Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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揺れる感情

「…ん?」

ただいま、という言葉をセレンは言わない。

教わらなかったし、その常識を持つガロアも口には出さないからだ。

家に入って違和感に気が付いた。

人がいる気配がする。というか100パーセントガロアだろう。靴もある。

随分帰宅が早いというのも違和感の一つだが、なによりもこの匂いは…

 

「ガロア?」

 

「……」

 

「!?お前、料理しているのか!?」

 

「……」

何をそんなに驚くことがあるのだろうとガロアは思うが、セレンはこの前そんなことを風呂場で呟いたばかりなのだ。

 

「は…久しぶりだな…じゃあ、待たせてもらうとするか」

最初は驚き声をあげてしまったが落ち着き直し余裕の表情を作り椅子に座る。

 

「……」

待つも何も実はもう出来上がっているのを弱火で温めて待っていたのだ。

 

「…もう出来てるのか」

匂いを嗅いだ瞬間に腹の虫が騒ぎ始めたセレンは座ってすぐに目の前に並べられ始めた食事を見てさらに腹を鳴らす。

普通の年頃の女性ならば人前で腹を鳴らすなど恥そのものだが、セレンにとってはそうでもない。

並べられるスプーン、フォーク、そして少しだけ焼いて焦げ目をつけカリカリにした大量のパンにこれでもかと言わんばかりにどでかい鍋に入れられた白いドロドロとしたこれは…

 

「シチューか!」

寒い地方で育ったガロアは特に好んで身体の温まるスープ類を作るが、その中でもシチューはセレンの大好物だった。

例え十人前お代わりしようとも大丈夫なようにパンもシチューも大量にある。

 

「じゃ、じゃあ、いただきます」

出会って最初の頃は『いただきます』などとは言わなかったが、

ある時ガロアが食事に必ず手を合わせていることに気が付いたセレンはそれを真似ることにし、

そのことに気が付いたガロアは食事前には食材にたいしていただきますと述べるモノなのだと言ったところ素直にそれに応じてからセレンは必ず食事前にいただきますと言う。

例え一人で食事するときでもだ。おかげでカラード管理街に来てからよく行く近所のレストランではたいそう評判がいい。挨拶もできてよく食べる美人、と。

 

「これは…美味しいな」

口に一口入れた途端ほんのりと香るマーガリンとコンソメをとろけたジャガイモ交じりのミルクが優しく包み込んであり、

唇で押すだけでもほろほろと崩れる玉ねぎが甘味を追加してさらなる食欲をそそる。

前のマンションで作っていた時と変わらない優しい味だった。

 

「パンもいただこう」

チーズと乾燥ベーコンのかかったフレッシュサラダを幾らか口に入れた後カリカリに焼けたパンを口にする。

市販のパンなので味自体は普通のはずなのだが、二人で食べているとそれよりもずっと美味しい。

 

「お代わりもいいのか?」

 

「……」

パンをシチューにつけて食べてたらあっという間に一杯目が無くなってしまいお代わりと口にするセレンにガロアは肯定の意を示す。元よりそのつもりだ。

 

(私も…してみようかな…料理とか…)

中々オペレーターというのも、ミッション中以外の方が案外忙しく、まとまった時間はとれなさそうだが、料理というのはかなり実益的な趣味と言える。

教わることはできるのだろうか、でもそれは少し悔しい気もするな、と感情の皮算用をしながらガロアの方に目を向けた。

そんなセレンのお代わりが七杯目に達したとき、ガロアは立ち上がり再びキッチンに立った。

 

「…?」

先に食べ終わったのだろうか。自分の分の皿は持って行ってしまったがそれならなぜフライパンの前に立つ必要があるのだろう。

考えながら食べていると、自分がこの世で最も好く匂いが漂ってくる。

 

(こ、これはもしかして…)

期待し始めたセレンの前にフォークとナイフが置かれ、そして期待通りの、いや期待以上のホットケーキが並べられた。

ずらして重ねられたホットケーキの上にはたっぷりのメープルシロップ、そしてバターがぽんとおいてあり、その隣にはまだ固そうなバニラアイスが一掬い乗せられている。

今自分の皿にあるシチューを食べ終わる頃にはちょうどいい具合に溶け出し正しく天国の味がするだろう。

 

そして、いざ自分にとってのメインディッシュへ。

 

「うまーい!!」

 

