第8話 鬼の力

 狸女が三本の尾を跳ね上げ、狸火が発火。青白い火が渦巻き、空気を吸い込む。

 燈真は影の腕を構え、左腕を薄く伸ばして盾のように形成。右の腕を、剣に変える。すぐさま飛んできた三つの狸火を右の剣で一つ払い落とした。


「ちぃっ!」


 狙いを逸れた火球がコンクリに側面の激突し、爆音を立てて粉塵を舞い上げる。

 払った黒い影の剣を構え直しつつ、二射目の火球を盾で防いだ。熱風が吹き抜け、肌がちりちり痛む。髪の先が縮れ、波打った。

 三射目の火球を剣の刺突で貫き通し、かき消した。


「どうした狸女、ぽっと出の術師に反撃を許すぞ!」

「貴様っ」


 燈真が盾で床を抉りながら突進。強烈な盾殴打シールドバッシュを巨狸の鼻面に打ちつけ、怯んだところへ右の剣を振るう。

 巨体をものともせぬ軽やかさで飛び上がり、狸女は応接間のガラステーブルへ上がる。燈真は構わず剣を振り下ろし、机を破砕。甲高いガラスの悲鳴が響き渡った。


「なんて攻撃的な子……!」

「鬼なんだろう、俺は。鬼なら攻撃的なのは当然だろ!」


 燈真はさらに強化された脚力で目の前のソファを蹴り上げた。約五十キロの革張りのそれを、平然と。

 吹っ飛んだソファに巻き込まれた狸女は苦鳴を漏らしつつなんとか切り抜け、二度目の狸火。今度は手数。合計十を下らぬ火球を形成する。その妖力も、制御技術も並みではない。


 狐火や狸火の威力は、最低級の一尾でも九ミリ拳銃弾並みの破壊力を秘める。コンクリートブロックすら砕く威力なのだ。尾が増えれば単に倍にできるわけではないにしろ、スペック上四尾に到達すれば対戦車ライフル並みの威力——つまり、一尾の頃の三〇倍以上の破壊力を捻り出せる。

 三尾の化け狸なら、ラプアマグナム弾以上の破壊力。直撃すれば、頭は壁に叩きつけたトマトのようになるだろう。それは柊からもしつこく言われていたことだ。

 妖術は、直撃をもらった瞬間負けだ、と。


(守るか攻めるか……防戦一方は雑魚の立ち回りだ)


 燈真は攻防一体の型を選択。右の剣を腕に形成し直し、左は凧型のカイトシールドに。


「消し炭にしてやるわ!」


 狸火が一気に撃ち出される。燈真は影の右腕を薙ぎ払い、半数をかき消した。残る弾雨の中を、相手に向かって駆け抜ける。


「な————!」

「ぬぅらぁああっ!」


 火球が盾に直撃。閃光、爆発、衝撃。耳がキンキンなって、脳髄が酷く痛む。視界がRGB調に妙に歪んだ気がしたが、奥歯を砕かんばかりに噛み締めて気を強く持ち、影の拳を握り込み——打ち出した。


「がふッ——!」


 ゴキッ、と確かな手応えがあった。狸を殴るという絵面は、人並みに動物愛がある燈真にはきつい。だが、こいつは弟を確信的にさらった、十中八九呪術師であろう女だ。良心など不要である。

 燈真は盾を解除して拳を形成——しかし、


「燈真っ、後ろ!」


 目を覚ましていた竜胆にそう叫ばれ、ハッとした。

 逃していた火球が、燈真の背後に回り込んで対空していた。そしてそれはどう見ても破裂寸前と言った様子で明滅し、直後、爆発。

 バリンッ、とガラスが砕けるような音と同時に燈真は吹っ飛び、応接間に置いてあった棚に激突。引き出しをいくつか跳ね出し、書類をばさばさ落としながら尻餅をつく。


「このオスガキがァ!」


 女が吠えた。化け狸の凶暴な顔に、明らかな失態の表情が浮き彫りになった。

 見れば竜胆が剣印を結んでいる。


「結界術……! 助かった、竜胆!」

「それより、そいつを!」


 化け狸が変化する。女の姿になり、竜胆に向かって鋭い爪が生えた手を伸ばし、


「そこまでよ」


 ちゃき、と刀を首筋に擬せられた。

 そこに立っていたのは五尾の月白妖狐、稲尾椿姫。


「く……!」

「あんたのお仲間は逃げたみたいね。私たちを分断して時間稼ぎ、ダメなら逃げる算段もあったと。大方私たちの血に目をつけて、種馬にでもしようとした?」

「……稲尾の男児は珍しいからな。巨万の富を築ける」

「クソ野郎が。でもよかったわね。柊がいまの聞いてたら、今頃指先からじっくり丸焼きにされてたわよ」


 柊がそんな恐ろしいことをする様子はとても想像できないが——子孫がそういうのなら、事実なのだろう。

 狸女は奥歯を噛み、素早く何かを窓の外へ投げ飛ばした。


「おい、何したんだてめえ」

「仲間にメッセージを送ったまでだ。しくじったとな」

「ふん。何が目的かはどうだっていいが、退魔局が来るまでじっとしてろ。余計なことしたら、首を折る」

「恐ろしい子供だ」


 竜胆がおずおずと声をかけてきた。


「ね、姉さん……ごめん」

「怒ってなんかないわよ。怪我は? 変なことされてない?」

「大丈夫……欺瞞術とかのせいで頭がぼーっとするけど。燈真も、ありがとね」

「ああ。光希や雄途にも礼を言えよ。特に雄途がお前を見つけてくれたんだから」

「うん……万里恵は?」


 椿姫が指を振って、


「他に敵がいないか見回ってる。呼べばくるんじゃない?」

「さすが忍者、主君の命令が絶対なんだな」


 狸女は無言で、妙な抵抗はせずうずくまっていた。

 本来の姿に戻っていた上妖術を連発していたので、妖力消費が激しいのだろう。妖怪が普段人の姿に擬態しているのは、エネルギー効率がいいから、というものもあるのだ。


 やがて退魔局から〈封神縛鎖ほうしんばくさ〉を携えた術師が派遣されてきて、狸女を連行していくのだった。


「それより燈真、あんたのその角……何?」


 ビルを降りていく最中、椿姫に聞かれた。


「わからん。あいつは鬼がどうのこうのって言ってたがな。柊ならなんか知ってんのかな」


 燈真は右のこめかみから生えた角をさすりながら、そう呟いた。

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