Armored Core farbeyond Aleph 作:K-Knot
「着いたぞ。ここが養成所の寮だ」
今は時期的に授業はなかったので寮につれてくることとなった。
「ここにいるのは言わば一年生だな。とりあえずリンクスとして必要とされる身体能力、頭脳を持った者達がいる。AMS適性検査やリンクスとしての教育はまだだ。これから一年はリンクスではなく、兵士、傭兵として必要な教育を施した後にAMS適性検査をし、一定以上有しているものはリンクスとして、そうでないものは普通の兵士として教育していく」
ここにいるのはリンクス志望もそうだが、兵士を志す者達であり、言うなればリンクス養成所というよりは兵士学校なのである。
ここからリンクスになる者もいれば、優れた頭脳を見出されキャリアの道へと進む者もいる。
セレンのように最初からAMS適性があると分かっている訳ではない者が大量にいることを考えれば効率的なカリキュラムだった。
「誰か気になる者はいるか?」
「と、言われてもな…」
セレンは目を細めながら寮の中を見て回った。
年も性別もバラバラだが、おおよそ十代の子供のようだ。
この世界の宗主たる企業に就職出来る者は一握りのエリートだ。もちろんセレンの隣に立つ男も書面上のスペックはほぼ完璧と言っていいい。
戦争が終わった今、そんな企業に所属する私兵になるために、子供たちがここを選択し親がそれを了承するのも分からない話では無かった。
そんな人間が多数集まっていれば凡才も天才も見ただけではまず分からないだろう。
「別に見たからと言って見た目で才能がわかるわけでも…ん?」
だが、その時セレンはある視線を感じてそちらを振り返った。だが視線など向けられるのは慣れているはず。
今そっち側から感じたのはもっと大きくてざらざらとした…そう、まるで殺気のようだった。
そこにいたのは小さな子供だった。
少々癖のある赤茶けた色の髪の毛が独特の斑紋を持つ眼にかかり、鼻の頭が少し赤いほっそりとした体にダボダボの服を着た背の低めの少年がこちらを驚くように見ていたのだ。
というよりも驚くという表現を通り越して青天の霹靂という顔をしている。
首には白く機械的な首輪が付いておりそこにはNo.24と刻まれていた。
その独特の同心円状の斑紋を持つ眼に何故だか見覚えがあるような…ないような…。やっぱり、ない。
「……」
「……?」
それがこの後の世界を変える少年と少女の出会いだった。
「なんだ?私に何か用か?」
聞こえてはいるのだろう、眼をうごかしたり手を動かしたりしてはいたが、少年の口から答えが返ってくることはなかった。
「…?なんだ?この子供は?」
「24か」
男は手持ちのデバイスで情報検索をする。まだ入って数日しか経っていないのだ。それが誰なのか分からなくても当然だろう。
「ああ、名前はガロア・A・ヴェデット。年は14だな。身体スペックはまぁ…………甘く評価して普通だな。だが頭脳は素晴らしく優れている。そして…」
「そして?」
「発話障害だ。喋れないんだよNo.24は。言葉はわかるらしいがな」
「…そうなのか…」
先ほどの質問に答えなかった理由はそれか。
年よりも若く…いや、幼く見える。
14、15といえば、高校生になろうという年だというのに、小学生と言っても通じそうな体格である。
しかし、喋れないのにリンクスになろうというのは…随分ぶっ飛んだ考えのような気もする。
まぁとにかく、喋れないなら質問を変えればいい。
「お前、私に見覚えでもあるのか?あるなら頷いてくれ。ないなら首を横に振ってくれ」
初対面の人間に対する言葉づかいとして正しいとは言い難い刺々しい言葉を投げかける。
しかしガロアという名の少年は固まったまま動かなかった。というよりは彼の中の適切な回答はyes/noの1と0で表現できるものでなかったかのような印象を受ける。
「…??どっちなんだ…」
わけのわからない一連の行動に混乱しながら、しかしセレンは少しずつこの子に興味を持っていった。
袖ふれあうも…という奴とは少し違うかもしれないが、この先歩き回ってもこの子以上に興味を寄せられる子がいるとは思えない。
「私はこの子供にしてみようと思う」
「いいのか?頭脳は優秀とは言ったが、そもそも頭脳も身体能力も優秀な奴がなるのがリンクスだ。
