なぜ日本は「女性の生産性」が極端に低いのか 男性と「同一労働」をさせる覚悟、する覚悟

2017/01/06 6:00
日本は他の先進国に比べ、男性に対する女性の賃金比率が低いままの状況が続いている(図表は男性の平均賃金に対する女性の平均賃金の比率。アメリカ経済統計局、国税庁データより筆者作成)
日本は「成熟国家」などではない。まだまだ「伸びしろ」にあふれている。
著書『新・観光立国論』で観光行政に、『国宝消滅』で文化財行政に多大な影響を与えてきた「イギリス人アナリスト」にして、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社社長であるデービッド・アトキンソン氏。
彼が「アナリスト人生30年間の集大成」として、日本経済を蝕む「日本病」の正体を分析し、「処方箋」を明らかにした新刊『新・所得倍増論』は、発売3日で2万5000部のベストセラーとなっている。その中から、「日本人女性の生産性」について解説してもらった。

生産性ランキング低下と日本人女性

『新・所得倍増論』は、発売3日で2万5000部のベストセラーに(上の書影をクリックすると、アマゾンのページにジャンプします)

書籍を上梓すると、やはりその評判は気になるものです。つい、アマゾンのレビューなどを何度も確認してしまいます。

その中に「日本経済低迷の原因は、女性が怠け者だから」というタイトルの、「星5つ」のレビューがありました。高評価はありがたいのですが、私が言いたかったのはそういうことではありません。誤解を生んでしまったままでは女性の皆様に申し訳ないので、本稿では、女性の生産性についてあらためて考えていきたいと思います。

まず「日本経済が低迷しているのは、生産性を向上させてこなかったから」というのはまぎれもない事実です。「GDP=人口×生産性」というのは動かし難い真理であり、1990年代以降の日本は人口が増えていないのですから、生産性を向上させなければ経済が低迷するのは当たり前です。この単純な議論に、難解な経済理論は不要です。

では、なぜ日本の生産性は低いのでしょうか。記事への反応を見ていると、「会議が長い」「サービス残業」「規制」などが問題だと指摘されています。しかし、データを分析すると、為替と物価水準と労働人口を調整した1人あたりGDPベースで日本が先進国最下位になっている理由は、別のところにあることがわかります。

日本の生産性が他の先進国と比べてここまで低い理由の約半分は、「日本人女性の生産性の低さ」で説明できます。男性の働き方を改善することによって生産性を上げることも可能ですが、一番期待できるのは女性の働き方改革です。

では、「日本人女性の生産性が低い」のは、なぜでしょうか。

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国税庁によると、1979年度の女性の平均給与は男性の平均給与の51.1%。一方、2014年度の調査では、52.9%。35年間で、女性の社会進出は劇的に進んだにもかかわらず、実のところ男女格差はほとんど改善されていないというのは、驚くべきことです。

事実、同じ時期の米国の数字を見ると、1979年の女性の給与は男性の62.3%でしたが、2014年になると82.5%になっています。これは米国において、女性が男性と同じような仕事に就く割合が増えてきたことを意味します。

男性の平均賃金に対する女性の平均賃金の比率の推移。日本は他の先進国と比較して、男女格差の改善が大きく遅れている(出所:アメリカ経済統計局、国税庁データより筆者作成)

ちなみに、この数字は同一労働における数字ではなく、収入そのもののギャップです。海外では、男女間の収入格差の議論になると、同一労働が進んでいるので、同一労働における数字が引っ張り出されますが、日本は同一労働におけるギャップよりは、そもそも他の先進国に比べて男女が同一労働をしている割合そのものが低いということを、この収入ギャップが示唆しています。

他の先進国では、女性の社会進出が進んでいるだけではなく、同一労働をする割合も増えているので、女性の生産性が著しく向上しています。それに比べて、日本は女性の社会進出自体は進んでいますが、生産性の高い職に就く割合が低いままなので、労働人口に占める女性労働者が増えれば増えるほど、生産性を圧迫するのです。その分、海外とのギャップは広がっていきます。

日本人女性の生産性が低い原因は何か

このような話をすると、「日本人女性の収入が低いのは非正規雇用が多いからだ」と、雇用形態を重視する人がいますが、その考え方は「結果論」にすぎません。男性と同じ仕事をして、同じ生産性を上げているにもかかわらず、「非正規だから」女性の給料が低いのならば、企業からすれば、女性は利益率の高い人材として重宝されるはずですし、企業の利益率が大きく改善するはずです。しかし、日本企業のさまざまなデータを見ても、そのような傾向は確認できません。

ということは、女性たちがもらっている収入は、実はその生産性にふさわしいものである可能性が高いのです。そうであるならば、女性労働者の比率が上がっても、日本人全体の生産性が改善しないということにも説明がつきます。へたをすれば、女性の労働参加は生産性のマイナス要因になりかねません

ただ、断っておきますが、私は日本の生産性が高くないことの「犯人」が女性たちだ、などと言っているわけではありません。かといって、女性たちがやっている仕事が正しく評価されていない、もっと給料を上げるべきだと言っているわけでもありません。これまでの分析でも、男女間の収入ギャップを単純な給料水準の「差別」ととらえるのは妥当ではないことは明らかです。