思わず叫ぶセレンにガロアはほほ笑む。

ニコニコとしながら口にひょいひょいデザートを入れていくセレンに対し、もっとゆっくり食べればいいのにと思いながら、

その表情に自分の知る霞スミカの顔を重ねる。

もう遠い昔のことで、記憶もそこまで確かではないが、霞スミカはここまで表情豊かな人ではなかった。

ガロアはガロアで独自に調べ(というか貰ったケータイに番号が入っていたので)、

セレンの教育係だった男とコンタクトを取り話を聞き、既にセレンが霞スミカのクローンだということは知っている。

だが、セレンも霞もどちらもガロアにとっては唯一無二の存在であった。

ガロア自身そのことをうまく自覚していないし、それを口に出せないし、話せても自分から言うことは無いだろう。

だが、セレンがそのことを知ったらきっと何よりも喜ぶだろう。

何故ならばセレンの求めたアイデンティティの理由は簡潔に言えば霞スミカでない自分になりたいということであり、

その願いは他者に、いや、大切な存在に自分はセレン・ヘイズとして大切な存在だと認められることで叶うのだから。

 

「あー、ご馳走様!」

心模様は雲一つない快晴と言わんばかりに述べた挨拶に合わせてガロアも食卓に手を合わせる。

後やることは一つだった。

 

「ん?なんだこれは…」

ガロアから渡された包装された何かにはpresent for youと書かれたカードがつけられていた。

 

「プレゼント…私に…?」

ただそれだけで頭のちかちかして鼻から目にかけて何か正体のわからない温かくてツンとするものが出そうになる。

必死にこらえてそれを開けると中からは鉢に植えられた綺麗なピンクがかった紫の花が出てきた。

その色合いは派手すぎず、かつ存在感のある美麗さでありガロアからの贈り物ということも多分にあって見事にセレンの心を震わせた。

 

「あ、あ、あ、ありがとぅ…」

セレン本来の会話苦手がここにきて出てきてしまったかのように拙いお礼しか言えない。

この一時間で畳みかけられた幸福にぐるぐるとなった頭で振り返ってみてもこれは本当に今までで一番うれしいことだった。

それこそ、本来の目的である、オペレーターとなってリンクスの依頼を成功に導くということを達成したときよりもずっと。

 

「だ、大事に育てるよ…で、でもなんで突然?あ、いや、その全然嫌とかそういうアレではなくて…」

出会ったばかりのころのように落ち着きなく捲し立てるセレンにガロアは今日リリウムと買い物に行っていたことを告げると体温が上昇して赤くなった顔に混乱の色が加わった。

リリウムは自分の敵ではなかったのか?

 

「ど、どういうことだ?何をどうしてこうなった?」

 

「……」

先日のリリウムとの一件からリリウムに対し警戒心を抱いていることを思い出したガロアは今日の出来事を一から説明していく。

 

 

 

「…な、うん、なるほど」

話を聞いても、金の使い道について話していたとか、食材を買って回ったとか、この前自分が警戒したのが馬鹿らしくなるほど意味が見いだせないものばかり。

それよりも…

 

(大切な人への贈り物…)

リリウムから提案されて形となったのが今日の夕食とパンケーキ、そしてこの花。

再び、いや先ほどよりも激しく心が動き顔が赤くなるのと同時に心拍数と体温も上がる。今世界が動いているのが分かるという錯覚。

だが混乱の最中の疑問から解放されたことにより先ほどよりも頭は冷静だった。

 

「ガ、ガロア」

 

「……」

 

「ち、ちゃんと、リリウム・ウォルコットにお礼を言っておくんだぞ」

いつの間にか煙となって消えたリリウムへの猜疑心の代わりに出たのはこの状況の主な理由となったリリウムへのほんの少しの感謝だった。つい口をついて出てしまった。

やっぱりガロアに近づくのは気分は良くないが、少なくとも敵ではないようだ。

だから多少の感謝をして…などと考えているうちに熱暴走が止まらなくなりついに立ち上がる。

 

「へ、へやにもどる…」

ぎっちょんぎっちょんとロボットのように歩きながらも花はしっかりと持って行ったセレンを見てガロアはこの贈り物は間違っていなかったこと、

そしてリリウムが絡むとセレンは不機嫌になることを確信すると同時にリリウムに対する評価もたった今方向転換したことを感じ取り静かに微笑みながらセレンの残した食器を下げた。

 

 

(………大切な人)

