Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
「誰だ、お前」
「あ、俺、独立傭兵のカニス。じゃなくてあんた、なんで男子のロッカールームにいるんだ」
「え、あ、そうなのか!?やばい、ガロア出るぞ!」
やばいのは自分ではなくセレンなのではないかと思いながら引きずられるガロアに、二人はどういう関係なんだろうと頭をひねりながらカニスはついていった。
「で、なんの用なんだ?というかこいつはお前の友人か?」
ロッカールームから出て自販機でホットココアを買いながら尋ねるセレン。ガロアは首を傾げて回答に悩む。
「いやいや、そこは首を縦に振れよ!…カミソリジョニーからお前に対戦依頼が来ててな。というかあんたこそ誰なんだ」
「私はガロアのオペレーターだ」
「ふーん…」
オペレーターってこんなにリンクスにべたべたしてたっけ、というか名前は何なんだ結局、などと思っているとセレンから質問が飛んでくる。
「カミソリジョニー?誰だそれは。それに対戦依頼なんて普通にオーダーマッチ申請をして来ればいいだろう」
「知らないのか?俺と同じ独立傭兵で、俺の一個上のランクで21なんだが…傭兵って言えるのかなあれは。もともとトーラスから出てきた奴で、その後独立傭兵になったんだけど、なかなか上手く立ち回ってるのか、オーメルとトーラスの最新兵器とか使ってるんだよ。一部ではあいつはオーメルとトーラスの架け橋になってる部分もあるんじゃないかって言われてる。結構機体設計とかやったりもしてて最近はあんまり戦場に出てねーな。まあ、とにかくただの傭兵じゃねえ。強さとは別の意味でな」
トーラスは旧アクアビットとGAEの技術者たちがインテリオルの支援により立ち上げた企業であり、元となったアクアビットの技術、
すなわちコジマ技術が高く評価されており、またその技術はオーメルと競合関係にある。
だが、競合の一方でオーメルとトーラスは互いに協力して兵器を作ることもある。
カミソリジョニーの操る機体、ダブルエッジの右腕にはそんな技術力の結晶であるコジマブレード、通称コジマパンチが取り付けられている。
「なんでそれがガロアと対戦なんだ?」
歩き出すカニスについていくセレンとガロア。セレンは素朴な疑問を口にする。
「そこまでは知らねえ。でもこれはトーラスとオーメルが一枚噛んでるっぽいな。たぶん普通のオーダーマッチじゃないんだろ」
「…よくわからんな。それに何故お前がそれを伝えに来た?」
「俺より一個上のランクだって言っただろ?そのもう一個上のエイ・プールって女はいっつも忙しそうでオーダーマッチを受けるどころじゃ無さそうだし、ジョニーの野郎は滅多にカラードに顔を出さねぇんだ。で、今日シミュレーションルームに来てるって聞いたからランクを上げるためにも勝負を申し込んでやろうと思ってな。なんせあの野郎はメールも通じねえからよ。なんだかジョニーの野郎、トーラスの研究者を何人か引き連れていてな。んで、開口一番『ガロア・A・ヴェデットを探しにきた。お前さん、呼んできてくれないか?』だとよ!いいパシリだぜ俺は!」
話しながら次第にぷりぷりと怒りだすカニス。シミュレーションルームへ向かう足も早歩きになっている。
「まぁいいや。シミュレーションルームへの道は分かってんだろ?これ以上話すことも無いしもう行くぜ」
「ああ、すまんな」
「だったら今度僚機として雇ってくれや。じゃあな」
手をひらひらと振りながら背を向けペタペタと歩き去るカニスの姿はチャラ男そのものだ。
首に光るジャックすらも、身につけている銀色のブリンブリンの一部に見える。
「変わったやつだな。あれで傭兵とは」
話しながら扉を開くセレンの目の前にはもっと風変わりな見た目をした人物が待ち受けていた。
「ようやく来たか~待ちくたびれたぜぇ、おい」
白衣の研究員に囲まれたその男は明らかに異質な存在感を放っていた。
真っ赤な毛のドレッドの頭に「祭」と書かれた手ぬぐいを結び付け、開かれた口から覗く歯は金色に輝いている。
普通に生きていたならば絶対に手に入れることはないだろう赤地に緑の水玉模様のポンチョをかなり適当に着崩しておりその下からは素肌がのぞいている。というか下着を着用していない。
右目を渡るように赤く大きな文字で縦に「BADASS」と彫られており、右目と左目の大きさが違って見えるような化粧が施された男がこちらを見て笑っていた。
その見た目は最早センスがあるとかないとかの次元を超えている。
セレンは口を開いてあんぐりとしておりあまり表情の崩さないガロアも目を見開いている。
「オイラはカミソリジョニー。お前さんと勝負しにきた」
セレンとガロアは二人して反応を示せずにいたところジョニーの隣に立っていた不健康そうな白衣の男が述べる。