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私がここで強調したいのは、日本社会の中で、女性に任されている仕事が、そもそも付加価値が低いものが多いのではないかということです。たとえば、銀行の窓口業務を行っているのがほとんど女性行員だという事実からもわかるように、これまで日本企業において女性の潜在能力は明らかに過小評価され、労働力として有効活用されてきませんでした。付加価値の低い仕事を機械化して、足りないと言われている他の仕事で女性に活躍してもらったほうが良いでしょう。

もちろん、女性には結婚や育児というライフイベントがありますので、男性のように組織内で責任を追及されるポジションにつきたくないという人もいるかもしれません。

ただ、それはあくまでひとつの事例にすぎません。前回の記事(日本を「1人あたり」で最低にした犯人は誰か)で指摘したとおり、やはり最大の問題は「経営者の意識」にあるでしょう。日本人女性の収入は、男性の約半分です。他の先進国の女性の収入が男性の約8割ですから、驚くほど少ないと言えます。

女性の生産性を高めるべき3つの理由

ここまで、女性の生産性の低さを指摘してきました。では、なぜ女性の生産性を高める必要があるのでしょうか。それには、大きく分けて3つの理由があります。

第一に、日本は女性にも充実した福祉制度を導入していることです。福祉制度の恩恵を受けるのであれば、それに見合った「貢献」をしていただかないと、理屈に合いません。この福祉制度を男性だけで維持するのは、計算上すでに限界に近づいています。日本にとって、女性の生産性向上は不可欠なのです。女性は男性と同じような福祉制度の恩恵を受けたいならば、男性と同じような負担をすることが求められます

第二の理由は人口減です。福祉制度の負担が増え続ける中、人口増が期待できないなら、生産性向上によってそれをまかなうしかありません。当然ながら、女性の活躍も重要になります。

第三の理由は移民の問題です。現役世代の人口が減る中で、生産性を上げることができなければ、福祉を支えるためには移民を入れるしかありません。しかし、移民にはさまざまな副作用があることは、欧州が証明しています。福祉を諦めるか、外国人を増やすか、女性の生産性を高めるか。選択肢は、この3つしかないのです。

日本でも最近、「女性の活躍の場が大事だ」「保育所を増やせばいい」という言説をよく見かけますが、そういうかけ声や表面的な対策では、この問題は解決できません。かけ声だけで変わるほど甘いものではありませんし、保育所を増やして共働きに出ても、その仕事が付加価値の低いものであれば、日本の生産性はそれほど上がりません。「生産性を上げるために保育所が必要だ」という主張ならばわかりますが、「生産性は上げません、でも、保育所は用意します」ということでしたら、効果は薄いと言わざるをえません。

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私は、保育所などを活かすためには、経営者を「女性を有効活用せざるをえない『窮地』」に追い込むようにしなくてはいけないと考えています。窮地とは、生産性を上げるよう、外部からプレッシャーをかけることです(参考:日本を「1人あたり」で最低にした犯人は誰か)。

女性を活用せざるを得ない「窮地」をつくり出す

実際、女性の給与水準が高いデンマークは、国が小さいので常に窮地に陥っており、いつもそれを乗り越える戦いを余儀なくされています。また、女性をフル活用している米国は、国全体がROE至上主義なので、ある意味で常に自分たちで「窮地」という状況をつくり出し続けているとも言えます。

これらの国から学ぶべきは、「女性の活躍が大事だ」という理念を掲げさえすれば、それが自動的に実現されるわけではないということです。利益を高めていくために女性をフル活用しなければいけないという状況に陥っていることが、結果として「女性が活躍する社会」をつくっているだけなのです。

米国が自らに課した「窮地」という状況をうまく活用しているのは、リーマンショックから回復して、株価が史上最高値を更新したことからも明らかでしょう。それと比較して、バブル期に隆盛を誇ったという過去の実績はすごくても、いまだに日経平均が低いままの日本企業が、これまでシビアな目標を設定してきたかといえば、甚だ疑問だと思わざるをえません。

日本企業では、経営者が生産性を上げる努力をしなくても、会社が買収されることも、経営者の首が飛ぶこともほとんどありません。これは、あまりにも「甘い」のではないでしょうか。日本の経営者にも、「女性活用」への覚悟が求められます。

もちろん、女性にも、男性と同一労働をするという意識改革が必要です。報道によると、若い世代でも「専業主婦」志向が高止まりしているそうですが、そのような意識は変えなければなりません。

また、「日本の文化」「伝統的な家族」などといって、女性の社会参加に否定的な意見もありますが、そう言うなら、瀕死に陥っている社会福祉制度をどうするのかという問題に答えていただく必要があるでしょう。

さらに、女性に同一労働を求めると出生率がさらに下がるという指摘もありますが、それはデータに基づかない感覚的な指摘にすぎません。海外だけではなく、国内でも、有職女性のほうが出生率が高くなるというデータがあります。

女性の生産性を高めるか、移民を迎えるか、社会保障を諦めるか。私には、答えは明らかだと思います。

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