去年リンクスになったウィン・D・ファンションはやはり頭脳身体能力共に並ぶ者がいないほどだった。つまるところ、このガロア・A・ヴェデットは落ちこぼれだ。しかも喋れないのだぞ」
「だが、そういう出来の良い奴らを集めても全員がリンクスになれるわけではないのだろう?つまりはその前提がどこか間違ってるのかもしれん」
セレンは着ていたベージュのコートを翻しガロアに歩み寄り少し前屈みになって話かけた。
「私の名前はセレン・ヘイズ。元リンクスだ。これから新しいリンクスを育てようと探していたところだ。よければ私についてこないか?ここにいてうまくいくとは限らないし、私についてきてうまくいくとも限らないが…どうだ?」
今までそんなものを作ったことなどほとんど無かったが、努めて優しい笑顔を作ってみせて、右手を差し出した。
元リンクスと言ったことに、この時になってから気が付いたが訂正する気にはなれなかった。
「……、…」
そしてガロアは、何故かを知る由はセレンにはないが、
まるで遠い昔の楽しかった出来事をふと思い出したかのような淡い笑みを浮かべた後、何かを悟ったようにその右手を握った。
二人はエアバスに乗ってセレンの現在の家の前まで来た。
公共エアラインステーションから徒歩五分。
近くにショッピングモールがありながらもそれを感じさせない静かで環境のいい住宅街に建つマンションの一室。
そこがセレンが一年前から借りている部屋だった。
4LDKで月18コーム。
しかもモデルルームだったので贅沢な家具もついていた。
たかだか17やそこらの少女が借りるには贅沢な部屋であったが、そもそもが圧倒的に常識の足りていないセレンはそれに気が付くこともない。
それに、まだまだ口座にはその1千倍程の金があるのだから。
「ここで今日からお前は私と過ごすことになる。まあお前の家にもなるんだ、好きなように過ごせ」
玄関に入り、洗ってない食器や袋に入りっぱなしの商品などでとっちらかったリビングで養成施設から自分の荷物をアタッシュケースに入れて持ってきたガロアを待たせて、
コートをリビングのソファに放り投げて自分の部屋を漁る。見つけたのは桜の花びらのキーホルダーのついた青いポケット電話だった。
ケータイショップを訪れた時に、常識がほとんど無いことを店員に見抜かれたセレンは、やれペアで買うとお得だの、やれ月々の支払いがやすくなるだの言われてついペアで買ってしまったが、
この時代のケータイは衛星を経由せず直接接続出来るため、月々の支払いなんてものはないし、今の時代に折りたたみ式のポケット電話なんて時代遅れも甚だしい。
機能も電話とメールその他のアクセサリと、最低限の機能しかないし、一人で二台持つ理由なんてこれっぽっちもない。
さらに言ってしまえば電話をかける相手なんていなかったため、電話帳には教師だった男しか登録されてない。
よくも騙したなと怒鳴り込むことなどできるわけもなく、意地になって使っていた電話だったがようやくその利用価値が見いだせそうだった。
散らかり放題の部屋を(セレンは整理整頓がからっきしだった)さらに散らかしながら待たせているガロアの元へと向かった。
「何かあった時はこれを使うといい。文章のやりとりも出来るし、緊急の時はコールをすれば居場所もわかる」
手渡されたポケット電話を不思議そうな様子で眺めるガロア。
どうもよくわかってないようだ。自分で言うのもなんだがこんな時代に携帯をしらない子供なんているのだろうか?
「字は読めるのだったな?…ここをこう、そうだ、そこに好きなように文字が入力できてだな…」
そこからは何もわかってないガロアに1から説明することになったが、元々セレンもほとんど使ってなかったことも手伝って、電話、メール(及び文字入力)、メモ帳、アラームの説明をするだけで小一時間かかってしまった。
「こんなところだ。これから好きなように使え。決して手放すなよ」
成し遂げたぜと言わんばかりの顔で鼻から特大の息を吹かしドヤ顔するセレンだったが、ガロアの方はと言うとその余りにもたどたどしい説明のかいあって怪訝な顔を向けている。
大体、各々のボタンについて機能がご丁寧に書いてあるのだ。教わらなくとも直ぐに覚えられただろう。
なんとも言えない雰囲気の中、セレンは震えながら少々下唇を噛み、気を取り直し話を続ける。
