてくれる様がたまらなく愛おしい。
「はい、上手に着れたな。ほら、歯磨きしよ」
「えー……? いいよー、洗面所行くの面倒……」
着替えが終わり、バスローブと共に取ってきたアメニティの歯ブラシと歯磨き粉、コップを差し出すも、はるくんはどこか乗り気でない。
「こーら。今日甘いお酒いっぱい飲んだだろ。虫歯なるぞ」
「虫歯なったらキスしてくれない……?」
「それはするけどさぁ……。……もしかして、磨いてほしい?」
もしや、と頭をよぎった答えを口にすると、はるくんはしてやったりと言った顔でにや〜、と笑った。全く、こんな意地の悪い笑い方、誰に似たのやら。
「ナツキさん、おひざ!」
「はいはい」
ベッドの上であぐらをかくと、すかさずはるくんが飛び込んできた。かぱりと形のいい唇が開かれて、歯列矯正の必要もない綺麗に並んだ歯が覗く。思わず小さく息を呑みつつ、ペーストを乗せた歯ブラシを当てていく。
「痛かったら言えよー」
「んーん、ふぃもふぃい……♡」
「あはは、何言ってるかわかんないけど目がハートになってるから大体わかったわ」
「んー……♡」
ただ歯を磨いてやっているだけだと言うのに、はるくんはまるで愛撫でもされているように夢心地だ。口の端から歯磨き粉の白い液が溢れている。……この子、僕に棒状のものを突っ込まれるなら何でもいいんじゃないだろうか。
「はい、ぶくぶくペーして」
「ペー」
冷蔵庫に備え付けてあったミネラルウォーターを口に含ませ、空のコップに吐き出させる。パパ活という言い訳も使えないような酔狂なプレイがようやっと終わったことにほっと胸を撫で下ろす。
「着替えに、歯磨きに……これじゃパパ活じゃなくてただの親子だな」
「……うん。……嬉しい。俺、父親にこうしてもらうの、羨ましかったから……」
「……そっか」
はるくんは時々、こういう意地の悪い甘え方をしてくる。「ナツキさん」は曖昧に言葉を濁すことしか出来ないけれど、代わりにぽんぽんと頭を撫でてやった。
「……ってこら。まさぐるのやめなさい」
「んー?」
感傷に浸っていたのも束の間、はるくんはどこで覚えたのか、いや天然なのか、歯でスラックスのファスナーを降ろそうと試行錯誤し始めた。落ちているものを口に入れた赤子から取り上げるように手で諌めると、露骨に驚いた顔をされる。
「せっ……、セックス、しないの……!?」
「しないよ。ナツキさんは泥酔して前後不覚な子を襲うような外道じゃありません」
「合意なのに〜……。ナツキさんだって、あのくらいの酒で勃ちが悪くなるようなヤワなちんぽしてないくせに」
「しないったらしない!」
先ほどのマニアックなプレイで否が応にも反応してしまったスラックス越しの屹立をつんつんとつつかれ、慌ててシーツではるくんを簀巻きにした。淫猥な笑みはどこへやら、きゃあきゃあと子供のようにはしゃぐ姿に毒気が抜ける。普段は礼儀やマナーに気を遣うはるくんだが、素の性格は存外いたずらっ子だ。
自分もバスローブに着替え、簡単にマウスウォッシュを済ませてシーツの中に潜り込む。
「今日はこのままぎゅーして寝るの。たまにはこういうのも良いだろ?」
「んー、うん……♪」
唇に触れるだけのキスを落とし、愛しい愛息子を抱きしめる。
「あー、ハルの子供体温あったかい……」
「ハタチなんですけど! ぶんがく……? の大学に通ってるんですけど!」
「あははは。嘘をつきました」
「事実だよ! 俺はナツキさんの体温、ひんやりしてて気持ちいいから好きー」
「本当に? 冬が来たら、寒いからってハグしてくれないんじゃないか?」
「それはそれで、コタツで食べるアイスと同じで乙なのー」
「なんだそりゃ」
くつくつと笑ってはるくんの髪に顔を埋めていると、はるくんがまた上機嫌に鼻歌を口ずさんだ。
