さてここまでで、AVCHDがBlu-ray再生互換を目指したコンシューマー規格だということはお分かり頂けたものと思う。ここでようやく、なぜ映像のプロであるテレビカメラマンが、α7 IIIの初心者向け設定としてAVCHDをお勧めしているか、という話になる。
これにはまず、テレビロケの変遷を理解する必要がある。まだプロ用カムコーダが高価だったころ、昔のタレントロケではカメラは1台か、せいぜい2台が限度だった。DVカメラは1995年に登場したが、これはコンシューマー機という扱いであり、地上波放送ではあまり積極的には使われなかった。低予算番組では一部使う現場もあったが、DVテープでは直接編集できないので、他の業務用VTRにダビングが必要だった。ソニーがDVCAM、パナソニックがDVCPROという業務用シリーズを出し始めて、ようやく地方のケーブルテレビやCSチャンネルが編集システムごと採用した。
話が違ってきたのが、2008年のリーマンショック以降である。企業の広告費が減少し、番組予算が削減される中、ロケ人件費と機材費も削減が求められるようになった。以前も3台目などの予備カメラをディレクターが回すという例は多少あったが、いわゆる「Dカメ」の存在が当然の流れになってきた。
ただディレクターは技術者ではないので、プロ用カメラは扱えない。そこで当時新進気鋭のAVCHDカメラが注目された。メモリやHDDならテープ交換の心配もなく、バッテリーさえ大量に持っていけばいくらでも撮影できる。こうした事情から、バラエティ番組ではとにかくディレクターがタレントに密着して長時間回し、ハプニングを狙うといった製作スタイルにシフトしていった。
こうした流れを受けて、2010年にはソニーからAVCHD初の業務用機「NX5J」が発売されるに至る。これがある現場はまだいいほうで、制作会社に「カメラはこちらで用意しますから!」といわれて、フリーカメラマンが手ぶらで現場に来たら民生機のAVCHDカメラを渡されたという悲劇が起こりはじめるまで、まだあと数年ある。
テレビ朝日映像のカメラマンが、初心者にAVCHDを勧めている理由を考えてみる。ここで言う初心者とはいったい誰を指すのか、という事になるわけだが、これはテレビ番組で初めてカメラを持つディレクターを想定しているのだろう。
AVCHDフォーマットは1080/59.94i、すなわちハイビジョンのインターレース記録に対応する。ビットレートは最高でも24Mbpsであり、128GBのメモリカードがあれば12時間撮れる。デュアルスロット機なら24時間だ。インターレースは縦の解像度が半分のフィールドが2枚で、1フレームを構成する。つまりデータ量としては、理屈上は29.97pと変わらないことになる。
これが画質的に59.94pと変わらないとする理由は、現在主要なディスプレイが液晶などのプログレッシブスキャンだからである。プログレッシブモニターでは、インターレースの映像はデインターレースという補間処理が行なわれるので、見た目は59.94pと変わらなくなる。つまり画質の半分は、ディスプレイが演算で作った画、という事になる。
実際に日本の地上波放送フォーマットは、いまだ1080/59.94iだ。皆さんが今みている地上波の画質も、実際には半分はテレビの演算が作ったものといえる。
撮影や編集は4K/59.94pで行なって、最終レンダリング時に1080/59.94iへ縮小処理した方が、画素が詰まることによる解像感アップやSN比アップは期待できる。じゃあ撮影時に1080/59.94iはダメかというと、そこまではなかなか言えない。最低限OKのライン、というわけである。
AVCHDは、ディスクメディアの衰退とともに、本来なら消えるべきフォーマットだった。だがテレビなど長回しが必要な業界で、予想外に長く生き残ってしまった。ソニーのカメラでも、動画向けとされるZV-E10やZV-E1ではAVCHDフォーマットを搭載しない。NXCAMシリーズもすでにほとんどが販売終了し、一番新しいNX5Rだけが生産完了で流通在庫のみとなっている。テレビで需要があるから辛うじて、という格好だ。
テレビの世界は、完全分業だ。カメラマンは撮るだけ、編集マンは編集するだけで、情報交換の場は少ない。それが2023年となったこんにち、撮影時のフォーマットのせいで編集が面倒という話でこれだけ盛り上がれるというのは、映像製作はテレビ以外の現場が多くなり、撮影も編集も両方分かる人が増えた、という証なのだろう。AVCHDの発端をリアルタイムで知っていていまだ現役という人はさすがにもう少ないだろうから、多くの人にはAVCHDがイニシエの謎フォーマットに見えていたのではないだろうか。
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