第5話 正二十面体の箱
「
退魔局の一室で五尾のハクビシン雷獣の
秋唯は匂い立つような美女である。グラマラスな体つき、外見は二十代後半ほどの美貌。一見すると気が強そうで近寄りがたいが、部下思いで面倒見がいい。
等級は上等級退魔師。退魔局魅雲支局のナンバーツーである。
「火はつけていない」
「部下に示しがつきません。喫煙所で。それから、一つ雑用を頼みたいのですが」
秘書は低い声で言う。
秋唯は傍らの愛刀を掴み、立ち上がった。
「私への用など、わかりきっているが……なんだ?」
「呪術師集団が村に侵入してきているそうです。生死は問わず、処分してきてください」
×
燈真たちが林に戻った後、柊はガラクタの一つを手に取った。それは正二十面体の箱である。目を細め、それから〈
ち、と舌打ちし、神主を見た。
「わかるか?」
「いえ、しかし……異様ですな」
「これは手に余る。退魔局へ持っていくのがいい。知られるでないぞ」
「ええ」
神主は深く聞かなかった。だが、普段は昼行燈の柊が厳しい顔をしていることから、退魔局が思うよりも危険な呪具であることは明らかだった。
彼らはスカしたわけではなく、本当に呪具を見つけていた。しかもそれは、凝縮された地獄の箱である。開いてしまえば裡辺全土が地獄に沈むだろう。
破壊するのが一番いい。だが、余波だけでこの村は地獄と化すだろう。一度顕現した地獄は、数百年は浄化できない。妖怪にとっては数百年くらいまだなんとか過ごせる時間だが、人間にとってはたまったもんじゃない。
それに柊にとって魅雲の地は千年以上暮らしてきた第二の故郷だ。失いたくない。
厳重に封印し、安置しておくのがいい。
壊せないものは、誰の目も届かぬ闇の中で朽ち果てさせるしかないのだ。
「柊、埋めてきたわよ」
椿姫たちが戻ってきた。埋めてきたと言うのは掘り返した穴である。ああでも言わなければ、離席させられなかっただろう。何はともあれ柊は振り向く前に素早く札を箱に貼り、懐にしまう。
「よろしい。妾は軽く引っかけてから帰る。伊予に適当言っておいてくれ」
「はいはい。じゃあみんな、解散ね」
いつの間にか仕切っていた椿姫の言葉に、燈真たちは頷いた——とはいえ、解散と言って別れるのは雄途だけであるが。
彼はスコップを燈真に返し、「じゃあ明日な〜」と言って境内の階段を降りていった。
「明日体育持久走だぜ、ジャージ忘れんなよー」
「洗い替えくらいあんだよばーか!」
光希の煽りに、雄途は尻尾を振って反応した。
椿姫と万里恵、光希は何か気づいたような顔をしていたが、あえて何も言わず燈真を伴い、去っていった。
「全く、豪運……いや、こればかりは悪運か」
柊は目頭を揉んで、そう言った。
この箱は、裏に流せば数十億単位の値がついてもおかしくない呪具だ。本音を言えばこれだけの発見をした燈真たちには礼をしたいが、彼らにも、呪具を狙う呪術師にも悟られたくなかった。悪意ある者に知られたくないのである。
近いうち、焼肉でも食わせてやるか——そう思いながら、柊は神主に別れを告げて退魔局へ向かった。
×
稲尾の屋敷に帰ると、菘が庭で遊んでいた。竜胆はそのわきで池の鯉に餌やりをしており、菘が落ちてしまわぬよう見張っている。当の菘はといえば、ちゃんばらごっこをしていた。おもちゃの刀を振り回し、ぶら下がった紙風船をバシバシ叩いている。
「ただいま」
燈真たちが声をかけると、菘が耳をピンと立てる。
「おかーえり。おそうじたのしかった?」
「楽しかったわよ。宝探しもできたし」
「たから?」
椿姫がことのあらましを説明した。結局は肩透かしだったものの、それなりに楽しかったのは燈真や光希も同じである。
夜も近い。菘も遊びを切り上げ、家に上がった。燈真たちは手洗いを済ませると、ジャンケンで風呂の順番を決める。
「げっ、なんでグー出すのよ」
「俺の勝ちだな。竜胆、光希、風呂行こうぜ」
「僕、みんなの着替え持ってくるね」
「おー、気がきくな竜胆」
光希が竜胆の背中をぽんぽん撫で、燈真は別館の風呂場に向かった。
稲尾家には本館の普通の風呂に加え、別館にちょっとした民宿並みの風呂が設置してある。柊こだわりの檜風呂であり、カビなどが生えぬよう柊や伊予が手入れしている。
脱衣所も旅館のようである。そこで服を脱いで汚れ物をカゴに突っ込んでいると、竜胆がやってきた。燈真も光希も、同性の竜胆が自分の部屋に入ることに文句はなかった。えっちなモノに関しては、物理的な本ももちろんあるが、そんなもの別に好んで発掘しようなどとはしないだろうし、そもそも鍵のかかった引き出しに入っているので問題ない。
「甚兵衛でよかった?」
「ああ、風呂上がりだし、そのあと飯食ったら寝るしな」
「洋服よか着やすいし、全然構わねえぜ」
やはり、竜胆は気が効く。稲尾家の女は気が強く男が支える側になるが、竜胆はどうなのだろうか。彼はこう見えて意外と頑固なところがあるし、将来は案外亭主関白になりそうであるが……兄貴分を立てることを忘れないあたり、やはり優しい子なのだろう。
風呂場に入り、四つあるシャワーコーナーに座り込んで体を流す。泡立てたボディタオルで体の汚れや垢を落としていく。
竜胆や光希には尻尾があるので、テイルソープで尻尾を丁寧に洗う必要がある。燈真は竜胆の尻尾を洗ってやり、竜胆は光希の尻尾を洗う。
獣妖怪にとって尻尾は重要な器官である。鳥妖怪の尾羽や翼、角をもつ妖怪にとっての角と同じく、妖力のタンクと循環器、いわゆるラジエーターを兼ねた複合器官である。
大切な部位であるため、その扱いをおろそかにすることは妖怪にとって恥であった。
竜胆のもふもふした尻尾を洗っていると、つい手放すのが寂しくなるが心を鬼にして尻尾から手を離し、シャワーで泡を落とす。
月白の毛。尻尾の先端の紫色の毛が水で潰れ、ずいぶん細くなってしまう。雨に濡れた狐がどこか貧相に見えるのは、その体のモフモフ感が毛で形成されているからだろう。
稲尾家の尻尾も、水に濡れた直後はゴボウのようになってしまうのだ。
「ありがと燈真。湯船浸かろうよ」
「おう。あったまろう」
「のぼせんなよー」
男三人は湯船に入り、目を細めて湯の熱さを味わう。
しばらく会話もまばらで、燈真は宝探しの話をしつつ、あったまったのを実感して風呂を上がった。
宝——埋蔵金探し。本当にあの神社には何もなかったのだろうか。柊が見つけ出していたというが、柊が出張るほどの呪具とはなんだったのか。
その危険度等級が確認されていなかったからこそ柊が発掘者に指定されたのかもしれないが、燈真は万が一にも呪具を見つけたのが自分たちではなくて良かったと思った。
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