第6話 波乱招く秋祭り
九月十八日——深夜。燈真たちが偶然特等級呪具を発見して数時間後。
裡辺地方を囲う山の奥、獣道をひた走る獣たち。狐、イタチ、狸、そして狼である。その大きさは通常動物よりずっと大きく、尾も裂けているので妖怪と一目でわかった。
狼が一度低く唸ると、狐とイタチ、狸が散開。そこへ、雷光を纏った刀が打ち下ろされる。
落雷めいた音が轟き、狼は素早く翻って着地。変化をして式符を抜き、そこから顕現した大刀型呪具を構える。
「貴様を殺し、あの二匹も駆除する」
「鎖国的な村だな」
「呪術師を好んで入れる馬鹿がいるか。元新撰組の剣で死ねるのだ、冥土の自慢にしろ」
雷鳴剣の五尾の雷獣——秋唯が低姿勢で疾駆。風を置き去りにせんばかりの速度である。
相手が大刀を振り払い、残光を引く太刀風を打ち払った。常人であれば何が起きたかも分からぬうちに臓物まで断ち切られていた一撃を、狼妖怪は反応してみせた。
腰に引っ張られた大刀の勢いを殺さず、円運動の要領で上段に構えた男はそのまま後の先を取った。刺突を半身になって避けると押し付けつつ切り下ろす軌道で振るい、秋唯は受け太刀を作って防ぐ。
体格差と武器の重量差で押される。雷電強化によって秋唯の身体能力——敏捷性も剛性も膂力も跳ね上がっているが、生まれ持った素質では相手が上。
「
「妖術の才能と引き換えに、妖力が肉体を強化している……お前もだろう?」
「私はいいとこ取りだよ。唯一破れた馬鹿男以外には、常勝無敗だった」
秋唯の目が金色に輝く。右の木の幹が足の形に凹み、後ろの枝が折れ、前方の岩が欠ける。影さえ捉えられない。わかるのは風の流れと、遅れすぎてやってくる音。
狼は目を閉ざし、大刀を下段に構えた。守りの構えである。
来る、と思って秋唯は幹を蹴り上げ、跳躍。男の服が破れ飛び、獣化していった。隆々とした筋肉が膨れ上がり、毛皮がそれを覆う。雨に濡れた犬のような獣臭い体臭が立ち込め、秋唯は相手が狼男であることに舌打ちした。
フィジカルキーパーでありながら、身体能力に優れる妖怪——なるほど、道理で秋唯がここへ送られるわけだ。
刀を握り直し、枝を蹴って切り掛かる。狼男は大刀を片手で素早く振るい、秋唯を弾き飛ばした。その勢いに前腕が激しく痺れ、秋唯は宙を舞って梢を数本へし折りながら放物線を描いて落下。両足で着地して、「なんて馬鹿力だ」と吐き捨てたところへ追撃の振り下ろしが迫る。
「!」
「死ね、退魔師!」
秋唯は右に跳んで攻撃を回避。そのまま相手の脛に一閃、斬撃を刻む。雷電強化は生体のみならず剣にも適用され、高周波電流を流された刀は容易く毛皮の装甲を切り払い、足から出血させた。
「ぐ……振動剣か……!」
「だから私に切れないものはないんだ。妖力の抵抗を受けると手間だが、お前のようなフィジカルキーパーは都合がいい」
脇腹、前腕、肘、上腕、太もも。胸板に首筋を高速で切り刻み、血がアートのように舞い散る。
秋唯は大刀を足で踏んづけ、引き抜かせないようにした上で大上段から刀を振り下ろした。
バキンッ、と音を立て、大刀型呪具が断ち割られる。
しかし狼男は拳で攻撃を仕掛けてきた。ごッ、と空気を割らんばかりの怪力である。秋唯の顔面を狙った一撃を右前方に屈んで回避。ボクシングでいうダッキングだ。
秋唯は雷を纏った左貫手で相手の右腕を切り払う。
「な——」
「驚いたか」
手刀である。だがそれが、狼の分厚い毛皮を引き裂いて肉を断ち切ったのだ。右の剣も金色に輝き、雷撃を纏っていた。相手の左腕が振るわれると同時に秋唯はカウンター。
バスッ——と、相手の左腕が上腕部から切り飛ばされ、宙を舞った。
夥しい量の血が吹き出し、それでも悲鳴をあげないのはプロの根性か。狼男は左腕を押さえて、グルルと喉を低く鳴らす。
「なぶり殺しは嫌いなんでな。次で首を落とす。遺言は」
「遺言というか、俺に勝った選別だ。じき、この地にとんでもないことが起きる」
「そうか……心に留めておく」
潔く膝を折った狼男を前に、秋唯は刀を八相に構えた。そして首に狙いをつけ、振り下ろすのだった。
落ちた首を前に、秋唯は念話で支局長秘書に話しかける。
「三匹逃した。すまない。だが最も強いのは始末した」
「わかりました。感知結界が欺瞞されている可能性を考慮して見回りを強化します。お疲れ様でした」
×
さて、九月二十一日の土曜日である。
村の魅雲稲荷神社では秋祭りが行われ、村民が集っていた。境内だけでなく、階段下の通りにも屋台が並んでおり甚兵衛を着た子供たちが水風船釣りや、金魚すくいをしている。若いカップルなんかはりんご飴を齧っていたり、若夫婦は子供に焼きそばを食べさせたりなど和やかな光景が広がっていた。