「ふーん、ふーん、ふふーん、ふふーん……♪」
暖まって眠くなったのか、はるくんの瞼はもう落ちる寸前だ。
「……ハル、タクシーの中でも歌ってたよな。ベルギーランドのアトラクションの曲。こないだ行ったの、そんなに楽しかった?」
「ん……。俺ね、父さんとベルギーランド、行ってみたかったから……」
夢心地で呟かれた言葉に、ぐっと心臓をつかまれたような心地になる。
「……うん。俺もハルと遊園地行くの、ずっと夢だったよ。今度はベルギーホテルも泊まろうか」
「ふへへ……♪ 楽しみだねー……♪」
「……おやすみ、はるくん」
しばらくして、はるくんの規則正しい寝息が聞こえてきた。眠りに落ちた体はさらに暖かくなり、僕の体を包み込んでくれる。
今年の冬は凍えることはないだろう。
□□□
「おはよう、ハル。体調はどうだ? 昨日のこと覚えてるか」
「……今すぐ迎え酒で忘れたい程度には……」
翌日。もう酒は抜けたはずなのに、昨日よりも顔から火が出そうなほどに真っ赤になったはるくんを見て、僕はひとしきり笑った。
「いやー可愛かったなー甘えん坊のハル。シラフでもあのくらい甘えてくれていいんだぞー?」
「あああああ!! また黒歴史が増えたぁああ……!!」
真っ赤になったはるくんといつものように風呂で洗いっこをして、ホテルを後にした。
「あ!!」
「ん? どうした、ハル」
遅めの朝食兼ランチに向かう道中、突然ハルが何かを思い出したように目を見開いた。
「ごめんナツキさん、忘れてた!」
「あぁ、ホテルに忘れ物か? 今電話して……」
「違くて! ……その、お酒、一緒に飲んでくれてありがとう。すごく楽しかったよ」
そう言って、僕の王子様がふわりと笑う。
「俺、ウィスキー飲むと悪酔いするみたいだから、次はさっぱりしたのだけにするけど……! それか、ナツキさんが好きなら日本酒とかも試してみたいかも、なんて……」
「…………」
自分とて、ウィスキーが特別好きだった訳ではない。小奈秋と別れた後、自棄になって呑む酒として丁度良かったから選んでいただけだ。
もしや誰かと談笑しながら酒を愉しむなんて、僕も初めてだったのではないか?
「……ありがとな、ハル。また色々飲んで楽しもうな」
「ふへへ……うん、楽しみ」
全く、僕の王子様はいつも不意打ちだ。そういうところも好きなんだけど。
「……そういえばハル、お母さんに連絡はした?」
「……あっ! 昨日バーで、バイト先の先輩と飲んでくるってWINEしてそのまま……! あ、やば、夜中に返信来てる……! 『さては酔い潰れたなー?』だって……」
「あはは! ハルのお母さん、勘がいいからなー」
「うぅ……ごめんナツキさん、ちょっと返信返しててもいい?」
「いいよ。俺もちょっとそこのコンビニ寄ってくるから」
「うん。終わったら行くね」
慌てて文面を考えるはるくんの頭をぽんぽんと撫でて、交差点向かいのコンビニへ向かう。店内の商品に用はない。レジで切手を買い、その場で封筒に貼り付けてもらう。
小奈秋とて馬鹿な女ではない。どの道勘付かれるのは時間の問題だろう。
謂わば、これは鏡のお告げだ。鏡はこの世で最も美しい者の名を宣告するだけ。姫を山へ追い立て、焼けた靴で死ぬまで踊る運命を選ぶか否かは、王妃自身が決めることだ。
「お待たせ、ナツキさん!」
「お、上手く誤魔化せたかー?」
「うん、先輩の家で潰れてたって返したら笑ってたよ」
はるくんが小走りで駆けてきたのと同時に店を後にする。
「今度、お母さんの晩酌にも付き合ってやれよ。息子からのお酌は親冥利に尽きるからなー」
「うん!」
王子様が口づけをくれるまで眠り続けて待つなんて、今時は時代遅れだろう?
さぁ、この手でハッピーエンドを掴み取ろう。
コンビニ脇のポストに後ろ手で封筒を入れ、遅い朝食へと足を運んだ。
了