コラム

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未来にも残すべシ 個人的には超好ミ 初心者でも読めル

本を片手に汽車に乗ろう! 読み鉄のススメ

列車の旅が好きだ。座席に身をゆだねれば、あとは寝ていようが考え事をしていようが、なんの努力の必要もなく遠くの街まで運んでいってもらえるからだ。そしてなにより最高なのが、車窓を肴に酒を飲めることだ。
 クルマの旅ではこうはいかない。家族や友人グループで高速を使って一泊旅行という経験は多くの方がお持ちかと思うが、SUVの二列目や三列目で缶ビールをぷしゅーというのは、さすがにドライバーへの気兼ねがあってそうそうできるものではないからだ。
 鉄道好きは世に多く(ただし女性率は絶無に近い)、写真撮影に重きを置く「撮り鉄」、地方支線の完乗などを目指す「乗り鉄」、そしてレールのリズムと車窓の眺めを堪能しつつ一杯やる「呑み鉄」などの多方面に趣味人たちの関心分野は細分化されてもいる。そして自分も何を隠そう、呑み鉄の端くれである。
 ちなみに呑み鉄に関しては、田中里尚さんの「カップ酒でめぐる東海道五十三次」というコラムに特急あずさ号での印象的な体験が綴られている。ぜひ一度お読みいただければと思う。

さてさて、鉄道好きにはもうひとつ、「読み鉄」というジャンルもある。これはどうやら、時刻表を精読することを楽しむ人たちを指す概念であるようなのだが、今回のコラムでは勝手ながら、確信犯的にこの言葉を誤用させていただきたい。列車に揺られながら本を読むことに愉悦を見いだす行為――それが「読み鉄」であると、ここでは定義する。

読書が身体性の強い体験であるなら、どこで読むかも大切であるはず

「本当は、本じゃなくてもいい」ブック・ディレクター 幅 允孝さんに聞く、「本」の価値とは。【前編】
 さてさてのっけからWeb記事へのリンクではじめるわけだが、これは本と人の出会いをプロデュースするBACH社代表・幅允孝さんへのインタビューである。ここで幅さんが強調するのが、書店で本と出会う、付箋をつけた本を知り合いに渡す、というような、読書にまつわる一連の行為がはらむ身体性だ。
 この説に自分は諸手を挙げて賛同するのだ。電光掲示板に流れるフラッシュニュースというやつがあるが、あのひとつひとつに注目する人などはおよそいるまい。次々に流れるニュースから、「キタサンブラック、ジャパンカップで優勝」など自分に興味のあるものだけを選び取って読むというのがふつうではないだろうか。そうやって人は、情報の洪水のなかから必要なものだけを選別しているのだと思うのだ。
 そして読書も同じく、読者が自発的に本の世界に入り込んでこそ心に残るものだと考える。途中で飽きて投げ出してしまうというのは、読書という行為に身体性を備えさせることに失敗したことの結果だとみることもできよう。されば読書行為の身体性は、その本へと没入度と読み替えることもできる。しかして没入度を高めるのに有効なのは、読書に集中できる環境に身を置くことである。午前中のまだ空いているスターバックスコーヒー、病院の待合室など、人それぞれにお気に入りの読書環境がおありかと思うが、ここで自説を振りかざしたい。列車の座席こそが読書の特等席だと考えるからだ。長距離列車であればたいてい二時間ほどは座ったままとなる。その時間が読書に最適だと思うのだ。
 列車に揺られながら本を読んでいると、ふいに車窓越しに知らない街の踏切の音が聞こえてきたり、かつて自分が片思いをしていた〇〇さんを彷彿とさせる女子高生が自転車で商店街をゆくさまがちらりと軒端越しに目に映ったりする。そういった偶然の体験が身体性に作用して、そのとき読んでいる場面の印象が強く心に残ることがある。
 それこそが、読み鉄の醍醐味だと自分は考えるのだ。

読み鉄入門者には「ぷらっとこだま」が超オススメ!

さてさてそれでは実践編だ。まず初心者の方にお勧めなのが、東海道新幹線の「ぷらっとこだま」だ。こだまの指定列車にしか乗れない代わりに料金が片道2000円くらい安くなるというもので、追加料金(名古屋までなら1000円)を払えばグリーン席にも乗れる。
 のぞみなら東京から名古屋まで1時間40分、新大阪まででも2時間半ちょっとで着いてしまう。おまけにビジネス客が多くて張りつめた雰囲気があるので、読書に没頭するにはいまひとつの環境だ。
 いっぽうこだまは、名古屋まで3時間、新大阪まで4時間と時間はかかる。けれども通過待ちの停車が多いこともあってのんびりした空気があり、これが読書に持ってこいなのだ。通過待ちでは5分くらい止まることもあるから、猛者なら駅ホーム売店まで缶ビールを買い足しに行くという裏技も可能かも?
 しかも「ぷらっとこだま」には、ドリンク券までついてくる。350ミリならプレミアムモルツでもOKというすばらしさだ。
 読み鉄+呑み鉄の絶好の環境として、「ぷらっとこだま」をぜひオススメしたい。