「妾は酒の試飲会に参加するゆえ、お主らは節度を持って行動するようにな」
柊はお神酒を飲む口実にそんなことを言っていた。お稲荷様——
が、彼女自身も神に数えられるほどの大妖怪であるし、たぶんいいのだろう。燈真たちは考えるのをやめた。
「おーい、燈真ー、光希ー」
「おー、雄途」
「わり、バイトでちょっと遅れた」
遠くから聞き慣れた友人の声がした。雄途だ。尻尾と手を振って、水色の甚兵衛を着てやって来ている。
土曜日なので半ドンで授業が終わり、そのとき祭を一緒に回ろうと言っていたのだ。椿姫と万里恵は菘を連れて行動し、燈真と光希は竜胆に加え雄途と行動である。
稲尾家の住民は出入りがあるらしく、燈真が知らない家族もいるらしいが、現状はこのメンバーだ。
「お、ツレも来たな。じゃあ妾は心置きなく酒を飲むでな。伊予はどうする?」
「あなたが飲みすぎないお目付役がいるでしょう? それにみんなもう子どもじゃないんだから」
「妾を一番の子供みたいに言いよって……」
柊と伊予が去っていった。
椿姫は「あれが私の祖先なの……?」と若干の疑問を抱いている。が、菘に浴衣掛けの裾をつままれ、視線を菘に合わせた。
「どしたの」
「からあげたべたい」
「よしよし、唐揚げね。お姉ちゃんも食べよーっと。じゃあ燈真たち、あとでここ集合ね」
「鳥居の前な。了解」
椿姫、万里恵、菘も去っていく。
燈真は光希と雄途、それから竜胆に視線を投げて、
「俺らも腹ごしらえしようぜ」
「だな、俺ら祭りで食うからって晩飯食ってねえし」
「僕焼きそば食べたい」
「なんだ、お前らも食ってないん? 俺も食ってねえんだよ」
四人は屋台を巡った。焼きそばの屋台の前で、獣妖怪用焼きそばを三つと、人間用焼きそばを購入する。獣妖怪の大半は玉ねぎを食べると中毒症状を引き起こすので、玉ねぎ抜きのを買う必要があるのだ。
さすが妖怪の村だけあって、手早く玉ねぎ抜きが出来上がる。燈真たちは青のりをかけ、紅生姜を盛り付ける。隣の屋台に向かうと、そこはカステラ焼きを売っていた。
「燈真、食おうぜ」
「光希、俺が甘いもんダメなの忘れたのか」
「だから食わすんだろ? まあそれは置いといて、竜胆と雄途はどうする?」
「僕は一個欲しい」
「俺も買うわ」
カステラ焼きもお祭りではよく見るものだ。燈真は甘いものが絶望的に合わない体で、アイスやフルーツなら美味しく食べられるが、お菓子系の甘さはどうしてもダメなのだ。
光希たちはカステラ焼きを食べ歩きながら、数日前の林に目を向けた。
「俺ら、あそこで埋蔵金掘ったんだぜ」
「光希たち掃除中になにしてんのさ。でも、実際はタイムカプセルだったんでしょ?」
「そーなんだよな。燈真が当てた時は俺も、お? って思ったけど。光希も結構興奮してたよな」
「報奨金に加え昇級だからなあ」
「棚ぼたで昇級するより、自力で上げた方がよくねえか?」
「でたよ真面目ちゃん。ちっとは夢見ようぜ」
竜胆がふふっと笑いながら、カステラ焼きを齧る。
そうこうして食事をかき集めた燈真たちは、空いていたベンチに座って食事を始めた。
「ラッキー、俺の焼きそばでっけえ肉入ってる」
「いいな光希、俺のと交換しよーぜ」
「僕、青のりかけすぎたかも」
「俺は紅生姜盛りすぎたかも」
各々感想を言い合いながら、焼きそばに唐揚げに鮎の塩焼きを食べていく。
あっという間に減っていく食事を食べ終えると、そこそこの満腹感が燈真にはあった。食べすぎても体調を崩すし、これくらいでやめておくかと思ってゴミを片付ける。
「ちょっとごめん、僕トイレ行きたい。ここで待っててくれる?」
「あいよ。光希、雄途、ここにいてくれ。俺はゴミ捨ててくる」
燈真と竜胆が離席した。
光希が雄途を見て、
「雄途って、クラスの子だと誰が好き?」
「なんでそうなる。強いて言えば……柚子さんかな」
「あー、地味っ子系か〜」
男子特有の頭の悪い会話である。まあ、これくらいの世代の男子なんてのは人間も妖怪も同じだ。
燈真がゴミ捨てから戻ってきて、辺りを見回す。
「竜胆、ションベンじゃないのか? 長いぞ」
「気張ってんだろ。もーちょい待ってやろうぜ」
光希がそう言って、燈真はベンチに座って待つことにした。
しかし五分十分と待っても、竜胆は戻ってこなかった。
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