ほぼ漫画業界コラム36
今回のお題は【漫画事業のビジネスモデル】
例の件についても下の方で答えてありますが、出来れば飛ばさずに読んで欲しいです。出来るだけ本題に辿り着くため前置きはギリギリにします。それでも長くなります。
【参入障壁】
ちょっと前まで日本の漫画業界は新規参入がめちゃくちゃ難しかった。特に少年漫画、次に少女漫画。今回はできる限り分かりやすく書くために少年漫画にマトを絞る。
少年漫画誌を持っていて、書店に単行本を配本出来るところは集英社、講談社、小学館、秋田書店、KADOKAWA、あとはスクエニくらいだ。アニメや映画やゲームの原作となり、巨大コンテンツを生み出す可能性があるここになぜこれほど参加プレイヤーが少ないのか? なぜ任天堂は、なぜソニーは、なぜ東宝は、なぜTV局は参加しなかったのか? どれも三大出版社以上に大きな会社だ。自分達が少年漫画の媒体を作り、作品を作り、それらでゲームや映画やアニメを作ればいい。だがどこも参加しなかった。少年漫画とは言えないが吉本興業が一時期漫画ビジネスに参加しかけた。でもすぐに撤退した。なぜか? 彼らは参入しなかったのではない。参入できなかったのだ。それは漫画のビジネスモデル変遷の歴史をみれば分かる。
【ビジネスモデル1:漫画雑誌】
週刊少年漫画の歴史を紐解くと1959年に講談社の少年マガジンと小学館の少年サンデーが創刊された。その後少年画報社の少年キングが、そして集英社の少年ジャンプが、最後に秋田書店の少年チャンピオンが参戦し、激しく部数競争をする。この頃は雑誌だけで十分な利益がでた。ただし上に限っては。
まず少年キングが脱落し廃刊。4代少年誌時代となる。ジャンプとサンデーは同資本の一ツ橋グループなので実質、一ツ橋グループと講談社と秋田書店だけがプレイヤーとなる。なぜ秋田書店は残れたのか。伝説の壁村耐三編集長の力で一時期、部数をジャンプを抜いた事も理由ではあるが、実際の理由はそれだけではない。ビジネスモデルの転換が起きたからだ。雑誌だけでなく、そこから生まれた単行本の利益が重要視され始めたのである。
【ビジネスモデル2:漫画雑誌+単行本】
雑誌の部数争いとは別に争っていた場所がある。それは書店棚のスペース争いだ。秋田書店は小学館や講談社が単行本ビジネスに参入するより前に先に秋田サンデーコミックスというレーベルを作っていた。そこにはサンデーやマガジンやキングという自社作品ではない作品が載っていた。特にキングでやっていた『サイボーグ009』は売れに売れた。むしろ秋田サンデーコミックスが売れた資本で、秋田書店は少年チャンピオンを創刊できたらしい。
今のようにネット課金ができなかった時代、少年漫画ビジネスを成功させるには雑誌か単行本を売るしかない。そして書店での売り面積はその成否に直接影響する。少年漫画誌の歴史では雑誌の部数競争ばかり描かれるがもう他でも争いがあった。書店の売り場面積取り合いだ。そしてそれを広げるには書店への営業や取次との関係構築など莫大な時間と資本が必要な作業である。それができたのは最初期からやっていた秋田書店と資本力とレーベルを持っていた小学館、集英社、講談社だけだったのだ。いくら資本力を持ってしてもそこに入る事は出来ない。既存出版社は絶対にその書店棚を死守する。それが大きな新規参入の壁になった。そこに風穴を開けたのが、当時ドラゴンクエストを大ヒットさせ、僕も2001年に所属した株式会社エニックスである。
なぜエニックスは参入できたのか?それはドラクエを持っていたからだ。そしてそれにより集英社と親密な関係を作ることが出来たからだ。ドラクエのキャラデザをしているのは『ドラゴンボール』の鳥山明先生である。またドラクエの記事情報は当時、1980年代後半から少年ジャンプのメインコンテンツの一つだった。当時の少年たちはドラクエの記事を見るために少年ジャンプを買っていた。ドラクエを原作とした『ダイの大冒険』も大ヒット作だった。その関係値を使って、当時のエニックス営業部は1991年創刊の『月刊少年ガンガン』から生まれた単行本を書店棚に入れることが出来た。エニックスの営業力は本物で、何より営業部を起こした田口浩司氏の営業力と交渉力は本物だった。僕が入社した時の部長でもあったので、何より恐ろしかった。圧倒的にパワフルな人だった。集英社との関係値を使って取次とも関係を作り、強力な書店営業体制を作り棚を確保した。エニックスお家騒動を収めたのも彼の力だ。凄まじい交渉力を持つ人だった。こうしてエニックスは少年漫画市場に参入することが出来た。
