第7話 覚醒

 燈真は椿姫の携帯電話エレフォンに電話する。きっかり二コール後、「どうしたの燈真」と、明るい声がする。


「便所に行くって行ったきり、竜胆が戻ってこない。その便所にもいない」

「えっ……迷子、なわけないよね。誘拐? わかった、私たちは森林の方を手分けして探す。万里恵、菘を柊に預けてきたら私に合流。燈真たちもお願い」

「ああ、悪い……」

「お説教は後でするから、しっかり探しなさいよ」


 通話が切れた。燈真はポーチのポケットにエレフォンをしまい、光希と雄途を見た。


「俺は境内を探す。雄途は竜胆が戻ってきてもいいように鳥居の周りで待機。光希はより広域に探してくれ」

「わかった」「あいよ」


 手分けして燈真たちはあたりに散らばった。

 戻ってくると言った竜胆が一人きりで行動するとは思えない。反抗期気味とはいえ、まさか友人感覚の兄弟子やその友人にまで無差別に反抗はしないだろう。

 燈真自身反抗期はひどく荒れつつも、ツレと言える連中には比較的穏やかだったのだ。妖怪と人間を同列には語れないが、家族単位で群れを作ることもある狐がその家族を蔑ろにするとは思えないのだ。


 社務所の方にも事情を説明し、放送をかけてもらう。燈真は焦燥感を抑えつけるように、巫女さんから差し出された冷たい麦茶を一息に飲んだ。


×


「りんどー! 兄貴たちが心配してんぜ!」


 雄途は大声を張り上げながら鳥居の周りの人混みに目を向けていた。

 が、迷子を探しているんだなという反応をされたり、情報提供してくれる者がいてもそれは竜胆のことではない。

 と、


「ん……」


 人いきれに紛れて、一人の化け狸が白髪の少年の手を引いて階段を降りていくのが見えた。

 少年の紫紺の目はとろんと垂れ、狐耳も三本の尻尾もずいぶん元気がない。


「竜胆!」


 雄途が怒鳴ると、化け狸は驚いたように目を見開いた。

 認識阻害の術……? 雄途はなぜ自分がそれを見抜けたのか疑問だったが、すぐに強く竜胆を意識していたからだと気づいた。

 欺瞞系の隠遁術は捜索者の意識次第で無力化が可能だ。だからその他の視覚阻害系や光学系・色彩操作系の隠遁術が存在するのである。それになにより、相手は欺瞞しつつもこっそり抜けようとしていたではないか。


「待て!」


 雄途はすぐさまエレフォンを取り出して連絡。すると女の化け狸は竜胆を抱え、舌打ちしながら駆け出した。

 こちらも階段をこけつまろびつしながら降り、通話口に「竜胆見つけた! 階段降りて右! それから辻を左にいって、ビル!」と矢継ぎ早に言う。

 適当なリダイヤル相手の燈真は「深追いするな、すぐに俺が行く!」と返事。

 すぐさま燈真が駆けつけ、雄途の肩を叩く。


「助かった。竜胆は?」

「ビルん中。攫ったやつがいたんだよ。化け狸の女」

「……椿姫たちに電話が繋がらないことと関係あんのかな。雄途、あぶねえから少し離れてろ」

「あ、ああ」


 燈真は甚兵衛の紐をきつく締め直し、強化術をかける。妖力の扱いの基礎はマスターしている。右のこめかみが少し熱く、燈真は血が昇っていることを自覚した。

 ビルの中はオフィスビルのようだった。施錠されていないし、表はずいぶん散らかっていたので廃ビルだろう。置かれていた新聞紙の日付は一年前である。


 ざり、と音。燈真は素早く反応。右腕を跳ね上げて肘を立て、攻撃を防ぐ。設置されていた式符から放たれたスリングショットを頑丈な骨と強化術、先天的な肉体の頑丈さで防ぐと、燈真は前方を睨む。

 影がゆらめき、それは上を指さした。


「登ってこいってか」


 燈真はさっきのようなトラップを警戒しつつ階段室へ向かい、上へ登っていく。時折ワイヤーが張られ、その先に式符が待ち構えているというわかりやすいブービートラップはあったが、それらに引っかからず先へ進んでいく。

 最上階の四階までたどり着くと、燈真は両目を見開き、喉を唸らせた。


「お前っ、竜胆に何した」

「用が済んだから、騒がないよう眠らせたの。大丈夫、怪我はしてな——」


 右拳。相手の鼻面に迫る打撃だったが、化け狸の女は手の甲でベクトルを逸らして腕を絡め取り、右の軸足で回転。そのまま公転周期に乗せて宇宙船を加速するように、燈真を並んだ机に向かって投げ飛ばす。