「正式な依頼というわけでは…ゴホッ…ないのですが…是非こちらのジョニー君と対戦していただきたく…ただ…条件がありまして…」
「どういうことだ?」
ようやく彼方へと飛んだ意識が戻ってきたセレンが聞き返す。
「今回、ゴホッ…近接戦闘だけにしてほしいのです…つまり…銃器を禁止するという形で…もちろんジョニー君も銃器は一切使いません…」
「一体なぜ…?」
「企業秘密です…ですが、はい…ゲホッ…今回の依頼料、5000コームです。受けていただけるなら前払いで…」
「当然、お前さんが勝ったらランク21はお前さんにやるよ」
「…どうする?ガロア」
正直な話、危険のないシミュレーション上での戦いの上、前払いで報酬が入るのはかなりありがたい。しかもランクアップの可能性もあるときた。
一般的な依頼に比べれば報酬は少ないが、それでも5000コームはかなりの大金だ。
「……」
面を食らったもののこの話、怪しすぎるが断る理由はというと、ない。
怪訝な顔をしつつ頷くガロア。
「よっしゃ!じゃあ早くマシンに乗んな!疲れちゃいねぇだろ?」
「待て待て!企業連の役人が見てる中で二人の合意の元で行うんだろう!?」
「企業連の役人もそこにいるし合意はしたろうがよ、観客は少ないがな」
「…むう」
「……」
ジョニーの対面のマシンに乗り込むガロア。本来ならばこの後書類作成ののちに一緒に飯に行くつもりだったのだが仕方ない。
明らかに機嫌を損ねてます、といった表情でモニターの前に立つセレン。
「お前さん、オイラの応援してくれてもいいんだぜぇ?」
「私はそういった冗談は嫌いだ」
「ヒュウ!こええこええ!始めるとすっか!」
オーダーマッチの場所がランダムに選ばれ、VSカミソリジョニー戦が始まった。
試合場はキタサキジャンクションという、荒野の真っただ中に位置する高速道路のジャンクションとなった。
中央部で道路が立体交差しているのが特徴であり、三次元的な戦いが出来る者が有利となる。
開始位置はお互いの姿が見えないほどの位置にあり、近距離戦限定となっている今回はお互いに近づかざるを得ない。
「……」
先に仕掛けたのはガロアの方だった。
飛んでくるダブルエッジに切りかかる。
『悪いが、陽動も何もない切りかかりに当たる程馬鹿じゃあないぜぇ!』
機体を右側にそらし避けるダブルエッジ。そこに勢いそのまま、どころかブーストで加速された蹴りがコアに向かって飛んでくる。
『よっと』
「!!!」
「いなしただと!?馬鹿な!?」
セレンが思わず叫ぶ。
ガロアの得意技と言っても差し支えの無いブレード回避されてからの蹴りは、ネクストの常識を打ち破る動きであり、
ほとんどの人間はそれに対応できぬまま衝撃と共にAPを削られ大きく体勢を崩すことになる。
だが、対応できないというのはスピードが速くて避けられないというよりは相手の虚をつくという意味であり、想定外である故に対応が出来ないのだ。
つまり、事前にこのような動きをしてくることを知っていてかつ、そのスピードに対応できる機体とリンクスならばいなすことも躱すこともできる。
セレンと全く同じ感想を抱き一瞬動きが止まるガロアのアレフ・ゼロ。
その隙を逃さずジョニーが攻撃を仕掛けてくる。
『呆けてんじゃねえぞ!!』
後ろから感じる殺気を頼りに機体を左になんとか寄せるとヘッドがあった部分にコジマブレードが飛んできた。
『オラァ!』
そのまま腕を曲げ、頭を絡めとられたまま一緒に落ちていき、高速道路まで叩きつけられ、その衝撃はほとんどアレフ・ゼロに行く。高速道路を崩壊させて砂地の地面にまで落下させられた。
衝撃に目がくらみ、細めた目の前ではコジマブレードも砂に叩きつけられてブスブスと音を立てている。
「……」
後ろに組み付きブレードでさらにもう一撃をくれようとしているダブルエッジに肘鉄をかまして難を逃れる。
『お前よりも近接戦闘の経験はあるぜ、オイラはよ!』」
と言いながら地面を蹴り砂で目くらましをしながらさらにブレードを前に突き出す。
「!」
今日一番の反射速度で破壊の権化と化した手を払い、ブレードで一閃するがダブルエッジの表面をわずかに焦がす程度で終わる。
(まずいな…ただのネクスト戦ならば100回やって100回勝てる相手なんだが…)
セレンの考えていることは正しく、近接特化の上空中適性のほとんどないダブルエッジが相手ならば、
空中からフラッシュを交えつつグレネードとロケットで爆撃していれば簡単に吹き飛ぶだろう。
だが、近接寄りの万能機のアレフ・ゼロと違い、
近接特化の機体構成にさらにプラスして偏ったスタビライザーにより最速で右腕のコジマパンチを繰り出せるダブルエッジを操るカミソリジョニーは、
先ほどの言葉通り近接戦闘の経験もガロアより上であり、ガロアの才能を持ってしても今すぐにそれを上回るのは難しいだろう。
(考えろ、ガロア…)