最後にKADOKAWAだ。その前の角川書店も角川映画を次々と当て、大きな出版社に成長していた。そして何度か少年漫画市場に参入を試みていた。コミックGENKIやコミックコンプなど。だがなかなかうまくいかなかった。だがその角川書店でもお家騒動が起きて編集者や漫画家の再編が起きて1994年に少年エースが出来た。その後、同じ角川グループから電撃コミックやコミックドラゴンなどが発刊され、それらは少しづつ書店棚に侵入していった。それはそもそも角川書店が書店や取次への影響力をもっていたのもあるが、どれも月刊誌で、単行本の発刊ペースも遅い。どれも小さなレーベルだと一ツ橋グループも講談社も見逃していたこともある。だが、いつかそれらのレーベルはKADOKAWAホールディングスの名のもとに、一つに纏められKADOKAWAは3代出版社に入り込み4大出版と呼ばれるようになる。
つまり、このぐらいの絡め手を使わないと本来少年漫画ビジネスには入れないのだ。
【ビジネスモデル3:WEBサイト→単行本】
2000年代に入り、インターネットが普及し、徐々に様相が変わってきた。これまで漫画雑誌でしか作品を告知できなかったため、ジャンプ、マガジン、サンデー、チャンピオン以外の漫画を売るのは難しかった。だがインターネットやアマゾンの上陸で、それ以外のスクエニやKADOKAWAの少年漫画も売れるようになってきた。一方、紙の雑誌は部数源を続けどんどん影響力が無くなってきた。その危機感からついに2010年代になり各種WEBマンガサイトが立ち上がり始めた。裏サンデーやとなりのヤングジャンプが立ち上がった時代だ。
そこにフレックスコミックスなどの新規参入も徐々に始まった。フレックスコミックスは資本関係が複雑で、どうやって漫画市場に入り込めたのかは調べきれなかったが相当頑張ったはずだ。ただ、少なくとも紙の雑誌がなくても作品を発表できる時代になったから生まれた媒体である。裏サンデー編集長時代に経験したのは、漫画業界で50年ぶりに起きたビジネスモデルの変換だった。雑誌で宣伝し単行本を売る時代から、WEBで宣伝し単行本を売るビジネスモデルへの転換が起きたのだ。だが、紙の雑誌の発刊を必要としないそのビジネスモデルは、あっと言う間に参加プレイヤー数を増加させた。様々な出版社が次々とWEBマンガサイトを立ち上げ、市場はブルーからレッドへ、そしてブラックに変わってしまった。潰し合いの始まりだ。市場は成長していないのに供給作品だけは増えるのである。僕も当時、裏サンデーの編集長をやっていたのでその様相を見ていた。そして先はないと思い、焦り新たなるビジネスモデルを立ち上げた。それがマンガワンである。
【ビジネスモデル4 アプリ課金+単行本】
2013年ごろから次々とマンガアプリが生まれた。この頃はまだアプリ課金だけで勝負しているところは少なかった。マンガワンも裏サンデーレーベルを持っているし、サンデーうぇぶりは、サンデーを、マガジンポケットはマガジンをジャンプ+はジャンプレーベルを持っている。その合わせ技で勝負していた。圧倒的に有利なのはジャンプ+だった。紙の単行本市場は収縮しはじめており、書店の売り場面積はジャンプ作品がほぼ独占し始めた。次にマガジンとサンデーもそれなりに維持しているが。裏サンデーレーベルなど、書店の隅の隅にしかないため単行本はあまり売れない。だからどのマンガアプリよりも先に単話課金機能を拡張した。それによりアプリ単体で大幅に黒字化出来た。なので沢山の作品を作る事が出来た。そして徐々に書店で裏サンデーレーベルの棚を拡張していった。
ちなみに、こんな状況下で漫画ビジネスに参入しようとしていた会社があった。それがCygamesである。2016年にサイコミを創刊していた。僕は最初それを金持ちの道楽みたいなものだとしか思わなかった。赤字でもいいのかと。黒字は無理だと思った。
どうやって書店の棚を確保するつもりだろう。収縮する単行本市場にいまさら参入は不可能だ。アプリも無料だし登録者数も全然増えていなかった。随分広告は回しているようだ。でも増えない。連載作品はマンアプリで売上を立てられる作品ではなかった。そもそも週刊連載作品が殆どなかった。群れなせ!シートン学園と黒影のジャンクだけが週刊連載していた。
その後2017年にサイコミは講談社との事業提携を発表した。サイコミレーベルを講談社の流通で販売していくと言う。講談社が協力?信じられなかった。血の滲むような努力で手にれた書店棚のスペースを他社のレーベルに差し出すだろうか。グラブルの単行本やアイドルマスター シンデレラガールズ U149の単行本にコードを付けて売ると言う。なるほど、それは売れるかもしれない。だがその他の単行本は?売れるのか?というより売るつもりはあるのか?単行本は本気で営業をしないと売れない。講談社の営業が自分の所の作品を差し置きサイコミの作品を本気で営業してくれるだろうか。僕なら一作家としてマガジンやモーニングのレーベルに入り込む。作家としてならば入れてくれるはず。だが、それは映像化窓口や他書店での売り上げを差し出すしかない。それはIP企業であるCygamesは許さなかった。