「…あの養成所では兵士としての統一された訓練と一般教養の授業を一年受けた後AMS適性診断を受けるらしい。そこからAMS適性の高さから順にふるいをかけていく。
効率よく優秀なリンクスを育てる方法らしいが、私はそうは思わない。AMS適性の高さがそのままリンクスとしての優秀さに直結するとは限らないからだ」
事実、現在アメリカを中心とした企業の一つGAでは「粗製」「ノーマルの相手が限界」と言われていたリンクスが名をあげてきている。
また、一定のAMS適性がなければ全く動かせなかったネクストも、少しでもAMS適性があればあらゆる手段を用いて動かせるようになってきており、
ある企業ではすでにAMS適性が皆無に等しいものがリンクスになるという研究を実用段階まで進めていた。
何よりも六年前のリンクス戦争に於いて世界のバランスをも崩壊させ恐れられたリンクスのAMS適性は劣悪だった。
「強いリンクスとは何か?それについてはこれから教えていく」
「だから明日、インテリオルのAMS研究施設に行きお前のAMS適性を計る。そこからお前にあった訓練をしていく。ここまではいいか?お前は、リンクスになる。それでいいんだな?」
自分はここまで饒舌だっただろうかとセレンは何故か顔を赤らめながらまくし立てる。
今までは教師である男が話してるのに適宜答えたり頷いたりするだけでよかったし、それ以外の人物とやり取りしたことなどほとんどない。
相手が話しているときは楽だが沈黙は苦手で、セレンは場が静まってしまうと、話すことが苦手なのにもかかわらず自分が話さずにはいられなくなるというナチュラルボーンコミュニケーション弱者だった。
今まで場が沈黙するという場面に出会ったことのない彼女が気が付かないのも無理はないが。
場が静かどころか話すことの出来ないガロアと彼女はこれからやっていけるのだろうか。
「……」
対するガロアは不服もないとばかりに頷く。喋れない人生でその首をそうやって動かす回数は普通の人間より遥かに多かったのだろう。
ぶかぶかのロングTシャツから頼りなさそうな胸板が見えた。
だがその割には不気味なほど存在感がある様な気もするし、雪のように薄いような気もする。
今まで出会ったどんな人間とも違う、この感覚は何だろうか。
(なんでこいつは普通にしてられるんだ…)
まるで自分ばかりが緊張しているみたいじゃないか、とセレンは少々不機嫌になるが実際その通りなのだからガロアに非はない。
(いきなり二人で暮らすのは大胆過ぎたかもしれない…いやいやしかし…)
頭の中で高速で不毛な事を悩みまくるセレン。
当然、その考えも緊張もガロアには全く理解されていない。
そうだ、そんなことよりも有ったはずだ。彼に聞くべき事が。
「なあ、お前はなぜあの時あんな眼で私を見た?」
知らない人がいるという好奇の目線ではなかった。
企業の役員共が頻繁に見学に来るあの施設では知らぬ顔など常の事だろうし、かといってセレンの七分咲きの桜のような可憐な容姿に惹きつけられた欲望混じりの視線でもなかった。
外に放り出されてから一年、そのような視線は散々向けられて慣れてしまった。
そのどれとも違う、あの眼。
あれは、そう、まるでこちらを見ながら何かを追憶するような…
ガロアは眼を左下に少々向け数瞬の戸惑いの後、その答えをポケット電話のメモ帳に書いた。
『霞スミカに似ていた』
その一文を読んだとき、彼女は運命というものを信じると同時に、自分がまだ『霞スミカ』という呪縛からまるで離れられていないことを悟った。
ガロアはただ、沈黙していた。
次の日、大型バイクの後ろにガロアを乗せ、ヘルメットを被せインテリオルの研究施設へ向かう。
バイクのタイヤにひっかかっては危ないので、ガロアのダボダボの服の袖と裾はピンで足首手首が見える長さで留めた。
とりあえず昨日は家にあった布団で寝かせたが近いうちにベッドなど必要な物も買わなければならないだろう。
だがガロアはその布団にくるまると驚くほど速やかに眠ってしまった。まるでそんな行動は慣れているかのようだった。
あの後様々な質問をしたが、結局まともな答は帰ってこなかった。
なぜ霞スミカを知っているのか?
お前のぶかぶかの服はなんなのか?
なんのためにリンクスになろうというのか?
家族はいないのか?