オーダーマッチでは通常のミッションと違いオペレーターは介入できない。(というよりも必要性が無い)
何かアドバイスをしたくても出来ないし、何も思い浮かんでもいない。
負けたとしてもお金も入るし、ランクもそのままなのだからデメリットなど何もないのだがそれでもなんだかガロアが負けるのを見るのは嫌だとセレンは思った。
「……」
先ほどセレンが考えていた、近接戦闘では勝ち目が薄いことに気が付いたガロアは苛烈な攻撃を避けながら賭けに出た。
「ホラホラホラァ!壁際まで追い込まれちまったぞぉ!」
性格には壁ではなく柱なのだが、それを修正する言葉をガロアは持たない。
そして追い込まれたのではなく、わざとここまで来たのだ。
後ろに跳躍し、柱を蹴って上へと上がるアレフ・ゼロ。
「何を考えてんだぁ!?」
眉を顰めて金色に輝く歯をむき出し叫ぶジョニー。
壁を蹴ってジャンプしたのは驚いたが、銃器禁止となっている今、必要以上に距離をとる行為はナンセンスそのもの。
これでは勝負はつかず、ダメージを与えてる分、自分が有利なままなのは変わりない。
「!?」
そしてジョニーの耳に飛び込んだのはオーバードブースト起動時に鳴る独特の空気を吸い込むかのような音。
この音が聞こえたら一秒弱でネクストは爆発的な推進力を得る。
(上等だ!カウンターでオイラの最速コジマパンチぶっこんでやる!)
だが、アレフ・ゼロがオーバードブーストが起動するまでの一秒弱にとった行動は正しくジョニーの「想定外」であった。
ザクザクザクッ!
とアレフ・ゼロは野菜を切るかのように軽快に柱を直方体に切り裂き、
さらにオーバードブーストが起動した直後にその直方体を前へと蹴り飛ばしおまけに勢いづいた柱の直方体をブレードで細切れにした。
(こいつは想定外だ!)
銃器の禁止、そして近接戦闘では不利という状況からガロアは即席で散弾を作り上げたのだ。
「だが甘い!!」
確かに膨大な才気を感じずにはいられない動きではあったが、空気抵抗も考えないただの石つぶてなど目をつぶっていても避けられる。
右方へのクイックブーストを吹かしアレフ・ゼロを睨みつける。
が。
(やべぇ!)
そう動くことを予想していたかのように縦回転をしながらブレードが飛んできてダブルエッジの右腕を切り裂き地面に刺さる。
エネルギー供給源を失ったブレードは速やかに蒼い光を小さくしていった。
「やるじゃねぇか…だがこれで有効な攻撃手段は…!」
斬撃を受けてほとんど内装がむき出しになりぶら下がる右腕に一瞬目をやってしまったのが災いした。
オーバードブースターを完全に起動し目の前までやってきたアレフ・ゼロが空手となった左手でダブルエッジのヘッドを掴み、そこに音よりも速く膝を叩き込んだ。
「おお…!」
「素晴らしい!」
「早速プロジェクトを進めなくては…!」
画面に表示されている試合結果はガロアの勝利となっており、その結果を見て研究者たちは各々の反応を示す。
ダブルエッジにAPは残っているもののヘッドを統合制御システムとカメラごと吹き飛ばされ戦闘続行不可能となり勝負が決したのだ。
「…ガロア!」
マシンから降りたガロアの額には汗が浮かんでおり、明らかに先のミッションよりも神経を張っていたことがうかがえる。
「へっへっへ…オイラの負けだい…お前さん、やるなぁ。天才ってのはいるもんだな」
差し出された右手に応えるガロアは普段は中々笑わないのに静かに笑っていた。
当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、既に戦闘狂の片りんを見せつつあった。
「お前さんはまだまだ強くなるぜ…そんじゃあな」
「……」
「これでランクが一気に上がったのか…?あっという間に出てきてあっという間に去っていきやがった」
研究者をぞろぞろと引き連れて去っていくジョニー。
そして何かを思い出したかのようにこちらを振り向き言葉を投げかけた。
「そうそう!アブの野郎によろしくな!お前さん、…自分を振り返ることがあるなら、その内世話になると思うぜ…へっへっへ…」
「アブ?」
「?」
最後の最後でまた二人して首を傾げる。
(うーんやっぱ今回はあいつなのかな…面白くなってきやがった!)
二人に背を向けへらへらと笑いながらそんな事を考えるジョニーはカニスの言葉通り、ただの傭兵ではないようだ。
その後トーラスとオーメルの研究員により、
コジマパンチに次ぐコジマキック、コジマニー、コジマエルボーなどが開発されたが、
それらを全部積むとエネルギーがカツカツになりまともに動けなくなるうえ射程距離も非常に短いので実戦では使うのは難しいという結論に至った。
その代りにコジマパンチキックニーエルボーのみを使ったシミュレーション上でのAC格闘技大会が行われるようになるのはまだ先の話である。