 机の上を滑り、デスクトップ型のコンピュータや書類を撒き散らしながらすっ飛んでいく。燈真は机の上でストリートダンサーのように腰を軸にスピンし、立ち上がった。

 女は燈真に接近。彼が乗る机ごとひっくり返し、おまけとばかりにその机を蹴飛ばした。


「稲尾の弟子も落ちたものね」


 ガラガラと音をたて、机がうずまる。本棚や段ボールが堆く積もり、強化術を解いた瞬間潰れて死んでしまうことは想像に難くない——と、


「てめえの目玉にはクソでも詰まってんのか!」


 燈真が背後から相手の首を締め上げた。左腕を頚骨に当てがい、右腕でロック。燈真は全身の力を込め、体を反らせながら首をへし折らんと力技に打って出る。


「ぐ——がっ……すが、は——おに……の子」


 直後、爆発的な衝撃波が発生。燈真は磁石の同極をぶつけられたように吹っ飛び、壁に叩きつけられる。

 女は爆発した尻尾の毛を手櫛で整えながら、同じく派手に跳ねた栗色の髪を直す。


「妖力を暴発させやがったのか」

「ええ。でもすごいわね。今ので無傷? タフにも程がある」


 燈真は手元にあったマグカップをつかみ、投げつけた。手当たり次第ものを投げつけ、素早く机の上のあるものを掠め取る。


「女みたいなことをするわね」

「あるもん全部使う。勝つために手段は問わない。俺の流儀だ」


 接近しつつ、燈真は机から掠めていたクロスを投げつけた。バッと広がったそれはあっという間に女の視界を塞ぐ。


「!」

「シッ!」


 燈真の上段回し蹴りが炸裂した。跳ね上げられた足、その甲がパァンッとクリティカルヒットを知らせる打撃音を響かせる。

 しかし、相手は左腕を上げ、さっきの燈真のように肘でブロックしていた。


「役割に応じた妖員じんいんが割かれている。私はこう見えても肉弾戦闘が得意なの」

「椿姫たちが電話に出ないのは——」

「仲間が邪魔してるからね」


 燈真は強化術の出力を一旦右足に集中。戻した右足、その踵を床に打ち付ける。

 ビシッとヒビが走り、ビルが揺れた。


「な——」


 女が姿勢を崩す。燈真はすかさず右の拳を顔面に叩き込んだ。鼻骨と前歯が砕け、もんどりうって倒れる。

 びりびり痺れる足の腿を二、三回殴りつけ、燈真は構えを継続。青い目で相手を睨んだ。


「ぎゅる……ぐぐる、ヴゥゥウウウユゥゥゥゥ」

「変化を解いた……!」


 立ち上がった女は化け狸の本性をあらわにしていた。三尾の狸尻尾に、ずんぐりと丸っこい体。目算で体重は八〇キロか。海外で射止められた狼並みの大きさ。


「ヴゥウウウァァァアアアアッ!」


 びりびりと振動する空気。窓ガラスが音圧に耐えかねてひび割れていく。燈真は耳を塞ぎ、姿勢を低くする。

 突っ込んできた化け狸の体当たりで、燈真はあっけなく壁に。蜘蛛の巣状にひび割れたそこへ、化け狸が立ち上がって頭突きを繰り出す。

 ベコッ、と凹み、鉄筋コンクリートの壁が貫通した。


「がはっ、ごほっ」


 反対側の部屋——応接間に吹き飛ばされた燈真は腹に嫌な痛みを感じながら、口元から血を吐き散らす。

 せめて竜胆から遠ざけよう——そう思って走り出すが、数歩進んであっけなく倒れ込んだ。

 ボチャッ、と血の塊を吐き、指で絨毯を掻きながら足掻く。


「呆気ないな。所詮ヒトの術師などこんなもの。お前が鬼の因子に目覚める前に、始末する。であれば計画も——」

「待て、鬼ってなんだ……俺は、人間のはず……」

「? 知らんのか? まあいい。さらばだ、星の因果を乱す者よ」


 ブンッ、と前足が振るわれる。やたらとスローに見えるのは、心拍数とアドレナリンの影響か。


 死にたくない、と思う。せっかく、せっかくやり直せるって時に——こんなこと、あってたまるか。


×


 六月、燈真が通う燦月市明白町にある高校で起きた陰惨な事件がある。


 ことの発端は、ある女子生徒が四月に燈真に告白したこと。もとより恋愛に興味がない燈真はそれをそっけなく断ったが、女子生徒は思いを断てず燈真にアピールを繰り返していた。

 彼女は学校でも美女の部類に入る子だった。周りの男子は、面白くなかっただろう。

 その面白くない男子の一人に、退魔局東京本局の役員である息子・通草清十郎あけびせいじゅうろうがいた。


 彼はあるとき女子生徒に告白するも、手ひどく振られてしまった——らしい。

 普通であればそれで恋愛は終わりである。けれど通草は蛇のようにしつこく、そして強硬手段に打って出た。


 そのとき、移動教室だった燈真はトイレついでに缶コーヒーを買ってから、階段を登っていた。最上階の階段室小部屋から啜り泣きが聞こえ、燈真がそこを覗くと女子生徒が性的に乱暴され、震え、泣いていた。

 無理やり脱がされた制服に、飛び散った精液。彼女の生気のない目。


「そいつが悪いんだぜ。そもそもは、お前だけどな」


 通草が後ろからそう言って、去っていった。

 燈真は己が招いた惨事なのかと酷く打ちのめされ、言葉を失い、そして真犯人が見つからないものだったから、燈真こそがその犯人だという根も葉もない噂を真に受けた連中から、退学に追いやられた。


 父は母が死んでからワーカーホリックに磨きがかかり、会社でのポストを気にして息子をかまわない。再婚相手の義母は燈真なんて大嫌いだし、義弟は幼くて何が起こったのかわからない。

 そんな、ズタズタにやられていた頃、事態を見兼ねた柊から声がかかったのである。


 そして、最強の退魔師になり、通草を庇う父親に意見すれば、全て解決すると。己の汚名をそそげると、そう考えたのである。


×


「死ね、鬼」


 前足が振り下ろされる。ゴッ、と鈍い音がして——しかし、それは次の瞬間押し返された。


「こんなところで死ねるかよ」


 渦巻く妖力。黒い色を携えた影が燈真から湧出し、それが二本の腕を形成した。青色の妖力が混ざり込むそれは、エネルギーでできた腕である。


「角……!? くそっ、覚醒するなんて——」

「自業自得だろ。くそっ、頭が痛い」


 右手で額に触れると、右のこめかみに異物感。なるほど、これが角か。


「いくぞ、狸女!」


 燈真が構えを取ると、狸女は怒号をあげて応戦した。

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