そのどれに対してもガンとして答えられない、言えない、だ。
的確な指示を出すために必要以上に踏み込むべきではない。
それがオペレーターとリンクスの関係だ。
そう考えるとここで答えが聞けなかったのはよかったのかも知れないが…
(…立派なリンクスになるための問題も山積みだ)
家での話が終わったあと、夕餉の時間を少々過ぎていたので近所のファミレスに向かった(セレンは料理ができない)が、
華奢な見た目に対してとんでもない量を食べるセレンに対し、細身な見た目の通りあまり食べなかったガロアの摂取カロリーは実にセレンの6分の1だ。
成長期なのだし、強い身体を作るためにも少しずつでも食べられるようにしていかなけれはならない。
などと物思いに耽ってる間に到着した。
バイクで飛ばして13分。覚束ない足取りで降りるガロアを見ながらセレンは乗っている間中ずっと腰に回されていたか細い腕の名残を感じていた。
そういえば、自分があんな風に誰かに頼られ寄り添われることなんて初めてだった。
昨日ガロアに伝えられたことがあり、それはどんなにAMS適性が低くても、あったのならばそのまま手術に移ってほしいということ。
その言葉を見てセレンはそれを承諾したが、たかだか14の少年が何を思ってそれほどまでに強い動機でリンクスになるというのか。
少なくとも企業に所属したいからあの場所にいたのではなかったのだろうな、ということくらいしか分からなかった。
受付に要件を伝え、速やかに手術に移る。
今日からガロアの首の後ろにネクストと繋がる為のジャックが埋め込まれる。
それは小さく目立つ物でもないが、普通の人間と違う存在になるという確実な証。
肩まで伸ばした髪に隠れて普段は見えないが、セレンにもしっかりついている。
今日、この手術が終わった瞬間からガロアはこの世で最高の兵器を操る修羅となるのだ。
数時間後。
「手術及び検査が終了致しました。どうぞこちらへ」
研究者の女性に案内され入室する。
診療台にはガロアが穏やかな顔で眠っている。
先じて、AMS適性が全くの皆無なら手術はいらないと伝えていたがどうやらAMS適性はあったらしく、手術はうまくいったようだ。
AMS適性がある者を一発で引き当てたこと自体がかなりの幸運なのだが、セレンはどうしてかこの子供にはあるだろうなと思っていた。
首にはリンクスとなった証のジャックが鈍く光っている。
暫くは麻酔で目を覚まさないだろう。
「こちらが検査結果です」
手渡されたボードに書かれている検査結果を見て驚愕する。
接続された機器との相互反応の高さ、微弱電流の耐性、脳波の波長etc,etc…それらを総合的に判断して出されるAMS適性の数値…
それはセレンが全く見たことのない数字だった。
「なんだこれは…!」
セレンは困惑と驚愕を綯い交ぜにした表情をしながら、研究者が想像したとおりの反応を返す。
「全て事実です。この数値は現在報告されている数値の中でも歴代二番目の高さとなります」
その声をどこか遠くに聞きながらセレンは震えていた。
理想的なリンクスであった霞スミカのクローンである自分の数値の高さも相当なものであったが、これはただ事ではない。
偶然か、その数値はセレンのそれの約6倍の値を叩き出していた。一口に言ってしまえば化け物だ。どれだけ負荷が重い兵器も想像通りに動かせてしまうだろう。
自分は何と出会ったのだろう?
「この数値にして、発話障害以外の問題もなし。ネクストなど、すぐに手足のごとく動かせるようになるでしょう」
AMS適性が低ければネクストはただの機械の塊のように、高ければ己が肉体のように反応する。
この数値ならばネクストは最早自分の新しい身体同然だろう。
「どうでしょう?こちらのガロア・A・ヴェデットさんを是非インテリオルに預けてみませんか?相応の見返りはします。元々は我々の施設にいたという話でもありますし」
セレンがどこかぼんやりとしている間にさりげなくとんでもないことを言われる。
「いや、こいつは私の手元で育てる。その提案は謹んで辞退させていただこう」
自分自身の首輪でもあるインテリオルの印象を悪くしないように丁寧に断る。とはいえ、自分を勝手な理由で生んで勝手な理由で捨てたインテリオルなど嫌いの一言だ。
むしろセレンは機会があったらいつでも関係を断ち切り完全な独立傭兵にしてしまうつもりだった。企業の飼い殺しのリンクスというものに対しての印象は自分にとっては最悪なのだ。
それがどれだけ教師だった男に迷惑をかけることになるかはまだ分かっていなかった。
その答えに対しまるで予想していたかのようにつらつらと定型文のような丁寧な言葉を返し、研究者は部屋から退出した。
(全く…とんでもない拾いものをしたものだ…やはり、落ちこぼれだのエリートだの、一方的な視点からの意見は信用ならんな)
この先に訪れる修羅道を夢にも見ぬ顔で眠るガロアのふんわりとした癖毛を指先で遊びながらセレンは一人ごちた。
昨日、弱酸性のぬるま湯に浸かり続けて溶けていくような生活に嫌気がさして教師だった男に相談したことが吉か凶なのかはまだ分からない。
しかし少なくとも自分の生活が新しく動きだした。
今日この日、途轍もないAMS適性を持つリンクスが生まれたことはインテリオル、ひいてはオーメルグループにすぐさま広がり、そしてスパイにより敵対するグループにも電撃のような速さで広まっていった。
そして次の日には名だたるスポンサーからセレンの家に贈り物が届いた。
将来強大な力を持つであろうリンクスに対して、心証をよくするための貢ぎ物に違いがなかったが、とくにその中でもリンクス専用シミュレーターは重用出来そうだった。
さらに次の日にはセレンとガロアの住むマンションの屋上にそのシミュレーター設備が一夜城の如く設立されたのであった。
そして激怒した大家により家賃も三割増しとなったのであった。