物だらけの部屋の窓に花を置き、ベッドに顔から突っ込んで倒れこんだセレンはその言葉を頭の中で繰り返し繰り返し反芻していた。

一緒に訓練するうちに、一緒に生活するうちに、ガロアはセレンにとって、上手く言い表せる言葉は分からないが、かけがえのない存在になっていた。

決して口には出さないし、上手く言葉も選べないがいつの日からかセレンはガロアの事を大切に思うようになっていた。

それは親心とも右も左も分からぬ弟をいたわる気持ち(今は自分よりも大きくなってしまったが)、そして…とにかくそのような感情が交じり合い、温かい感情を抱くようになっていたのだ。

言うなれば、その存在が欠ければ自分の生活は成り立たないという感情。

 

実際ガロアがいなくなればセレンはもうオペレーターでもなんでもないのだが、そういうことではない。上手く言えないがそういうことではない。

大切な人へ、という言葉を受け取ったセレンの柔らかい胸の下にある心は今、一杯になっていた。

セレンが自分でそれを自覚することは無いが、大切な人という言葉、それはセレンのアイデンティティを満たす一番大事なものだったのだから。

気づくことはないであろうが、約三年前セレンが自分のどうしようもなく溢れる感情に任せてこの道を決めた日からの目的は今日、アルメリアが渡されると同時に達されたのだった。

散財して、埋まらない心のピースを埋めようとするかの如く溜めこんだ物が溢れる部屋の中のどの服も靴も化粧品も心の欠片ではなかった。

だが、一人の少年から渡された、値段で言えばこの部屋の中で一番低いはずのこのアルメリアこそ間違いなく探していたピースであり、

それはきっとセレンにとって一番大事な物となるだろう。

枕に顔をうずめて目を瞑るとドクンドクンと心臓の音が聞こえてくる。

少し顔を動かすと髪が重力に逆らわず耳をなでていく。

今ならなんでもできそうな気がする。

 

(私は…こんなに私の事が好きだったかな…)

いや、むしろ何者でもない空っぽの自分を昔は嫌っていたはずだ。リンクスにもなれず、普通の少女にもなれず、人間未満人間以上の浮遊した存在。

過去への追想の旅から戻り顔を上げて窓の方へ眼を向けると蒼い月明かりを受けたアルメリアがセレンに優しい視線を返すかのようにふわりと光る。

いつまでも、いつまでも夜が明けなければいいと思った。

 

 

 

じゃばじゃばと皿を洗いながら今日は訓練出来なかったなと思っていると部屋からセレンが出てくる気配がする。

 

「わ、私も手伝うよ」

 

「……」

今まで住んでいたマンションでは自分が居候だと自覚していたガロアはすすんで洗い物をしており、そのことに対してはセレンも特に何も思っていなかった。

居候でなく、対等な立場となった今は、ガロアがセレンの分まで洗う理由は特にないのだが癖で洗っていたらそんなことを言い出した。

セレンは親切心からその言葉を言ったというよりは、部屋でじっとしているのがなんだか無性に耐えられなくなってしまったのだ。

 

「……」

 

(……何を言えばいいんだろう)

かちゃり、かちゃり、と明らかに自分のスピードはのろまでそれは恐らくガロア一人でやったほうが早いのだろう。

でもこいつはそのことに文句を言わない。それは、どう言えばいいんだろう。

さっきから心に浮かぶ色を上手く言葉に出来ない。それが大切なことだとわかっているのに。

自分にとって本当に大切なことは言葉にできないのだということに気が付く。

言葉にしないではなく、言葉にならない秘密が私を生かしている。

 

「なんか、夜が長い気がするな」

それは気のせいというよりは、ガロアが早くに帰ってきてゆっくり過ごしているということからなのだが、それよりも気持ちのせいにしたい。

 

「!」

 

「!」

二人の間に流れる不言の空気が無機質な機械音に破られる。

 

「…依頼か。見てくる」

あの空気はもう何をしても戻らないと分かりながらもやはり後ろ髪をひかれつつコンピューターの元へ行く。

 

 

『旧チャイニーズ・上海海域に停泊中の、敵艦隊の排除』

 

「…またアームズフォートか…ん…!?」

使えるうちに使っておけという意図を隠そうともせずオーメルから舞い込んだ艦隊及びアームズフォートの撃破依頼。

だが、そんな呆れはある一文に衝撃と共に崩された。

 

『僚機・ランク1・オッツダルヴァ』

依頼料の60%が持っていかれるという最早どちらが僚機なのだかわからない状況だが、ランク1との協働作戦というのは尋常ではない。

それほど危険な任務か、もしくは何か別の意図があるのか。

それはガロアとセレンが後々避けられぬ世界の選択へと巻き込まれていく運命の序章であった。

 


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