読み鉄向きの本と、向かない本

さて次に語りたいのは肝心な、列車で何を読むかだ。
 通勤電車で本を読むのが習慣という方も多いかと思う。せっかく長距離列車に乗るのだから、まずオススメしたいのは長編小説だ。通勤電車ではブツ切れになってしまうところを、一気読みに近いペースで読み進めることができるからだ。まあこだまで新大阪まででも4時間だから、まるまる一冊を読み切るには厳しいかもしれないが、たとえば帰りはのぞみに乗るとすればどうにか往復で一冊読み切ることもできるかもしれない。そうして短期間のうちに一気読みできるのが、その本の内容もより強く印象に残るはずだ。
 そこで自分だが、列車で読んだなかで特に強く印象に残っているのが、高見広春の『バトル・ロワイアル』だ。これは新書版で666ページという非常にぶ厚い本であり、毎夜ベッドで寝る前に……というペースで読んでいたら読了までに1カ月くらいはかかってしまいそうだ。中学3年生のあるクラスの男女42名にいきなり「プログラム」の開始が告げられ、ひとりの勝者を決めるために全員が殺し合うという非常にぶっとんだ設定の小説なのだが、「友だちだよね? 友だちだよね?」というような友情と疑念のあいだで揺れる心が描かれており、たちまち作品世界に引き込まれてしまった。こういう作品こそ列車で読みふけるにふさわしい。さすがに片道で読み切れはしなかったが、あの読書体験は乗り換え駅で缶コーヒー片手にひと息ついた時間も含めて、生涯忘れがたい思い出である。

バトル・ロワイアル 上

バトル・ロワイアル 上 著者: 高見 広春

出版社:幻冬舎

発行年:2002

ちなみに自分は西洋中世の文化や風俗を紹介する雑誌のリレーコラムを岡和田晃さんとともに受け持っており、数年前までは名古屋から千葉の実家に定期的に帰省していたので、その行き帰りに中世史関係のぶ厚い資料本を読み込むことが多かった。これはまあ、長い移動時間の活用法としてはよいのかもしれないが、資料本は淡々とした記述が続いて盛り上がりに欠けることが多く、列車で読むにはあまり適していないように思う。せっかくのめり込んで読める環境なのだから、やはり小説などの波瀾万丈の作品の方がよい。
 また、ビジネス系の新書なども確かに短時間で読み切れるし、雑誌も記事ごとに拾い読みできるのが利点なのだが、それらはもともと手軽に読める媒体なのだから、せっかく長距離列車に乗るなら、やはり長編小説の方がオススメだ。
 ちなみに旅行記などはどうなのだろう? これは、たまたま自分に経験がないので何とも言えないのだが、相乗効果で旅行気分がより高まるのかもしれないし、あるいは逆に、旅行記の世界に半分入り込むことが現在進行中の旅と干渉し合ってしまってマイナス効果になってしまうのかもしれない。これはぜひ、経験者の方のご意見を拝聴したいところだ。

じつは東海道本線がベタだけど読み鉄には最高の揺りかごだと思う理由

というわけで初心者の方には新幹線のこだまをまずオススメしたわけだが、中級者以上の方にぜひオススメしたいのが、東海道本線だ。
 なぜかというと、東海道本線は基本的に15両編成(熱海以西を除く)なのでラッシュ時を外せばたいてい座れるし、しかも小田原を過ぎれば相模湾沿いの絶景(新幹線ならトンネルの合間にチラチラ見えるだけ)を楽しめるハイライト区間がしばらく続き、おまけに終点の熱海が風光明媚な観光地であるからだ。首都圏からの日帰りの小旅行にもってこいの行き先で、行き帰りに車内でずいぶん読書も進むことだろう。さらに、追加料金を支払えば超快適なグリーン車も利用可能だ。
 青春18きっぷを使えば、高崎から湘南新宿ライン経由で熱海までグリーン車で乗り通し、なんて贅沢も味わえる。グリーン料金は、たしか土日なら750円だ。いや~久々にやりたいな、それ。


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コメント(4)

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利正

利正 さん

とりあげていただき、まことにありがとうございました。この体験は、例の甲府盆地が雪に埋まった年のことです。ちなみにそのあと石和温泉で電車は止まり、雪に降り込められて、パンタグラフが雪の重みで曲がってしまい、朝になるまで電気も暖房も止まる、という状況になりました。私は、こりゃいかんと、朝五時に電車を出て、雪の中を二キロ歩いてスーパー銭湯に入りましたが、充電できないので、その後、甲府まで雪の中を歩いて、なんとか、駅までたどりつきました。その後、五日間も甲府で足止めされて缶詰になるとは思いませんでした。方々に電話して、空いてるホテルを見つけて、風呂に入ったときに飲んだ酒もまた、忘れられない記憶になっています。

 

返信 - 2016.11.28 22:50

待兼音二郎

待兼音二郎 さん

コメントありがとう存じます。たいへんなご体験でしたが、それ故にこそ印象深い旅になったという感じですね。中央線も自分は大好きでして、高尾を出てすぐに山峡の雰囲気に包まれるあたりがたまりません。ただ名古屋までとなると途中の接続が悪いので、ついつい東海道線回りになってしまうのですが、そんな青春18きっぷの旅ももう何年もできていません(涙)。

 

返信 - 2016.11.29 00:28

利正

利正 さん

いいですね。僕も長らく中央本線で松本新宿間を行き来する生活でしたが、高尾を過ぎると、もう異界ですよね。私が好きな車窓の風景は、信濃境とすずらんの里の間の南アルプスですね。松本行きだと進行方向に向かって左側に座るという感じですね。山梨県の山と、長野の山と、岐阜の山は、よくよく見ると印象が微細に違いますね。それでお酒が飲めそうです。

 

返信 - 2016.11.29 00:44

待兼音二郎

待兼音二郎 さん

情景が浮かぶようなコメントをありがとうございます。そう聞くとまた乗りたくなりますね~。

 

返信 - 2016.11.29 07:59


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