その後、2018年に僕はサイコミに合流する。そして答え合わせ。仕組みは予想と全然違った。基本的に一部の単行本は爆発的に売れても、全体では絶対に大赤字になる仕組みだった。これを1、2年で黒字にしろと言われた。その兆候が見られなければ2018年を持ってサイコミはサービス終了とすると。入ったばかりなんですけど。赤字でもゲームが儲かってるから、許してくれるかと思ったがそうではなかった。無茶振りすぎだとは思った。不可能だ。ただ、この頃、マンガアプリに変化が起きていた。新たなるビジネスモデルが台頭してきたからである。「待てば無料」である。
【ビジネスモデル5 待てば無料】
待てば無料の原型みたいなものはマンガワンでも試していた。チケット制である。4時間ごとに回復するチケットを使って漫画を読ませるのだ。もっと読みたくなったら課金しなければならない。初期のマンガワンはそれで莫大な売上と成長を遂げた。だが、すぐにあちこちが真似をし出し、広告費が止められマンガワンの成長が止まった事は上にまとめてある回顧録に書いた通りである。だが、それとは違うサービスを後発アプリのピッコマが始めていた。最初の数十話は無料で読めて途中からは24時間に1話しか読めない。いわゆる「待てば無料」である。このビジネスモデルが当たり、ピッコマは爆速で成長していた。これしかない! サイコミのリニューアルを急遽決め、待てば無料の仕様に変更した。実際にこれは当たり大赤字だったサイコミは急速に売り上げを回復していた。【待てば無料】をやらなければ2018年の秋にサイコミ作品は全て終了していた。その後の作品も無かった。すべて打ち切りになっていたことを報告しておく。
現在は各社のマンガアプリがこの仕様になっている。
だが、サイコミには過去作品がない。韓国本国に大量のWEBTOONを持っているピッコマとは違う。各種マンガアプリも自社の膨大な過去作品を持っているが、サイコミにはそれがない。「待てば無料」は話数がないとその力は最大化しない。だが、頑張って週刊連載を増やせば徐々に話数は増えるだろう。必死に30作ほどの週刊連載を立ち上げた。これでアプリの出血は徐々に止まるだろう。問題は単行本だった。大出血だ。講談社との共同事業を終了は絶対だった。これを断行しらなければ即座にサイコミはサービス終了だった。部署も解散。社員は異動で終わるが、業務委託の編集者や何より漫画家さんは全員職を失うことになる。それを守るためにはなんでもやるしかない。
講談社には契約終了のお願いを。ただグラブルと『アイドルマスター シンデレラガールズ U149』だけは単行本を続けさせて欲しいとムシのいいお願いしたが当然無理だった。
そこで考えた。もう出版流通を通さずに直接書店に本を卸すのはどうだろうと。試算をたてた。行けそうだ。ただ問題がある。出版流通に乗らなければ再版制度に入れない。すなわち返本が受けられない。つまり書店に下ろすには予約注文を取らなければならない。どこの書店に、どれだけ卸すか。予約を取らないと試算が出来ない。だがアイドルマスター シンデレラガールズ U149のファンは熱心だ。予約して買ってくれるはず。そう考えたし、そう考えるしか無かった。そうでなければ連載は終了するしかなかった。U149は待てば無料で売れるタイプの作品ではない。待てば無料で売れるのは引きが強く刺激が強い作品だ。U149は読切形式だった。単行本を売ることでしか続けられない。だが、多くのファンは予約注文して買ってくれて作品を支えてくれた。アイドルマスター シンデレラガールズ U149は長期連載になりアニメ化が決まった。これは長年支えてくれたファンのおかげだ。単行本は一般流通出来たいないことは申し訳ない。アニメ化を材料に担当編集も編集部も出版社を周り、紙の単行本の再販をお願いしているはずだ。それはまだ実現していないようだ。ただ僕はもう3年半以上前にサイコミを離れているので応援する事しか出来ない。どこの出版社でもいいので、出してあげて欲しい。お願いします。
【新たなビジネスモデル】
結局、今の漫画界に残ったビジネスモデルは
1.LINEマンガやピッコマの【待てば無料+WEBTOON】
2.各出版社の各自アプリによる【待てば無料+紙の単行本】
3.電子書店の従来通りの電子書籍販売この3つである。3に関してはもはや、どこでも参入可能なので出版社も漫画家も編プロも参入している。ただし各電子ストアの売り上げ差が大きくなってきた。大きな書店に直接漫画を卸すという新たなビジネスモデルが生まれ始めている。
本日は以上です。
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