高校の副教材を舐めたらいかんゼヨ!
書店での偶然の出会いパワーは、やはり驚くほど強力だった
このあいだ、ビジネス記事の取材で久々に名古屋駅に出たので、ジュンク堂書店に寄ってみた。いや、すぐ近くまでは毎日のように来ているのだが、魅力度最下位にふさわしい脱力した空気のただようこの街で、名駅周辺は例外的に駐輪に厳しいので、寄り道がついおっくうになりがちなのだ。百円のコイン駐輪代をケチるのがいかにも最底辺労働者らしいところではあるが。
それで、買う気もなく書棚を巡っているうちに、この本と出会ってしまった。いやあ、書店での偶然の出会いってやっぱり凄い。以前から、ばくぜんと買わねばと思っていた類の本ではあったのだが、BOOK OFFで見つけた時でいいじゃないかくらいに考えてもいた。しかし、店頭でページをぱらぱらめくり、その圧倒的な情報量、図解のわかりやすさ、そして、フルカラー350ページという大冊でありながら税別860円という驚くほどの割安さを実感するうちに、これは、せっかくこうして出会った今日のチャンスを逃したら、きっと後悔するに違いないという思いがふつふつと湧いてきて、ついに自分は本書を手にレジに向かったのである。まったく、最底辺労働者の風上にも置けない行動である。
だって先生、同じフルカラーの『エクリプス・フェイズ』は、そりゃあずいぶんぶ厚いけど、税別7500円もするんですぜ。それが千円いかないなんて、どう考えても安すぎるでしょ。
高校の副教材は、座右の図版資料として一生モノだ!
さてこの『詳説世界史図録』は、歴史教材では定評のある山川出版社が高校生向けに刊行している副教材である。その証拠に、裏表紙に「 年 組 番」と「名前」の記入欄がある(ちなみに前者は欄が三つ並んでいるのが謎……かと一瞬思ったが、たぶんこれは、1年から3年まで学年ごとに書き換えるためなのだろう)。
この本が凄いのは、「西ヨーロッパ中世世界の変容①」などのテーマごとに、見開き2ページのスペースをふんだんに使って地図や説明文、挿絵などがわかりやすく配置されていることだ。ぱっと一目で全体像が把握できるし、個々の地図などの記述も詳細で情報密度もかなり高い。
そしてもうひとつ、嬉しいのは、「(同時代の世界)8世紀の世界」「(同時代の世界)11世紀の世界」といった見開きでは、ユーラシア大陸の東端から西端までの大きな地図が中央にどんと配され、王朝勢力図が色分けで描かれていることだ。ハザール汗国とヴォルガ・ブルガールの領域がビザンツ帝国領やアッバース朝とどのような位置関係にあるのかなども一目瞭然で、文章ばかりの記述を延々と読むよりもはるかに手っ取り早い。
以前の記事でも少し述べたように、自分は西洋中世の世相風俗を紹介するリレー連載を岡和田晃さんと分担していて、このあたりの時代についての専門書を読み込むことが多い。あるテーマについて狭く深く知るためにそうした専門書は非常に有用なのだが、その時代のばくぜんとした雰囲気をつかむことも同時に必要である。そしてその目的に、こうした副読本がたいへん重宝するのだ。
そしてその目的のために、みずからの高校時代の世界史副教材だった帝国書院版『総合新世界史図説』というものをずっと座右に置いてきた。その写真を載せるので、使用感満載のヨレヨレぶりをご堪能いただきたい。1983年からだから、じつに30数年選手ということになる。
この帝国書院のやつも長年ずいぶん重宝したのだが、横長の本で、縦のサイズは山川のものの三分の二ほどしかない。そのせいもあってか、前述の「8世紀の世界」のようなユーラシア大陸全域の地図はあっても今ひとつ見やすさと迫力に欠けるところがあった。その点この山川のやつはふつうの雑誌くらいの判型だから、見開きの情報量がひじょうに多い。買ってから日々たいへん役立っていて、なんでもっと早く買わなかったのかと思うくらいである。
ちなみに同じ山川出版社から出ている類書で、『流れ図 世界史図録ヒストリカ』というものもジュンク堂書店の同じ棚にあって、こちらは「8世紀の世界」の類が一世紀ごとにあるという充実ぶりだったが、店頭で2冊を取っ替え引っ替えして10分ほど悩み抜いた挙げ句に、前述のものを買い求めた次第である。ヒストリカの方も同じく安いので、ワイド馬券が当たって二千円儲けた、という程度の小金が入ったら、こちらも買ってしまうかもしれない。
さて、ここで改めてふり返ると、これらは高校の副教材であるから、たいして大切にも思わずに通学鞄に押し込み、あるいは本棚に入れっ放しでろくろく開くこともなかったという人も多いかもしれない。しかし、こうして年を重ねてオッサンになってみると、高校の副教材がいかによくできているかに感嘆することしきりなのである。おまけに教材であることから、中身の充実ぶりに比して価格が驚くほど安い。これほどの情報量の本をムックで出しとしたら、ライター勢がどれほどの地獄を見ることか、そして価格は何千円になってしまうのか……などとも考えてしまうくらいなのだ。
そんなこんなで、自分は帝国書院版『総合新世界史図説』と、同じ出版社の『新詳高等社会科地図』というやつを後生大事にし、引っ越しのたびに新居に運び入れてきたのだが、自分の高校はよほど教材選びのセンスがなかったのか、どうにも、それ以外の副教材には恵まれなかった。
そこで、四学年下の弟が部屋に放置していた副教材の幾つかを奪い取って座右の書にしている次第である。以下の2冊も非常に充実していて、まさしく一生モノである。
そこで最後にダメ押しのひと言。「高校の副教材を舐めたらいかんゼヨ!」>鬼龍院花子の生涯